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1月1日・前編
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翌朝、ここ数日と異なる感覚に違和感を抱いた俺は、ふと目を覚ます。
(・・・光がいない・・・?)
なんとなく布団をめくり、いつもいるはずの存在がそこにいないことに嫌な予感を覚える。だが――
(・・・そうだ、今日から1月か)
そのことを思い出して、光がここにいないことの理由を悟った俺は居間へと向かう。
「おはよう、新君」
俺が居間に顔を出すと、既にみやこと光、祖父の3人が朝食をとっている最中だった。そして俺の姿を見たみやこが立ち上がると、そのまま台所へと姿を消していく。
「あけましておめでとう、新。今年もよろしく頼むぞ」
「あけましておめでとう、じいちゃん」
祖父から新年の挨拶をされ返す。すると、光の方からも声が上がる。
「お兄ちゃん、ひかりにも!」
そう口にしながら、自分にも挨拶をして欲しいとねだる光。一応、昨日日付が変わったタイミングで俺とみやこ、光の3人で挨拶はしたんだがな・・・。まあ、朝になってからまたするのもいいか。それに「新年の挨拶は1回しかしてはいけない」ということもないだろう。
「ああ、あけましておめでとう、光」
そう考えた俺が光に新年の挨拶を口にする。それに対し光は嬉しそうな表情を浮かべた後、食べかけの朝食を口に運んでいく。
(・・・光からはないんだな)
朝食を食べ始めた光の姿を見て思わずそう思ってしまう。――いや、普通なら挨拶を返す流れだろ・・・?
それから少しして、台所から姿を現すみやこ。その手には、光たちが食べているのと同じお雑煮が乗ったお盆が握られていた。
お盆に乗せたお雑煮を俺の定位置に置くみやこ。
「あ、遅れたけど、あけましておめでとう」
「あけましておめでとう、みやこ。・・・ていうか、今日くらいは家で食べてもよかったんじゃないのか?」
定位置に置かれたお雑煮の前に座り、俺はみやこに声をかける。――さすがに一年の始まりの日に、他人の家にいるというのはあまり良くないと思ったからだ。
だが、その俺の言葉に対してみやこが意外そうな表情を浮かべると、口を開いた。
「大丈夫よ、家には新君が起きる前に顔を出してきたから。それと、このお雑煮はお母さん達から持っていけって持たされたものなの」
「・・・この寒さの中持ってきたのか・・・」
みやこの言葉を聞いて思わず苦笑いを浮かべる。みやこの両親がした行動が、昔会った時の印象とはかけ離れた行動だったからだ。――まあ、お互いの家が数分の距離だからこそできる事なのだろうが。
「ええ。流石に寒かったわ・・・」
「だろうな」
現在時刻は午前6時15分過ぎ。おそらく、みやこが家に帰ったという時間はまだ日が昇っているかどうかの時間だろうから、相当寒かったはずだ。ていうか、あの後すぐに寝たとしても睡眠時間は5時間もなかったんじゃないのか・・・?
