467 / 601
◇463 風邪を引いてしまったらしい
しおりを挟む
高い天井が視界に広がる。
部屋の中は暖房で温かくされてはいるものの、全体的に暗い。
それもそのはず、窓から射し込む陽射しは曇り空に掻き消され、昼間だからと部屋の電気も点いていないのだ。
一人には十分すぎる広さの部屋。
そこには他に誰かがいる訳でもない。
だんまりの無言が支配しており、何処か寂しい。
そんな中、寂しくて重たい空気を切り裂くように、声が上がった。けれど元気はない。
『はぁー。嫌になるわね、くしゅん!』
スマホの向こうから鈴来の声がした。
枕元に置き、通話を始めてからおよそ三分。
声が上手く出ず、初めは黙っていたものの、ようやく声を上げることが叶った鈴来は、第一声から散々な溜息を吐いていた。
「そうですね。まさかこんな目に遭ってしまうなんて……思いませんよね」
『全くよ。もう、嫌になるわね。はくしゅん!』
鈴来のくしゃみが何度も聞こえた。
スマホのスピーカーを通して、飛び出した唾が掛かったみたいに錯覚する。
けれどそんなことはある訳もない。
斬禍は布団に横になり、水枕と冷却シートを額にしたまま元気の無い顔をした。
全身が気怠い。何もやる気が出ない。
変な音が安静にすることを妨げ、耳障りにさせている。
一体全体、如何してこんな目に遭うのか。
はたまた、同じタイミングで斬禍と鈴来は体調を悪化させてしまった。
病院に行ったところ、如何やら風邪を引いてしまったらしく、昨晩から酷く魘されていた。
「本当になにかしてしまったんでしょうか?」
『なにかってなによ?』
「そうですね。例えば汗を掻いてしまった、とかでしょうか?」
『汗? それくらい運動している私たちは頻繁に……って、夜中に汗を掻き過ぎたってこと? それで風邪になったってこと? うわぁ、最悪よ』
「そうですね。最悪ですね」
斬禍は鈴来の意見に同意した。
本当に取った行動が最悪でしかなかった。
昨晩、継ぎ接ぎと妖帖の二組で雪将軍たちと戦った。
鎬を削り合うような、心身を擦り減らす激闘だった。
そんな戦いを制したは良いものの、粉雪に吹かれ、全身を冷やしてしまった。
いわゆる、低体温症の症状が出始めたので、急ぎGAMEからログアウトした。なのだが、何故か体が気怠くて仕方ないのだ。
「ううっ、おかしいですね。体がズッシリとしていて……」
斬禍は頭を抑えたまま、パジャマ越しに背中の汗を感じた。
全身が熱い。けれど冷たい。低体温症では無いのだが、とにかく吐き気が酷かった。
その思い出が強く、そのまま朝まで耐え、学校を休むことを鈴来に伝えようとしたのだが、まさか鈴来も同じ目に遭っていた。
斬禍は奇妙な偶然に目を回してしまったが、こうして話し込んでみると、何となく納得がいく。
「鈴来、私たちが風邪を引いてしまったのは、単なる偶然でしょうか?」
『どういうことよ?』
鈴来は突然斬禍が変なことを言いだしたので聞き返した。
すると斬禍は依然アキラが意識を飛ばしていたことを思い出していた。
「以前、アキラさんがGAME内で意識を飛ばしてしまったことがありましたよね」
『ん?そう言えばそんなこともあったわね』
「あの時、アキラさんにその実感があまり残っておらず、まるで別次元の感覚に囚われていたようでしたね」
『まあ、アキラはアレじゃない? 影響を受けやすい人ってやつ。CUって、脳への影響が凄いから』
CUは脳への影響が出ることがある。
けれどそれはすでに政府からも認可されている。
その理由は実績。CUを通じて強い悪影響を受けることも稀にあるらしいが、それでも結果的に見れば、その人の人間性を著しく変化させ、好転的な影響に変わるらしい。
故に影響が出ると、多少体に負担は掛かるが、それを抜けると体も脳も変化しているらしい。
それが良いのか悪いのか。果たして何を意味しているのか。
斬禍は散々考えては見たものの、頭も痛く、思うように働いてくれない。
そのせいもあり、自然と考えることから意識を遠ざけると、最後に結論を述べた。
「とにかく私たちは頑張りすぎてしまったんですね。それでこの様ですが、私は後悔していませんよ」
そう話し終えた斬禍は続きが無いので黙ってしまう。
対して鈴来も返す言葉が無い。
現にそうなってしまっているので、何も言い返せなかった。
けれど何か言うしかない。
ただ白熱したせいで自然と脳からアドレナリンが分泌され、体から汗を流していた。
そう考えるだけで今は十分で、鈴来は一言を返す。
『私もよ』
相槌を打つと、それ以上返答は出なかった。
とはいえそれだけで終わらせていい無いようなのか。
鈴来は迷ってしまい、ポツリと口から零れていた。
『難しい話ね』
「そうですね」
『別に私たちじゃなくてもいいのに……』
「そうですけど、他の誰かが私たちのような目に遭わずに済み、私は良かったと思いますよ」
『お人好しね。はぁ、はくしゅん! ううっ、早く元気になりたいわ』
「そうですね。しっかり休み……くしゅん!」
『お互いにね』
「はい」
二人は咳をし続け、体調を悪化させていた。
むやみやたらとした会話は体に毒。ここは素直に体を休めよう。
そう決めた二人は布団の中で固まってしまうと、そのまま意識が遠のいて行き、睡魔によって暗闇へと誘われてしまうのだった。
