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1月2日・中編
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その後幸子さんと共に近所のホームセンターへ向かった俺と光は、積雪に供えた買い物をしていた。なんでも、去年使っていたプラ製のシャベルがダメになったらしく、予備として新しいシャベルを購入しておきたかったらしい。普通に考えれば金属製のシャベルを買った方が安上がりだろうが、重量を考えるとプラ製の方が楽だったりする。長時間重量のある物を使うより、出来るだけ軽い方が楽なのは言うまでもないだろう。・・・ただ、除雪する量を考えればあまり変わらない気もするが。
「・・・幸子さん、一体どれだけ買う気なんですか?」
俺は目の前の光景に思わず息を飲む。なぜなら、幸子さんが除雪用のシャベルだけではなく防災グッズ類にまで手を出していたからだ。バックを初め、水に懐中電灯。それからなぜか防火マットに加えその他諸々。中には食品も含んでおり、いくら何でも買いすぎだろうと思うその量は、カゴ2つどころか、俺や光まで両手にカゴを持ってもまだ足りないほどだった。
「まだまだ~。備えあれば憂いなし、だよ~」
「いや、そうでしょうけど・・・」
いくらなんでも、限度ってものがあるだろう。
その言葉を飲み込んだ俺は、光と共にその後1時間近く幸子さんの荷物持ちとなったのだった。なお、レジの店員さんに少し驚かれたのは余談だったりする。
そうして幸子さんの買い物が終わり店を出た俺たちは、大量の荷物を抱えながら幸子さんの自宅へと向かっていた。俺が両手に袋を抱え、幸子さんと光がそれぞれ1つずつ袋を持ちながら歩道を歩いていく。
「・・・あ、雪だ」
不意に光が声をあげ、朝からどんよりとしていた空を見上げる。それに釣られて俺と幸子さんも空を見上げると、灰色の雲の隙間から小さな白い物体がゆらゆらと地面へ舞い降りて来ていた。
「ほんとだ~・・・急がないとあらちん達が帰る時大変になるね」
「ですね。少しペースを上げましょう」
雪に降られながら道を急ぐ俺たち。そうして幸子さんの家に着いた頃には少しばかり吹雪き始めていた。
幸子さんの家に上がらせてもらい、雪が弱くなるまで待つことにした俺と光は、幸子さんの家のリビングで外を眺めていた。
「不味いな・・・どうやって帰ろうか」
俺は外で吹雪く雪を見ながらそう零す。・・・今の勢いなら決して帰れないほどではないが、帰り時間を考えると強くなる可能性も十分にあるため、今から歩いて帰るのは自殺行為に近い。
「タクシーでも呼ぶ?料金は私が払うよ」
部屋で着替えてきたらしき幸子さんが俺に声をかけてくる。
「いや、それは悪いですし・・・。ていうか、なんですか、その格好」
「ん~?なんだと思う~?」
俺の質問に対し疑問形で返してくる幸子さん。これは正直に答えていいものなのだろうか、俺の目の前にいる幸子さんは真面目な性格からは想像できないくらいにだらしない服の着方をしていた。・・・ていうか、襟元が伸びきっているせいで胸が微妙に見えてしまっている。
「・・・お兄ちゃんの助平」
窓のそばにいた光が、なぜか俺の視線に気づいたらしく、俺の方を睨んでくる。――おかしいな、幸子さんの胸を意識して見た覚えはないんだが。ていうか、今のこの状況は不可抗力だろ?なぜなら、幸子さんは若干前かがみで俺の方を見ているのだから、顔を合わせようとすると自然に視界の端に映ってしまうのだ。
「光、これは不可抗力というやつだからな?ていうか、幸子さんもなんでそんな態勢なんですか」
「あらちんが座ってるからだよ?」
「なら幸子さんも座ればいいでしょ。なんでわざわざ前かがみになってるんですか?」
「・・・なんでだろうね~。でも、あらちんも眼福だからいいよね~」
見事に話の通じない――もとい、受け流される会話が続く。なんだ、眼福って。そもそもこっちは目を逸らしてるから。
「意味わかんないんですけど・・・とにかく、座ってくださいよ」
「作戦失敗。・・・あ、あらちんコーヒー飲む?」
何かを口走った後に、俺にそう尋ねてくる幸子さん。そうして俺の答えを聞かずに台所へ向かった彼女は、少しするとコーヒーの匂いを部屋中に漂わせ始める。
すると、窓際で外を見ていた光が俺の隣に座り、幸子さんに声をかける。
「幸子姉、ひかりはココアね!」
「分かってるよ~。お砂糖いっぱい入れておくね~」
「ぶー、もう子供じゃないもん!スプーン3杯で飲めるもん!」
