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第37章
想定外の初陣
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長浜城は簡単に落城した。弥三郎の策を容れた大殿は福富右馬丞に調略を仕掛け、内応の約束を取り付けた。その手引に寄り奇襲を仕掛けたのはさくの父・宮脇国安であった。城は呆気なく落城する。全て弥三郎の計算通りである。その武略に大殿もさくも国安も大いに感心した・・・・・のだが、計算違いが一つだけあった。長浜城主の大窪美作守を討ち漏らしてしまったのである。美作守は本山氏の元へ逃げ延び、城の奪還を泣きついた。これを受けた本山氏は出陣し、長浜・戸の本に布陣した。兵の数、なんと・・・・・・2000。こちらの2倍の兵の数であった。大殿は2倍の数の敵兵を向かい打つべく出陣の命を下した。さくの思惑を越え、思いもかけず弥三郎の初陣の時がやって来たのである。
大広間に並み居る武将たちが集まっている。甲冑を着た弥三郎が、さくと左月を伴って入って来るのを武将たちは感嘆の声を上げて迎えた。注目を浴びたのは弥三郎。ではなく、朱色の甲冑を纏ったさくであった。さくはおなごの身にありながら、弥三郎の教育係として此度の戦に参陣する腹積もりである。真っ赤な朱色の甲冑は出来る限り敵の目をこちらに引きつけ、弥三郎を目立たなくしようというさくの考えからである。若く美しいさくに朱色の甲冑は良く映えた。美丈夫のさくに対し、弥三郎は病人の様に真っ青である。宿老たちは大丈夫なのかと値踏みする視線を送った。
「弥三郎。よく来た。そこに座るがよい。」
大殿に声を掛けられ、弥三郎は座ろうとするが、まるで重病人の様にヨロヨロとよろける。さくと左月が慌てて支えながらその場に座らせた。さく・左月も後ろに控える。
「此度がそなたの初陣じゃ。大いくさだ。存分の働きを見せよ。」
「・・・・・・。」
弥三郎は呟くように何事か言ったが、何を言っているのか誰も聞こえなかった。仕方なくさくが代わりに口上を述べる。
「この様な大いくさを初陣に出来ますことを、武士としてこの上なき栄誉に御座いますと、弥三郎様は申されております。」
「・・・・・・。左様か。」
大殿は弥三郎の表情を窺いながらそう言った。
「あれを持て。」
大殿がそう呼びかけると、小姓がなにやら立派な槍を持ってきて弥三郎に差し出す。弥三郎はおずおずとそれを受け取り、まじまじと見る。
「儂の愛槍じゃ。それを使え。」
自らの愛槍を授け、武運を祈る大殿の弥三郎の対する愛情をさくはひしひしと感じた。果たして弥三郎には伝わっているだろうか?弥三郎はだんまりである。
「弥三郎様。大殿にお礼を。」
うんともすんとも言わぬ弥三郎に業を煮やしたさくはそう促した。
「・・・・・・。父上、私は刀で戦いたいと思います。」
「何を言う。いくさ場では先ず槍と決まっておろうに。」
「・・・・・・。では、槍の使い方はどうするか、お教え願いますか。」
これにはその場にいた者たち皆、大いに呆れた。この期に及んで、槍の使い方を聞く阿保が居た事にである。冷ややかな冷笑がその場を包んだ。この事態を招いた責はさくにあった。さくは武芸に秀でてはいたが、おなご故に、いくさ場に出た事が無い。戦場の主武器は槍であるという事を知らなかったのだ。それ故に主に刀と薙刀・弓・乗馬を弥三郎に徹底的に仕込んだが、槍については教えてはいなかったのだ。さくは満座の席で笑いものにされた弥三郎に対し、申し訳なさで一杯になった。その時、秦泉寺豊後という家臣が静かに言った。
「弥三郎様。何も難しい事は御座いません。目を突けば宜しいのです。」
「目を・・・・突くか。目を突かれた者は痛いのではないか。」
弥三郎がそう言うと、また、笑いが起こった。弥三郎を馬鹿にした嫌な嘲笑だった。憤ったさくは皆を見渡して言った。
