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第16章
乗馬鍛錬
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「さく、良くやった。褒めて遣わす。」
「はっ。有難う御座います。」
弥三郎が厠で用を足した事を、さくが大殿に報告すると大喜びであった。
「しかし、もう10年以上も厠を使わなかったのを、よくもまあ短期間で。そなたに教育係を任せてよかったのお。見事じゃぞ、さく。」
「ほんに。弥三郎がこんなにもさくの言う事を聞くのであれば、もっと早う召し出すべきであったのう。」
大殿・祥鳳の方、共々がさくの教育係としての素養を称賛した。さくは愛想笑いで応じた。
「それで、一体なんだったのだ?」
「?何がで御座いましょう。」
「長い間、厠を使わなかった理由よ。どうやって厠を使わせたのじゃ。」
「それは・・・・・。」
さくは言葉に詰まった。まさか、物の怪が怖くていい年をした男が厠を使えなかった。さくの用便を足すのを覗いて、矛を扱いていたのを糾弾して逆手に取った。とは、さすがに言えない。もし言ったら廃嫡決定である。
「まあ、・・・・・・あれです。・・・・その、弥三郎様のこだわりを解いて差し上げたと言いますか、・・・・しっかりなさいませと・・・・叱咤しました所、この様な仕儀に相成りまして・・・・・。」
自分でも何を言ってるのか分からなくなってきた、さくであったが、夜中に長い間、便桝に潜んでいた弥三郎は、物の怪など居ないという妄想から放たれた筈である。これはこだわりを解いたとも言える。暗闇の中、便桝に置き去りにしたのは、物の怪などいない。しっかりなさいませと叱咤したのである。まあ、嘘は言ってはいないだろう。
「こだわりのう。ふ~~ん。」
そう言った大殿はそれ以上突っ込んで来なかったので、さくは安堵した。
「まあ、兎にも角にも弥三郎は部屋から出て話をする様になった。厠で用便を足すようにもなった。これ単にさくの手柄じゃ。」
大殿からそう言われ、さくは肩の荷が下りたような気がした。」
「よう御座いました。これで役目を辞したいと思います。」
これだけ骨を折って、用便を覗かれるという痴態まで晒して、教育係として結果を残したという自負がある。とっとと解放して貰いたいというのが本心であったのだが、
「いや、まだそなたにやって貰わなければならぬ事がある。」
大殿はぴしゃりと、さくの要求を撥ね付けた。
「と、仰いますと・・・。」
さくは内心毒づきながらも、表情にはおくびも出さず、主人の意向を窺った。
「そなたは武芸を嗜んでいると聞いたが、誠か?」
「はい。多少は。」
「弥三郎は未だ、いくさ場に出た事が無くてな・・・・。」
「はい。」
弥三郎が初陣を済ませていないという事は、さくも知っていた。戦国の世では、十代前半にもなれば初陣を飾るのが一般的である。弥三郎の年で戦経験が無いというのはある意味、異例とも言える。まあ、今まで引き籠っていて、親と会話も無かったのだから仕方ないが。
「何故だか分かるか?」
「大殿には深い考えがあるのだと推察致します。私ごときに何故、分かりましょうや。」
さくは惚けた。
「弥三郎には武芸の心得が全くない。」
「・・・・・・・。」
はい、想像通り。
「馬にも乗れぬのだ。」
「えっ!馬に乗れぬのですか!」
想定外の事実にさくは驚いた。まさか馬にも乗れぬとは・・・・・。馬に乗るという事は武家の必修科目である。戦国の世では戦う時は皆、馬から下りて戦う。現代の人々はテレビなどで戦国の武将たちが馬に乗ったまま、刀を振るっているのを見るが、全部嘘っぱちだ。戦う時は馬を降りて戦う。突撃する時に馬に乗って突進し、敵の前に来たら馬を降りて刀を振るう。その間は従者が馬の手綱を持つ。形勢不利になり退却などという事になったら、また馬で逃げるのだ。つまり大将格の人物は馬に乗れないと話にならない。それが弥三郎には出来ぬと言うので、さくは呆れた。
「・・・・・・そこで、そなたに教えてやって貰いたいのだ。」
やはり。そう来たか。
「ですが、武芸一般はおのこに教えて貰った方が宜しいのでは。」
「弥三郎はおのこを寄せ付けぬでな。」
そうだ。弥三郎にはそれがあったのだ。
「・・・・・・。では。さくに弥三郎様の武芸一般を仕込めと・・・。」
「そうじゃ。そなたの言う事なら弥三郎はよく聞くではないか。頼む。」
「・・・・・。はっ。畏まりました・・・・。」
