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◇469 刀はもう……

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 アキラたちは休憩所でくつろいでいた。
 全身から薄っすらと湯気が出ている。
 ポカポカと気持ちが良い。熱気と冷気に煽られて、頭の中がフワフワする。

「ふはぁー。気持ち良かったね」
「そうだな」
「……Night、なんだか不服そうだけど?」
「ううっ、流石に浴衣を着る予定は無かったからな」

 アキラたちは浴衣を着つけられていた。
 と言うのもクロユリたちに用意されていた。
 初めは着る予定は無かった。だけど脱衣所を出る前にクロユリたちに見つかってしまい、全部脱がされて今に至った。

「流石に脱がされるのはないだろ」
「そうですね。まさか脱がされることになるとは、予想外でした」
「予想外より、斜め上よね。まさか経営者に追い剥ぎされるなんて」

 流石に許せない……ことはないけれど、頭が追い付いていなかった。
 けれど脱がされてしまったからには仕方がない。
 溜息の一つも出す過程が無く、無言で椅子に腰を預けた。

「あの、Nightさん」
「ん? なんだ」

 無言を噛み締め、精神を癒す。全身の疲れを静寂に預けた。
 そんな黄昏ている時に、雷斬は口走る。
 Nightは速やかにマルチタスクで会話に戻った。

「申し訳ございません」

 急に雷斬は頭を下げた。一体何があったのか、Nightだけではなく、アキラたちまで全員が目を見開く。
 多分何もしていない。謝らせるような真似は行っていない。
 にもかかわらず、雷斬が意味もなく謝る何てことあり得るのだろうか?
 瞬きをする間もなく、Nightは雷斬に尋ね返す。

「ちょっと待て。私が一体なにをしたんだ? 流石に身に覚えがないぞ」
「そうだよ、雷斬ー。Nightは優しいんだからさー、謝るなんて真似しなくても」
「いいえ、これは謝るべき話です。申し訳ございませんでした、Nightさん。黒刀を預かっておきながら、損失してしまい。私の注意不足でした」

 雷斬は頭を上げようとしなかった。
 顔を伏せ、表情を見せないながらも、声色から本気で反省している。

 けれど反省する内容にNightを始めピンと来ていない。
 黒刀。確かNightが雷斬のために用意した刀。
 【ライフ・オブ・メイク】により急ごしらえで作られ、雪将軍相手に用いられたもの。
 印象としては薄いようだが、雷斬は黒刀の耐久力の無さをものともせず、無事に雪将軍に勝ってみせた。それだけ優秀な結果を収めた大切な代物で、雷斬自身失ったことに相当の喪失感を感じていた。

「Nightさんが私に託してくださった黒刀のおかげで私は雪将軍に勝つことができました。あの刀には皆さんから預かった想いが込められていたから、私も最後まで力を出し切ることができました。けれど今はもう……私の不注意で、一体何処にと悔やみきれません」
「落ち着け雷斬」
「そうよ、話しが高速化してるわよ」

 一人反省する雷斬を鑑みて、宥めるようにNightとベルが声を掛ける。
 けれど雷斬にはなかなか届かない。
 自責の念で一杯で、少しだけ上げた顔は赤い。目元からは涙を流していた。相当心苦しんでいる。これはなんとかしてあげたい。アキラはそう思った。

「おまけに預かったものを返すこともできず、剣士として大事な得物も失ってしまい、情けないです」
「情けなくなんてないよ! 雷斬は頑張ったんだよ?」
「そうだってー。それに武器っていつかは無くなるものでしょー?」

 今度は剣士としての自分を恥じ始めた。
 心底精神に来ているようで、アキラとフェルノも助太刀に入る。
 何とかして雷斬の心の平穏を保とうとしたのだが、なかなか上手く行かない。
 責任感が強い雷斬なりのプライドだった。

「皆さん、慰めは必要ありませんよ。これは私の……」
「問題にするな。第一あの刀は私の能力で作ったもので、HPも食わせていなかったから、消滅も速い。最初から無くなることを想定した、その場凌ぎなんだ。だから気にするな。気にした方が負けだ」

 Nightはそう答えた。けれど随分と遅い説明な気もする。
 雷斬はもとい、誰も知らなかった。
 自然とNightに視線が吸い寄せられると、「えっ?」の口になった。

「ちょっと待ってよNight。あの刀って、無くなるの?」
「当り前だ。誰のHPだと思っているんだ」
「ですが注射器は無くなっていませんよ?」
「アレは私のHPを多く使っているから消滅まで時間が掛かる。って、なんでその話題が出るんだ?」

 急に雷斬が予期していないことを呟いたので、Nightは引っ掛かってしまう。
 しかし雷斬はNightの声など耳には要らない。
 安堵した様子で、優しい涙を浮かべていた。

「良かったです。良かったです、私が無くしてしまったわけでも、皆さんの想いを失わなくて良かったです」

 雷斬はよっぽど全員の想いを受け止めていたらしい。
 肩が上下にガクガク揺すられると、目元から熱い涙が零れた。

「大袈裟ね、雷斬」
「そうだよー。そんなことで消える訳ないじゃんかー」
「フェルノの言う通りだよ。想いは形が無くなっても失われるものじゃないから、心配なんてしなくてもいいんだよ」
「そうですね。そうでしたね。私は取り越し苦労を……」
「いや、注射器を打ったんじゃ……はぁ、これは別案件だな」

 Nightもこの雰囲気には流石に抗えなかった。
 笑みを浮かべたまま涙を零し続ける雷斬。
 その脇に立ち、必死に宥めるアキラたちの姿は感慨深い。
 それぞれの想いを乗せ、継ぎ接ぎの絆を繋ぎ合わせた姿に、ギルドらしさを強く感じた。
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