「弥三郎様。遠慮は無用で御座います。いくさ場では弥三郎様の前に立ち塞がる者、侮る者がおりましたら容赦なく突き伏せなされ。問答無用に御座います。」
さくがそう言うと、一瞬で波が引くように嘲笑が収まった。大殿は肩を怒らすさくを手で制すと、弥三郎にゆっくりと語りかける。
「他に何か聞いておくことはないか。」
「・・・・・・ひとつ、御座います。」
「何か。」
「大将とは先に行く者でしょうか?後を行く者でしょうか?」
大殿は秦泉寺豊後に目線を送る。豊後は弥三郎に諭すように言った。
「大将はむやみに猪突猛進してはなりません。先頭に立つなどもっての外。大将は掛からぬ者、逃げざる者で御座います。」
「・・・・・・。よう、分かりました。」
弥三郎は大殿に頭を下げた。大殿は弥三郎をじっと見つめる。
「敵の数は我が方の倍じゃ。厳しい戦いになるが、窮地の時こそ大将の器が試される。お前の器を皆に示すのは今じゃ。しっかりやるのじゃぞ。」
弥三郎はコクリと頷く。
「父上。長い間、お世話になりました。弥三郎は父上の子に生まれて幸せでした。」
「待て、待て!何を言い出すのだ。」
弥三郎が永遠の別れの様な口上を切り出すので、大殿は泡を喰って言葉を遮る。
「何故、その様な事を言い出すのだ。死ぬつもりか。許さぬ。必ず生きて帰って来い。儂より先に死ぬことは許さぬ。良いな。これは命令じゃ。」
「弟の親貞がおります。私が亡き後は親貞に全てを託したいと思います。父上の期待に沿えなかった弥三郎をお許し下さい。」
弥三郎が弟の親貞と大殿を交互に見ながら縁起の悪い事を言うので、二人は困惑の表情を見せた。
「兄上、縁起の悪い事を仰せられますな。父上の跡目を継ぐのは兄上を於いて他におりませぬ。」
「そうじゃ。儂の跡目を継ぐのは弥三郎しかおらぬのじゃぞ。」
さくは息を呑んだ。弥三郎が廃嫡されるのではないかと気を揉んでいた問題が思わぬ形で解決されたのである。諸将居並ぶ中、弟の親貞が弥三郎の地位を認め、大殿も跡目は弥三郎だと宣言したのだ。さくは小躍りしたいのを必死に抑えていると、広間に列席していた父の国安と目が合った。それだけで二人には互いの意図を読み取るのに十分だった。
「たった今、跡目は弥三郎様だと大殿がお決めになられた。戦の前に大変めでたき事。幸先良し。この戦勝ったも同然に御座います。」
さくが居並ぶ諸将の前で皆を扇動すると、国安が盃に酒を注いで言った。
「めでたいかな。めでたいかな。前祝じゃ。皆、飲もうぞ。」
国安は酒を飲み干すと、叫んだ。
「弥三郎様万歳。万歳。万歳。」
弥三郎の跡目に不安を持っていた者たちもこうなると従わざるを得ない。皆、やけくそ気味に酒を煽り、不承不承、万歳と叫んだ。皆の様子を見た大殿は腹を決めた。
「弥三郎よ。たった今、お前の跡目相続が決まった。この戦が終わったらお前が当主じゃ。」
「弥三郎はお家を守っていく器量は御座いませぬ。私では家臣たちの信を得られず、お家が分裂致します。どうかお許しを。」
「ならん。そなたがやるのじゃ。」
「お家が潰れます。」
「潰れたら潰れたで良いではないか。」
大殿は驚くべきことを言った。唖然とする一同。
「弥三郎。諸行無常じゃ。この世に永遠に続くものは無い。いずれは全て無になるのだ。家を潰したら潰したでそれで良い。」
「・・・・・・。」
「儂はそなたがそなたなりに努力してくれたなら、どの様な結果が出たとしてもそれを受け入れるつもりじゃ。やれる限りの事をやってくれれば、それで良い。」
「・・・・・・。」
「失敗を恐れるな。逃げるな。跡目はそなただ。そなたの武略は儂以上じゃ。出来る。やってみよ。」
「・・・・・・。」
「この時の為に引き籠りながら牙を研いできたのであろう。今やらないで何時やるのじゃ。」
「・・・・・・。」
「何時やるのじゃ、弥三郎。」
