My Diary

ぬこぬこ麻呂ロン@劉竜

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みやこの日記

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 金属が擦れる音。それとほぼ同時にかすかに聞こえた「危ない!」と叫ぶ声――
 それが私の――彼との最後の会話だった。



 ある年の冬休み、私は1人の少年と出会った。人を見るなり「髪がきれい」だなんて言う、ロマンチックのかけらもない少年。思わず私は「変態セクハラ魔」などと呼んでしまった。――どうして?・・・決まっている、そんなことを言う人間が私の命の恩人とは思いたくなかったからだ。
 ただ、この時のことは、自分でも馬鹿だと思う。
 平戸新ひらとあらた。この名前はそうそういる訳じゃない。しかも、あの日この地に居た人間となれば、十中八九どころか絶対に、間違いなく1人しかいない。
 私はある目的のために、この世の理とは思えない方法で彼が死んだ年に戻り、調査のために周辺に住む人々に取り入った。その結果、平戸という苗字は彼しかいなかった。
 唯一ほかの観光客という可能性も考えたが、それは絶対にない。なぜなら私は、16歳で「命を救われた少女」という名目で家族でもない彼の葬儀に呼ばれ、その遺影をまじまじと眺めていたからだ。
 葬儀の際に遺影をまじまじと眺めることは罰当たりだとは思う。けれど私は、この命を救ってくれた恩人の顔を絶対に忘れるわけにはいかなかった。――それこそ、記憶がなくなっても、だ。
 それから私は、天寿を全うするその瞬間まで彼のことを忘れることはなかった。――今思えば、初恋という名の拷問に近かったのかもしれない。
 どんな時でも、ふとした瞬間に彼の姿が脳裏に浮かび、その直後に葬儀の際に目にした彼の家族の涙が浮かぶ。その光景は時間を重ねる毎に、苦しみと悲しみ、そして虚しさだけが募っていき、いつしか私は「自分が死ぬべきだったのでは?」と考えてしまった。ちょうど20歳くらいの時だ。
 だが時間というものは無情らしく、私は時間と共に彼の顔を忘れていった。何があったかは覚えていながらも、時間と共に、命の恩人の顔がぼんやりとしか思い出せなくなっていった。
 私はそのたびに彼の両親の元を訪ねた。彼の遺影を見て、その顔を、声を、最後の瞬間を鮮明に刻み込むために。
 ある時、彼の家族に言われた。

「もう、終わりにしたら?」

 それは、彼の家族からの温情だったのかもしれない。
 それを初めて言われたとき、私はこれから結婚し、新たな家庭を築いていこうというような年齢だった。
 おそらくでしかないが、その時私は「あなたはあなたの人生を生きて。それがこの子の幸せだから」と言われたような気がする。
 だが「彼の為に尽くす」――それが私の人生だと信じていた私は、その後何度も彼の両親の元を訪れた。そのたびに彼の両親には心配される表情をされたが、いつだったか私が思いを打ち明けると喜んでくれた。きっと、その心中はとても複雑だったに違いない。だが彼の両親は受け入れてくれた。そして仕舞いには「あなたは私たちの娘でもあるわ」とまで言ってくれた。
 とても嬉しかった。だがそれと同時に、私の胸中には罪悪感が浮かんできた。――おそらくそれは、彼を差し置いて自分だけ幸せを感じていたからだと思う。

「もう何が幸せなのか分からない――」

 それを感じたのはいつだろう、少なくとも「老後」と言われるような世代からだと思う。
 彼が亡くなってから40年以上。彼の両親はとうに亡くなり、彼にとって妹のような存在の女性も彼と同じく交通事故で亡くなってしまった。
 両親から継いだにも関わらず、数年で潰してしまった我が家。その隣に建つ、彼が幼い頃住んでいた建物。それらはすでに跡形もなく解体されており、残るのは更地となった土地のみ。そして彼の両親が住んでいた場所にも何年も前から別の家族が入居しており、いよいよ、彼のことを知るのは私しかいなくなってしまった。

