My Diary

ぬこぬこ麻呂ロン@劉竜

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12月25日

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 これは俺が高校生の時体験した、ある冬の物語。どこにでもありそうな、何の変哲もない物語だ――



 その日、俺こと平戸新ひらとあらたは、祖父の住む岡山へと、埼玉から遠路はるばるやってきたところだった。
 新幹線で片道約六時間。ようやく岡山駅に到着した俺は、在来線に乗り換え祖父の住む津山市へと入っていた。
 この時期の中国山地はかなりの雪が降るのだが、今年は運よくそんなに降らなかったらしく、電車も遅れることなく運行していた。

「次は~、津山~津山です。お降りの方は――」

 車内に慣れしたんだアナウンスが響く。それを聞いた俺は、静かに席から立ち上がると降車口へと足を進める。
 やがてホームに到着し、ドアが開く。荷物であるキャリーバックに加え、貴重品類を入れた肩掛けバックを背負った俺は、なるべく邪魔にならないようにいの一番にホームへと降り立つ。

「1年ぶりか。・・・でも、やっぱりさみーな」

 改札を出て、バスを待つこと数分。かなり厚着をしてきたつもりだったが、どうやら完全に寒さを遮断することは出来なかったらしく、次第に体が冷え始める。

「あと数分すればバスが来るしな・・・。よし、我慢だ我慢」

 そう口にし、ポケットの中へ手を突っ込む。小学校の頃「歩くときに危険だからやめなさい」と先生方に言われた行為だが、今は止まっているから大丈夫だろう。
 そんな謎理論を頭の中で展開していると、バスが姿を現した。



 そこからバスに揺られること1時間。冬場のせいもあり、既に空が茜色になりつつある頃、目的のバス停へとバスが到着する。
 ようやく祖父の家に一番近いバス停へと降り立った俺は、眼前に広がるアスファルトと山々を見つめながら意気込んでいた。

「あと1時間、頑張るぞ」

 そう口にして歩き出そうとした、その時。視界の端に、何やら光り輝く宝石に似たものが映った。
 その方向へ振り向くと、俺と一緒にバスを降りたと思われる少女が、夕日に照らされながら立ち尽くしていた。
 俺は思わず少女の姿に見惚れてしまう。美少女とまではいかなくとも、年頃の俺にとっては十分可愛いと思える整った横顔は、桜色のようにほんのりとピンクがかっており、そんな彼女の白菫色しろすみれいろの髪は、彼女を照らす夕日の光と相まって、ダイヤモンドダストのように光輝いていた。
 俺の視線に気づいたのか、少女が俺の方をその紅藤色をした瞳で見つめてきた。

「何?」

 まるで俺のことを汚物を見るような目で見てくる少女。

「え、ああ、いや。その・・・髪が、きれいだなって」

 少女に見つめられ、頬が赤くなっていく感覚がする。彼女の視線は別にして、正直言ってとてつもなく可愛かったからだ。・・・これが一目惚れというものなのだろうか?いや、違うな。
 少女の方も、俺の言葉を聞いて若干顔を赤くする。

「は、はあ!?な、なに?変態?セクハラ?ストーカー?いや、変態セクハラ魔!?」

「いや、なんだよ、その変態なんちゃらって!」

 最後に聞き捨てならない言葉が聞こえた気がして、思わずツッコミを入れてしまう。――いや、それ以外も十分聞き捨てならないのだが。
 対する少女の方は、汚物どころか「この世の汚点」を見るかのような視線を向けてくる。

「・・・近づかないで、さっさと行って。じゃないと警察呼ぶわよ」

「あ、ああ。わかった。・・・ごめん」

 俺はそう口にして、祖父の家がある方向へと歩き出す。すると――

「な、なんであんた私の家の方向へ行くのよ!やっぱりストーカーなの!?」

 背後から少女の怒声が上がった。



 それから1時間後。背後を距離を取りながら歩く少女に散々罵倒された挙句祖父の家に辿り着くと、なぜかまた罵倒された。

「なんで目的地も一緒なの?やっぱり・・・」

「いや、俺、じいちゃんの家に泊まりに来ただけだから。・・・ていうか、なんでそっちこそじいちゃん家が目的地なんだ?」

 至極当然な疑問を少女に向けると、少女が気まずそうに目をそらし、ぼそりとなにかを口にした。だが、俺と少女の距離がありすぎたために、何を言っているのかは聞き取れない。

