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◇459 遺された太刀

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 雷斬の視線の先には雪の上に突き刺さる太刀が残されていた。
 いや、遺されていると言うべきだろうか?
 ここまで戦い抜き、雷斬との激戦の末に主人を失った。
 その姿が寂しく思えてしまい、なんだか物静かに佇んでいた。

「アレって雪将軍の?」
「そうですね。雪将軍が振り回し、自分の腕のように使っていた太刀です」 
「とは言え、今となっては過去の遺物だ。既に主人も失っているからな」
「それは仕方ありませんよ。私と天狐さんが……」
「せやなぁ。奪うてしまったさかいな」
 
それを思うと何だか切なく感じる。
 雷斬は寂しそうな素振りを見せると、取り残された太刀が可哀そうに見えて仕方がない。

 雪将軍を倒した段階で、同時に消滅してくれればよかった。
 いや、それが太刀にとって本望だったはずだ。
 けれどその願いは叶うことはなく、こうして雪の上にポツネンとしている。

 そこまで考えると、ろくに戦ってもいないアキラたちでさえ思うところが出た。
 一体如何すればいいのか。このまま放置するべきか、それとも丁重に供養するべきだろうか。何が正解かは分からないが、粉雪の勢いは強まり、このまま立ち尽くしているのも限界がある。

「はくしゅん!」

 雷斬は寒さの余りくしゃみをした。
 鼻水まで垂れそうになるが、今のところはくしゃみだけで抑える。
 けれど体がよっぽど冷え切っているようで、汗も氷初めていた。
 その姿を見届けると、Nightはフェルノに肘打ちをする。

「フェルノ、お前の炎で雷斬を温めろ」
「炎を出せってこと?」
「ここに来るまでの道中でやったことと同じだ。お前が近くに居るだけでストーブ代わりになる」
「そっかー。それじゃあ雷斬、えいっ!」

 フェルノは最初は理解ができていなかった。
 けれどNightに言われて思い出すと、寒さの余り体調不良になった雷斬に抱きつく。
 後ろから飛び込むように腕を回し、全身をストーブのように温かくした。

「フェルノさん? 流石にここまでしていただかなくても構いませんよ?」
「良いでしょー? この方が私も倍温かいもんねー。ほらほら、みんなもくっ付いてー。その方が更に温かくなるからさー」

 雷斬は突然の急襲に驚き、目を見開く。
 大胆な行動を取ったフェルノを制そうとするが、フェルノは訊く耳を持たない。
 ましてや離れていたアキラたちにまで声を掛ける始末だった。

「いいの?」
「いや、流石に無いだろ」
「そうよ。本当に必要なのは雷斬だけで……うわぁ!」
「いいからいいから。ってうわぁわぁ?」

 アキラはまだしもNightとベルは渋っていた。
 けれども結局はフェルノに負けてしまい、腕を掴まれて引き寄せられる。
 そのまま全員おしくらまんじゅうをするみたいにくっつき合うと、急な重みで体勢を崩した。

「おっとっと、止まった?」
「全く。急に体重を掛けるからだ」
「ごめんねー。みんな大丈夫?」
「平気です。それにしても危なかったですね。目の前に太刀が……ほわぁ」

 全員転んでしまいそうだったが、何とか体幹が強いおかげで誰かが踏み止まる。
 顔を庭の雪に埋めることはなかったが、無駄に体力を使ってしまった。
 更には雷斬の目の前に太刀が現れ、危うく刃の部分に切られていた。

 ホッと胸を撫で下ろすアキラたち。
 こんな所で死んだら洒落にもならない。
 安堵と一緒に白いと息を吐き出すと、ベルの視線が雷斬を捉える。

 太刀を見つめたまま動かない。
 まるで太刀に意識を持って行かれているみたいで、ボーッとしていた。
 そのせいだろうが、目の動向が一点を見つめて動かなくなり、口をポカンと開けてしまう。