「・・・・・・。」
煮え切らない弥三郎に、さくも発破を掛けた。
「弥三郎様。いつまでグズグズとしているお積りですか。このまま一生、引き籠って過ごす訳にはいかないのです。いつまで逃げ続けるお積りなのですか。」
「だが・・・・・・。」
ウジウジする男は嫌いである。さくは切れた。
「五月蠅い。だがも糞も無い。上方に討って出ると言うのなら、その前に本山氏を討伐するのです。それが出来ないのなら大言を吐くな・・・・。大殿は弥三郎様を信じてこの大いくさを初陣に選ばれたのです。跡取りに選ばれたのです。何故、その期待に応えようとしないのですか。」
「・・・・・だから私では無理だと・・・。皆も私には出来ないと・・・駄目だと思われている。」
「弥三郎様が駄目かどうかを決めるのは、皆では無く、弥三郎様自身です。」
「・・・・・・・。」
「どうなのですか。自分の胸に手を当てて、考えるのです。駄目なのか・駄目ではないのか。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。自分の器を信じられない人間に一体、何を成せましょうや。何をやっても無駄です。その様な者に生きている意味は無い。自分には何も成す事は出来ないと思われるのなら、いっその事、ここで自害されてはどうですか。糞人間。」
さくの毒舌が炸裂した。皆、しーんと静まり返る。あまりの言い様に大殿はさくを咎めたてた。
「さく。何たる言い様だ。いい加減にせんか。」
「いえ。父上。さくの言う通りです。」
「うん?」
「さくに毒舌を吐かれ、吹っ切れました。この時の為、さくに武芸を仕込まれて来たのです。起つのは今、今起たねば武士に非ず。」
弥三郎は毅然として言った。さくは安堵した。さくが一目置く弥三郎に戻ってくれたようだ。
「よくぞ言った弥三郎。お前が次の当主だと、皆が納得する働きを見せよ。」
「委細承知。」
それだけ言うと弥三郎は授けられた槍を手にし、広間を後にした。後にさくと左月が続く。大殿がさくを呼び止めた。
「さく!」
大殿が腹の底から振り絞る様な苦し気な声を出したので振り向くと、大殿は何とも言えぬ表情で一言、言った。
「弥三郎を頼んだぞ。」
大殿の表情を見て、さくはその覚悟を見て取った。最悪の事態も覚悟されている。と、
「お任せを。必ず無事にお連れします。」
さくはニッコリ笑うと、弥三郎の後を追った。
大広間に並み居る武将たちが集まっている。甲冑を着た弥三郎が、さくと左月を伴って入って来るのを武将たちは感嘆の声を上げて迎えた。注目を浴びたのは弥三郎。ではなく、朱色の甲冑を纏ったさくであった。さくはおなごの身にありながら、弥三郎の教育係として此度の戦に参陣する腹積もりである。真っ赤な朱色の甲冑は出来る限り敵の目をこちらに引きつけ、弥三郎を目立たなくしようというさくの考えからである。若く美しいさくに朱色の甲冑は良く映えた。美丈夫のさくに対し、弥三郎は病人の様に真っ青である。宿老たちは大丈夫なのかと値踏みする視線を送った。
「弥三郎。よく来た。そこに座るがよい。」
大殿に声を掛けられ、弥三郎は座ろうとするが、まるで重病人の様にヨロヨロとよろける。さくと左月が慌てて支えながらその場に座らせた。さく・左月も後ろに控える。
「此度がそなたの初陣じゃ。大いくさだ。存分の働きを見せよ。」
「・・・・・・。」
弥三郎は呟くように何事か言ったが、何を言っているのか誰も聞こえなかった。仕方なくさくが代わりに口上を述べる。
「この様な大いくさを初陣に出来ますことを、武士としてこの上なき栄誉に御座いますと、弥三郎様は申されております。」
「・・・・・・。左様か。」
大殿は弥三郎の表情を窺いながらそう言った。
「あれを持て。」
大殿がそう呼びかけると、小姓がなにやら立派な槍を持ってきて弥三郎に差し出す。弥三郎はおずおずとそれを受け取り、まじまじと見る。