幸子さんに対して頬を膨らませながらそう口にする光。ちなみに光は俺以上の子供舌の持ち主で、苦いもの辛い物はほぼ全て駄目だったりする。ちなみに昔は、コーヒー飲料では甘めの部類に入るココアですら飲めないほどだった。しかも市販のもので、だ。――それでも砂糖3杯というのはかなり甘い部類に入ると思うんだが。
「ふふ、あらちんは~?」
「俺は1杯でいいですよ。・・・間違っても山盛りに入れないでくださいよ」
尋ねられた俺はあらかじめ幸子さんに釘を刺す。実は昔、幸子さんにこれでもかとミルクと砂糖をぶち込まれたコーヒーを飲まされたことがあった。あの時飲まされたコーヒーは「泥色をした胸焼けしそうな何か」という表現が一番近い。とにかく、この世の物とは到底思えない物だったのだ。
それから程なくし、幸子さんの手によって運ばれてきた飲み物を口にする俺たち。
「そういえば、俺たちが知り会ってから何年経ったんでしょう?」
3人でのんびりと温かい飲み物をすすっていると、不意にそんな疑問が浮かんできた。
「ええっと、私が小学校2年生の時だから・・・」
「10年だよ、お兄ちゃん。ちなみに光とお兄ちゃんは16年だよ~」
俺の向かいに座る幸子さんが指を折りながら数えていると、俺の隣に座る光から答えが出てくる。そして何を思ったのか、俺と出会ってからの年月も口にする光。
「・・・もう10年か。そういえば、2人って出会ってからすぐに意気投合してなかったっけ?」
10年前の記憶を思い出しながらそう口にする。俺の記憶通りなら、幸子さんと光の2人は数回顔を会わせただけで仲良くなっていたのだ。
「そうでもないよ~?光ちゃんとはあらちんが見てない所で結構喧嘩したんだよ~?」
俺の台詞に対してそう口にする幸子さん。俺は2人ともすぐに仲良くなったと思っていたから、喧嘩していたという事実は意外だった。――いや、喧嘩をしたからこそすぐに打ち解けたのか。
「あれは幸子姉がひかりをからかったからだよ!」
「光ちゃんをからかうのは、私にとって唯一の気が休まる瞬間だったんだよ~?」
俺が感心している間にも続いていく2人の会話。どうやら、当時荒れていた幸子さんは俺と一緒に居た光をいじることでいじめによるストレスを抜いていたらしい。・・・いや、待て。よくよく考えたら俺も結構幸子さんにいじられた記憶があるぞ?
「そういえば、俺も何度かいじられた記憶が・・・」
そのことを思い出した瞬間、俺の脳裏に溢れてくる幸子さんにいじられた記憶の数々。それと同時に、なぜ俺がそのことを覚えていなかったのかを理解してしまった。
「あー、そういえばお兄ちゃん、やたら幸子姉に学校で付き纏われてるって言ってたね。「いじめっ子を助けたら逆にその子に付き纏われて困ってるんだ」って」
どうやら光にその当時のことを愚痴っていたらしく、光の口からも俺の記憶を裏付ける言葉が出てくる。――そう、俺は言わばストーカー被害に遭っていたのだ。
学校でも帰宅中でも幸子さんが俺の後について来て、俺が声をかけるといじられてばかりいた。まあ、それは今もあまり変わらない気もするが。
「あらちん、私のことをそんな風に思ってたの~?」
「いや、あれはほぼストーカーですよ?世間の手を出さないストーカーが可愛く思えるくらいでしたからね?」
「ひど~い。私、そんな自覚は無かったんだけどな~」
「自覚無いからこそ扱いに困ってたんですよ!」
ふわふわとした口調で話す幸子さんに思わず声を荒げてしまう。おそらく、当時の幸子さんに対するストーカー行為はそれだけで説明できるだろう。
声を荒げた俺に対し、幸子さんは特に気にした様子もなく口を開く。
「そうなの~?でも、あらちんが気づいてたんなら公認だね~」
「いや、俺、認めた覚えはありませんけど?」
また微妙に間違った言葉の使い方をする幸子さん。確かに俺は幸子さんの行動には気づいていたが、気にしないようにしていただけで認めた覚えはない。――いや、待てよ?気づいているのに黙っていたら黙認していることになるのか?それならある意味公認?・・・いや、ここで認めてしまうとこの世のストーカー全員を公認ストーカーにしてしまいかねないな。
「一旦ストーカー云々は置いておいて。幸子さんと光は気づいたら仲良くなってたけど、何かあったんですか?」
話があらぬ方向へと行き始めた気がした俺は、そもそも昔話を始めた理由の1つである2人が仲良くなった話を尋ねる。何度も言っているように、俺は2人が心を許し合った瞬間を知らない。気づいたら2人は意気投合していた為、俺は決定的な出来事を知らなかったのだ。
「いつかな~?多分、出会ってから数日後かな?3人で遊んでた時に、私をいじめてた子が来たんだよ~」
「ああ、ありましたね。その時は俺が次の標的になってたんでしたっけ」
「そうだよ~。で、あらちんが連れていかれた時、光ちゃんが泣きだしちゃったんだよ~」