「彼を助けたい」

 老後になり考える時間が増えたせいか、私は常々そう思うようになっていた。だが、そんなことは奇跡が起きたとしても起こりえない。
 私たちが住んでいる世界に、物語にあるような出来事はありえない。悲しくても、それが現実だった。そんな思いを抱きながら、私は入居していたアパートの1室で息を引き取った。
 ――何も彼に返せなかった。その後悔だけを胸に旅立った私だったが、自分で死んだことが分かった瞬間、不思議なことが起きた。これが例え、神の気まぐれであっても感謝しかできない出来事。

「・・・あの日だ」

 私が16歳の時の12月25日。
 私が乗っていたバスに偶然乗り合わせていた少年。あの時は同じバス停で降りた程度の認識でしかなかったが、その時は気にもしなかった少年が、急に愛しく思えてしまう。その感覚は「恋焦がれていた」というのが一番近いのだろうか、私の胸が年頃の少女のように「トクン」と高鳴る。

「あと1時間、頑張るぞ」

 前世・・・といえばいいのか、以前も耳にした台詞を聞いた途端、私の体が無意識に動き出す。
 わざと彼の視線に入る位置に移動し、あえて夕日の方に目を向けるような場所に立つ。私の白菫色しろすみれいろの髪はやたら夕日に映えるらしく、以前似たような場面で、友人から何度も「撮らせて!」とせがまれたほどだった。

「・・・・・・」

 するとどうやら私の作戦は成功したらしく、彼が口を開けたまま私の方をぼんやりと眺めてくる。正直、誰かに見られっぱなしというのは慣れないが、これも彼の為と思って耐える。だが――

「何?」

 数分間こちらを見つめてくる彼に対し、正直居心地の悪くなった私は、思わず蔑むような視線を彼に向けてしまった。

「え、ああ、いや。その・・・髪が、きれいだなって」

 直後、彼が顔を真っ赤にしながら奥歯の浮きそうな台詞を口にした。
 そのあと、彼が祖父の家に向かっているという話を聞き内心で申し訳なさを覚える。なぜなら私はこの日、彼が祖父の家に入るところまでは知っているからだ。
 道中、私が彼の後方をついていきながら歩道を歩いていると、ひょんなことから口論になってしまった。一応、彼の祖父の介護は、彼にいろいろと感づかせないために取った芝居だった。だがそれでああなるとは思ってもみなかった。――なぜなら、彼は私に対しお礼を口にしたのだ。
 突然彼の口から出てきた台詞が頭の中を暴れまわり、自分が何を考えていたのかさえ分からなくなってしまう。だがこんなところで変に勘繰られてはいけない。
 そう考えた私は、すぐさま顔を背け、回らない頭を駆使しながら「・・・そんなことでお礼されても意味ないのよ」と告げた。
 その日、私が作った料理に、彼の祖父である此花翔このはなかけるが余計なことを口走っていた。
 みやこというあだなに加え、まるで私が彼のために食材が余るように仕向けたような言い草をされ、私は慌てて否定する。――ただ実際は、2人分ではぎりぎり余る程度に調整していた。だから彼に微妙に余った分が行くのは想定内だったのだ。

(このおじいさん、油断ならないわ・・・)

 まるで私の思惑を見抜いたような彼の祖父の言動に、私は警戒心を強める。――ただ、彼の悪乗りには、他に誰もいなければ乗っていたかもしれない。――じゃなくて、私はあくまでも彼の命を救いたい。けど、彼と話しているときに感じる、心の安らぐ感じ。これは一体――



 その日の夕食後、私は思わずぼろを出してしまいそうになった。
 原因はテレビで流れていた天気予報。それを見た私は、おもわず「明日は雪が降らない」と口にしてしまった。その直後、とりあえず誤魔化した私だったが、私の言い訳に納得した様子を見せた彼に分からないように溜息を吐いてしまった。そんな私を、彼が一瞬訝しむ視線で見ていたが、別段何も言われることはなくその日は別れた。



 12月27日。その日は珍しく彼が私より早く起きていた。
 話を聞くと、なんでも今日は絶対に早起きしなければいけない日らしい。だが彼は一目散にテレビを点けると、あるチャンネルに合わせた。
 その姿に、なぜかむっとした私は、思わず文句を口にしてしまう。
 だが彼は特に気にした様子も無くテレビに向かいながら答えてくる。やがて彼が昨日私が告げた過去の話を蒸し返してきた。
 突如としてやってきたその質問に上手いように答えられず、結果として、自分でも曖昧な言葉を返してしまった。
 すると、私の答えを聞いて納得したのか、彼が頷く。だがそのあとは沈黙した時間が続き、互いに何を話せばいいのか分からないといった表情を浮かべてしまう。
 何か話題を、と頭を回転させ始める。すると――

