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第43章

決死の突撃

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 左月は暴れる弥三郎を押さえ付けて、力づくで馬に乗せると、傍の何人かに声を掛ける。
「その方達、弥三郎様の供をせよ。」
「えっ。ど、何処に。」
「退却じゃ。弥三郎様の身が第一。安全な所までお逃がしするのじゃ。」
 兵たちは騒めいて言う。
「し、しかし、さく様はどうなるので。」
「・・・・・・姫様の事はよい。」
 口籠る左月に皆は全てを悟った。
「皆、退却だ。付いて来い。」
 左月は弥三郎の馬の尻を叩くと、馬は勢いよく駆け出した。その後を20人ばかりが勢いよく追った。左月は後ろを振り向くと、さくが薙刀を振るっているのが見えた。
「姫様・・・・・。」
 後ろ髪を引かれる思いだった。さくがここを死に場所と定めたのならば、自分も供をしたかった。だが、さくは左月に弥三郎の事を託した。ならば、その命に従わなければならぬのが、武士と云うものだ。左月は今生の別れになるであろう、さくの後ろ姿を目に焼き付けると、乗馬し、弥三郎の後を追った。

 さくは薙刀で敵を切り伏せながら、ちらりと後ろを見る。丁度、左月が戦場を離脱する所が見えた。弥三郎は無事に逃げた様である。これで一つ肩の荷が下りた。後は宮脇の娘として華々しく散るだけである。さくは本陣に突入してきた敵兵を全て斬り伏せると、フッと息を継いだ。
「誰か。水を下さい。」
 喉が渇いていた。傍に居た兵士が水筒を差し出した。さくはそれを受け取ると一息で飲み干した。美味い。美味なものは幾らでもあるが、喉が渇いた時の水に勝るものは無い。人生最後に口にした者が水である。これが末後の水と云うものかと漠然とさくは思った。さてと、それならば自害するかと薙刀を投げ捨て、刀を抜く。膝を付き、刀を喉に当てた。その時である。陣の前で必死に戦っている味方の農民兵が目に入った。弥三郎が農民を敵よりも多く動員すると言った時、さくは農民は役に立たないと言った事を思い出した。だが、皆、敗色濃厚になっても必死に槍を振るっている。それを見て、さくは自分が恥ずかしくなった。役に立たない筈の農民が勝負を投げずに戦っているのに、自分は自害して全てを終わらせようとしている事にである。まだ終わってはいない。残存兵を纏めて時間を稼げば、味方が敵の陣を打ち破ってくれるやもしれない。弥三郎は逃がしたのだ。全滅するまで戦ってみるか。そう思ったら体中に力が漲って来るのを感じた。さくはスクッと立ち上がると、刀を鞘に納め、薙刀を拾う。
「皆の者、聞きなさい。もはや本陣を守る必要なし。残りの兵を結集して、敵方に突撃します。我らは弥三郎様直属の兵ぞ。命を惜しむな。名を惜しむのです。」
 さくが味方の兵たちに呼び掛けると、おうーー。と、意気盛んな叫びが上がった。これならばまだ戦える。皆、弥三郎に取り立てられた者たちだ。弥三郎の為なら命を惜しまぬ死兵なのだ。さくが愛する弥三郎の為に最後に出来る事。それは弥三郎直属の軍の強さを相手方に刻み付ける事である。よし、やるぞ。
「誰ぞ、馬を連れて参れ。」
 さくの元に馬が曳かれてくる。さくは勢いよく飛び乗った。
「良いか。敵の首を獲ってはならぬ。その様な者は捨て置くのだ。立ち塞がる者は、鬼でも仏でも構わぬ。斬り伏せよ。死を恐れるな。1人で10人斬れば、この戦、勝てる。」
 全身返り血で真っ赤なさくは、まるで軍神の様な面持ちであった。さくの周りに残存兵が集まって来る。さくは皆の顔を見渡す。兵の顔には笑顔も見えた。
「皆の者。よいか、行きますよ。」
「お~~~。」
「遅れるでない。後に続きなさい!」
 さくは部隊の先頭で馬を駆りながら、敵兵を跳ね飛ばし群過の中に突入していった。
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