「・・・何よ、人の顔をじっと見て」
気づけば俺は無意識の内にみやこの顔を見ていたらしく、俺の視線に気づいたみやこに鬱陶しそうな視線を向けられる。
「あ、いや。みやこって早起きだよなって思っただけだ」
「なによ、それ。・・・ていうか早くしないと間に合わなくなるわよ」
俺の台詞に首を傾げるみやこだったが、時計を見ると俺に早く食べるように急かす。
みやこに急かされて俺はすぐに朝食を口に運んでいく。だがお雑煮ということもあり、食べきるのに少し時間がかかったのだった。
朝食を食べ終えた俺は、急ぎながら出かける準備を済ませると居間に顔を出していた。そこには既に準備を終えた光と、彼女にお年玉を手渡す祖父の姿もあった。
「ありがとう、おじいちゃん!」
祖父からお年玉を渡され、それをすぐに開ける光。そしてその中身を見て目をぱちくりさせ始める。
「・・・どうしたんだ、光?中身が無かったとかか?」
お年玉の中身を見て不可解な動きを始めた光に声をかけると、光がゆっくりとお年玉の入った袋の中身を俺に見せてくる。その中に入っていたのは、1枚のお札。
「・・・?」
その額を見て俺は疑問を抱く。別にお年玉で5千円札が1枚入っているなんておかしなことではない。だが俺は、この時、お札に隠れていた紙切れに気づいていなかった。
「どうしたんだ、5千円なんておかしな量じゃないだろ?」
「違う、これ」
そう言いながら光が袋の中から1枚の紙きれを取り出す。さきほど俺が中身を見た時にはちょうど見えていなかったものだった。
「「がんばれ」・・・?」
俺は紙切れに書いてあった文字を音読する。光が差し出した紙切れに書かれていた文字は、どこかで見たことがあるような気がした。なぜなら、その紙切れに書かれていた文字は祖父の癖の強い字体ではなく、まるで書道家のような美しい字体で書かれていたからだった。
「・・・じいちゃん、これって――」
俺が祖父に尋ねようとした、ちょうどその時。
「お待たせー・・・って、どうしたのよ。ほら、さっさと行くわよ」
準備を終えたみやこが、居間に姿を現したのだった。
みやこの登場によりもやもやとした疑問を抱いたまま家を出た俺は、昨日恭介兄たちとの集合場所にした食堂に顔を出していた。
すでに食堂には林太と海と幸子さんの姿があり、恭介兄と金太郎はまだ来ていない様子だった。
「あけましておめでとう~、あらちん、光ちゃん、宮川さん」
俺たちが食堂に入ってきたことに最初に気づいた幸子さんが、新年の挨拶と共に手を振ってくる。
「あけましておめでとうございます、幸子さん。林太と海も」
「あけおめ、新。光と宮川さんも」
「あけましておめでとうございます、新さん、光さん、宮川さん」
そうして順々に挨拶を終えた俺たちは、その光景を眺めていた店主のおじさんにも挨拶をする。
「あけましておめでとう、皆。というわけで、お年玉代わりに今日の昼から開催する新年会にご招待だ。っと、お酒は出ないから安心していいぞ」
冗談を口にしながら、俺たちに新年会に来ないかと誘ってくるおじさん。実は毎年、ここの食堂では1月1日限定で「新年会」という名の食事会を開催している。
参加するのは地元の人間が多くを占めているが、来るものは拒まずということで、他所から訪れた観光客もそれなりの数が参加している。――というのは便宜上の表現で、初詣に来た人を片っ端からハントする大人たちによって参加させられているという噂もある。だがどちらにせよ、地元の人間でなくとも参加している人がいるというのは事実だった。
昼間からお酒を飲む人間がいるのかは知らないが、他所から来た人でも参加しやすいのはお酒が出ないことも理由の1つだろう。
そして地域住民の人間性が知れることから、一部では「町興しの一環」と捉えられている節がある。おそらく、大人たちのハント行為もその一環として見られているのだろう。俺は1度見たことがあるが、あれはナンパとなんら変わらなかったし。
おじさんがそう口にした次の瞬間、食堂の扉が開く音と同時に、食堂内へと宣言するような声が響く。
「もちろん全員参加決定だ」
急に食堂内に響く声。その声の主は俺たち全員の代わりにおじさんに参加の意思を表明すると、俺たちの前に姿を現した。
「あけましておめでとう、恭介兄」
「おう、新。今年もよろしくな」
俺に挨拶され片手を上げながら返してくる恭介兄。というか、勝手に参加すると言っていたが、俺たち個人の意思は聞かなくていいのだろうか?
「全員参加か。よし、ホルモンうどん大量に作っておくから期待しててくれよ」
・・・どうやら強制参加らしかった。ていうか、受験生もいるんだがいいのか?
