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◇465 ようやく祝勝

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 アキラたちはモミジヤにやって来た。
 今日も夜で、現実の二月らしく寒々しい。

 けれど雪は降っていない。街並みには雪が降り積もっているのだが、この間に比べると随分と暖かい気がした。
 そんな中、緩やかな行灯あんどん灯りに照らされると、その脇をアキラたちは歩いていた。

「あの、どうして妖帖の雅さんたちの下へ?」

 雷斬はアキラに手を引かれて忙しなく歩かされていた。
 その表情は困惑気味で、同じようにフェルノから背中を押されるベルも瞬きを何度もする始末。完全に状況が飲み込めていない様子で、事態から置いて行かれていた。

「ちょっと、背中を押されなくても歩けるわよ!」

 ベルも慌てた様子で手の届く所から手を付ける。
 けれどフェルノはニコニコ笑顔でベルの背中を押し進めると、「いいからいいから」と返答を投げ掛けた。

 この調子では聞いて貰える気がしない。
 ベルは諦めが付いたのか、「はっ」と溜息を付いて、フェルノに背中を押されるまま、転ばないようにとにかく歩いた。

「アキラさん、妖帖の雅さんの下でなにかあるのですよね?」
「うん」
「秘密と言うことですか? 分かりました。それで構いませんので、手を引かなくても結構ですよ」

 雷斬は秘密にするならばそれでも良いと思っていた。
 逃げる気も更々ないので、一旦手を離して欲しかった。
けれどアキラは手を離してくれない。そのため雷斬も早々に諦めると、子供のように手を引かれ、妖帖の雅のギルドホームへとやって来た。


アキラたちが妖帖の雅のギルドホームへとやって来ると、旅館の風貌と様式をしたギルドホームは爛々と輝いていた。
ひっそりと佇んでいるはずが、夜になると存在感を露わにする。
 本当に素敵なギルドホームだと思ったアキラたちは「今晩は」と言いながら軒下を潜った。

「いらっしゃいませ、妖帖の雅へようこそお越しくださいました」

 そこに待っていたのは、正座をしたクロユリの姿だった。
 礼儀正しく、まるで旅館の女将のようで、アキラたちは驚く。
 けれど顔を上げた瞬間、いつもの妖艶な笑みが浮かぶと、続けざまに丁重を崩さなかった。

「継ぎ接ぎの絆の皆さまですね。お待ちしておりました」
「えっ、これどういうことよ?」
「さ、さぁ。アキラさん……えっと、想定外と言うことですか?」

 ベルと雷斬は状況が全く飲み込めなかった。
 だからこそ、この事態を知っているであろうアキラに視線を配る。
 けれどアキラもフェルノもまるで飲み込めておらず、唯一平然とした態度を取るNightも無言を貫き通していた。
 
「当ギルドの名物は天然温泉になります。二階の一番奥に露天風呂が用意されておりますので、是非お入りください」
「えっと、温泉に入って良いんですよね?」
「はい、構いませんよ。それではご案内致しますね」

 なんだこの状況は。アキラも戸惑ってしまい、言葉遣いがぎこちない。
 フェルノも「あはは」と笑うことしかできず、クロユリがこんな対応を取ってくれるなんて、初対面の時以来かもしれない。
 珍しさに浸るどころか、取り残されてしまった気持ちでクロユリに付いていくと、ふとNightは口を挟んだ。

「クロユリ、流石に戸惑いが酷いぞ。下手なサービス精神は止めてくれ」
「いえ、サービス精神ではございませんよ。これは私が継ぎ接ぎの皆様への……」
「これからも末永いんだ。そんな上下関係は不必要。私はそう言っている」

 Nightの言葉は継ぎ接ぎの絆の総意だった。
 知り合いにましてや共に戦った仲間にサービス精神を抱いて欲しくは無かった。

 けれどクロユリはNightの言葉を拒否する。
 最後までこのまま突き通そうとするが、Nightは更に言葉を掛けた。

 お互いに下手な関係性は必要ない。
 互いに手を取り合ってこれからも付き合っていく。
 珍しく出たNightの温かい言葉に感化され、クロユリはしばし口を噤む。

「……そうですね。ではそう致しましょうか」

 クロユリは一瞬無言の時間を作り、思考を巡らせる。
 冷静な思考を取り持ち、何が正しいのかを見極める。
 するとここまでの数分間取っていた下手なサービス精神を捨て去り、いつもの丁寧さを発揮した。

「「「お、折れたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」

 アキラたちは急にクロユリのよそよそしい態度が崩れたのでツッコみを入れてしまった。
 本当は良くないと思った。怒られても仕方なかった。
 けれどクロユリはクスッと笑って「そうですね」と納得する。

「私はいつもこの調子ですから。下手によそよそしい態度を取っても仕方ありませんね」
「そう言うことだ。それに二人の祝勝会にそんなもの必要ないだろ」
「そうですね。改めて察しました」

 クロユリはNightに諭されらしくないと感じた。
 そこで下手なよそよそしい態度を止めると、いつも通りに戻る。
 これでぎこちない空気は無くなる。そう思ったのも束の間、Nightの一言に雷斬とベルは引っかかる。

「「二人の・・・祝勝会?」」

 雷斬とベルは首を捻る。
 祝勝会を今から開くのか。しかも場所は妖帖の雅のギルドホーム。
 となると一つしか考えられないが、

「い、いえ、そこまで大したことは……」
「そうよ。私も雷斬もいつも通りやっただけで……むしろ、楽しかった?」
「そうですね。ですので特別なことはなにも……」

 雷斬もベルも労われるものだと思っていた。
 もちろんそれは嬉しいことで、風邪を引いて寝込んでいたことも引き摺ってしまう。
 まさか待って貰うなんてと、特に雷斬は申し訳ない気持ちになってしまった。

「おっと、少し違いましたね」
「「違うんですか?」」

 けれどクロユリはそれを否定した。
 雷斬は目を見開くがホッと一安心して、ベルは弓術フォームに人格を奪われると、丁寧な口調になって驚いてしまった。

「ええ、違いますよ。これはお二人だけではなく、私たち全員の祝勝会ですから」

 クロユリはそう答えると、温泉の前までやって来た。
 そこには天狐と椿姫が待っていて、ようやく全員集合。
 これで英気が養える。全員の肩の荷が下りると、漏れ臭う硫黄の香りに妙な安心感が漂った。
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