当時のことを振り返りながら話を続けていく俺たち。確か、俺が幸子さんをいじめっ子から助けた1週間後くらいだったか。そのくらいに2人は知り会って、その数日後に学校の校庭で3人で遊んでいると幸子さんをいじめていた集団が俺に用があるってやってきたんだったか。そこで俺は1人でその集団について行って、確かいじめっ子共を泣かしてやった記憶がある。
俺がそんなことをしている間に、2人は2人で何やらあったらしく、それが元で仲良くなった、というところだろう。確かにあの頃の光はまだ情緒不安定な部分があって、何かの拍子に泣き出すことがよくあった。――そして光を泣き止ませられるのはなぜか俺だけという状況だったせいで、一年生の頃は何度か学校に幼稚園から連絡があったんだっけ。今思えばかなり悪目立ちしていた気がするが、よくいじめの標的にならなかったなと思う。
「そうなのか、光?」
「ふえ!?うーん・・・多分、そう。お兄ちゃんが連れていかれた時、なんだか胸が締め付けられるような感覚がしたことは覚えてるんだけど・・・」
俺に尋ねられた光が驚いた声を上げながらそう返す。だが言葉の節々が曖昧な様子から、その時のことはよく覚えていない様子だった。
「あらちんが連れていかれた後~、光ちゃんが泣きながら「お母さん、お父さん、お兄ちゃん、置いて行かないで」って。急にそう言いだしたから、私、どうしたらいいのか分からなくって~」
幸子さんが当時のことを口にしていく。
「それで光ちゃんを抱きしめて~。そのまま「お姉ちゃんが居るからね」って言ったんだよ~」
「あ、そこからはひかりも覚えてる!たしか、幸子姉に「お姉ちゃんって呼んでもいい?」って言ったんだよ」
幸子さんの台詞に対し反応した光が口を挟む。
「そうか、光が幸子さんのことを「幸子姉」って呼ぶのはそういう理由があったからなんだな」
「うん、そうだよ」
俺は光の台詞に納得する。最初幸子さんと会った時は彼女のことを呼ぼうとすらしなかった光がすぐに打ち解けたのは、俺と似たような状況になったからのようだった。
「それで思い出したんだけど~、光ちゃんの両親って、本当は生きてるんだよね~?」
「幸子さん、どこでその話を?」
光の台詞に納得していた俺に対し、幸子さんが声をかけてくる。そしてそれを聞いた俺はつい険しい表情になってしまう。なぜなら、光の両親が彼女を捨てたということは俺たち家族以外には恭介兄とみやこしかいない。そうなると、恭介兄が口にしたに違いない――俺がそう思っていると、幸子さんから真実が語られた。
「実は、その時に光ちゃんが口にしてたんだよ~。でもその時は聞くべきか迷っちゃって、今まで忘れてたんだよ~。あ、無理に話さなくてもいいよ、きっと簡単なことじゃないだろうから~」
俺の顔を見ながらそう口にする幸子さん。それを聞いた俺は隣に座る光を見る。すると光は小さく頷き、俺に話してもいいという表情になる。
「・・・実は、光の両親は光を捨てたんだ」
俺はそう前置きすると、あの日あったことを説明していく。そうして俺からの説明を聞き終わった幸子さんは辛そうな表情を浮かべると、静かに光を抱きしめる。
対する光もされるがままに幸子さんを受け入れる。まるで姉妹のような2人はしばらくそのままの態勢で抱き合うと、静かに離れていく。
「光ちゃんのことをまた知れたよ~。2人はやっぱり大事な友達だよ~」
「幸子姉はやっぱりひかりのお姉ちゃんだよ。ありがとう♪」
互いにそう口にすると、2人は俺の顔を満面の笑みで見てきたのだった。
それからしばらく話をしていた俺たち。すると、ふと窓の外を見た光が声を上げた。
「あ、雪やんでるよ」
光の口にした台詞に引かれるように窓の外を見る俺と幸子さん。少し前まで吹雪いていた雪は見事にやみ、雲に覆われたままの空はまるで次の降雪の準備をしているかのようだった。
「それじゃあ今の内に帰るか」
俺は窓の外から見える景色を見てそう口にする。そうして幸子さんの自宅から外へと出ていく俺と光。
「あらちん、またね~」
「幸子さん、また来年に」
「幸子姉、ばいば~い」
互いに別れの挨拶をする俺たち。そうして家路に着こうとしたその時、幸子さんから声をかけられた。
「あらちん、ちょっといい?」
「なんですか?」
幸子さんに声をかけられ振り向くと、先ほどの普段着のまま俺のそばまで来ていた幸子さんに少し驚く。そして――
「あらちん、幸せになるんだよ」
唐突に意味の分からない言葉を口にする幸子さん。
「・・・どういうこと――」
そんな幸子さんに対して俺が口を開くと、幸子さんが俺を静かに抱きしめてくる。
唐突な幸子さんの行動に驚く俺。今までからかったりする上でのこういった行動はあったが、今回みたいなケースは初めてだった。