そう思った俺は海のほうへ視線を向ける。すると、海の方も俺に視線を向けていたらしくばったりと目線が合う。すると海は困ったような表情を俺に向けてくる。
(・・・恭介兄を悪者にしとけ)
そんな海に対して目線だけでそう語る。すると無事に海に届いたようで、小さく頷いた。もしもおばさんに何か言われたとしても、林太も証言できるし問題はないだろう。そもそも、おそらく今回に関しては何も言わないだろうし。
「わりい、遅くなった」
それから少しして姿を現した金太郎に新年の挨拶をした俺たちは、8人で昨日解散した神社に向かったのだった。
それからしばらく歩き、昨日同様人で賑わう神社へとやってきた俺たちは、参拝客が並ぶ列の最後尾に並ぶと早速話を始める。
「そうだ、皆、今年の抱負は何にするんだ?」
なんの変哲もない世間話を続けていると、不意に恭介兄が口を開きそう尋ねだした。
「オレは今年こそ全国出場かな。それで大学の推薦を受ける」
恭介兄の質問に対し一番最初に答える林太。現在陸上部に所属する林太は、50メートル6秒台という俊足ながら長距離もこなす、いわば陸上部のエースだった。だがいつも、あと少しという所で全国出場を逃してきたという経験がある。
全国大会に出られれば、それだけでも大学からの推薦の可能性が出て来る。もしそれで進学できれば両親に楽をさせられる――というのは、林太がいつも口にしている言葉だ。
「ふむふむ、林太はそうなのか。じゃあ海は?」
「俺は・・・特にないです。強いて言うなら俺らしく過ごす、かな」
「ならそれでいいんじゃないか?で、金太は?」
「オレ!?えーっと、か、彼氏、を作る?」
海の次に抱負を聞かれた金太郎が挙動不審気味になりながら疑問形で答える。
「なんで疑問形なんだ?まあ、彼氏を作るんだな?応援してるぞ」
恭介兄が少しだけ悪い顔になりながら、金太郎の抱負を応援すると口にする。
「じゃあ次は佐藤」
「は~い。私は無いわ~」
「そうか、なら宮川」
幸子さんの台詞を聞いて面白くなさそうな表情をした恭介兄だったが、すぐにみやこに抱負を尋ねる。ていうか、目標が無くていいのか?幸子さん。
「私?・・・感謝を忘れない、かしら」
「林太並みにまともだな」
みやこの抱負を聞いてそう口にする恭介兄に対して、金太郎と海がそれぞれ文句を口にする。
「オレのはまともじゃないっていうのか?井上先輩?」
「俺のもまともだと思うんですけど」
「金太は欲まみれ、海はそもそも無かっただろう?」
文句を口にする2人に対してそう口にする恭介兄。すると2人は、明らかに落ち込んだ様子になる。
「欲まみれ・・・!?」
「いや、そうですけど・・・」
「別に2人とも普通だと思うけどなぁ」
そんな2人の様子に耐えかねた俺はそう口にする。すると2人は俺の言葉に対する同意を得ようと、恭介兄以外の面々に視線を送る。
そんな2人に対して頷くみやこ達。その様子を見た金太郎と海は安心した表情を浮かべていた。――昔から思うんだが、恭介兄の感覚は本当に理解できないことがあって困る。
「さて、残るは光と新だな。光はなんとなく予想が出来るから新からいくか」
その恭介兄の台詞に不満そうな声を上げる光。
「ええ~。ひかりに先に聞いてよ」
「光はいつも通り「お兄ちゃんといちゃいちゃする」だろう?」
「今年は違うもん!」
不満そうな声を上げた光に対して恭介兄がそう口にすると、光が頬を膨らませながら否定する。ちなみに恭介兄が口にした言葉は、光と初詣に来た時には必ず聞く言葉だったりする。
だが今年は少し違ったようで、光が俺より先に抱負を口にする。
「ひかりの今年の抱負は「家族を探す」だもん」
光がそう口にした途端、気まずい空気が流れていく。光の両親が彼女を置いてどこかへ行ったことは知らないが、光に両親が居ないことは全員が知っていたからである。
そして彼女の両親が光を置いて居なくなったことを知る俺と恭介兄、みやこの3人は表情を強張らせる。