部屋の中は暖房で温かくされてはいるものの、全体的に暗い。
それもそのはず、窓から射し込む陽射しは曇り空に掻き消され、昼間だからと部屋の電気も点いていないのだ。
一人には十分すぎる広さの部屋。
そこには他に誰かがいる訳でもない。
だんまりの無言が支配しており、何処か寂しい。
そんな中、寂しくて重たい空気を切り裂くように、声が上がった。けれど元気はない。
『はぁー。嫌になるわね、くしゅん!』
スマホの向こうから鈴来の声がした。
枕元に置き、通話を始めてからおよそ三分。
声が上手く出ず、初めは黙っていたものの、ようやく声を上げることが叶った鈴来は、第一声から散々な溜息を吐いていた。
「そうですね。まさかこんな目に遭ってしまうなんて……思いませんよね」
『全くよ。もう、嫌になるわね。はくしゅん!』
鈴来のくしゃみが何度も聞こえた。
スマホのスピーカーを通して、飛び出した唾が掛かったみたいに錯覚する。
けれどそんなことはある訳もない。
斬禍は布団に横になり、水枕と冷却シートを額にしたまま元気の無い顔をした。
全身が気怠い。何もやる気が出ない。
変な音が安静にすることを妨げ、耳障りにさせている。
一体全体、如何してこんな目に遭うのか。
はたまた、同じタイミングで斬禍と鈴来は体調を悪化させてしまった。
病院に行ったところ、如何やら風邪を引いてしまったらしく、昨晩から酷く魘されていた。
「本当になにかしてしまったんでしょうか?」
『なにかってなによ?』
「そうですね。例えば汗を掻いてしまった、とかでしょうか?」
『汗? それくらい運動している私たちは頻繁に……って、夜中に汗を掻き過ぎたってこと? それで風邪になったってこと? うわぁ、最悪よ』
「そうですね。最悪ですね」
斬禍は鈴来の意見に同意した。
本当に取った行動が最悪でしかなかった。
昨晩、継ぎ接ぎと妖帖の二組で雪将軍たちと戦った。
鎬を削り合うような、心身を擦り減らす激闘だった。
そんな戦いを制したは良いものの、粉雪に吹かれ、全身を冷やしてしまった。
いわゆる、低体温症の症状が出始めたので、急ぎGAMEからログアウトした。なのだが、何故か体が気怠くて仕方ないのだ。
「ううっ、おかしいですね。体がズッシリとしていて……」
斬禍は頭を抑えたまま、パジャマ越しに背中の汗を感じた。
全身が熱い。けれど冷たい。低体温症では無いのだが、とにかく吐き気が酷かった。
その思い出が強く、そのまま朝まで耐え、学校を休むことを鈴来に伝えようとしたのだが、まさか鈴来も同じ目に遭っていた。
斬禍は奇妙な偶然に目を回してしまったが、こうして話し込んでみると、何となく納得がいく。
「鈴来、私たちが風邪を引いてしまったのは、単なる偶然でしょうか?」
『どういうことよ?』
鈴来は突然斬禍が変なことを言いだしたので聞き返した。
すると斬禍は依然アキラが意識を飛ばしていたことを思い出していた。
「以前、アキラさんがGAME内で意識を飛ばしてしまったことがありましたよね」
『ん?そう言えばそんなこともあったわね』
「あの時、アキラさんにその実感があまり残っておらず、まるで別次元の感覚に囚われていたようでしたね」
『まあ、アキラはアレじゃない? 影響を受けやすい人ってやつ。CUって、脳への影響が凄いから』
CUは脳への影響が出ることがある。
けれどそれはすでに政府からも認可されている。
その理由は実績。CUを通じて強い悪影響を受けることも稀にあるらしいが、それでも結果的に見れば、その人の人間性を著しく変化させ、好転的な影響に変わるらしい。
故に影響が出ると、多少体に負担は掛かるが、それを抜けると体も脳も変化しているらしい。
それが良いのか悪いのか。果たして何を意味しているのか。
斬禍は散々考えては見たものの、頭も痛く、思うように働いてくれない。
そのせいもあり、自然と考えることから意識を遠ざけると、最後に結論を述べた。
「とにかく私たちは頑張りすぎてしまったんですね。それでこの様ですが、私は後悔していませんよ」
そう話し終えた斬禍は続きが無いので黙ってしまう。
対して鈴来も返す言葉が無い。
現にそうなってしまっているので、何も言い返せなかった。
けれど何か言うしかない。
ただ白熱したせいで自然と脳からアドレナリンが分泌され、体から汗を流していた。
そう考えるだけで今は十分で、鈴来は一言を返す。
『私もよ』
相槌を打つと、それ以上返答は出なかった。
とはいえそれだけで終わらせていい無いようなのか。
鈴来は迷ってしまい、ポツリと口から零れていた。
『難しい話ね』
「そうですね」
『別に私たちじゃなくてもいいのに……』
「そうですけど、他の誰かが私たちのような目に遭わずに済み、私は良かったと思いますよ」
『お人好しね。はぁ、はくしゅん! ううっ、早く元気になりたいわ』
「そうですね。しっかり休み……くしゅん!」
『お互いにね』
「はい」
二人は咳をし続け、体調を悪化させていた。
むやみやたらとした会話は体に毒。ここは素直に体を休めよう。
そう決めた二人は布団の中で固まってしまうと、そのまま意識が遠のいて行き、睡魔によって暗闇へと誘われてしまうのだった。
11
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

