My Diary

ぬこぬこ麻呂ロン@劉竜

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此花翔の日記

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 わしは此花翔このはなかける。どこにでもおる老人じゃ。
 じゃが、わしには誰にも言えない秘密がある。それについて、今から孫のために日記を記そうと思う。
 なに、簡単な物語じゃ、退屈はせんて。



 わしが最初目覚めたのは、孫の平戸新ひらとあらたが幼稚園に通っていた時じゃった。
 たしか、あの頃のあらたはやんちゃ盛りでちょっと目を離したらいなくなるような子じゃった。まあ、それ故に今のあやつの趣味に繋がっておるともいえるがのう。
 それよりも、じゃ。
 そんな我が孫が、卒園式の日に昔から仲のよかった女の子を連れて帰ってきおった。まあ、わしと妻の三郷みさとが新の母親に連絡を入れたからなのじゃが。
 どうしてかというと、新と仲の良かった女の子――ひかりの両親と、連絡が取れなくなったからじゃ。
 わしらは悩んだ。それこそ、答えの見えない迷宮に迷い込んだようにな。
 じゃがわしらは、光を家に連れてくるように選んだんじゃ。――新が支えになると信じて。



「いやだいやだいやだ!そんなことないもん!」

 わしらが光に事実を伝えた時、光は駄々っ子のように否定した。
 その反応は当たり前じゃろう、今のわしでも、同じ立場なら信じられん。
 じゃが、それはわしらも予想していた答え。だからこそ、娘が部屋に入ってきた時は失礼ながらも「よくやった」と思ったほどじゃ。――なぜか?簡単じゃ、新が勝手に光の相手をするからのう。
 我ながら悪い大人じゃと思う。じゃが、年長者よりも同年代の言葉が刺さる事というのはよくある話じゃ。じゃからこそ、わしは新に賭けたのじゃから。

「あらたくん、ママは?パパは?どこにいるの?ねえ、ねえっ!」

 光が縋るように新の腕を握る。新の方は、自分でも迷っているような表情を浮かべておった。じゃが、わしらの孫は強い子じゃった。

 「どうしてもつらかったら、俺がひかりちゃんの家族になるよ」

 それが、わしの長い老後の始まりじゃった。



 それから10年以上が経った。
 新が高校二年生の冬。そして、わしがいつ死んでもおかしくないその年、大きな変化が訪れた。
 新が、光と付き合い始めたというではないか。
 別に幼馴染が付き合うということはおかしいことではない。じゃが、相手は当時売れっ子の芸能人じゃった。
 無論、2人に降りかかった災難はとてつもなかった。
 現代における、身分差恋愛とでもいうべき2人の交際。それは2人の友人や光のファンたちにとっては喜ばしくても、それ以外の人間には面白くない出来事じゃった。
 その魔の手がまず降りかかるのは誰か――
 それが分かるまでに、時間は必要なかった。



 次にわしが目を覚ましたのは、高校二年生になった新が我が家に来た時じゃった。
 わしは新が光と交際した際に刺殺されたことを覚えていた。じゃが、目の前に現れた孫に、思わず涙を流してしまった。

「じいちゃん!?」

 無論、新に驚かれたのは無理も無かった。じゃがわしにとっては、例え化けて出たとしても孫がいることの方が嬉しかったのじゃ。
 じゃが、その喜びは一瞬にして消え去った。
 わしが光との関係はどうなったのか、と聞くと――

「光?今年はまだ会ってないけど?」

 わしの記憶と全く異なる言葉を口にした。
 その瞬間、嫌な予感がわしの全身を駆け巡った。そして、それは当たってしまったらしく、ふとカレンダーを見ると12月のままだった。
 おかしい、あの出来事があったのは1月――
 わしがそう考えている間に、新はいつものように部屋へと向かって行った。
 1人取り残されたわしは、どういう事なのかをしばし考えた。その結果思いついたのは、昔テレビでやっていた「並行世界」というワードじゃった。
 本来自分が居る世界と異なり、ある一定の可能性で分岐した世界。
 今いる場所がその分岐した先なのでは、と考えたわしは、新の冬休みが終わるまで動向を観察することにした。そして、その結果は――

「残念ですが、お孫さんは……」

 新が事故に遭い搬送された病院で伝えられた、無慈悲な一言じゃった。
 途端、足元が崩れ落ちる感覚を覚える。それと同時に、わしの視界は歪み、気づけば新が家へ来る日となっていた。
 そうしてわしは確信した。この世界は、新が死ぬことによってタイムワープする世界なのだと。



 それから何回孫の死を見て来たじゃろうか。
 もはや新のやっていたゲームというやつと同じ感覚になってきたわしは、今回も戻ってきた世界で孫の行く末を見届けることになるのかと重苦しい気持ちでいた。