「探す?確か亡くなったって言ってなかったか?」
光の言葉に疑問を口にする林太。そんな林太に対し、光は困ったような表情を浮かべて答えあぐねていた。
その光景を見た俺は、光の代わりに嘘の説明をする。
「あ、実はな、テレビに出た光の姿を見て光の親戚が事務所に連絡したらしいんだが、なんか色々あって面会できなくなったらしい。なんでも、変なスキャンダルネタが何とかーって。な、光」
「う、うん。だからこっそり会いに行きたいんだけど、住んでるところも分からないから・・・」
俺の言葉に頷きながら言い訳を口にしていく光。
「ふーん、そうなのか。・・・芸能人っていうのも大変だな」
ひとまず俺たちの説明に納得した様子を見せる林太。そして俺は、下手に今の話題を掘り返されないように今年の抱負を口にする。
「最後は俺だな。・・・俺は友達を大事にする、かな」
「・・・一番まともで嬉しい言葉だな」
俺の抱負を聞いた恭介兄がそう口にする。残る面々も同じような反応を俺に向けてくる。だが俺にとっては、言葉通りの意味だけではなく、みやこの話で感じたことに対する意味も入っていた。
(多分、1月4日に何かがあるってことなんだろうな。あの夢の通りなら車に轢かれるってことなんだろうけど・・・)
皆の視線を受けながら内心でそう思う。だが、本当にそれだけで回避できるものなんだろうか?人間が1人死ぬかどうかなんて、世界からしたら誤差程度の認識でしかなさそうなんだが・・・
(いや、むしろ誤差程度なら変わる可能性はある、か?)
1人思考していく俺はそのまま賽銭箱の前まで来ると、神様へお参りをする。
(みやこを救えますように)
静かに、ただ頭に出てきたことだけを願う。そうしてお参りを済ませた俺はおみくじを引くため、先にお参りを済ませた恭介兄たちの元へ向かったのだった。
恭介兄たちの元へ着いた俺は、財布から100円玉を取り出し、おみくじの入った容器についている容器の中へ放り込むと、何枚もあるおみくじの中から1枚をつかみ取る。
そして少し離れた位置に行くと、俺は静かに中身を確認する。
(大吉か・・・当たり前というか、書いてあることは悪いことばかりじゃないな)
おみくじの内容を見ながら、俺はそんな感想を抱く。ただ、一か所だけ気になるところがあった。
(「失物 近くにあり」か。・・・正直、この内容だけは見たくなかったな)
こっちに来てから見た夢やみやことの会話から、4日に何かが起こるというのは分かっている。そしてこの結果だ、タイミングが悪すぎる。
「新、内容はどうだったんだ?さっきから複雑そうな顔だが」
考え事をしていた俺に対し、恭介兄が声をかけてくる。
「いや、何でもないよ恭介兄」
それに対し、首を振りながらそう口にする。
「なんでもない訳ないだろ、あんな顔しといて。なんだ、大凶でも引いたか?」
笑いながらそう口にする恭介兄。恭介兄には悪気はないんだろうが、今の俺の心理状態はそれに等しい。そのせいもあってか、俺は少し声を荒げてしまった。
「大凶ならどれだけよかったか。大吉だから困ってたんだよ」
「・・・新?」
急に声を荒げた俺に対し、恭介兄が驚いた表情になる。そのことに気づいた俺は咄嗟に謝る。
「あ、ごめん・・・何でもないから、気にしないで」
「新、ちょっと見せてみろ」
謝った俺に対して、そう口にしながらおみくじをひったくる恭介兄。そしてその内容を音読すると、不思議そうな視線を俺に向けてくる。
「なんだ、別に良いことばかりじゃないじゃないか。・・・というか、この内容でなんで大凶のほうがいいんだ?」
恭介兄が抱いた疑問は至極真っ当だった。
確かに俺も最初その感想を抱いた。だが――
「失せ物、近くにあり。・・・実は最近、変な夢ばかり見るんだ。だから、ちょっと過敏になっててさ」
俺がそう口にすると、みやこを除いた面々から「気にすることはない」と声をかけられる。そしてみやこの方はというと、何かを考えている様子だった。
(・・・光がいない・・・?)