「幸子さん?」
状況を飲み込めずオーバーヒートしそうな頭を無理矢理冷静にしながらそう口にする。そんな俺に対し、幸子さんは抱きしめる力を強めてくる。
「幸子姉ずるい!ひかりもお兄ちゃんを抱きしめる!」
静かに俺を抱きしめる幸子さんを妬ましく思った様子の光が俺の背後から抱き着いてくる。そんな光の行動に対し、まるで目に入っていないかのように口を開く幸子さん。
「あらちん。私はあなたがいじめっ子から助けてくれた時からずっと好き」
「幸子・・・さん?」
幸子さんの口にした言葉に、完全に理解が追いつかなくなる。だが幸子さんは俺の状態を気にすることなく、微笑みながら言葉を続ける。
「今も、きっとこれからも、あらちんの事が好き。――でも、私の初恋は叶わない。もう、十分に幸せを貰ったから。これから何があっても私はあらちんを忘れないし、忘れたくない。・・・あらちんは、どう?」
幸子さんの告白に取れる言葉をゆっくりと頭の中で理解していく。だが俺には、彼女の台詞に対する答えは出てこない。――それどころか、今すぐ幸子さんが消えてしまいそうな錯覚に捕らわれていた。
「・・・・・・俺も幸子さんのことは絶対に忘れない」
嘘偽りない思いを伝えるために、俺は静かに口を開く。だがその後の言葉が続かなかった。――きっと、俺が恋でもしていれば幸子さんを慰める言葉が浮かんだのだろう。だが俺は恋をしたことが無い。――唯一、初恋と言えそうな存在も今は妹同然の存在だ。そんな俺が下手に言葉をかけたところで幸子さんを慰めることは出来ない。
だが俺はそれでも言葉を続けた。
「忘れることなんて出来ないし、忘れたいとも思わない。・・・だから幸子さんはいつも通りでいてください」
俺に抱き着いたまま俺の言葉を聞く幸子さん。正直、なんで彼女がこんな行動に出たのか分からなかったが、俺はどうしてもそう口にしないという選択は無かった。――今思えば告白同然な言葉にも思える。だが幸子さんの台詞からそういった可能性に進むことは皆無だろう。その証拠に幸子さんは小さく呟いた。
「あらちん、ありがとう。・・・でも、それを言うべき人は他にいるよ」
俺にくっつく光にも聞こえないであろうくらいに小さく呟いた幸子さん。それを聞いた俺は、同時にみやこの姿を思い浮かべていた。
(・・・なんでみやこの顔が出てくるんだよ!)
内心で叫ぶ。なぜみやこが出てきたんだろうか?やっぱり俺はみやこの事が好きなのだろうか?・・・だが、やっぱり胸が高鳴ったり、みやこの事で頭がいっぱいになるということは無かった。――なら、なぜみやこの姿が思い浮かんだのだろうか。
「――あらちん、好きな子の事って、不意に頭に浮かぶものなんだよ」
そんな俺の心中を見抜いたように幸子さんが口を開く。
「え、お兄ちゃん、好きな人がいるの!?」
俺が幸子さんの口にした台詞を理解するより早く光が口を開く。だが俺は、それに答えることなく幸子さんの口にした台詞を反芻していく。
「ねえ、お兄ちゃん、どうなの!?」
黙り込んだ俺に対して叫ぶ光。だが俺の耳には残らなかったようで、光の口にしたことに対する答えとは全く違う言葉を口にしていた。
「幸子さん、さっき「初恋は叶わない」って言いましたよね?あれはどういう意味なんですか」
「お兄ちゃん、ひかりの話聞いてたー!?」
俺の台詞に対し、答えを得られなかった光が不満そうな声を上げる。そして幸子さんの方は困った表情を浮かべると――
「・・・私の初恋はもう終わってるから。さっきも言ったでしょ?」
今にも泣きだしそうな表情になる幸子さん。そして――
「あらちんが「忘れない」って言葉を言うべきなのは、宮川さんなんだよ・・・」
泣き出しそうな表情を超えて辛そうな表情になる幸子さん。――俺にはやっぱり分からないが、おそらく俺は傍(はた)から見てもみやこに対して特別な感情を抱いているように見えているんだろう。・・・以前にも光がみやこの事ばかり口にして嫉妬したと言っていた。きっと俺がそう意識していない――いや、意識してこなかっただけで本当はみやこのことが気になっていたんだろう。実際、何度か似たようなことでみやこの顔が出てきている。つまりは、そういうことなんだろう。
「・・・よく分かりませんけど、心には留めておきます」
俺は本心と裏腹にそう口にする。・・・きっとそう口にしたのは、みやこの事が好きになっているという実感――確証が無かったからだ。
俺には誰かを好きになるという気持ちは分からない。年頃の高校生にしては珍しいとは思うが、俺は初恋すらしたことが無い。いつも自分の事や光のことで手一杯だったのだ。たった17年程度だが、誰かを・・・特に異性を気にする余裕なんて無いほどの人生だった。