びるどあっぷ ふり〜と!
高鉢 健太
SF
オンライン海戦ゲームをやっていて自称神さまを名乗る老人に過去へと飛ばされてしまった。
どうやらふと頭に浮かんだとおりに戦前海軍の艦艇設計に関わることになってしまったらしい。
ライバルはあの譲らない有名人。そんな場所で満足いく艦艇ツリーを構築して現世へと戻ることが今の使命となった訳だが、歴史を弄ると予期せぬアクシデントも起こるもので、史実に存在しなかった事態が起こって歴史自体も大幅改変不可避の情勢。これ、本当に帰れるんだよね?
※すでになろうで完結済みの小説です。

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。
幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』
電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。
龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。
そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。
盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。
当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。
今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。
ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。
ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ
「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」
全員の目と口が弧を描いたのが見えた。
一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。
作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌()
15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?
ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚
そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?

【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。
鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。
鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。
まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。

【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました
鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。
だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。
チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。
2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。
そこから怒涛の快進撃で最強になりました。
鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。
※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。
その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。
転生したらついてましたァァァァァ!!!
夢追子
ファンタジー
「女子力なんてくそ喰らえ・・・・・。」
あざと女に恋人を奪われた沢崎直は、交通事故に遭い異世界へと転生を果たす。
だけど、ちょっと待って⁉何か、変なんですけど・・・・・。何かついてるんですけど⁉
消息不明となっていた辺境伯の三男坊として転生した会社員(♀)二十五歳。モブ女。
イケメンになって人生イージーモードかと思いきや苦難の連続にあっぷあっぷの日々。
そんな中、訪れる運命の出会い。
あれ?女性に食指が動かないって、これって最終的にBL!?
予測不能な異世界転生逆転ファンタジーラブコメディ。
「とりあえずがんばってはみます」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる