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◇558 赤い薔薇と青い薔薇と

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 カタカタカタカタ!

 パソコンのキーを打つ音だけが響いた。
 その指先の動きから、丁寧さのようなものはほとんど無い。
 荒っぽいが入力ミスは無い。
 代わりにキーボードのWASDが擦り減り、反応が鈍くなっていた。

「あー、邪魔ね、コイツら」

 苛立った様子で、マウスホイールを回す。
 左クリックをし、キャラが持っている銃の引き金を引く。
 囲って襲って来る敵プレイヤーを次から次へと撃ち抜いて行くが、HPの差で削られていた。

「これ、無理かも。でも、ただでは死なないわよ!」

 ギラリとした狂気の瞳を剥き出しにする。
 真っ赤に燃える瞳で射抜くと、アイテムを切り替えた。
 この状況は無理だ。蜂の巣にされて、やられるだけ。
 それなら少しでも多くの敵を撒き込む選択を取る。

「それっ!」

 隠し持っていた爆弾のアイテムを使った。
 床を転がると、他のプレイヤーは一瞬固まる。
 理解しようと指を止めたのだろうが、そんな時間は無く、いち早く逃げようとする勘のいい猛者たちもろとも吹き飛ばした。

 バッコーン!

 けたたましい轟音がヘッドホン越しに聞こえた。
 ゲーム画面は真っ黒な噴煙に覆われている。
 しかしすぐさま薄暗い画面に変わると、YOU LOSEの文字と、赤文字でBOMBERと表記されていた。

「ふぅ。あー、負けちゃった」

 ヘッドホンを外して、腰をチェアに委ねる。
 ダラーンと腕を垂らすと、遊んでいたゲームからログアウトする。
 その寸前、自分が倒したキル数を見た。
 全百人が参加するバトロワの中、なんと三十人近くをキルしていた。

「まあ、上々よね」
「姉さん、またゲームですか?」

 物騒な呟きを、後ろで聞いていた少女は、姉と慕う少女に話し掛ける。
 チェアに腰を預けていた少女も振り返り、そこに立っていたのは、自分と顔が瓜二つの少女。

藍海うみ、ご飯?」
「うん、呼びに来たんだけど。姉さんは?」
「私は見ての通りよ。流石に久々のログインだと、これくらいが限界ね」

 少女=紅空そらはPCゲームは最近遊んでいなかった。
 その代わりにVRGAMEを遊んでいる。
 イベントも相まってか忙しく、少しだけ鈍ってしまっていた。

「藍海がいてくれたら、私の攻撃力が活かせるんだけど」
「ごめんね、姉さん。でもそんなことより、ご飯作ったから、食べよう」

 藍海は改めて夕飯ができたことを伝える。
 可愛らしい青い薔薇が刺繍されたエプロンをしていた。
 自分で刺繍を施したせいか、市販品よりは雑だ。
 けれど藍海はそんなエプロンを優しく撫で、姉である紅空に言った。

「行こう、姉さん」
「はいはい。言われなくても分かってるわよ」

 紅空は立ち上がった。
 着ている服の胸部分には、赤い薔薇の刺繍が付いている。
 それを見る度、藍海は嬉しくなると、紅空の腕を引いた。

「今日は竜田揚げ」
「竜田揚げ? 昨日、唐揚げだったでしょ?」
「二日連続の揚げ物。嫌いだった、姉さん?」
「うっ……そのことこの前話したら、リヴィアに怒られたでしょ? 揚げ物ばっかり食べてたら、コレステロール値が上がるって」
「大丈夫だよ、姉さん。鶏肉は胸肉を使って、油の量も極力少なく調整したから。揚げた……よりも焼いたのかな? だから健康面は大丈夫だよ、その分野菜も食べればね」
「や、野菜……」

 紅空は藍海に一蹴されてしまった。
 自分が有利に立ったかと思えば、一瞬で立場が逆転する。

「そう言えば、藍海。明日のことだけど」
「大丈夫だよ、姉さん。ちゃんと考えてるから」

 紅空は藍海に訊ねた。
 けれど藍海は初めから想定していたようで、間髪入れずに返した。

「考えてる? なにか作戦でもあるの?」
「うん。リュウゼツランさんと考えたから」
「へぇー、どんな作戦?」
「面白くは無いよ。数を使って陽動、後はいつも通り」
「特別な作戦でも無いのね」
「でも、今回は継ぎ接ぎの絆の皆さんもいるから、油断はできない。頭のキレる子がいるから、少し角度を変えないと」
「じゃあ、面白い作戦があるのね。どんな……ん?」

 藍海はしっかりとギルドメンバーで作戦を練っていた。
 姉である紅空が苦手としていることを率先してこなしている。
 けれど紅空が作戦の概要を訊ねようとすると、唇に指を当てた。
 黙らせられると、紅空は首を捻る。

「それよりまずはご飯」
「そうよね。今日はどんな……作ったわね」
「頑張ったよ、姉さん」

 ダイニングにやって来ると、テーブルの上に、二人分の食事が置かれていた。
 キッチリと均等に盛り付けられた米に、豆腐とわかめの味噌汁。
 野菜が盛り付けられ、その隣には幾つもの唐揚げが鎮座していた。

「いや、ちょっと作り過ぎよ。私達、一応女子高生で……」
「ダメだった?」
「そんな顔されたら怒れないでしょ。もう」

 紅空は藍海の頭を軽く撫でた。
 姉に撫でられたからか、藍海は嬉しそうに表情を緩める。
 そんな藍海を脇目に、先に席へと座ると、手を合わせた。

「藍海、いつまで立ってるのよ。早く座って」
「ごめん、姉さん」

 藍海は急かされたので、急いで席に着いた。
 お互いに手を合わせると、目の前の夕飯に感謝する。

「「いただきます」」
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