My Diary

ぬこぬこ麻呂ロン@劉竜

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12月27日・後編

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 それから1時間後。昼食を済ませた俺は、恭介兄きょうすけにいたちと他愛のない会話をした後、原付に跨って家路を進んでいた。

「・・・雪だ」

 突然、視界の中に白い物体が映り、俺は一旦原付を停めて空を見る。鼠色の空からは、白い雪がひらひらと地面に向かい降りてきていた。
 雪たちは、俺の服や肌に触れると、あっという間に溶けていく。

「まさか昨日じゃなくて今日降るなんてな」

 俺はそう口にし、再び原付に跨り家へと向かっていく。――実は、昨日の天気予報では降ると言っていたのだが、完全に失念していたのだ。
 やがて家に辿り着いた俺は、雪により凍える体と共に、家の中へと飛び込んだ。

「お帰り、あらた。服が濡れとるが、雪でも降り始めたか?」

 凍える俺を見ながら祖父がそう口にする。

「降ってるよ。・・・ていうか、じいちゃんよく寒くないね」

「はは、鍛え方が違うからのう」

 祖父は暖房器具を一切つけず、半袖長ズボンという、冬に不似合いな格好で居間でくつろいでいた。
 こんな居間では、とてもではないが体を温めることは不可能なので、俺は慌てて寝室の方へと飛び込んでいく。

「あー、あったかい」

 手早く濡れた服を着替え、布団に潜り込んだ俺は、次第に体温で温かくなっていく布団の中に快感を覚える。そうして気づけば、俺は深い眠りに落ちていた。



 唐突に感じた冷たい感触に、俺は目を覚ました。

「ここは・・・?」

 冷たい風の吹く冬の空。今にも雪でも降りそうな冷たい空気と鼠色の空は、ぼんやりと立ち尽くす俺の意識を覚醒させる。

「そうだ、俺はたしかじいちゃん家で布団にくるまって暖をとってたはず」

 最後に残る記憶を思い出し、俺は辺りを見回す。すると、見慣れた少女の姿を見つけた。――現在祖父の介護をしている少女・みやこの姿だった。
 俺は知り合いを見つけて駆けだした。だがその直後、俺の視界に1台のトラックが映る。そのトラックは、どうやら凍る路面にスリップしたようで、横向きに倒れながらみやこの元へ滑っていく。

「危ない!」

 瞬間、俺の体が意志に反して動く。まるで、自分の体が自分の物ではないかのような感覚。そんな妙な感覚を感じた次の瞬間――俺の意識は途切れた。



「うわあああーー!」

 大きな叫び声と共に上半身を起こした俺は、激しい動悸を感じながら慌てて辺りを見回す。

「・・・家、だ」

 先ほどの光景は夢。そう実感した俺は、ゆっくりと布団から出て居間へと向かった。なぜなら、居間のほうから賑やかな声が聞こえてきたからである。
 ゆっくりと寝室のふすまを開け、居間へ足を踏み入れる。するとそこに居たのは、祖父とみやこ。そして、幸子ゆきこさんと――ひかりの姿だった。

「あ、あらちん。光ちゃんが迷ってたから連れてきてあげたんだよ~」

 俺の姿を見つけ、声をかけてくる幸子さん。そんな彼女の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで――

「お兄ちゃん!久しぶり!ぎゅ~っ♪」

 光が俺に抱き着いてくる。そんな彼女を抱きしめながら頭を撫でてやると、まるで猫のように目を細める。

「光、久しぶり。ていうか、なんでここに?」

「ひかり、しばらくお仕事オフになったから、お兄ちゃんに会いに来ちゃった」

 そう口にしながら、俺に顔を擦り付ける光。俺たちの関係を知る祖父と幸子さんは微笑ましい視線を向けてくるが、一度も見たことのないみやこは、開いた口が塞がらないといった表情で立ち尽くしていた。