だが、間接的ではあるが幸子さんにそのことを指摘され、恭介兄に関係を疑われ、光にも妬かれた。――おそらく3人以外にも似たようなことを思っている友人はいるだろう。
だが、そこまで来ても、俺には誰かを好きになっているという感覚は分からなかった。
「・・・幸子さん、一体どれだけ買う気なんですか?」
俺は目の前の光景に思わず息を飲む。なぜなら、幸子さんが除雪用のシャベルだけではなく防災グッズ類にまで手を出していたからだ。バックを初め、水に懐中電灯。それからなぜか防火マットに加えその他諸々。中には食品も含んでおり、いくら何でも買いすぎだろうと思うその量は、カゴ2つどころか、俺や光まで両手にカゴを持ってもまだ足りないほどだった。
「まだまだ~。備えあれば憂いなし、だよ~」
「いや、そうでしょうけど・・・」
いくらなんでも、限度ってものがあるだろう。
その言葉を飲み込んだ俺は、光と共にその後1時間近く幸子さんの荷物持ちとなったのだった。なお、レジの店員さんに少し驚かれたのは余談だったりする。
そうして幸子さんの買い物が終わり店を出た俺たちは、大量の荷物を抱えながら幸子さんの自宅へと向かっていた。俺が両手に袋を抱え、幸子さんと光がそれぞれ1つずつ袋を持ちながら歩道を歩いていく。
「・・・あ、雪だ」
不意に光が声をあげ、朝からどんよりとしていた空を見上げる。それに釣られて俺と幸子さんも空を見上げると、灰色の雲の隙間から小さな白い物体がゆらゆらと地面へ舞い降りて来ていた。
「ほんとだ~・・・急がないとあらちん達が帰る時大変になるね」
「ですね。少しペースを上げましょう」
雪に降られながら道を急ぐ俺たち。そうして幸子さんの家に着いた頃には少しばかり吹雪き始めていた。
幸子さんの家に上がらせてもらい、雪が弱くなるまで待つことにした俺と光は、幸子さんの家のリビングで外を眺めていた。
「不味いな・・・どうやって帰ろうか」
俺は外で吹雪く雪を見ながらそう零す。・・・今の勢いなら決して帰れないほどではないが、帰り時間を考えると強くなる可能性も十分にあるため、今から歩いて帰るのは自殺行為に近い。
「タクシーでも呼ぶ?料金は私が払うよ」
部屋で着替えてきたらしき幸子さんが俺に声をかけてくる。
「いや、それは悪いですし・・・。ていうか、なんですか、その格好」
「ん~?なんだと思う~?」
俺の質問に対し疑問形で返してくる幸子さん。これは正直に答えていいものなのだろうか、俺の目の前にいる幸子さんは真面目な性格からは想像できないくらいにだらしない服の着方をしていた。・・・ていうか、襟元が伸びきっているせいで胸が微妙に見えてしまっている。
「・・・お兄ちゃんの助平」
窓のそばにいた光が、なぜか俺の視線に気づいたらしく、俺の方を睨んでくる。――おかしいな、幸子さんの胸を意識して見た覚えはないんだが。ていうか、今のこの状況は不可抗力だろ?なぜなら、幸子さんは若干前かがみで俺の方を見ているのだから、顔を合わせようとすると自然に視界の端に映ってしまうのだ。
「光、これは不可抗力というやつだからな?ていうか、幸子さんもなんでそんな態勢なんですか」
「あらちんが座ってるからだよ?」
「なら幸子さんも座ればいいでしょ。なんでわざわざ前かがみになってるんですか?」
「・・・なんでだろうね~。でも、あらちんも眼福だからいいよね~」
見事に話の通じない――もとい、受け流される会話が続く。なんだ、眼福って。そもそもこっちは目を逸らしてるから。
「意味わかんないんですけど・・・とにかく、座ってくださいよ」
「作戦失敗。・・・あ、あらちんコーヒー飲む?」
何かを口走った後に、俺にそう尋ねてくる幸子さん。そうして俺の答えを聞かずに台所へ向かった彼女は、少しするとコーヒーの匂いを部屋中に漂わせ始める。
すると、窓際で外を見ていた光が俺の隣に座り、幸子さんに声をかける。
「幸子姉、ひかりはココアね!」
「分かってるよ~。お砂糖いっぱい入れておくね~」
「ぶー、もう子供じゃないもん!スプーン3杯で飲めるもん!」
幸子さんに対して頬を膨らませながらそう口にする光。ちなみに光は俺以上の子供舌の持ち主で、苦いもの辛い物はほぼ全て駄目だったりする。ちなみに昔は、コーヒー飲料では甘めの部類に入るココアですら飲めないほどだった。しかも市販のもので、だ。――それでも砂糖3杯というのはかなり甘い部類に入ると思うんだが。
「ふふ、あらちんは~?」
「俺は1杯でいいですよ。・・・間違っても山盛りに入れないでくださいよ」