こうしてさくは弥三郎に武芸を仕込むという、最も重要な命を受けたのである。
中庭にて。
「一体、何なのだ?ここで何をしようというのだ?」
朝餉の後、さくは弥三郎を城の中庭に連れ出した。
「弥三郎様。大殿の命により、本日からこの、さくが弥三郎様に宮脇流の武芸を伝授致します。」
「それならば、後で宮脇流の武芸とやらの極意を巻物にして見せてくれればよい。」
弥三郎はそう言って、部屋に戻ろうとする。
「お待ち下さい。武芸というものは幾ら書を読みましても、習得は難しゅう御座います。頭ではなく、痛い思いをして体で覚えなくては到底無理なのです。」
「・・・・・気が進まぬ。」
「気が進もうと進まなかろうと、やって頂きます。弥三郎様は馬にも乗れぬとか。そんな事ではいつまで経っても初陣は出来ませぬぞ。」
「・・・・・・・・・」
「まずは馬に乗る事から始めると致しましょう。はるが今から馬を連れて来ますので。」
「・・・・・・。」
弥三郎は気が進まぬ様子である。さくは発破を掛ける。
「おなごと云うものは、馬を乗りこなすおのこに胸をときめかすものに御座います。弥三郎様が颯爽と乗りこなせば、皆の見る目が変わります。」
「・・・・・そうかのう。」
弥三郎は満更でもない様な表情を見せた。
「さくが保証致します。もてる近道は先ずは乗馬です。」
「うん。」
やる気を出した様だ。おなごに対して人一倍の執着がある弥三郎には、こう言っておくのが一番である。
「姫様。連れて参りました。」
振り向くと、はるが馬を引いてこちらへ向かってくる。さくはその恰幅の良い見事な馬に驚いた。この様な見事な馬は見た事が無かったからだ。
「見事な馬ですね。こんな名馬が領内に居るとは・・・・。」
さくがまじまじと魅入っていると、
「大殿秘蔵の馬の一頭だそうです。今日から弥三郎様の馬だと。」
はるは馬の首を撫でながらそう言った。
「でか過ぎる。もっと小さい馬は居らぬのか?」
弥三郎は大殿の親心も知らず、文句を言った。
「弥三郎様は大殿の跡目を継ぐお方。小さい馬に乗っていては皆に侮られます。これに乗って構えていれば敵方は怯みましょうぞ。」
「しかしな・・・・・。」
弥三郎は馬に気圧されている。さくはなんとか馬に慣れさせようと試みた。
「先ずは触って見るのが宜しゅう御座います。お互いに信頼関係を築くのです。」
さくは静かに馬の鼻先を撫でてやる。それに倣い。弥三郎も手を伸ばす。
「こ、こうか。」
弥三郎が馬の鼻先に触れようとした瞬間、馬が急に息を荒げたかと思うと、がぶりと弥三郎の右手に噛み付いた。
「ぎゃっ!」
悲鳴を上げる弥三郎。馬から急いで飛びのいた。さくとはるは慌てて馬を抑える。
「大丈夫ですか、弥三郎様。」
さくは弥三郎の噛まれた腕を見た。歯形がしっかり残っている。痛そうだ。
「何をする!」
馬に毒づく弥三郎。それをさくは嗜める。
「毒づくのはお止め下さいませ。」
「何故じゃ。」
「馬は飼い主を選びます。信頼出来る者には心を開き、出来ぬものは背には乗せぬのです。」
「私の事をこの馬は信頼していないと言うのか。」
「その通りで御座います。その証拠にさくの手は噛みません。」
馬はさくに撫でられるがままである。はるが続いて触れるが、馬は一切、攻撃しては来なかった。
「不思議、こんなに穏やかな馬なのに、弥三郎様にだけ攻撃的。」
はるはぼそりと言った。ムッとする弥三郎にさくは言った。
「馬は攻撃的なものが良いと言われます。この馬は合格です。」
「・・・・・。何が合格だと言うのだ。攻撃的過ぎて、主人を背に乗せぬ。何の為の馬か?」
憤る弥三郎に、さくは穏やかに言った。
「弥三郎様、穏やかにお願いします。何度も言うようですが、馬は主人を選びます。馬に信頼される様になりませんと。」
「・・・・・・。」
「弥三郎様の馬を恐れる気持ちが伝わるのです。さすれば馬の方も警戒するではありませんか。」
「しかしな・・・・・。馬に乗った事が無いのに、この様なデカい馬にいきなり乗れと言われても・・・・・・。初めはもう少し小さい馬では駄目なのか?」
弥三郎はしつこく小さい馬を所望した。
「大は小を兼ねると申します。この馬に慣らせておけば、どの様な馬にも乗れるようになります。いくさ場では馬が殺されたり、逃げたりする事もあるのです。その様な時は有り合わせの馬に乗る事になります。そこで「大きすぎるから乗れぬ。」とか「もそっと小さい馬を。」とか「大人しい馬が良い。」等と言っておられますか?あっという間に首を獲られてしまいます。」
「・・・・・・・。」