「・・・呼び方」

 思考の果て、気まずい沈黙の時を崩すために出てきたのか、それとも、単に抱いていた感情からなのか――結局、自分でも分かりかねている状態のまま、不意に頭に浮かんだ言葉を口にする。
 そこから始まる、私と彼の口論。結局、互いに一言ずつ、しかも私に至っては半ギレ状態という会話にすらなっていない状況の中、互いに親交を深めたのだった。
 それからしばらく経つと、彼の見ていたテレビ番組から私の投稿したお便りなるものが読まれた。私よりもいくつか年下の少女がMCを務める番組に投稿した内容に対し、番組の中の少女だけでなく、彼も顔を引きつらせていた。

「あ。あれ、採用されたんだ」

「お前かよ!!」

 私が素直な感想を呟くと、彼が食い気味にツッコミを入れてきた。
 だが私としては相談を聞いてほしくて投稿した身だ、この程度――

「いや。お前、この番組の視聴者層分かってるのか?小学生くらいだぞ?間違いなくお前のお便りのせいで全国のお茶の間が気まずい空気になってるぞ?」

 なんてことないことは無かった。
 彼にそう諭され、日曜の午前6時という時間に放送されている番組の視聴者層を考える。ちなみにこの後の7時からはみんなご存じ、毎朝やっている同等の視聴層向けテレビ番組が流れている。

「わ、悪かったわよ。今回はどうしようもないけど、今度からは気を付けるわ」

 あまりの彼の剣幕に申し訳なさを感じた私はそう口にする。
 すると、彼が私にお便りを送る際の注意点などを教えてくれることになった。そしてその数日後、彼の教えを活かしとあるラジオにお便りを送ったのだが、そこでも微妙な反応をされてしまった。――何がおかしかったのだろう、ただ亡くなった人にお礼を言いたいと送っただけなのに・・・



 それから時は流れ、大晦日当日。彼の友人たちと共に2年参りもどきをすることになった私は、彼と自宅への道程を進みながら、昨日起きた事故について考えていた。

(あれは私の知らない出来事だった。・・・まさか、私が居ることで何かが変わっている?)

 私が止めなければ、彼とその妹のような存在であるひかりちゃんが巻き込まれていた可能性の高い事故。
 あれは私の知っている出来事じゃない。なぜなら、彼が亡くなった年、この近辺で起きた事故は私が絡んでいたあの事故しかなかったからだ。
 なのにあんな事故が起きた。
 ということは、私が未来を変えようとしていることで、あるべき形に戻すために何かの力が働いているということの証明でしかない。しかもそれは、彼を含めた誰かが命を落とすという形で、だ。
 おまけに最近、何かとむしゃくしゃする時がある。その時は大抵、彼が光ちゃんといちゃついている時ばかりだ。そして、この感情の正体は嫉妬だ。その証拠に、彼がほかの女の子といると感じるのだから、ほぼ間違いない。けれども、そこで1つの疑問というか、何とも言えない感情が渦巻いた。

「私は彼の隣に立ってもいいの?」

 私の抱いた思いは、その一言に尽きた。
 私はひょんなことから今の場所に居る。そして、それによって誰かが命を落とす。――そんなことはもう耐えられないし、誰かに味わってほしくもない。特に、彼には。
 だがそのためには、私が誰にも知られずに消える必要がある。でも、私は・・・彼と深く関わり、そしてこの後、彼の友人たちとも交流を持とうとしている。はたしてそれは、私みたいな――人生をやり直しているに等しい存在がおこなってもいいのだろうか?
 いくら考えても答えは出ない。