「・・・今朝の話、本当だったの・・・?」

 なんとか言葉を絞り出したみやこ。そんな彼女に対し、光が声をあげる。

「本当だよ~。お兄ちゃんはお兄ちゃんで、ひかりの旦那さーん♪」

「ええ!?話と違うわよ、新君!?」

 光の発言を聞いたみやこが俺に詰め寄ってくる。そりゃそうだろう。俺と光は兄妹みたいな存在だが、彼女を嫁に貰った覚えも予定もないのだから。

「相変わらずあらちんが好きなんだね~」

「もちろん!本当に結婚したいくらいだよ」

 えへんと腰に手を当てながら胸を反らす光。

「ああ、そういうことね・・・」

 そんな幸子さんと光の会話を聞いて、安心したように息を吐くみやこ。そして、なぜか話題の中心となっている俺はというと。

「それよりも、腹が減ったんだけど」

 お腹の虫が鳴く音と共に、そう口にする。すると女子3人から「空気読めよ」みたいな目を向けられた。・・・何に対してかは分からないが。
 だがその直後、別の人物からも俺と同じような意見があがった。

「わしもお腹が空いたのう」

 その正体はじいちゃんだった。わいわいと話す3人を見ながら、まるで弱った小動物のような瞳を向けると、光と幸子さんに声をかけた。

「それから、2人も食べていきなさい。みやこの料理は絶品じゃぞ」

「え、いいの?おじいちゃん」

 祖父の言葉に光が目を輝かせ、幸子さんも期待したような目になる。
 だが、おそらくみやこのことだ。人数分ギリギリしか用意していないだろう。・・・そうなると犠牲者は俺か。

「え、3人分しか用意してませんよ!?」

 案の定、驚いた声を上げるみやこ。だがそんな彼女に祖父が声をかけた。

「新の分を減らせばよかろう。妹とべっぴんな女の子に食べてもらえるなら新も本望じゃろうて」

 ――俺の予想通りの言葉だった。ていうか。やっぱりじいちゃん、孫の俺の扱いが雑すぎないか?迷いなく口にしてたけど?
 そんな祖父に対し、幸子さんが驚いた声をあげる。

「いえいえ、そんなこと出来ませんよ。お孫さんは男の子で食べ盛りなんですから、ちゃんと食べさせてあげないと」

「ひかり、お兄ちゃんの分をもらうくらいなら半分こする!」

 幸子さんの言葉に同調するように光も声をあげた。――おそらく光の場合は、単に俺といちゃいちゃしたいという願望ゆえだとは思うが、妹から言われるのは素直にうれしい。
 2人の言葉を聞いた祖父はやれやれといった風に立ち上がると、なぜか居間から去って行く。

「あれ、おじいさん、どこに?」

「ちょっと用を足しにのう。間違ってもついてくるんじゃないぞ」

 その祖父の行動を見ながら俺は、素直じゃないなぁとつい思ってしまう。

「どうしようかしら。また人が増えるとは思っていなかったから、本当にないのよね・・・」

 祖父の去った居間でみやこが呟く。

「そうね。私は最悪家に帰ればご飯は何とかなるけど、あらちん達はそうもいかないものね」

 みやこの言葉に幸子さんが同意する。――現状俺たちが取れる手段は。
 まず、追加の食材を買いに麓のスーパーまで向かう。次にどこかに食べに行く。――ここからならみやこの家かおじさんとこの食堂だろう。
 最後は我慢して3人分を5人分に割る。・・・この3つか。
 俺はその3つの案を口にした。それを聞いた3人は――

「今からじゃ、下手したらどれも間に合わないわよ」

「お買い物?でも、もう閉まっちゃうよ」

「あらちん、私のことは気にしないでいいわよ。家に帰ればご飯はあるから」

 それぞれがそう口にする。
 たしかに、俺が提案したものはどれも現実的に厳しそうだった。だが、祖父が向かった先があそこなら。

「ああ、確かに今からじゃスーパーも食堂も間に合わないかもしれない。でも、多分そろそろじいちゃんが戻ってくるから、みやこは夕食を準備してくれ」

 俺の言葉に理解できないといった表情を向けてくるみやこ。だが俺は、そんな彼女を無理矢理台所へと誘い、準備をしてもらう。そうしてほどなく。

「ふう。戻ったぞ。だが不思議なこともあるものだのう。熊が恩を返しにでも来たかのう?」

 そう口にする祖父の手には、ちょうどおかずとなりそうな何種類かの冷凍食品に加え、レトルトのご飯が2つ。――祖父の趣味であり収集対象のいわば「コレクション」達である。
 ちなみに、祖父の趣味のことを俺は知っている。――実は一昨日のから揚げも祖父の「コレクション」の1つであった。

