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ぬこぬこ麻呂ロン@劉竜

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第1章ミスト編

第二部・ジンの過去 3話

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 記憶装置によって映し出された一人の人物。それは、彼らが《俊閃の女王》と呼ぶ存在だった。
 装置によって映し出された「彼」は、まるで誰かに語りかけるように口を開いている。そんな「彼」の視線の先には、一人の少女の姿があった。
 気づくと、二人の周囲にさらに四人の幼い子供たちが増える。

「――おい、こりゃあまるで・・・」

 映し出される映像を見ながら、この町のギルドを管理している男性が口を開く。その声には明らかな動揺が見て取れた。
 彼が見たもの。――それは、彼の目の前にいる少女が所属していた機関の正体だった。

「ええ、そう。あなたが思っている通りのものよ。――彼女は私たちを救ったの。その代わり、大きな代償を払ってね」



 一方、その頃。
 町では、機関から救出した二人の教え子と共に歩く、二人の冒険者の姿があった。
 四人はそれぞれ、死線を潜り抜けた相手と軽く会話を交わしていた。お互いに笑顔が見えることから、順調に打ち解け始めているのだろう。

「おい、ジンさんよ。今日はこいつらと一緒にパーッと弾けねえか?」

 教え子の少年と話していた冒険者が、すぐ背後を歩く赤毛の冒険者に声をかける。

「おいおい、さすがにこいつらも困るだろ・・・」

「弾けるって、なんだ?」

 嘆息するジンを横目に、少年が興味あり気に尋ねる。

「美味いもん食おうぜってことだ。俺らは良いことがあったら美味いもんを食べて騒ぐんだ。楽しいぞ?」

「そうか。じゃあ一緒に行こうかな」

 少年と冒険者は短時間でかなり打ち解けたらしく、すぐに笑い声をあげだす。

(・・・しっかし、暗殺技能を植え付けられていた子供には見えねえな)

 そんな二人を見ながら、ジンが心の中で呟く。そして、その視線は、隣に立つ少女に向けられる。
 少女は翡翠色の瞳を二人に向けながら押し黙っていた。

「ミリー?――どうした、怖い顔をして」

 ジンの声に、少女がゆっくりと口を開く。

「なんでもない。ただ虫唾が走っただけ」

 出会ってから無機質な声しか出していない少女が、明らかな怒気を孕んだ声でそう告げる。
 なぜ彼女が怒りを面に出したのか、出会って間もないジンには分らなかった。

「そうか。なんかよく分からんが、確かにイラっとはするな」

 あいつらを見てると、バカ騒ぎするタイプだと分かる。
 ジンはそう言って、ミリーの頭に手を乗せる。騒ぐタイプの人間は彼の好みではないのだろう。

「・・・」

 一瞬、驚いた表情を浮かべるミリーが、すぐにジンの手を打ち払う。
 思わぬ攻撃にたじろぐジン。
 その姿を見て、ミリーは自分が何をしたのか気づく。

「ぁ・・・ごめんなさい」

 少女は小さく呟くと、ジンから逃げるように町の喧騒の中へ走り出した。



「大きな代償、か。確かにな」

 記憶装置から映し出される映像を眼前に、男性が呟いていた。

「確かに長年、どこから子供たちを連れてきていたのか疑問だったが・・・そういうカラクリがあった訳か」

「そう。彼女はそうして私たちを救ったわ」

 疑問が一つ解けたところで、男性が新たに浮かんだ疑問を口にする。

「だが・・・これは本当に「救い」なのか?俺には傷を増やしているようにしか見えないぞ?――肉親を殺すなんて」

「それはあの子たちが決めることよ」

 男性の言葉にさらっと答える少女。彼女は「彼」の最初の教え子だったが、その理由は両親に機関へ売られたことが原因だった。
 ほかの教え子たちも、両親や周囲からの虐待であったり、捨てられたりと、人並みならぬ人生を過ごしてきた子供たちだった。

「復讐なんて、所詮は自己満足の世界だもの」

 そんな彼らを《俊閃の女王》は教え子として連れ去った。――人殺しの技を教え、復讐をさせるために。
 幼い彼らは、幼いがゆえに感情に突き動かされた。――その手で復讐を果たしたのだ。
 そしてそれは、純粋な彼らの心を蝕んだ。その結果――「彼」は教え子たちによって非業の死を遂げた。自らの極めた剣技を授けて。