「不測の事態に対応できるように、この馬で訓練するのが良う御座います。」
「・・・・・嫌じゃ。落馬などして死んだらどうするのだ。」
さくは心の中で舌打ちした。この男に心の中で舌打ちするのは何度目なのか。うだうだ言わないでとっとと乗れよ。そう言ってやりたいのを何とか飲み込む。
「落馬して死んだら死んだで、弥三郎様はそこまでの人間だったという事に御座います。天命の無い人間には上方に打って出る等、夢の又夢では御座いませんか。」
「・・・・・・・。」
さくは弥三郎をきつい口調で突き放した。奮起を期待したのだが、繊細な弥三郎はまたもや深く落ち込む。どうしようもない男である。それに見かねたはるが弥三郎の心を和らげようとした。
「弥三郎様、怖がることはありません。おなごでも乗れるのですから、弥三郎様にも簡単に乗れます。」
そう言うと、はるは馬の鐙に足を掛け、馬に跨ろうとした。
「はる。止めなさい。そなたは馬に乗れぬでしょう。」
はるは馬に乗った事は無かったが、弥三郎の益体の無さを見ておれず、馬に乗る事は簡単だと示してやろうと思ったのであったが、それは無謀な試みであった。
「きゃっ!」
鐙の上で体勢を崩したはるは悲鳴を上げて、尻から地面に転げ落ちる。
「はる!大丈夫ですか?」
さくは慌ててはるに駆け寄る。はるは仰向けに倒れたまま、顔を顰めた。
「大丈夫です。大事ありません。」
「無茶をして。怪我をしますよ。」
「私が馬に乗れれば、弥三郎様も自信を持って挑戦できると思ったのです。」
はるも弥三郎の事を奮起させようと体を張ってくれたのだ。はるの忠心を弥三郎はどう思っただろうか?一言、言ってやろうと背後に居る弥三郎の方を振り返ると、弥三郎はその場に立ち尽くして、はるを凝視している。その両眼は充血していた。弥三郎も今回ははるの気持ちに心打たれたに違いなかった。
「弥三郎様。はるの言葉をお聞きになりましたか?」
「・・・・・・。」
弥三郎は感涙で眼を充血させながら、言葉が出ない様だ。
「臣下にここまで言われて、期待に答えぬ様ではもはや主と言えませんよ。」
「・・・・・・・。」
「弥三郎様?・・・・。」
何か様子がおかしい。弥三郎の目付きが尋常ではなかったからだ。さくは弥三郎の目線の先を追った。・・・・・・・。目線の先は、はるの乱れた着物の裾、裾が割られて下半身が露わになっていた。はるの露わになった秘部を凝視しているのである。この野郎・・・・・・。
「弥三郎様。一体全体、何処を見ているのですか。」
さくにそう言われて、はるも覗かれている事に気付いた様だ。慌てて着物の裾を直す。自らの欲望に囚われた弥三郎は、はるの足元にしゃがみ込み、着物の裾を捲り上げようとした。
「きゃっ。」
「何をなさっておるのですか!」
弥三郎は無理やりに裾を捲ろうとするのを止めない。それどころか図々しく言い放った。
「打った所が痣になっておるやもしれぬ。私が見てやろう。」
「お止め下さい。お許しを。」
「遠慮する事は無い。私に見せてみよ。」
弥三郎は裾を抑えるはるの手を、無理矢理引き剥がし、腹の近くまで捲り上げる。はるの下腹部の淡い陰りを目の当たりにし、下品に笑った。間髪入れずさくの拳が馬鹿殿の頭を星が出るくらい、乱打殴打した。
「ぎゃっ!」
さくは弥三郎が悲鳴を上げるのを全く無視して、うつ伏せに押し潰すと、背中に膝を乗せて制圧する。貧弱な若殿は哀れにも臣下のおなごに成すすべがなかった。起き上がる事も出来ず、顔を地べたに擦り付けて許しを請うた。
「さく、ちょっとふざけただけじゃ。はるのことが心配で打った所を見てやろうと思っただけなのだ。」
「嘘を付くな!この色魔が。」
さくは拳を握った鉄槌を弥三郎の頭に容赦なく振るった。
「勘弁してくれ。元はと言えば、はるが私を誘惑して来たのではないか。」
「は~~あ?」
さくは呆れてものが言えない。はるが馬から落ちて裾が捲れたのは、はるが誘惑しているからと弥三郎は臆面もなく言うのだ。
「その様な訳があるまい!」
さくは更に鉄槌を頭に落とした。
「姫様。もうその辺でお止め下さい。はるもはしたのう御座いました。」
主君である弥三郎を容赦なく殴りつける、さくを見かねてはるが止めようとする。
「あなたが謝る事はありません。どう考えてもこの馬鹿殿が悪いのです。」
「悪かった。はる、そなたの火処を見て、我慢が出来なくなったのだ。もう二度とせぬから許してくれ。さくに殴るのを止めさせてくれ。」
「・・・・・・。姫様。弥三郎様も謝って下さった事ですし、もうその辺で・・・・・・。」