尋ねられた俺はあらかじめ幸子さんに釘を刺す。実は昔、幸子さんにこれでもかとミルクと砂糖をぶち込まれたコーヒーを飲まされたことがあった。あの時飲まされたコーヒーは「泥色をした胸焼けしそうな何か」という表現が一番近い。とにかく、この世の物とは到底思えない物だったのだ。
それから程なくし、幸子さんの手によって運ばれてきた飲み物を口にする俺たち。
「そういえば、俺たちが知り会ってから何年経ったんでしょう?」
3人でのんびりと温かい飲み物をすすっていると、不意にそんな疑問が浮かんできた。
「ええっと、私が小学校2年生の時だから・・・」
「10年だよ、お兄ちゃん。ちなみに光とお兄ちゃんは16年だよ~」
俺の向かいに座る幸子さんが指を折りながら数えていると、俺の隣に座る光から答えが出てくる。そして何を思ったのか、俺と出会ってからの年月も口にする光。
「・・・もう10年か。そういえば、2人って出会ってからすぐに意気投合してなかったっけ?」
10年前の記憶を思い出しながらそう口にする。俺の記憶通りなら、幸子さんと光の2人は数回顔を会わせただけで仲良くなっていたのだ。
「そうでもないよ~?光ちゃんとはあらちんが見てない所で結構喧嘩したんだよ~?」
俺の台詞に対してそう口にする幸子さん。俺は2人ともすぐに仲良くなったと思っていたから、喧嘩していたという事実は意外だった。――いや、喧嘩をしたからこそすぐに打ち解けたのか。
「あれは幸子姉がひかりをからかったからだよ!」
「光ちゃんをからかうのは、私にとって唯一の気が休まる瞬間だったんだよ~?」
俺が感心している間にも続いていく2人の会話。どうやら、当時荒れていた幸子さんは俺と一緒に居た光をいじることでいじめによるストレスを抜いていたらしい。・・・いや、待て。よくよく考えたら俺も結構幸子さんにいじられた記憶があるぞ?
「そういえば、俺も何度かいじられた記憶が・・・」
そのことを思い出した瞬間、俺の脳裏に溢れてくる幸子さんにいじられた記憶の数々。それと同時に、なぜ俺がそのことを覚えていなかったのかを理解してしまった。
「あー、そういえばお兄ちゃん、やたら幸子姉に学校で付き纏われてるって言ってたね。「いじめっ子を助けたら逆にその子に付き纏われて困ってるんだ」って」
どうやら光にその当時のことを愚痴っていたらしく、光の口からも俺の記憶を裏付ける言葉が出てくる。――そう、俺は言わばストーカー被害に遭っていたのだ。
学校でも帰宅中でも幸子さんが俺の後について来て、俺が声をかけるといじられてばかりいた。まあ、それは今もあまり変わらない気もするが。
「あらちん、私のことをそんな風に思ってたの~?」
「いや、あれはほぼストーカーですよ?世間の手を出さないストーカーが可愛く思えるくらいでしたからね?」
「ひど~い。私、そんな自覚は無かったんだけどな~」
「自覚無いからこそ扱いに困ってたんですよ!」
ふわふわとした口調で話す幸子さんに思わず声を荒げてしまう。おそらく、当時の幸子さんに対するストーカー行為はそれだけで説明できるだろう。
声を荒げた俺に対し、幸子さんは特に気にした様子もなく口を開く。
「そうなの~?でも、あらちんが気づいてたんなら公認だね~」
「いや、俺、認めた覚えはありませんけど?」
また微妙に間違った言葉の使い方をする幸子さん。確かに俺は幸子さんの行動には気づいていたが、気にしないようにしていただけで認めた覚えはない。――いや、待てよ?気づいているのに黙っていたら黙認していることになるのか?それならある意味公認?・・・いや、ここで認めてしまうとこの世のストーカー全員を公認ストーカーにしてしまいかねないな。
「一旦ストーカー云々は置いておいて。幸子さんと光は気づいたら仲良くなってたけど、何かあったんですか?」
話があらぬ方向へと行き始めた気がした俺は、そもそも昔話を始めた理由の1つである2人が仲良くなった話を尋ねる。何度も言っているように、俺は2人が心を許し合った瞬間を知らない。気づいたら2人は意気投合していた為、俺は決定的な出来事を知らなかったのだ。
「いつかな~?多分、出会ってから数日後かな?3人で遊んでた時に、私をいじめてた子が来たんだよ~」
「ああ、ありましたね。その時は俺が次の標的になってたんでしたっけ」
「そうだよ~。で、あらちんが連れていかれた時、光ちゃんが泣きだしちゃったんだよ~」
当時のことを振り返りながら話を続けていく俺たち。確か、俺が幸子さんをいじめっ子から助けた1週間後くらいだったか。そのくらいに2人は知り会って、その数日後に学校の校庭で3人で遊んでいると幸子さんをいじめていた集団が俺に用があるってやってきたんだったか。そこで俺は1人でその集団について行って、確かいじめっ子共を泣かしてやった記憶がある。