「なんだって?全然聞こえないんだが」

「あなたのお祖父さんの介護をしてるのよ。といっても、正式なものじゃないけど」

 俺が尋ね返すと、少女がそう口にする。正式ではないということは、看護の実習みたいなものだろうか。だが、両親はおろか、祖父からもそんな話は聞いていない。・・・いや、祖父からは何か含みのある言い方をされたような気がしなくもなかったが、それがこれなのだろうか。
 とにもかくにも、ひとまず礼をするほうが先だろう。あずかり知らぬところでとはいえ、身内の世話をしていたのだ。それくらいはしておくのが常識というものだ。

「そうなのか。サンキューな」

 礼をされるとは思っていなかったのか、少女が一瞬驚いた表情をするが、すぐに明後日の方向へと顔を背ける。

「・・・そんなことでお礼されても意味ないのよ」

「ん?なんか言ったか?」

「なんでもないわ、変態セクハラ魔君」

 いや、だから俺は変態セクハラ魔では・・・と言おうとしたが、そこで自己紹介すらしていないことに気づく。
 自己紹介もしてないんだ、そんな呼ばれ方をしても仕方がないか。・・・本当に仕方がないのだろうか?だめだ、よくわからなくなってきた。

「俺は平戸新。その変態なんちゃらじゃない。・・・君は?」

「私?私は宮川平子みやがわひらこ。そこの料亭の一人娘よ」

 そう言って彼女が指さした先にあったのは、昔小さい頃に一度だけ食べ行ったお店だった。・・・まさか、小さいときに食べに行った場所の子供だったとは。
 あそこの亭主と女将さんにはよくしてもらった記憶がある分、目の前にいる少女があの2人の娘だとはとても思えなかった。

「そうなのか。・・・とにかく、そろそろ家に入ろうぜ。寒さがきつくなってきた」

「そうね。私も夕食を準備しないといけないし。・・・あ、あなたは抜きよ」

 さも当たり前のように言う平子。あまりにも自然に言われるものだから、一瞬聞き逃しそうになってしまった。

「いや、抜きってどういうこったよ!?」

「だって、あなたのお祖父さんからは明日孫が来るって聞いていたものだから。・・・あら?昨日言われたから今日?――とにかく、材料が足りないの」

 ・・・どうやらこの子はたまに抜けているところがあるらしい。まあ、ここに来る途中で食べようと思って買っておいたおにぎりが余っているから問題はないか。

「なんだよ、そりゃ。まあ、俺は食べようと思って余ってたおにぎりがあるからいいけど」

 溜め息を零しながら口にすると、平子は安心したような表情になる。

「そう。ならおかずを少し分ければ問題ないわね」

 そう言いながら、彼女は家の中へと入っていった。



 そして、その日の夕食。居間の食卓に並ぶ食事を見た俺は、思わず感嘆の声を漏らしていた。

「すげ・・・さすが料亭の娘」

 彼女が準備を始めてからまだ2時間も経っていないのだが、漬物や味噌汁、白米に魚の塩焼きの4品のほかに、全員で摘まめる主菜として油で揚げていないタイプの唐揚げが食卓の中央に鎮座していた。・・・なお、俺の分は本当にないらしく、俺のものと思われる場所には漬物と、余りものらしき少しだけ量の少ない味噌汁。そして唐揚げ用の取り皿が置いてあった。

「おお、みやこ。今日は豪勢じゃのう。まさか、新が来たからか?」

「ち、違います!1人食べ盛りが増えたから量を増やしただけです。あと、彼の前でみやこは・・・」

 祖父に言われ、顔を赤くする平子。

「なんじゃ、今日こいつが来るからと張り切っておったろうに」

「あ、ちょ、おじいさん!?」

 祖父に追撃され、耳まで真っ赤にする平子。というか、俺は準備されていたのにこんな貧相な食事なのか。うん、やっぱり平子は抜けているところがあるようだ。

「新君。ぜったいにみやこって呼ばないでよ。絶対よ」

 何か言っているようだが、俺は適当に受け流す。

「はいはい、それは呼んでくれってことね。分かったから、そんなに心配すんな」

「よ・ぶ・なって言ったの。変態セクハラ魔君は耳が遠いらしいわね」

「わ、悪かったよ・・・」

 服の襟を掴まれ、釘を刺された俺は、彼女の形相に押され謝りながら頷く。

「はっはっは。ずいぶん賑やかな食卓じゃのう、何年ぶりじゃろうか。・・・ところで、その変態なんとかとは一体どういう意味じゃ?」

「危ない人って意味です」

「誰が危ない奴かっ!」

 気づけば俺はそんなツッコミを入れていた。



 そうして少しばかり賑やかに進んでいく夕食。気づけば俺と平子もだいぶ打ち解けてきたようで、お互いに普通に下の名前で呼び合っていた。
 そして夕食後、平子が片づけを終え居間に戻ってくると、祖父がおもむろに口を開いた。