はるは顔を赤らめて、さくを取りなした。さくはチッと舌打ちする。この馬鹿殿をどうしてくれようか。
「もう、二度としませんか?」
さくは膝の下に押し潰した弥三郎に問いかける。弥三郎は苦しそうに呻きながら言う。
「しない。しない・・・。」
さくは仕方なく立ち上がった。弥三郎はさくの重しから解放され、身を起こすとフウと溜息を付いた。
「今日の訓練はこれまでと致します。続きは明日。今日の罰として明日は必ず馬に乗って、走らせる所までやって頂きます。宜しいですね。」
「うむ。明日は必ず馬に乗る。」
またごねると思っていた弥三郎が、以外にもやる気を出した事にさくは驚いた。一体、どういう風の吹き回しであろうか。
「それは良い心掛けです。」
「明日は、私の本気を見せる。」
本気を見せるとは凄い意気込みだ。さくは弥三郎の変わり身の意図を図りかねた。
「・・・・・・・。」
「そこで、一つ提案があるのだが。」
「・・・・なんでしょう?」
「この機会に私だけでなく、馬に乗れぬものを集めて皆で訓練すれば良いのではないだろうか。」
さくはこの提案を意外に思った。弥三郎の性格から云って、他人と一緒の訓練は嫌うと思っていたのだ。それが皆で訓練する等と・・・・・・。どうやら協調性が出てきた様だった。さくの密着教育が実を結びつつあるのだ。
「それは良きお考えかと。」
さくは考え深げに了解したのであった。
翌日。
朝餉の後、素早く後片付けを済まし、さくは中庭に出た。そこには弥三郎と馬を連れて出てきた、はるが居た。他には弥三郎が連れて来た十人前後の人影が。なんと全員おなごである。これは・・・・・・。まさか、この者たちと馬に乗る訓練をするつもりなのか?身なりからして家臣たちの息女たちを集めたものらしい。そういえば弥三郎はおのこは臭いと言って毛嫌いしているのだった。おなご達を訓練していくさ場に連れて行こうと考えているのだろうか?さくは顔を曇らせた。
「おう、さく。早うこちらへ来ぬか。」
弥三郎は上機嫌でさくに手招きする。さくは素早く弥三郎の元に近寄ると、耳打ちした。
「弥三郎様。おなご達に乗馬の訓練などさせる気ではないですよね。」
「駄目なのか?」
「何の為におなごを訓練なさいますか。」
「いくさ場には馬に乗れぬと出れないのであろう。」
まさか、弥三郎はおなご部隊を編成しようとしているのであろうか。さくは暗惨たる面持ちである。
「よし、それでは皆、順番に馬に乗ってみるのだ。」
弥三郎の呼びかけに従い、女たちは順番に馬に挑んだ。
「きゃっ!」
「きゃあ!」
女たちは悲鳴を上げながら、次々と落馬していく。着物の裾が捲れ上がり、皆、弥三郎の前に火処を晒す。淡い茂みに、濃い茂み、年端もいかぬ無毛の者もいた。弥三郎はそれを嬉々として見ていた。一体、何なのだ。この男は。本気でおなご部隊を作るつもりなのか?それともおなごの火処を見たいが為に、訓練と言う名の下におなご達を呼んだのか?さくは得体のしれない行動を取る弥三郎の真意を図りかねていた。
「さく、次はそなたじゃ。乗ってみよ。」
弥三郎はさくにも馬に乗れと言う。これに関しては唯、さくの火処を覗きたいという欲求であろうと分かる。さくは馬につかつかと歩み寄ると、鐙に足を掛け、ひらりと馬に跨る。集まったおなご達は歓声を上げた。
「さくは馬に乗れたのか・・・。」
弥三郎は残念そうに言う。
「小さき頃より手ほどきを受けておりますので。」
さくはがっかりして肩を落とした弥三郎に、勝ち誇って言った。
「そうであったか。では、次は私の番じゃ。さく。少し前に出よ。」
弥三郎はそう言うと、馬に挑みかかった。
「えっ!お待ちを・・・・弥三郎様。」
さくはびっくりした。弥三郎が鐙に足を掛けひらりと、さくの後ろに飛び乗ったからだ。おなご達は弥三郎の華麗な乗馬に又も歓声を送った。昨日までは馬が大きすぎるとあんなにも怖気づいていたのに・・・・・見事な乗馬であった。
「馬に乗れるのではありませんか。昨日はあの様に怖気づいていたのに。」
さくが疑問をぶつけると、弥三郎は事も無げに言った。
「昨日の夜、馬に乗る秘訣を書で読んだ。」
「・・・・・・・。」
書を読んだだけで馬に乗れるようになるものなのか・・・・・。その事が驚きである。さくの沈黙を他所に、弥三郎はさくの背後から脇に手を伸ばし、手綱を取ると馬の脇腹を両足で蹴った。駆け出す馬。
「きゃあっ!」
驚いて悲鳴を上げるさくを両脇から抱きしめる形で、弥三郎は華麗に馬を操り、館を飛び出していく。
「や、弥三郎様。どちらへ。」
はるの問いかけを遥か後方に残して、弥三郎は叫んだ。
