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◇461 太刀に刻まれる名前

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 雷斬の視線が太刀に向いていた。
 ベルはまるで憑りつかれたみたいな雷斬に困惑する。
 粉雪も吹き、武家屋敷も倒壊したというのに依然としない。
 呆れるほど太刀に飲まれており、ベルは少し怖くなった。

「雷斬、一体なにを見てるのよ。流石に不気味よ?」
「ベル、この太刀を見てください」
「はっ? 太刀を見てくださいって、馬鹿みたいなこと言わないでよ」

 雷斬は太刀を見つめたまま、ベルにそう促し掛けた。
 この状況で何を言っているのか。
 正直ベルには分からなかったが、頭を抑えつつも、一応太刀を見つめる。

 とは言え別に変った様子はない。
 雷斬に比べると、刀に興味があるわけでもない。
 だから太刀に憑りつかれることはなく、首を「はっ?」と捻った。

「別に変った所はなにも無いわよ?」
「そうですか? ここが光っていますよ」
「光ってる? えっと、鍔を見ればいいのよね? ……ん? 確かに光っている気も……って、貴女の名前じゃない!」

 ベルは雷斬に促され、太刀を凝視した。
 すると鍔の裏側が少しだけ光っている。
 まるで文字を浮き上がらせ強調させるために光っているようで、輪郭を辿ってみると、雷斬のプレイヤーネームが刻まれていた。

「そうですよね。私の名前が刻まれて……」
「もしかして雷斬、貴女なにかした?」

 ベルは雷斬を疑った。何か良くないことをしたのではと思ったのだ。
 けれどそんなことはなく、雷斬も困惑気味だ。
 身に覚えの無いことが押し寄せ、ブンブンと首を横に振る雷斬。
 押し問答をするわけでもなく、黙ったまましゃがみ込んでいると、不意に声を掛けられた。

「二人共どうしたの?」
「「ひいっ!?」」

 雷斬とベルは小さな悲鳴を上げた。
 あまりに可愛らしい少女の悲鳴だったので、声を掛けた側は驚く。

 全身から汗が止まらない。
 ゆっくり首を捻り、後ろを振り返ると、影ができていた。
 視線を上げると、少女の顔がある。如何やらアキラが一人で戻って来たらしい。

「あ、アキラさん?」
「うん。二人が戻って来ないから、みんなには先に戻って貰ったんだよ」

 アキラは淡々と説明した。表情は真顔で瞬きをする。
 確かに周りにはアキラ以外の人影はない。
 本当に先に戻ってしまったようで、ベルは視線を逸らすが、雷斬は申し訳ない顔をする。

「申し訳ございません。私たちもすぐに戻ります!」

 雷斬は素早く立ち上がろうとした。
 しかしアキラは首を横に振る。
 そんなことをする必要は無いと動きで示し、一緒に腰を下ろした。

「二人共なにかあったの? 言わなくてもいいけど、教えてくれる?」

 アキラは不器用な訊き方をする。
 まるで分かっている上で訊いているようで、気に喰わないベルは口を出した。
 この際とばかりに、アキラの凄さを逆に煽ってみた。

「なによその訊き方。アキラならなんとなく分かるでしょ? そういうことよ」
「えっと、今回は分からないんだけど」

 しかしアキラは真顔で返した。
 如何やら本気で分かっていない様子でベルは悪いことをしたと思う。
 ばつが悪くなるとすぐに方針を切り替え、アキラは変らないと安心し、何が起きたのか軽く説明した。もっとも、説明するよりも見せた方が早いので見せることにした。
 
「えっ? ああじゃあ。この太刀に雷斬の名前が刻まれているのよ」
「嘘っ!? そんなことってあるの!」

 アキラは普通に驚いた。
 このGAMEを雷斬とベルより少しだけ長く遊んでいるアキラですら今までにないことだった。
 似たようなことは一度経験したものの、名前が武器に刻まれるなんて話、聞いたことも見たこともないので興奮する。

「あるらしいわよ。現に起きてるから信じるしかないわ」
「そうなんだ。私も見ていい?」
「構いませんよ。こちらです……えっ?」

 雷斬は太刀をアキラに手渡そうとした。
 しかし雷斬の手が止まる。自分でも信じられない様子で、太刀を持ったまま固まった。

「どうしたの、雷斬?」
「い、いえ。太刀が妙に軽く……先程まで、あんなに重たかった筈ですが」

 如何やら雷斬曰く、太刀がやけに軽いらしい。
 そんな話があるのだろうか? アキラは疑うつもりはないものの、雷斬から太刀を受け取る。文字と質量を確認しようとするが、アキラの腕がとんでもない重量感に苛まれた。

「うっ……お、重いっ……」

 アキラは腰を下ろしていたせいか、体勢が悪かったらしい。
 けれどそれを凌駕する重量が両腕に伝わり、そのまま太刀を落としてしまった。
 雪の上に置かれた太刀はその形を象ると、まるで先程までの重量感を無かったかのように佇んでいる。

「アキラ、大丈夫?」
「う、うん。おかしいな、雷斬の話だと重くないはずなのに」
「はい。実際軽いですよ。とは言え太刀なのでそれなりに重量感はありますが、私の体格でも十分扱える重さです」

 雷斬は雪の上に落ちた太刀を拾い上げる。
 軽いとは言え太刀のせいか、両手で器用に操る。
 その様子は先程までとは打って変わって軽やか。本当に重量感が無く、体格に似合わず扱い切れていた。

「もしかして雷斬だから扱えるのかな?」
「「えっ?」」

 ふとアキラは口走った。
 すると雷斬もベルも意外そうで、頭の上にはてなを浮かべる。

 その様子が何故か面白いとアキラは思った。
 けれど考えてみればごく自然な話しで、別に不思議に思うことでもない。

 雪の上に落ちた一瞬で、鍔の裏に雷斬の名前が刻まれていたことも確認済みで、ますます納得ができてしまう。
 とは言えそんなことが起きるGAMEなんだと分かり、まだまだ知らないことが多いなと、CUの凄さを感じた。

「アキラさん、ソレはどういう意味ですか?」
「そうよアキラ。黙ってないで教えてよ」
「教えるもなにも無いよ。それより一旦モミジヤに戻ろ。ここにいても寒いだけでしょ?」

 雷斬とベルはアキラがもったいぶって教えてくれないので詰め寄る。
 けれどアキラは寒い中腰を低くしているのも体に悪い。
 まずはモミジヤに戻ること。そう伝え手を差し出すと、雷斬とベルは互いに顔を見合わせる。

「そうしましょうか?」
「その方が良さそうね。とりあえず戻りましょ」

 雷斬は太刀をインベントリに納めた。
 それから差し出された手を取ると、アキラから少し遅れて三人は立ち上がる。

「はいはい、それじゃあ戻ろう」
「「へくしゅん!」」

 あまりの寒さからか、雷斬とベルはくしゃみをした。
 よっぽど体が寒さに震えていたらしい。
 大きなくしゃみと一緒に鼻水が滝のように流れると、いつもは見せない姿を見られたアキラはレアだと思った。
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