「それじゃ、わしは寝るからな。おお、そうだ、新。明日の朝、みやこを家まで送ってやりなさい。なんでも獣が出るらしいからのう」

「あ、えーっと、おじいさん、その獣についてですけど・・・」

 祖父の言葉に、平子が恐る恐る口を挟む。だが、祖父は心配いらないとばかりに彼女の肩に手を置くと――

「なに、最悪、新を盾にすればいい。それで死ねれば新も本望じゃろうて」

「あ・・・はい」

 一瞬困った表情を浮かべた平子が間をおいて頷く。だが、俺にとっては一番気になる言葉が頭の中に残っていた。

「いや、ちょっと!?俺、死にたくないんだけど!?」

 じいちゃん、あんた実の孫に向かってなんてこと言うんだ!?と思わずツッコミを入れてしまう。

「その獣って、新君のことなんだけどな・・・」

 平子がぼそりと口にする。だが、祖父には聞こえていなかったようで、そのまま寝室へと姿を消した。
 取り残された俺達は、互いに顔を見合わせると黙って座り込む。

「なんだよ、さっきの無茶苦茶な話」

 しばらくし、先ほど夕食の最中に平子が口走った内容について蒸し返す。なぜか彼女は、俺を獣に例えて今日あった出来事を話していたのだ。

「わ、私に言わないでくれる?もとはと言えば、あんなところであんな発言をした新君が悪いんでしょう」

 逆ギレ気味の平子がそう口にする。
 確かに平子のことを褒めたのは事実だ。だが、あんなに歪曲させて伝えなくてもいいだろうに。
 そのおかげで色々と掘り下げられた平子は、意味の分からない創作をでっち上げたのだ。・・・その結果が先ほどの祖父の言葉である。

「っていうか、俺はストーカーじゃねえし。偶然一緒の場所にいただけの健全な男子高校生だし。可愛くてきれいな女の子がいればそりゃ見惚れるし・・・て、言ってて恥ずかしくなってきた」

 頬が真っ赤になっていく感覚と共に、自分でも何を口走っているのか理解が出来なくなってくる。

「言われてる私も恥ずかしいんだけど。何?告白なの?だったらありがた迷惑なんだけど」

 向かいに座る平子も、顔を赤くしながらそう口にする。お互いに気まずくなり、しばし無言になる。
 そんな俺たちの空気を変えたのは、つけっぱなしにされていたテレビが、時刻の変わり目に流す天気予報を流し始めたときだった。

「げ、明日雪降るのかよ」

「なんで雪が降ると困るの?」

 急に声をあげた俺に不思議がりながら、平子が尋ねてくる。

「明日友達と会う約束をしてるんだ。でも、雪なんか降ったら極寒の中を何時間も歩く羽目になる」

「ああ、そういうことね」

 平子も冬の津山で暮らしているだけあってか、俺の説明を聞いて納得する。下手をすれば日中一桁どころか、場所によっては氷点下近くまで下がる可能性がある。特に山合は道も険しく、場所によっては、足を滑らせれば流れの強い極寒の川や谷底へと真っ逆さまである。
 幸い祖父の家はそこまでの場所ではなく、ちゃんと道も整備されているためそういったことはほとんどない。あくまでも「ほとんど」だが。

「でも大丈夫よ。明日は雪は降らない」

 平子が唐突にそう口にする。疑問に思った俺がどうしてかと尋ねると――

「え、あ、いや。く、空気がそうだったのよ。雲とか、湿度とかがね」

「へえ。・・・たしかに、漁師の人は肌で天気が荒れるか分かるっていうもんな」

 若干ごまかすような話し方だったのが気になるが、漁師のほかにも感覚の鋭い人ならこのあと雨が降るかどうかくらいは分かるというし、なんらおかしな話ではないだろう。――俺は分からない側の人間だが。

「そ、それじゃあ私も寝るわ。おやすみ、新君」

 そそくさと自分が寝泊まりしている部屋へと向かう平子。その動きが何となく怪しく見えたが、何が怪しいのかはよくわからなかった。

「俺も寝るかな」

 1人で黙々とテレビを見る趣味もないので、俺も部屋へと向かい、そのまま眠りについた。
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