「暫しの間、さくを借りるぞ。心配せずに待っているがよい。」
「はっ。有難う御座います。」
弥三郎が厠で用を足した事を、さくが大殿に報告すると大喜びであった。
「しかし、もう10年以上も厠を使わなかったのを、よくもまあ短期間で。そなたに教育係を任せてよかったのお。見事じゃぞ、さく。」
「ほんに。弥三郎がこんなにもさくの言う事を聞くのであれば、もっと早う召し出すべきであったのう。」
大殿・祥鳳の方、共々がさくの教育係としての素養を称賛した。さくは愛想笑いで応じた。
「それで、一体なんだったのだ?」
「?何がで御座いましょう。」
「長い間、厠を使わなかった理由よ。どうやって厠を使わせたのじゃ。」
「それは・・・・・。」
さくは言葉に詰まった。まさか、物の怪が怖くていい年をした男が厠を使えなかった。さくの用便を足すのを覗いて、矛を扱いていたのを糾弾して逆手に取った。とは、さすがに言えない。もし言ったら廃嫡決定である。
「まあ、・・・・・・あれです。・・・・その、弥三郎様のこだわりを解いて差し上げたと言いますか、・・・・しっかりなさいませと・・・・叱咤しました所、この様な仕儀に相成りまして・・・・・。」
自分でも何を言ってるのか分からなくなってきた、さくであったが、夜中に長い間、便桝に潜んでいた弥三郎は、物の怪など居ないという妄想から放たれた筈である。これはこだわりを解いたとも言える。暗闇の中、便桝に置き去りにしたのは、物の怪などいない。しっかりなさいませと叱咤したのである。まあ、嘘は言ってはいないだろう。
「こだわりのう。ふ~~ん。」
そう言った大殿はそれ以上突っ込んで来なかったので、さくは安堵した。
「まあ、兎にも角にも弥三郎は部屋から出て話をする様になった。厠で用便を足すようにもなった。これ単にさくの手柄じゃ。」
大殿からそう言われ、さくは肩の荷が下りたような気がした。」
「よう御座いました。これで役目を辞したいと思います。」
これだけ骨を折って、用便を覗かれるという痴態まで晒して、教育係として結果を残したという自負がある。とっとと解放して貰いたいというのが本心であったのだが、
「いや、まだそなたにやって貰わなければならぬ事がある。」
大殿はぴしゃりと、さくの要求を撥ね付けた。
「と、仰いますと・・・。」
さくは内心毒づきながらも、表情にはおくびも出さず、主人の意向を窺った。
「そなたは武芸を嗜んでいると聞いたが、誠か?」
「はい。多少は。」
「弥三郎は未だ、いくさ場に出た事が無くてな・・・・。」
「はい。」
弥三郎が初陣を済ませていないという事は、さくも知っていた。戦国の世では、十代前半にもなれば初陣を飾るのが一般的である。弥三郎の年で戦経験が無いというのはある意味、異例とも言える。まあ、今まで引き籠っていて、親と会話も無かったのだから仕方ないが。
「何故だか分かるか?」
「大殿には深い考えがあるのだと推察致します。私ごときに何故、分かりましょうや。」
さくは惚けた。
「弥三郎には武芸の心得が全くない。」
「・・・・・・・。」
はい、想像通り。
「馬にも乗れぬのだ。」
「えっ!馬に乗れぬのですか!」
想定外の事実にさくは驚いた。まさか馬にも乗れぬとは・・・・・。馬に乗るという事は武家の必修科目である。戦国の世では戦う時は皆、馬から下りて戦う。現代の人々はテレビなどで戦国の武将たちが馬に乗ったまま、刀を振るっているのを見るが、全部嘘っぱちだ。戦う時は馬を降りて戦う。突撃する時に馬に乗って突進し、敵の前に来たら馬を降りて刀を振るう。その間は従者が馬の手綱を持つ。形勢不利になり退却などという事になったら、また馬で逃げるのだ。つまり大将格の人物は馬に乗れないと話にならない。それが弥三郎には出来ぬと言うので、さくは呆れた。
「・・・・・・そこで、そなたに教えてやって貰いたいのだ。」
やはり。そう来たか。
「ですが、武芸一般はおのこに教えて貰った方が宜しいのでは。」
「弥三郎はおのこを寄せ付けぬでな。」
そうだ。弥三郎にはそれがあったのだ。
「・・・・・・。では。さくに弥三郎様の武芸一般を仕込めと・・・。」
「そうじゃ。そなたの言う事なら弥三郎はよく聞くではないか。頼む。」
「・・・・・。はっ。畏まりました・・・・。」
こうしてさくは弥三郎に武芸を仕込むという、最も重要な命を受けたのである。
中庭にて。
「一体、何なのだ?ここで何をしようというのだ?」
朝餉の後、さくは弥三郎を城の中庭に連れ出した。