俺がそんなことをしている間に、2人は2人で何やらあったらしく、それが元で仲良くなった、というところだろう。確かにあの頃の光はまだ情緒不安定な部分があって、何かの拍子に泣き出すことがよくあった。――そして光を泣き止ませられるのはなぜか俺だけという状況だったせいで、一年生の頃は何度か学校に幼稚園から連絡があったんだっけ。今思えばかなり悪目立ちしていた気がするが、よくいじめの標的にならなかったなと思う。
「そうなのか、光?」
「ふえ!?うーん・・・多分、そう。お兄ちゃんが連れていかれた時、なんだか胸が締め付けられるような感覚がしたことは覚えてるんだけど・・・」
俺に尋ねられた光が驚いた声を上げながらそう返す。だが言葉の節々が曖昧な様子から、その時のことはよく覚えていない様子だった。
「あらちんが連れていかれた後~、光ちゃんが泣きながら「お母さん、お父さん、お兄ちゃん、置いて行かないで」って。急にそう言いだしたから、私、どうしたらいいのか分からなくって~」
幸子さんが当時のことを口にしていく。
「それで光ちゃんを抱きしめて~。そのまま「お姉ちゃんが居るからね」って言ったんだよ~」
「あ、そこからはひかりも覚えてる!たしか、幸子姉に「お姉ちゃんって呼んでもいい?」って言ったんだよ」
幸子さんの台詞に対し反応した光が口を挟む。
「そうか、光が幸子さんのことを「幸子姉」って呼ぶのはそういう理由があったからなんだな」
「うん、そうだよ」
俺は光の台詞に納得する。最初幸子さんと会った時は彼女のことを呼ぼうとすらしなかった光がすぐに打ち解けたのは、俺と似たような状況になったからのようだった。
「それで思い出したんだけど~、光ちゃんの両親って、本当は生きてるんだよね~?」
「幸子さん、どこでその話を?」
光の台詞に納得していた俺に対し、幸子さんが声をかけてくる。そしてそれを聞いた俺はつい険しい表情になってしまう。なぜなら、光の両親が彼女を捨てたということは俺たち家族以外には恭介兄とみやこしかいない。そうなると、恭介兄が口にしたに違いない――俺がそう思っていると、幸子さんから真実が語られた。
「実は、その時に光ちゃんが口にしてたんだよ~。でもその時は聞くべきか迷っちゃって、今まで忘れてたんだよ~。あ、無理に話さなくてもいいよ、きっと簡単なことじゃないだろうから~」
俺の顔を見ながらそう口にする幸子さん。それを聞いた俺は隣に座る光を見る。すると光は小さく頷き、俺に話してもいいという表情になる。
「・・・実は、光の両親は光を捨てたんだ」
俺はそう前置きすると、あの日あったことを説明していく。そうして俺からの説明を聞き終わった幸子さんは辛そうな表情を浮かべると、静かに光を抱きしめる。
対する光もされるがままに幸子さんを受け入れる。まるで姉妹のような2人はしばらくそのままの態勢で抱き合うと、静かに離れていく。
「光ちゃんのことをまた知れたよ~。2人はやっぱり大事な友達だよ~」
「幸子姉はやっぱりひかりのお姉ちゃんだよ。ありがとう♪」
互いにそう口にすると、2人は俺の顔を満面の笑みで見てきたのだった。
それからしばらく話をしていた俺たち。すると、ふと窓の外を見た光が声を上げた。
「あ、雪やんでるよ」
光の口にした台詞に引かれるように窓の外を見る俺と幸子さん。少し前まで吹雪いていた雪は見事にやみ、雲に覆われたままの空はまるで次の降雪の準備をしているかのようだった。
「それじゃあ今の内に帰るか」
俺は窓の外から見える景色を見てそう口にする。そうして幸子さんの自宅から外へと出ていく俺と光。
「あらちん、またね~」
「幸子さん、また来年に」
「幸子姉、ばいば~い」
互いに別れの挨拶をする俺たち。そうして家路に着こうとしたその時、幸子さんから声をかけられた。
「あらちん、ちょっといい?」
「なんですか?」
幸子さんに声をかけられ振り向くと、先ほどの普段着のまま俺のそばまで来ていた幸子さんに少し驚く。そして――
「あらちん、幸せになるんだよ」
唐突に意味の分からない言葉を口にする幸子さん。
「・・・どういうこと――」
そんな幸子さんに対して俺が口を開くと、幸子さんが俺を静かに抱きしめてくる。
唐突な幸子さんの行動に驚く俺。今までからかったりする上でのこういった行動はあったが、今回みたいなケースは初めてだった。
「幸子さん?」
状況を飲み込めずオーバーヒートしそうな頭を無理矢理冷静にしながらそう口にする。そんな俺に対し、幸子さんは抱きしめる力を強めてくる。
「幸子姉ずるい!ひかりもお兄ちゃんを抱きしめる!」
静かに俺を抱きしめる幸子さんを妬ましく思った様子の光が俺の背後から抱き着いてくる。そんな光の行動に対し、まるで目に入っていないかのように口を開く幸子さん。