「おまけに、彼女はその二年後に私たちに殺されたんだもの。――ああ、わざとじゃないのよ?訓練中に、ね」

 少女はそう言いながら自分の右手を見る。その瞬間を思い出すのだろう、どことなくその手は震えている様にも見える。

「それからは大変だったわ。――まさか皇国で上位の冒険者が急遽死亡した、なんて言えないもの。おかげで髪色の近かった私が彼女の代わりをすることになったわ」

 少女は恨めしそうに呟く。その時、彼女はまだ十二歳だった。

「それからは、あの子たちのために私が彼女の代わりに訓練をしたわ。勿論、彼女の姿をしてね」

 少女が懐かしむように言葉を続けていく。

「あの子たち、あの時は「死」に対してとても敏感になっていたわ。・・・おそらく、彼女が死んだことを感じていたのでしょうね」

「感じていたってことは、死んだことを話してはいないのか?」

 彼女の言葉に引っかかった男性は口を挟む。
 少女は頷き、肯定した。

「で、それから三年ほどが経ってようやくあの子たちは本当の意味で救われた。・・・あなたたちの手でね」

 これで明日からは慣れない格好をしないで済むわ――
 少女はそう言い、記憶装置をポケットへ戻す。
 それから暫く、男性は黙ったままだった。

「それじゃあ、私はこの辺でお暇させてもらうわね。・・・このことはジンって赤毛の人以外には話さないで。特にあの子たちには」

 ――彼に伝えるときは必ず私を呼んで。
 最後にそう言い残し、少女――ミサトは青みを帯びた黒髪を翻し、部屋を後にした。



 
(《俊閃の女王》は命と心を引き換えに五人の子供を救った、か)

 次第に薄暗くなっていく室内で、人影が動く。彼は、先ほど聞いた話を頭の中で反芻していた。

(まず捨てたのは心。復讐を扇動するために人としての尊厳を捨て、畜生になった。といったところか)

 理由がなんであれ、幼い子供たちにそんなことをさせるには、自分を捨てる必要があったのだろう。
 結果、それは功を奏し、子供たちは復讐に成功した。その結果、彼らにどういう変化が起きたのかは今となってはわからない。
 だが、ジンを名指しで指名したということは、彼と共にいる少女には何かがある――
 彼はそう直感する。

(そして次に捨てたのは命。これは事故だと思うが・・・彼女の先ほどの言動、何かを隠している気がする)

 わずかに揺れていた右手。それは恐らく、大事な存在を殺めたことを思い出したからだろう。だが、彼には別の部分が引っかかっていた。

(わざわざ手の込んだことをする輩がただの事故で死んだとは思えない。それに、あの表情――)

 揺れる右手と共に思い出すのは、少女の表情。揺れる右手とは正反対に、彼女のその顔は無表情だった。といっても、無感情というわけではなく、感情を表に出さないようにしているような――そんな顔だった。

(・・・だが、なぜだ?なぜ《俊閃の女王》はすぐに彼らを開放するのではなく、何年も機関に居させた?)

 もし、自ら死を選んだのであれば、すぐに子供たちを開放するべきだっただろう。だが、「彼」はそれをしなかった。

(・・・そこが分からん。そもそも、何のために子供たちに復讐させようとしたんだ?)

 疑問が疑問を呼び、やがて一周する。ふと、そこで天啓のように脳裏にある仮説が浮かぶ。

(もしも、自分の剣技を継承させたい。だが「彼」は元暗殺者。教えられるものはどうしても人殺しのための剣になる)

 箇条書きのように情報を整理していく。

(正当化するには、復讐をするつもりのある人物に教えることが一番手っ取り早い。そのために周囲のせいで不幸な立場の子供を探した)

 そしてその子供――ミサトに技を教え込み、復讐をさせた。

(それで味を占めたのかは分からんが、さらに四人の子供たちに技を教えた。そこで「彼」は復讐で心を病んだ少女を見てしまった)

 そこで彼は気づいたのだろう。自分が仕出かしたことの重大さに。

(心を入れ替えた「彼」は、少女を助けるために人生を捧げようとした。だが・・・)

 男性はそこまで整理すると、大きくため息をついた。
 なぜそのような手段を用いるつもりになったのかは不明だが、その時に「彼」の人生は狂ってしまったのだろう。一度狂った「人生」という歯車を戻すことは、決死の覚悟が必要だ。
 幸い「彼」は狂った歯車に気づいた。だが既に、その歪みを戻すことは不可能だったのだろう。
 負の連鎖を重ね続けた「彼」は、これからの計画と共に、すべてをミサトに託し、死を選んだ。――自らの罪滅ぼしと共に、三年という時間で、彼女が傷を克服すると信じて。

(おそらく、その結果が今のあの子なんだろうな・・・)

 当時の彼女を知らない男性には、そう想像するしかなかったが、ミサトが最後に残した言葉から察するに、克服することは出来なかったのだろう。

(変に地雷を踏まなければいいがな・・・)

 男性はジンの性格を鑑み、一人静かにうつむいた。
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