「弥三郎様。大殿の命により、本日からこの、さくが弥三郎様に宮脇流の武芸を伝授致します。」
「それならば、後で宮脇流の武芸とやらの極意を巻物にして見せてくれればよい。」
弥三郎はそう言って、部屋に戻ろうとする。
「お待ち下さい。武芸というものは幾ら書を読みましても、習得は難しゅう御座います。頭ではなく、痛い思いをして体で覚えなくては到底無理なのです。」
「・・・・・気が進まぬ。」
「気が進もうと進まなかろうと、やって頂きます。弥三郎様は馬にも乗れぬとか。そんな事ではいつまで経っても初陣は出来ませぬぞ。」
「・・・・・・・・・」
「まずは馬に乗る事から始めると致しましょう。はるが今から馬を連れて来ますので。」
「・・・・・・。」
弥三郎は気が進まぬ様子である。さくは発破を掛ける。
「おなごと云うものは、馬を乗りこなすおのこに胸をときめかすものに御座います。弥三郎様が颯爽と乗りこなせば、皆の見る目が変わります。」
「・・・・・そうかのう。」
弥三郎は満更でもない様な表情を見せた。
「さくが保証致します。もてる近道は先ずは乗馬です。」
「うん。」
やる気を出した様だ。おなごに対して人一倍の執着がある弥三郎には、こう言っておくのが一番である。
「姫様。連れて参りました。」
振り向くと、はるが馬を引いてこちらへ向かってくる。さくはその恰幅の良い見事な馬に驚いた。この様な見事な馬は見た事が無かったからだ。
「見事な馬ですね。こんな名馬が領内に居るとは・・・・。」
さくがまじまじと魅入っていると、
「大殿秘蔵の馬の一頭だそうです。今日から弥三郎様の馬だと。」
はるは馬の首を撫でながらそう言った。
「でか過ぎる。もっと小さい馬は居らぬのか?」
弥三郎は大殿の親心も知らず、文句を言った。
「弥三郎様は大殿の跡目を継ぐお方。小さい馬に乗っていては皆に侮られます。これに乗って構えていれば敵方は怯みましょうぞ。」
「しかしな・・・・・。」
弥三郎は馬に気圧されている。さくはなんとか馬に慣れさせようと試みた。
「先ずは触って見るのが宜しゅう御座います。お互いに信頼関係を築くのです。」
さくは静かに馬の鼻先を撫でてやる。それに倣い。弥三郎も手を伸ばす。
「こ、こうか。」
弥三郎が馬の鼻先に触れようとした瞬間、馬が急に息を荒げたかと思うと、がぶりと弥三郎の右手に噛み付いた。
「ぎゃっ!」
悲鳴を上げる弥三郎。馬から急いで飛びのいた。さくとはるは慌てて馬を抑える。
「大丈夫ですか、弥三郎様。」
さくは弥三郎の噛まれた腕を見た。歯形がしっかり残っている。痛そうだ。
「何をする!」
馬に毒づく弥三郎。それをさくは嗜める。
「毒づくのはお止め下さいませ。」
「何故じゃ。」
「馬は飼い主を選びます。信頼出来る者には心を開き、出来ぬものは背には乗せぬのです。」
「私の事をこの馬は信頼していないと言うのか。」
「その通りで御座います。その証拠にさくの手は噛みません。」
馬はさくに撫でられるがままである。はるが続いて触れるが、馬は一切、攻撃しては来なかった。
「不思議、こんなに穏やかな馬なのに、弥三郎様にだけ攻撃的。」
はるはぼそりと言った。ムッとする弥三郎にさくは言った。
「馬は攻撃的なものが良いと言われます。この馬は合格です。」
「・・・・・。何が合格だと言うのだ。攻撃的過ぎて、主人を背に乗せぬ。何の為の馬か?」
憤る弥三郎に、さくは穏やかに言った。
「弥三郎様、穏やかにお願いします。何度も言うようですが、馬は主人を選びます。馬に信頼される様になりませんと。」
「・・・・・・。」
「弥三郎様の馬を恐れる気持ちが伝わるのです。さすれば馬の方も警戒するではありませんか。」
「しかしな・・・・・。馬に乗った事が無いのに、この様なデカい馬にいきなり乗れと言われても・・・・・・。初めはもう少し小さい馬では駄目なのか?」
弥三郎はしつこく小さい馬を所望した。
「大は小を兼ねると申します。この馬に慣らせておけば、どの様な馬にも乗れるようになります。いくさ場では馬が殺されたり、逃げたりする事もあるのです。その様な時は有り合わせの馬に乗る事になります。そこで「大きすぎるから乗れぬ。」とか「もそっと小さい馬を。」とか「大人しい馬が良い。」等と言っておられますか?あっという間に首を獲られてしまいます。」
「・・・・・・・。」
「不測の事態に対応できるように、この馬で訓練するのが良う御座います。」
「・・・・・嫌じゃ。落馬などして死んだらどうするのだ。」
さくは心の中で舌打ちした。この男に心の中で舌打ちするのは何度目なのか。うだうだ言わないでとっとと乗れよ。そう言ってやりたいのを何とか飲み込む。