なんとなく布団をめくり、いつもいるはずの存在がそこにいないことに嫌な予感を覚える。だが――
(・・・そうだ、今日から1月か)
そのことを思い出して、光がここにいないことの理由を悟った俺は居間へと向かう。
「おはよう、新君」
俺が居間に顔を出すと、既にみやこと光、祖父の3人が朝食をとっている最中だった。そして俺の姿を見たみやこが立ち上がると、そのまま台所へと姿を消していく。
「あけましておめでとう、新。今年もよろしく頼むぞ」
「あけましておめでとう、じいちゃん」
祖父から新年の挨拶をされ返す。すると、光の方からも声が上がる。
「お兄ちゃん、ひかりにも!」
そう口にしながら、自分にも挨拶をして欲しいとねだる光。一応、昨日日付が変わったタイミングで俺とみやこ、光の3人で挨拶はしたんだがな・・・。まあ、朝になってからまたするのもいいか。それに「新年の挨拶は1回しかしてはいけない」ということもないだろう。
「ああ、あけましておめでとう、光」
そう考えた俺が光に新年の挨拶を口にする。それに対し光は嬉しそうな表情を浮かべた後、食べかけの朝食を口に運んでいく。
(・・・光からはないんだな)
朝食を食べ始めた光の姿を見て思わずそう思ってしまう。――いや、普通なら挨拶を返す流れだろ・・・?
それから少しして、台所から姿を現すみやこ。その手には、光たちが食べているのと同じお雑煮が乗ったお盆が握られていた。
お盆に乗せたお雑煮を俺の定位置に置くみやこ。
「あ、遅れたけど、あけましておめでとう」
「あけましておめでとう、みやこ。・・・ていうか、今日くらいは家で食べてもよかったんじゃないのか?」
定位置に置かれたお雑煮の前に座り、俺はみやこに声をかける。――さすがに一年の始まりの日に、他人の家にいるというのはあまり良くないと思ったからだ。
だが、その俺の言葉に対してみやこが意外そうな表情を浮かべると、口を開いた。
「大丈夫よ、家には新君が起きる前に顔を出してきたから。それと、このお雑煮はお母さん達から持っていけって持たされたものなの」
「・・・この寒さの中持ってきたのか・・・」
みやこの言葉を聞いて思わず苦笑いを浮かべる。みやこの両親がした行動が、昔会った時の印象とはかけ離れた行動だったからだ。――まあ、お互いの家が数分の距離だからこそできる事なのだろうが。
「ええ。流石に寒かったわ・・・」
「だろうな」
現在時刻は午前6時15分過ぎ。おそらく、みやこが家に帰ったという時間はまだ日が昇っているかどうかの時間だろうから、相当寒かったはずだ。ていうか、あの後すぐに寝たとしても睡眠時間は5時間もなかったんじゃないのか・・・?