「儂の愛槍じゃ。それを使え。」
自らの愛槍を授け、武運を祈る大殿の弥三郎の対する愛情をさくはひしひしと感じた。果たして弥三郎には伝わっているだろうか?弥三郎はだんまりである。
「弥三郎様。大殿にお礼を。」
うんともすんとも言わぬ弥三郎に業を煮やしたさくはそう促した。
「・・・・・・。父上、私は刀で戦いたいと思います。」
「何を言う。いくさ場では先ず槍と決まっておろうに。」
「・・・・・・。では、槍の使い方はどうするか、お教え願いますか。」
これにはその場にいた者たち皆、大いに呆れた。この期に及んで、槍の使い方を聞く阿保が居た事にである。冷ややかな冷笑がその場を包んだ。この事態を招いた責はさくにあった。さくは武芸に秀でてはいたが、おなご故に、いくさ場に出た事が無い。戦場の主武器は槍であるという事を知らなかったのだ。それ故に主に刀と薙刀・弓・乗馬を弥三郎に徹底的に仕込んだが、槍については教えてはいなかったのだ。さくは満座の席で笑いものにされた弥三郎に対し、申し訳なさで一杯になった。その時、秦泉寺豊後という家臣が静かに言った。
「弥三郎様。何も難しい事は御座いません。目を突けば宜しいのです。」
「目を・・・・突くか。目を突かれた者は痛いのではないか。」
弥三郎がそう言うと、また、笑いが起こった。弥三郎を馬鹿にした嫌な嘲笑だった。憤ったさくは皆を見渡して言った。
「弥三郎様。遠慮は無用で御座います。いくさ場では弥三郎様の前に立ち塞がる者、侮る者がおりましたら容赦なく突き伏せなされ。問答無用に御座います。」
さくがそう言うと、一瞬で波が引くように嘲笑が収まった。大殿は肩を怒らすさくを手で制すと、弥三郎にゆっくりと語りかける。
「他に何か聞いておくことはないか。」
「・・・・・・ひとつ、御座います。」
「何か。」
「大将とは先に行く者でしょうか?後を行く者でしょうか?」
大殿は秦泉寺豊後に目線を送る。豊後は弥三郎に諭すように言った。
「大将はむやみに猪突猛進してはなりません。先頭に立つなどもっての外。大将は掛からぬ者、逃げざる者で御座います。」
「・・・・・・。よう、分かりました。」
弥三郎は大殿に頭を下げた。大殿は弥三郎をじっと見つめる。
「敵の数は我が方の倍じゃ。厳しい戦いになるが、窮地の時こそ大将の器が試される。お前の器を皆に示すのは今じゃ。しっかりやるのじゃぞ。」
弥三郎はコクリと頷く。
「父上。長い間、お世話になりました。弥三郎は父上の子に生まれて幸せでした。」
「待て、待て!何を言い出すのだ。」
弥三郎が永遠の別れの様な口上を切り出すので、大殿は泡を喰って言葉を遮る。
「何故、その様な事を言い出すのだ。死ぬつもりか。許さぬ。必ず生きて帰って来い。儂より先に死ぬことは許さぬ。良いな。これは命令じゃ。」
「弟の親貞がおります。私が亡き後は親貞に全てを託したいと思います。父上の期待に沿えなかった弥三郎をお許し下さい。」
弥三郎が弟の親貞と大殿を交互に見ながら縁起の悪い事を言うので、二人は困惑の表情を見せた。
「兄上、縁起の悪い事を仰せられますな。父上の跡目を継ぐのは兄上を於いて他におりませぬ。」
「そうじゃ。儂の跡目を継ぐのは弥三郎しかおらぬのじゃぞ。」
さくは息を呑んだ。弥三郎が廃嫡されるのではないかと気を揉んでいた問題が思わぬ形で解決されたのである。諸将居並ぶ中、弟の親貞が弥三郎の地位を認め、大殿も跡目は弥三郎だと宣言したのだ。さくは小躍りしたいのを必死に抑えていると、広間に列席していた父の国安と目が合った。それだけで二人には互いの意図を読み取るのに十分だった。
「たった今、跡目は弥三郎様だと大殿がお決めになられた。戦の前に大変めでたき事。幸先良し。この戦勝ったも同然に御座います。」
さくが居並ぶ諸将の前で皆を扇動すると、国安が盃に酒を注いで言った。
「めでたいかな。めでたいかな。前祝じゃ。皆、飲もうぞ。」