「落馬して死んだら死んだで、弥三郎様はそこまでの人間だったという事に御座います。天命の無い人間には上方に打って出る等、夢の又夢では御座いませんか。」
「・・・・・・・。」
さくは弥三郎をきつい口調で突き放した。奮起を期待したのだが、繊細な弥三郎はまたもや深く落ち込む。どうしようもない男である。それに見かねたはるが弥三郎の心を和らげようとした。
「弥三郎様、怖がることはありません。おなごでも乗れるのですから、弥三郎様にも簡単に乗れます。」
そう言うと、はるは馬の鐙に足を掛け、馬に跨ろうとした。
「はる。止めなさい。そなたは馬に乗れぬでしょう。」
はるは馬に乗った事は無かったが、弥三郎の益体の無さを見ておれず、馬に乗る事は簡単だと示してやろうと思ったのであったが、それは無謀な試みであった。
「きゃっ!」
鐙の上で体勢を崩したはるは悲鳴を上げて、尻から地面に転げ落ちる。
「はる!大丈夫ですか?」
さくは慌ててはるに駆け寄る。はるは仰向けに倒れたまま、顔を顰めた。
「大丈夫です。大事ありません。」
「無茶をして。怪我をしますよ。」
「私が馬に乗れれば、弥三郎様も自信を持って挑戦できると思ったのです。」
はるも弥三郎の事を奮起させようと体を張ってくれたのだ。はるの忠心を弥三郎はどう思っただろうか?一言、言ってやろうと背後に居る弥三郎の方を振り返ると、弥三郎はその場に立ち尽くして、はるを凝視している。その両眼は充血していた。弥三郎も今回ははるの気持ちに心打たれたに違いなかった。
「弥三郎様。はるの言葉をお聞きになりましたか?」
「・・・・・・。」
弥三郎は感涙で眼を充血させながら、言葉が出ない様だ。
「臣下にここまで言われて、期待に答えぬ様ではもはや主と言えませんよ。」
「・・・・・・・。」
「弥三郎様?・・・・。」
何か様子がおかしい。弥三郎の目付きが尋常ではなかったからだ。さくは弥三郎の目線の先を追った。・・・・・・・。目線の先は、はるの乱れた着物の裾、裾が割られて下半身が露わになっていた。はるの露わになった秘部を凝視しているのである。この野郎・・・・・・。
「弥三郎様。一体全体、何処を見ているのですか。」
さくにそう言われて、はるも覗かれている事に気付いた様だ。慌てて着物の裾を直す。自らの欲望に囚われた弥三郎は、はるの足元にしゃがみ込み、着物の裾を捲り上げようとした。
「きゃっ。」
「何をなさっておるのですか!」
弥三郎は無理やりに裾を捲ろうとするのを止めない。それどころか図々しく言い放った。
「打った所が痣になっておるやもしれぬ。私が見てやろう。」
「お止め下さい。お許しを。」
「遠慮する事は無い。私に見せてみよ。」
弥三郎は裾を抑えるはるの手を、無理矢理引き剥がし、腹の近くまで捲り上げる。はるの下腹部の淡い陰りを目の当たりにし、下品に笑った。間髪入れずさくの拳が馬鹿殿の頭を星が出るくらい、乱打殴打した。
「ぎゃっ!」
さくは弥三郎が悲鳴を上げるのを全く無視して、うつ伏せに押し潰すと、背中に膝を乗せて制圧する。貧弱な若殿は哀れにも臣下のおなごに成すすべがなかった。起き上がる事も出来ず、顔を地べたに擦り付けて許しを請うた。
「さく、ちょっとふざけただけじゃ。はるのことが心配で打った所を見てやろうと思っただけなのだ。」
「嘘を付くな!この色魔が。」
さくは拳を握った鉄槌を弥三郎の頭に容赦なく振るった。
「勘弁してくれ。元はと言えば、はるが私を誘惑して来たのではないか。」
「は~~あ?」
さくは呆れてものが言えない。はるが馬から落ちて裾が捲れたのは、はるが誘惑しているからと弥三郎は臆面もなく言うのだ。
「その様な訳があるまい!」
さくは更に鉄槌を頭に落とした。
「姫様。もうその辺でお止め下さい。はるもはしたのう御座いました。」
主君である弥三郎を容赦なく殴りつける、さくを見かねてはるが止めようとする。
「あなたが謝る事はありません。どう考えてもこの馬鹿殿が悪いのです。」
「悪かった。はる、そなたの火処を見て、我慢が出来なくなったのだ。もう二度とせぬから許してくれ。さくに殴るのを止めさせてくれ。」
「・・・・・・。姫様。弥三郎様も謝って下さった事ですし、もうその辺で・・・・・・。」
はるは顔を赤らめて、さくを取りなした。さくはチッと舌打ちする。この馬鹿殿をどうしてくれようか。
「もう、二度としませんか?」
さくは膝の下に押し潰した弥三郎に問いかける。弥三郎は苦しそうに呻きながら言う。