 この状況は非常にマズい。誰もがそう思ったが、ここで親友のベルが動く。
 心を鬼にして、いや薙刀モードの荒々しい様を露わにすると、ぺチンを背中を叩いた。

「雷斬、ちょっと雷斬、戻って来なさい!」
「痛っ!? ベル、いきなり叩かないでください」
「いきなりじゃなくて、意識が飛んでたからよ。大丈夫? 本気で悪影響で出すわよ?」

 急に叩かれた雷斬は当然驚いて抗議を入れる。
 けれどベルにも刃向かう意思がある。
 グッと顔を詰めると、雷斬の身を案じていることをしっかり伝える。
 その想いを目と態度で受け取ったのか、雷斬はハッとなって、自重することにした。

「そうですね。自重します……ですが、この太刀は」

 完全に魅せられていた。雷斬は太刀を見つめて意識を飛ばすほどだった。
 再び視線が注がれると、目線が一向に離れない。
 如何やら太刀のことが気になってしまい、太刀も雷斬のことを気に入っているように見えた。

「見れば見る程良い太刀ですね」
「そうね。かなりの名工が鍛えた太刀じゃないかしら?」

 雷斬とベルは太刀の感想を答え合っていた。
 けれど刀に付いてよく知らないアキラとフェルノは耳元で耳打ちをし合う。

「何処はいいのかな?」
「分かんないよー。でもきっと良い刀なんじゃないの?」
「そうだよね。きっとすっごく丈夫ですっごく強い刀なんだよね」

 身の無い話が展開されていた。
 Nightは溜息を吐いてみせると、雷斬とベルが見ている部分を的確に答える。

「二人共、刀の良さを測るのも人それぞれだ。とは言え刃文や地鉄の具合が見られるんだろうが、よく見るとあの太刀は刃文が氷のように直線的に波打つ乱れ刃をしていて、地鉄も粉雪のような粒子が飛んでいるから地沸にはなっているな。良い刀と言えば良い刀だが、使い込んでいるせいもあってか、少し刃毀れを起こしているのも見られる。だがまあ、再び研げば使えるだろう」

 Nightも自分の目で見て感じて思ったことを知識を通じて答えたに過ぎない。
 完全ににわかなのは致し方ないが、それだけである程度は伝わった。
 とにかく雷斬とベルの見立ては凄い。アキラたちでは到底分からない話のようで、少しだけ距離を感じる。

「おい、そろそろ帰るぞ」

 その素振りを気に留めたのか、Nightは雷斬とベルに声を掛ける。
 踵を返して振り返ると、選択の余地に迫られる。
 まるで急かしてしまったようで気が引けたが、これ以上の長居は無用だった。

「それで雷斬、この太刀どうするのよ?」
「そうですね。本当はここに置いていくか、供養するのがいいのでしょうが」
「もって帰ればよいのではないですか? 雪将軍を倒した雷斬さんが持つべきだと私は思いますよ」

 迷いの中に落ちた雷斬。この太刀の今後を考えて慎重に選択する。
 けれどその迷いをクロユリは一瞬で断ち切った。
 見えているようで見ようとしていなかった光が浮かび上がり、行動にまとまりが出始める。

「クロユリさん?」
「その太刀が遺されたのは雷斬さんに使って欲しい。そうその太刀が願ったからではないですか?」
「太刀が願った。私にですか?」
「ええ。そう捉えれば、その太刀への採択は自ずと見えてくるはずですよ」

 クロユリの言葉には芯があった。
 迷いを断ち切るように雷斬へ語り掛ける。

 自分が如何したいかではない。太刀が如何したいかだ。
 そこから読み解けるものを全てではないにしろ落とし込むと、雷斬も迷ってはいけないと感じた。
 自分が如何するべきかではなく、太刀のため、次の主人としての採択が重要視される。
 だからこそ、雷斬は太刀と向かい合った。

「そうですね。迷う必要などなかったんです。お待たせしました、皆さん。私は……」

 雷斬は太刀の柄に指を掛けた。
 その行動に迷いの余地は既にない。
 扱い切れるのか、はたまた飲み込まれるのか、それは一重に過去の産物で、雷斬の意思は固かった。
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