国安は酒を飲み干すと、叫んだ。
「弥三郎様万歳。万歳。万歳。」
弥三郎の跡目に不安を持っていた者たちもこうなると従わざるを得ない。皆、やけくそ気味に酒を煽り、不承不承、万歳と叫んだ。皆の様子を見た大殿は腹を決めた。
「弥三郎よ。たった今、お前の跡目相続が決まった。この戦が終わったらお前が当主じゃ。」
「弥三郎はお家を守っていく器量は御座いませぬ。私では家臣たちの信を得られず、お家が分裂致します。どうかお許しを。」
「ならん。そなたがやるのじゃ。」
「お家が潰れます。」
「潰れたら潰れたで良いではないか。」
大殿は驚くべきことを言った。唖然とする一同。
「弥三郎。諸行無常じゃ。この世に永遠に続くものは無い。いずれは全て無になるのだ。家を潰したら潰したでそれで良い。」
「・・・・・・。」
「儂はそなたがそなたなりに努力してくれたなら、どの様な結果が出たとしてもそれを受け入れるつもりじゃ。やれる限りの事をやってくれれば、それで良い。」
「・・・・・・。」
「失敗を恐れるな。逃げるな。跡目はそなただ。そなたの武略は儂以上じゃ。出来る。やってみよ。」
「・・・・・・。」
「この時の為に引き籠りながら牙を研いできたのであろう。今やらないで何時やるのじゃ。」
「・・・・・・。」
「何時やるのじゃ、弥三郎。」
「・・・・・・。」
煮え切らない弥三郎に、さくも発破を掛けた。
「弥三郎様。いつまでグズグズとしているお積りですか。このまま一生、引き籠って過ごす訳にはいかないのです。いつまで逃げ続けるお積りなのですか。」
「だが・・・・・・。」
ウジウジする男は嫌いである。さくは切れた。
「五月蠅い。だがも糞も無い。上方に討って出ると言うのなら、その前に本山氏を討伐するのです。それが出来ないのなら大言を吐くな・・・・。大殿は弥三郎様を信じてこの大いくさを初陣に選ばれたのです。跡取りに選ばれたのです。何故、その期待に応えようとしないのですか。」
「・・・・・だから私では無理だと・・・。皆も私には出来ないと・・・駄目だと思われている。」
「弥三郎様が駄目かどうかを決めるのは、皆では無く、弥三郎様自身です。」
「・・・・・・・。」
「どうなのですか。自分の胸に手を当てて、考えるのです。駄目なのか・駄目ではないのか。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。自分の器を信じられない人間に一体、何を成せましょうや。何をやっても無駄です。その様な者に生きている意味は無い。自分には何も成す事は出来ないと思われるのなら、いっその事、ここで自害されてはどうですか。糞人間。」
さくの毒舌が炸裂した。皆、しーんと静まり返る。あまりの言い様に大殿はさくを咎めたてた。
「さく。何たる言い様だ。いい加減にせんか。」
「いえ。父上。さくの言う通りです。」
「うん?」
「さくに毒舌を吐かれ、吹っ切れました。この時の為、さくに武芸を仕込まれて来たのです。起つのは今、今起たねば武士に非ず。」
弥三郎は毅然として言った。さくは安堵した。さくが一目置く弥三郎に戻ってくれたようだ。
「よくぞ言った弥三郎。お前が次の当主だと、皆が納得する働きを見せよ。」
「委細承知。」
それだけ言うと弥三郎は授けられた槍を手にし、広間を後にした。後にさくと左月が続く。大殿がさくを呼び止めた。
「さく!」
大殿が腹の底から振り絞る様な苦し気な声を出したので振り向くと、大殿は何とも言えぬ表情で一言、言った。
「弥三郎を頼んだぞ。」
大殿の表情を見て、さくはその覚悟を見て取った。最悪の事態も覚悟されている。と、
「お任せを。必ず無事にお連れします。」
さくはニッコリ笑うと、弥三郎の後を追った。
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