「しない。しない・・・。」
さくは仕方なく立ち上がった。弥三郎はさくの重しから解放され、身を起こすとフウと溜息を付いた。
「今日の訓練はこれまでと致します。続きは明日。今日の罰として明日は必ず馬に乗って、走らせる所までやって頂きます。宜しいですね。」
「うむ。明日は必ず馬に乗る。」
またごねると思っていた弥三郎が、以外にもやる気を出した事にさくは驚いた。一体、どういう風の吹き回しであろうか。
「それは良い心掛けです。」
「明日は、私の本気を見せる。」
本気を見せるとは凄い意気込みだ。さくは弥三郎の変わり身の意図を図りかねた。
「・・・・・・・。」
「そこで、一つ提案があるのだが。」
「・・・・なんでしょう?」
「この機会に私だけでなく、馬に乗れぬものを集めて皆で訓練すれば良いのではないだろうか。」
さくはこの提案を意外に思った。弥三郎の性格から云って、他人と一緒の訓練は嫌うと思っていたのだ。それが皆で訓練する等と・・・・・・。どうやら協調性が出てきた様だった。さくの密着教育が実を結びつつあるのだ。
「それは良きお考えかと。」
さくは考え深げに了解したのであった。
翌日。
朝餉の後、素早く後片付けを済まし、さくは中庭に出た。そこには弥三郎と馬を連れて出てきた、はるが居た。他には弥三郎が連れて来た十人前後の人影が。なんと全員おなごである。これは・・・・・・。まさか、この者たちと馬に乗る訓練をするつもりなのか?身なりからして家臣たちの息女たちを集めたものらしい。そういえば弥三郎はおのこは臭いと言って毛嫌いしているのだった。おなご達を訓練していくさ場に連れて行こうと考えているのだろうか?さくは顔を曇らせた。
「おう、さく。早うこちらへ来ぬか。」
弥三郎は上機嫌でさくに手招きする。さくは素早く弥三郎の元に近寄ると、耳打ちした。
「弥三郎様。おなご達に乗馬の訓練などさせる気ではないですよね。」
「駄目なのか?」
「何の為におなごを訓練なさいますか。」
「いくさ場には馬に乗れぬと出れないのであろう。」
まさか、弥三郎はおなご部隊を編成しようとしているのであろうか。さくは暗惨たる面持ちである。
「よし、それでは皆、順番に馬に乗ってみるのだ。」
弥三郎の呼びかけに従い、女たちは順番に馬に挑んだ。
「きゃっ!」
「きゃあ!」
女たちは悲鳴を上げながら、次々と落馬していく。着物の裾が捲れ上がり、皆、弥三郎の前に火処を晒す。淡い茂みに、濃い茂み、年端もいかぬ無毛の者もいた。弥三郎はそれを嬉々として見ていた。一体、何なのだ。この男は。本気でおなご部隊を作るつもりなのか?それともおなごの火処を見たいが為に、訓練と言う名の下におなご達を呼んだのか?さくは得体のしれない行動を取る弥三郎の真意を図りかねていた。
「さく、次はそなたじゃ。乗ってみよ。」
弥三郎はさくにも馬に乗れと言う。これに関しては唯、さくの火処を覗きたいという欲求であろうと分かる。さくは馬につかつかと歩み寄ると、鐙に足を掛け、ひらりと馬に跨る。集まったおなご達は歓声を上げた。
「さくは馬に乗れたのか・・・。」
弥三郎は残念そうに言う。
「小さき頃より手ほどきを受けておりますので。」
さくはがっかりして肩を落とした弥三郎に、勝ち誇って言った。
「そうであったか。では、次は私の番じゃ。さく。少し前に出よ。」
弥三郎はそう言うと、馬に挑みかかった。
「えっ!お待ちを・・・・弥三郎様。」
さくはびっくりした。弥三郎が鐙に足を掛けひらりと、さくの後ろに飛び乗ったからだ。おなご達は弥三郎の華麗な乗馬に又も歓声を送った。昨日までは馬が大きすぎるとあんなにも怖気づいていたのに・・・・・見事な乗馬であった。
「馬に乗れるのではありませんか。昨日はあの様に怖気づいていたのに。」
さくが疑問をぶつけると、弥三郎は事も無げに言った。
「昨日の夜、馬に乗る秘訣を書で読んだ。」
「・・・・・・・。」
書を読んだだけで馬に乗れるようになるものなのか・・・・・。その事が驚きである。さくの沈黙を他所に、弥三郎はさくの背後から脇に手を伸ばし、手綱を取ると馬の脇腹を両足で蹴った。駆け出す馬。
「きゃあっ!」
驚いて悲鳴を上げるさくを両脇から抱きしめる形で、弥三郎は華麗に馬を操り、館を飛び出していく。
「や、弥三郎様。どちらへ。」
はるの問いかけを遥か後方に残して、弥三郎は叫んだ。
「暫しの間、さくを借りるぞ。心配せずに待っているがよい。」
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