「・・・何よ、人の顔をじっと見て」
気づけば俺は無意識の内にみやこの顔を見ていたらしく、俺の視線に気づいたみやこに鬱陶しそうな視線を向けられる。
「あ、いや。みやこって早起きだよなって思っただけだ」
「なによ、それ。・・・ていうか早くしないと間に合わなくなるわよ」
俺の台詞に首を傾げるみやこだったが、時計を見ると俺に早く食べるように急かす。
みやこに急かされて俺はすぐに朝食を口に運んでいく。だがお雑煮ということもあり、食べきるのに少し時間がかかったのだった。
朝食を食べ終えた俺は、急ぎながら出かける準備を済ませると居間に顔を出していた。そこには既に準備を終えた光と、彼女にお年玉を手渡す祖父の姿もあった。
「ありがとう、おじいちゃん!」
祖父からお年玉を渡され、それをすぐに開ける光。そしてその中身を見て目をぱちくりさせ始める。
「・・・どうしたんだ、光?中身が無かったとかか?」
お年玉の中身を見て不可解な動きを始めた光に声をかけると、光がゆっくりとお年玉の入った袋の中身を俺に見せてくる。その中に入っていたのは、1枚のお札。
「・・・?」
その額を見て俺は疑問を抱く。別にお年玉で5千円札が1枚入っているなんておかしなことではない。だが俺は、この時、お札に隠れていた紙切れに気づいていなかった。
「どうしたんだ、5千円なんておかしな量じゃないだろ?」
「違う、これ」
そう言いながら光が袋の中から1枚の紙きれを取り出す。さきほど俺が中身を見た時にはちょうど見えていなかったものだった。
「「がんばれ」・・・?」
俺は紙切れに書いてあった文字を音読する。光が差し出した紙切れに書かれていた文字は、どこかで見たことがあるような気がした。なぜなら、その紙切れに書かれていた文字は祖父の癖の強い字体ではなく、まるで書道家のような美しい字体で書かれていたからだった。
「・・・じいちゃん、これって――」
俺が祖父に尋ねようとした、ちょうどその時。
「お待たせー・・・って、どうしたのよ。ほら、さっさと行くわよ」
準備を終えたみやこが、居間に姿を現したのだった。
みやこの登場によりもやもやとした疑問を抱いたまま家を出た俺は、昨日恭介兄たちとの集合場所にした食堂に顔を出していた。
すでに食堂には林太と海と幸子さんの姿があり、恭介兄と金太郎はまだ来ていない様子だった。
「あけましておめでとう~、あらちん、光ちゃん、宮川さん」
俺たちが食堂に入ってきたことに最初に気づいた幸子さんが、新年の挨拶と共に手を振ってくる。
「あけましておめでとうございます、幸子さん。林太と海も」
「あけおめ、新。光と宮川さんも」
「あけましておめでとうございます、新さん、光さん、宮川さん」
そうして順々に挨拶を終えた俺たちは、その光景を眺めていた店主のおじさんにも挨拶をする。
「あけましておめでとう、皆。というわけで、お年玉代わりに今日の昼から開催する新年会にご招待だ。っと、お酒は出ないから安心していいぞ」
冗談を口にしながら、俺たちに新年会に来ないかと誘ってくるおじさん。実は毎年、ここの食堂では1月1日限定で「新年会」という名の食事会を開催している。
参加するのは地元の人間が多くを占めているが、来るものは拒まずということで、他所から訪れた観光客もそれなりの数が参加している。――というのは便宜上の表現で、初詣に来た人を片っ端からハントする大人たちによって参加させられているという噂もある。だがどちらにせよ、地元の人間でなくとも参加している人がいるというのは事実だった。
昼間からお酒を飲む人間がいるのかは知らないが、他所から来た人でも参加しやすいのはお酒が出ないことも理由の1つだろう。
そして地域住民の人間性が知れることから、一部では「町興しの一環」と捉えられている節がある。おそらく、大人たちのハント行為もその一環として見られているのだろう。俺は1度見たことがあるが、あれはナンパとなんら変わらなかったし。
おじさんがそう口にした次の瞬間、食堂の扉が開く音と同時に、食堂内へと宣言するような声が響く。
「もちろん全員参加決定だ」
急に食堂内に響く声。その声の主は俺たち全員の代わりにおじさんに参加の意思を表明すると、俺たちの前に姿を現した。
「あけましておめでとう、恭介兄」
「おう、新。今年もよろしくな」
俺に挨拶され片手を上げながら返してくる恭介兄。というか、勝手に参加すると言っていたが、俺たち個人の意思は聞かなくていいのだろうか?