「じいちゃん、さすがに熊はないんじゃないか?来るなら狸だろ」

「おお、それもそうか。昔助けたあの子が持ってきたのかのう?」

 そう口にする祖父。相変わらず下手な嘘だなと思いながらも、俺は祖父からそれらを受け取り台所へと持っていく。

「ねえねえ、ほんとに狸がいたの?」

 台所へ向かうと、居間の方からひかりの声が聞こえてくる。どうやら祖父が助けたという狸に興味深々の様子らしい。

「本当じゃぞ。・・・といっても見つけたのは新じゃったがのう」

 そう前置きし、光に狸を助けた時のことを話していく。――時折俺がスーパーヒーローみたいな台詞を言ったみたいなことを言っているが、事実を歪曲させるのはどうなのだろうか。俺はそんなことを言うキャラでもないし、そもそも狸なんぞ助けてない。怪我した鳥はあったが。

「ねえ、あっちでされてる話って本当なの?」

 どうやらみやこも聞き耳を立てていたのだろう。普段よりも小さな声で俺に尋ねてくる。

「まさか。俺が助けたのは小さな小鳥だけだ。狸を助けたのはじいちゃんだよ」

「・・・つまり、嘘ではないのね。わざわざあの子のためにあなたを主人公にしているだけってわけね」

 冷凍食品を温める俺の横顔を見るみやこが呟く。

「そうだな。でも、じいちゃんにとっても光は孫同然だからな」

 孫同然。その言葉は今の2人を見れば納得するだろう。実際、数年間だが祖父の家で暮らしていたのだから。
 俺の言葉を聞いたみやこがなぜか溜息を吐く。そのことについて俺が尋ねると――

「いや。なんか、負けた気がしただけよ」

 と、訳の分からない言葉を返してきたのだった。



 夕食。急遽2人増え5人となった食卓では、俺の右にみやこ。左に幸子さん。向かいに祖父が座っていた。そして、残る光はというと。

「お兄ちゃん、あ~ん」

 俺の膝の上で雛鳥のように大きく口をあけ、あーんをねだって来ていた。俺は苦笑しながらも、その口にレンチンしたから揚げを運んでやる。
 パクリ、とから揚げを丸ごと口の中に入れた光は、幸せそうな表情を浮かべながらから揚げを飲み込む。

「もっと、もっと」

「はいはい。ほれ」

「ん~、美味しい」

 再度ねだってくる光に、今度は漬物を口に運んでやる。

「・・・なんか、むかつくわ」

「あら、奇遇。私もよ~」

 ――なんだか、2人からの視線が痛い。別に俺たちにとってはこれくらいは普通だ。昔は一緒に風呂も入ったし、同じ布団で寝たりもした。さすがに俺が小学校高学年くらいには一緒に風呂には入らなくなったが、たしか埼玉に越すまではいつも一緒に寝ていたっけ。
 そんな俺たち4人を、祖父は微笑ましそうに見守っている。だが、なんでか。祖父のその表情の裏には、別の想いがあるような気がしてならなかった。



 みやこと幸子さんの視線にさらされながら雛鳥ひかり餌付けあーんし続け、気づけばおかずというおかずはほとんどなくなっていた。
 そんなおかずたちに対し、俺の白米と味噌汁は全くというほど減っていない。すると――

「おなか一杯~。そうだ、今度はひかりがお兄ちゃんに食べさせてあげる!」

 ご満悦といった表情のひかりが、適当なおかずを掴み俺の口へ運んでくる。それを俺は、若干戸惑いながらも口の中へと収める。と、すぐにひかりが茶碗を俺の方へと近づけ、白米を口の中へと運んできた。