「いつ埼玉に帰るの?できればその、見送りとかしたいんだけど・・・」

 やがて考えることを諦めた私は、なんとなくそんな質問をする。すると、彼は事故のあった日に帰ると口にした。

「ねえ、帰る日ってずらせる?」

 その日に何があるのかを知っている私は、感情に突き動かされるかのようにそう尋ねた。ただ、そう口にしてから、自分が口にした内容を撤回しようとする。だが、その前に彼が理由を尋ねてきた。
 思わず口ごもり、彼が納得するであろう説明を考え始める。だが、時間が経つほどに焦りが募っていき、結局あの日に起きた出来事の一部を伝えてしまった。――やってしまった。こんな理由で納得する人間は――いない。

「・・・詳しい訳は聞かない。その代わり、母さん達への言い訳を一緒に考えてくれ」

 私が自身で口にした内容に対し絶望に駆られていると、彼が色々と納得した様子でそう口にした。彼にとってはなんてこともない台詞だったのだろうが、その彼の口にした台詞に私は、遠回しに釘を刺しているように思えた。



 1月1日。
 彼の祖父の自宅で新年の挨拶を済ませた私たちは、彼が私の顔を見つめてきたという出来事がありながらも、彼の友人たちが待つ麓の食堂へとやってきていた。
 全員が揃い、前日向かった神社へ向かう私たち。そこで普通にお参りを済ませ、今年1年の運勢を占うおみくじを引いた時、彼が恭介兄きょうすけにいと慕う年上の男子に、おみくじの内容でからかわれた。

「大凶ならどれだけよかったか。大吉だから困ってたんだよ」

 からかわれた彼は、感情任せにそう口にした。そしてその理由を聞いた恭介さん達からは「気にすることは無い」といった台詞をかけられていた。――ただ1人、いくつかの秘密を共有している私を除いて。



 その日の昼食は、私たちが集合した食堂で取ることとなった。
 彼は非常識なくらいに盛られたホルモンうどんをなんとか食べきり、幸子ゆきこさんという、私より年上の女の子に声をかけられる。どことなく雰囲気の良い2人に、私は思わずやきもちを焼いてしまった。だからそのあと、その腹いせに荷物持ちにしてやった。けれども――

(この光景だけはイライラするわ)

 その日の夕食、彼と光ちゃんによる、目の前で見せられていたカップルばりの甘ったるい空気に、私は内心で嘔吐しそうな感覚を覚えていた。正直、この光景は見慣れている。――見慣れているのだが、何も思わないかどうかは別問題だ。ただ、その状態に慣れている私が居るのも事実だったりするので、正直別の誰かに顔面を殴ってもらいたい。

「なんならみやこも同じようにしてもらったらどうじゃ?」

 すると不意に、彼の祖父がとんでもないことを口にした。あまりの事態に、私は彼のことをキレ気味に見てしまった。――やっぱりこのおじいさん、油断ならない。私の事情をすべて知っているのでは・・・?



 1月3日。
 普段は自分のことはほとんど話さない彼だが、その日は珍しく感情を吐露していたように思う。
 その日の夕食の後、私は彼と共に自宅へ帰る帰路にいた。
 ある時、私はどことなくそわそわした様子の彼に声をかけた。すると彼は、自身の不安と心配の両方を私に話してくれた。

「――つまり明日、必ず良くないことが起きる。そして・・・新君は事故に遭う・・・」

「おそらく、な」

 彼の話を聞いた私が彼の不安をまとめるように呟くと、彼が頷いた。
 確かに、今までも不安に感じた瞬間は何度もあった。けれども、今の今まで結果的には何事もなくここまで来ている――その事実が、私の思考に現状を楽観視するような思いを起こさせたらしく――

「でも、本当に偶然の可能性だってあるわ。・・・それに、明日本当に良くないことが起きるとしても、今からそんなに神経質になっても解決する訳じゃないもの、こればっかりは明日気を付けるしかないわ」

 そう口にしてしまった。・・・今になって思えば、知らぬうちに彼へと抱いていた感情のせいで、いくらか冷静な判断が出来なくなっていたのも原因なのだろう。――大切に思っている人が死んでしまうなど、考えたくはないから。だが私の甘い考えは、この翌日に一瞬の内に崩れ去てしまった。
 もっと、彼の話を聞いて、一緒に考えておけばよかったと思う。なぜなら――最悪なことに、私の前世ともいうべき記憶とよく似た状況で、私は彼共々事故に遭ってしまったのだから――
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