「あらちん。私はあなたがいじめっ子から助けてくれた時からずっと好き」
「幸子・・・さん?」
幸子さんの口にした言葉に、完全に理解が追いつかなくなる。だが幸子さんは俺の状態を気にすることなく、微笑みながら言葉を続ける。
「今も、きっとこれからも、あらちんの事が好き。――でも、私の初恋は叶わない。もう、十分に幸せを貰ったから。これから何があっても私はあらちんを忘れないし、忘れたくない。・・・あらちんは、どう?」
幸子さんの告白に取れる言葉をゆっくりと頭の中で理解していく。だが俺には、彼女の台詞に対する答えは出てこない。――それどころか、今すぐ幸子さんが消えてしまいそうな錯覚に捕らわれていた。
「・・・・・・俺も幸子さんのことは絶対に忘れない」
嘘偽りない思いを伝えるために、俺は静かに口を開く。だがその後の言葉が続かなかった。――きっと、俺が恋でもしていれば幸子さんを慰める言葉が浮かんだのだろう。だが俺は恋をしたことが無い。――唯一、初恋と言えそうな存在も今は妹同然の存在だ。そんな俺が下手に言葉をかけたところで幸子さんを慰めることは出来ない。
だが俺はそれでも言葉を続けた。
「忘れることなんて出来ないし、忘れたいとも思わない。・・・だから幸子さんはいつも通りでいてください」
俺に抱き着いたまま俺の言葉を聞く幸子さん。正直、なんで彼女がこんな行動に出たのか分からなかったが、俺はどうしてもそう口にしないという選択は無かった。――今思えば告白同然な言葉にも思える。だが幸子さんの台詞からそういった可能性に進むことは皆無だろう。その証拠に幸子さんは小さく呟いた。
「あらちん、ありがとう。・・・でも、それを言うべき人は他にいるよ」
俺にくっつく光にも聞こえないであろうくらいに小さく呟いた幸子さん。それを聞いた俺は、同時にみやこの姿を思い浮かべていた。
(・・・なんでみやこの顔が出てくるんだよ!)
内心で叫ぶ。なぜみやこが出てきたんだろうか?やっぱり俺はみやこの事が好きなのだろうか?・・・だが、やっぱり胸が高鳴ったり、みやこの事で頭がいっぱいになるということは無かった。――なら、なぜみやこの姿が思い浮かんだのだろうか。
「――あらちん、好きな子の事って、不意に頭に浮かぶものなんだよ」
そんな俺の心中を見抜いたように幸子さんが口を開く。
「え、お兄ちゃん、好きな人がいるの!?」
俺が幸子さんの口にした台詞を理解するより早く光が口を開く。だが俺は、それに答えることなく幸子さんの口にした台詞を反芻していく。
「ねえ、お兄ちゃん、どうなの!?」
黙り込んだ俺に対して叫ぶ光。だが俺の耳には残らなかったようで、光の口にしたことに対する答えとは全く違う言葉を口にしていた。
「幸子さん、さっき「初恋は叶わない」って言いましたよね?あれはどういう意味なんですか」
「お兄ちゃん、ひかりの話聞いてたー!?」
俺の台詞に対し、答えを得られなかった光が不満そうな声を上げる。そして幸子さんの方は困った表情を浮かべると――
「・・・私の初恋はもう終わってるから。さっきも言ったでしょ?」
今にも泣きだしそうな表情になる幸子さん。そして――
「あらちんが「忘れない」って言葉を言うべきなのは、宮川さんなんだよ・・・」
泣き出しそうな表情を超えて辛そうな表情になる幸子さん。――俺にはやっぱり分からないが、おそらく俺は傍(はた)から見てもみやこに対して特別な感情を抱いているように見えているんだろう。・・・以前にも光がみやこの事ばかり口にして嫉妬したと言っていた。きっと俺がそう意識していない――いや、意識してこなかっただけで本当はみやこのことが気になっていたんだろう。実際、何度か似たようなことでみやこの顔が出てきている。つまりは、そういうことなんだろう。
「・・・よく分かりませんけど、心には留めておきます」
俺は本心と裏腹にそう口にする。・・・きっとそう口にしたのは、みやこの事が好きになっているという実感――確証が無かったからだ。
俺には誰かを好きになるという気持ちは分からない。年頃の高校生にしては珍しいとは思うが、俺は初恋すらしたことが無い。いつも自分の事や光のことで手一杯だったのだ。たった17年程度だが、誰かを・・・特に異性を気にする余裕なんて無いほどの人生だった。
だが、間接的ではあるが幸子さんにそのことを指摘され、恭介兄に関係を疑われ、光にも妬かれた。――おそらく3人以外にも似たようなことを思っている友人はいるだろう。
だが、そこまで来ても、俺には誰かを好きになっているという感覚は分からなかった。
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