「・・・やっぱりイラっとするわ。今後の付き合い方を考えないと」

平子ひらこちゃん、さすがにそれは・・・」

 みやこの言葉に、幸子さんが慌てた声をあげる。それに気づいた俺がみやこの方を見ると――

「ほら、あなたの分の味噌汁よ。しっかりと全身に染み渡らせてあげるわね」

 俺の分の味噌汁を手にし、立ち上がったみやこがいた。心なしか、その瞳には怒りが見て取れる。

「はっはっは。新、モテモテじゃのう」

「この状況がモテモテに見えるなら、中々神経図太いと思うけど、じいちゃん?」

 すでに箸を置き、俺たちの言動を見守っていた祖父が笑い声をあげていた。にしても、あと一歩で火傷するような状況をモテてるとか、さすがに血が繋がってても感性を疑う。

「ほら、光ちゃん。火傷したくなかったらどいて」

「やだ。お兄ちゃんは渡さないもん」

「光、いいからどいてくれ。マジで火傷するぞ」

「やー。こんな馬の骨にお兄ちゃんは渡さない!」

 プイッとそっぽを向く光。そんな俺たちにみやこの手にする凶器みそしるが――

「・・・なんか、馬鹿らしくなってきたわ」

 降りかからなかった。



 いろいろとあった夕食を終え、幸子さんが帰っていった後。俺とみやこは2人だけで居間にいた。
 ちなみにだが、幸子さんは帰り際、

「あらちん、分かってるとは思うけど~。光ちゃんに変なことしたら駄目だからね~」

 と言って去って行った。――さすがに皆がいたから言わなかったが、今、幸子さんがいるなら、むしろ「俺の方が変なことされてきたから」と言ってやりたい。

「ねえ。あなたたち、本当に幼馴染以上の関係じゃないのよね」

「?そうだが・・・。まあ、普通の幼馴染より距離が近いのは否定しないけどな」

 ぼんやりとしながら、急にみやこが口を開いた。急にどうしたのかと俺が思いながら答えると、彼女は首を振り――

「そう、よね。ごめん、今のは聞かなかったことにして。なんだか、自信がなくなってきただけなの」

 そう口にする。・・・なんだか、彼女が口にすることが段々分からなくなってきた。
 ふと、俺はあることを思い出す。

「そうだ、みやこ。今年2年参りに友達と行こうと思うんだけど、どうだ?」

「パス。地元の友達だけで行ってきなさいよ。その方が気楽でしょ?」

 俺が思い出したこと。それは恭介兄たちと決めた2年参りの話だった。だが、俺がその話をすると、みやこはぶっきらぼうに返してくる。
 そんな彼女に俺が食い下がると――

「うるさいわね。行かないって言ってんでしょ」

 明らかにいらだった様子で、俺に吐き捨て、そのまま荷物を持って家を後にしようと玄関の方へと向かっていった。
 そんな彼女を追いかけるために、俺は慌てて外へと出る。

「待てって、みやこ!」

「なによ、あなたにとってはあの子や地元の友達の方が大事なんでしょ。だったら――」

「だから、少し話を聞けって。俺にとっての友達に、お前が含まれていないって思ってんのか?」

 一瞬、訪れる静寂。昼から降っていた雪は、どうやら今も降り続いていたらしく、俺とみやこの体を次第に冷やしていく。
 やがてみやこが俺の方を向いて、聞こえるかどうか位の声量で呟いた。

「その言葉、本当なのよね?」

 俺は頷き肯定する。すると、みやこの口から衝撃の言葉が零れた。

「じゃあ、好きになっても文句はないわよね」

「・・・は?」

 聞き間違いだろうか?・・・いや、間違いなく彼女はそう口にしていた。対する彼女は、自身が口にした言葉に今頃気づいたようで、耳まで真っ赤にしながら慌て始める。

「・・・っ、と、友達としてよ!?べ、別に他意はないから!」

「あ、ああ・・・。そうか。うん、そうだよな」

 気づけば俺の顔も真っ赤になっていたが、ひとまず咳ばらいをし、再度みやこに問いかけた。

「それで、どうする?2年参り、行くか?」

「ええ、行かせてもらうわ。友達、なんだもの」

 相変わらず顔を赤くしたみやこが、参加の意思を告げた。
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