「全員参加か。よし、ホルモンうどん大量に作っておくから期待しててくれよ」
・・・どうやら強制参加らしかった。ていうか、受験生もいるんだがいいのか?
そう思った俺は海のほうへ視線を向ける。すると、海の方も俺に視線を向けていたらしくばったりと目線が合う。すると海は困ったような表情を俺に向けてくる。
(・・・恭介兄を悪者にしとけ)
そんな海に対して目線だけでそう語る。すると無事に海に届いたようで、小さく頷いた。もしもおばさんに何か言われたとしても、林太も証言できるし問題はないだろう。そもそも、おそらく今回に関しては何も言わないだろうし。
「わりい、遅くなった」
それから少しして姿を現した金太郎に新年の挨拶をした俺たちは、8人で昨日解散した神社に向かったのだった。
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「オレは今年こそ全国出場かな。それで大学の推薦を受ける」
恭介兄の質問に対し一番最初に答える林太。現在陸上部に所属する林太は、50メートル6秒台という俊足ながら長距離もこなす、いわば陸上部のエースだった。だがいつも、あと少しという所で全国出場を逃してきたという経験がある。
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「ふむふむ、林太はそうなのか。じゃあ海は?」
「俺は・・・特にないです。強いて言うなら俺らしく過ごす、かな」
「ならそれでいいんじゃないか?で、金太は?」
「オレ!?えーっと、か、彼氏、を作る?」
海の次に抱負を聞かれた金太郎が挙動不審気味になりながら疑問形で答える。
「なんで疑問形なんだ?まあ、彼氏を作るんだな?応援してるぞ」
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「じゃあ次は佐藤」
「は~い。私は無いわ~」
「そうか、なら宮川」
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「私?・・・感謝を忘れない、かしら」
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「オレのはまともじゃないっていうのか?井上先輩?」
「俺のもまともだと思うんですけど」
「金太は欲まみれ、海はそもそも無かっただろう?」
文句を口にする2人に対してそう口にする恭介兄。すると2人は、明らかに落ち込んだ様子になる。
「欲まみれ・・・!?」
「いや、そうですけど・・・」
「別に2人とも普通だと思うけどなぁ」
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そんな2人に対して頷くみやこ達。その様子を見た金太郎と海は安心した表情を浮かべていた。――昔から思うんだが、恭介兄の感覚は本当に理解できないことがあって困る。
「さて、残るは光と新だな。光はなんとなく予想が出来るから新からいくか」
その恭介兄の台詞に不満そうな声を上げる光。
「ええ~。ひかりに先に聞いてよ」
「光はいつも通り「お兄ちゃんといちゃいちゃする」だろう?」
「今年は違うもん!」
不満そうな声を上げた光に対して恭介兄がそう口にすると、光が頬を膨らませながら否定する。ちなみに恭介兄が口にした言葉は、光と初詣に来た時には必ず聞く言葉だったりする。
だが今年は少し違ったようで、光が俺より先に抱負を口にする。
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光がそう口にした途端、気まずい空気が流れていく。光の両親が彼女を置いてどこかへ行ったことは知らないが、光に両親が居ないことは全員が知っていたからである。
そして彼女の両親が光を置いて居なくなったことを知る俺と恭介兄、みやこの3人は表情を強張らせる。
「探す?確か亡くなったって言ってなかったか?」
光の言葉に疑問を口にする林太。そんな林太に対し、光は困ったような表情を浮かべて答えあぐねていた。
その光景を見た俺は、光の代わりに嘘の説明をする。
「あ、実はな、テレビに出た光の姿を見て光の親戚が事務所に連絡したらしいんだが、なんか色々あって面会できなくなったらしい。なんでも、変なスキャンダルネタが何とかーって。な、光」
「う、うん。だからこっそり会いに行きたいんだけど、住んでるところも分からないから・・・」
俺の言葉に頷きながら言い訳を口にしていく光。
「ふーん、そうなのか。・・・芸能人っていうのも大変だな」
ひとまず俺たちの説明に納得した様子を見せる林太。そして俺は、下手に今の話題を掘り返されないように今年の抱負を口にする。
「最後は俺だな。・・・俺は友達を大事にする、かな」
「・・・一番まともで嬉しい言葉だな」
俺の抱負を聞いた恭介兄がそう口にする。残る面々も同じような反応を俺に向けてくる。だが俺にとっては、言葉通りの意味だけではなく、みやこの話で感じたことに対する意味も入っていた。
(多分、1月4日に何かがあるってことなんだろうな。あの夢の通りなら車に轢かれるってことなんだろうけど・・・)
皆の視線を受けながら内心でそう思う。だが、本当にそれだけで回避できるものなんだろうか?人間が1人死ぬかどうかなんて、世界からしたら誤差程度の認識でしかなさそうなんだが・・・
(いや、むしろ誤差程度なら変わる可能性はある、か?)