「ごめんくださーい」

 そんな時、玄関を叩く音が響いた。
 日頃から誰か来る予定もないわしは、やってきた人物に「老人を狙った変な押し売りじゃろうか」と思いながら玄関を開く。

「今日からお世話になる、介護福祉実習生の宮川平子みやがわひらこです」

 じゃがそこに居たのは、新と同い年くらいであろう少女。
 介護福祉の実習生と名乗った彼女は、頭を下げながら土間へと踏み込んできた。

「ああ、頼んでおいた・・・」

 日頃から自分のことは自分で済ませるタイプのわしは、すっかり介護サービスを頼んだことを忘れていたらしく、突然やってきた少女に何をしてもらおうかと悩む。

「あ、冷蔵庫見てもいいですか?」

「ああ、構わんが・・・」

 わしが悩んでいると、少女――平子が尋ねて来たので台所まで案内する。

「んー、冷凍食品ばっかりですね。これでもある程度は問題ないですけど、野菜を摂っていない感じはしますね」

 平子の言葉に核心を突かれたわしは、思わずどきりとする。――もともと、毎食冷凍食品ばかりでまずいかもしれないと思って頼んだ介護サービスだった。
 その事を忘れていたわしは、一目見ただけでそこまで察したこの少女に思わず関心する。

「おっしゃっていた通りですね。今後は私が朝と夜の2食分作りますね」

 そうしてわしと介護実習生の生活は始まった。



 その年の冬。
 冬休みを利用して来る新の為に部屋を掃除していると、平子が夕飯の買い出しと称して家を出ていった。
 この半年、以前の記憶を思い返しながらわしは気づいたことがあった。それは毎回、新と親密になる少女がいるということ。そして次のループの際に、必ず我が家に姿を現すという事じゃった。
 そして今、わしの家に実習生として来ている宮川平子。
 彼女も何かしらの因果で新と縁があるのか、わしの家に来ている。そのことから、わしは新を救えるのは彼女たちの助けが必要なのではないかと考えた。
 じゃがこれが正しいのかどうかは「神のみぞ知る」というやつじゃった。



 初めの内は平子に警戒されていた新も、気づけば彼女に気を許されるようになっておった。
 その証拠に、わししかしていなかった「みやこ」という呼称を数日の間に呼べるまでになっておった。
 じゃが、それと同時にわしは確信した。平子は新と何かしらの関係性がある少女じゃと。
 その後も食事の時間にばかり新との言動を見守っておったが、平子は日に日に新への態度を軟化させておった。
 おそらく、彼女は恋愛感情を持って新を見ている――そう思い至るまでに、時間は必要なかった。



 順調に見えた日々も、小さな出来事で大きく変わる。
 それは今までにわしが得た経験から言える、間違いない摂理の一つじゃった。
 新が、事故に遭った。



 それからは目まぐるしいほどに日々が過ぎていった。
 老後になれば時間を長く感じるという噂があるが、わしはその真逆の生活を送ることとなった。
 事故に遭った孫の看病。彼を想う少女の相手。そして、高校の編入手続きと引っ越し。
 問題はそれからも続いた。わしよりも早く五体不満足となった孫の介護。そして見送りに加え、家事。
 実習生であった平子も高校生。そのため昼間は1人となったわしは、それまで平子に任せていたあらゆる家事を再度自分ですることとなったのだ。――それも、以前よりも増えて2人分。
 ガタの来ている体に響くのは、時間の問題だった。

「おじいさん、晩御飯くらいは私が作りますから」

 平子がそう言ってくれたのは、新たちの高校が始まってからすぐのことじゃった。
 正直色々と厳しかったわしは、その言葉に甘えることにした。じゃが――

「洗濯も私がしますから」

「おじいさん、新君を。掃除は私がしておきます」

「ああ、朝ごはんも作りますから」

 やがて平子の提案は増えていき、結局わしは以前の生活に戻っていった。

「たまには休んでも罰は当たらんだろうに」

 献身的という言葉を通り越した、自己犠牲にも思えるほどに新の手助けをしようとする平子に対し、わしはそう伝えた。
 じゃが平子は「こうすることが罪滅ぼしなんです」とだけ答えて、すぐに新の介護に戻ってしまった。
 ――それが平子の覚悟なのだろう。
 そう考えたわしは、今後新の介護を出来る限り平子に任せることにした。――わしがいつ死んでもいいように。



 とうとうというべきか、なんというべきか。
 わしはおそらく、近いうちに死んでしまうじゃろう――そんな気がする。
 理由は分からん。ただ、勘がそう叫んでいる。
 何も残すものは無い。やるべきことも無い。すべては後継たちに受け継げた。・・・嘘じゃ、わしには弟子なんぞおらん。
 そんな冗談は置いておいて、じゃ。
 わしがこれからすることは、ただ一つ。――孫の、新の幸せだけを祈る事じゃ。
 だからこそ、この日記を読んだ新が、悲しまないことを祈る――
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