1人思考していく俺はそのまま賽銭箱の前まで来ると、神様へお参りをする。
(みやこを救えますように)
静かに、ただ頭に出てきたことだけを願う。そうしてお参りを済ませた俺はおみくじを引くため、先にお参りを済ませた恭介兄たちの元へ向かったのだった。
恭介兄たちの元へ着いた俺は、財布から100円玉を取り出し、おみくじの入った容器についている容器の中へ放り込むと、何枚もあるおみくじの中から1枚をつかみ取る。
そして少し離れた位置に行くと、俺は静かに中身を確認する。
(大吉か・・・当たり前というか、書いてあることは悪いことばかりじゃないな)
おみくじの内容を見ながら、俺はそんな感想を抱く。ただ、一か所だけ気になるところがあった。
(「失物 近くにあり」か。・・・正直、この内容だけは見たくなかったな)
こっちに来てから見た夢やみやことの会話から、4日に何かが起こるというのは分かっている。そしてこの結果だ、タイミングが悪すぎる。
「新、内容はどうだったんだ?さっきから複雑そうな顔だが」
考え事をしていた俺に対し、恭介兄が声をかけてくる。
「いや、何でもないよ恭介兄」
それに対し、首を振りながらそう口にする。
「なんでもない訳ないだろ、あんな顔しといて。なんだ、大凶でも引いたか?」
笑いながらそう口にする恭介兄。恭介兄には悪気はないんだろうが、今の俺の心理状態はそれに等しい。そのせいもあってか、俺は少し声を荒げてしまった。
「大凶ならどれだけよかったか。大吉だから困ってたんだよ」
「・・・新?」
急に声を荒げた俺に対し、恭介兄が驚いた表情になる。そのことに気づいた俺は咄嗟に謝る。
「あ、ごめん・・・何でもないから、気にしないで」
「新、ちょっと見せてみろ」
謝った俺に対して、そう口にしながらおみくじをひったくる恭介兄。そしてその内容を音読すると、不思議そうな視線を俺に向けてくる。
「なんだ、別に良いことばかりじゃないじゃないか。・・・というか、この内容でなんで大凶のほうがいいんだ?」
恭介兄が抱いた疑問は至極真っ当だった。
確かに俺も最初その感想を抱いた。だが――
「失せ物、近くにあり。・・・実は最近、変な夢ばかり見るんだ。だから、ちょっと過敏になっててさ」
俺がそう口にすると、みやこを除いた面々から「気にすることはない」と声をかけられる。そしてみやこの方はというと、何かを考えている様子だった。
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良ければTwitterもやってますので、そちらもお願いします。更新情報などをいち早くお届け中です♪https://twitter.com/nukomaro_ryuryuアルファポリスでは他に「WORLD CREATE」を、小説家になろうで「種族・烏で進む自由な物見生活」を掲載中です!どちらも作者マイページから飛べますので、ぜひ!
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