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◇445 天孤の幻術地獄

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 天孤は一人取り残された。
 否、自らの意思でこの場に残った。
 それもそのはず、誰かが足止めをしなければ退避はできなかったので、一番可能性を感じる天狐が代表として残ったわけだ。

 とは言え雪将軍とツユヨミを両方一人で相手をするのは難儀だった。
 おまけに手柄を一人で横取りするのは性に合わない。
 見れば雪将軍は疲弊している。HPがでは無い。精神的に追い詰められ、怒りを爆発的に露わにする。
 ボス戦で言う、二段階目には入っているように見えた。

「一体どんな幻術見てるんかいな?」

 天孤は幻術の中に囚われた雪将軍たちを傍観者として眺めていた。
 空からは雪に混じり狐火が降り注ぐ。
 如何にも天狐の固有スキル、【朧狐火】は幻術の中でも厄介な代物のようで、射程距離にさえ入っていれば狐火を見た相手を幻術に叩き込めるのだ。

「アノオニビハヲミタセイデ!」
「マッタクデス」

 雪将軍とツユヨミは腹を立てる。
 鬼火を見たと認識しているようで、天狐はピクッと怒りを表す。

「あら鬼火ちゃうくて狐火なんやけどなぁ。心外やわぁ」

 天孤は鬼火と間違われることを怒っていた。
 その腹いせと言うにはあまりにも乱雑だったが、天狐は遠くから雪将軍たちを攻撃する。
 少しでも撹乱をして、注意を乱すのだ。

「これでも喰ろうとけ」

 天孤は死角になる位置から鋭く尖った石ころを投げつけた。
 放物線を描くなんて真似はしない。
 直線距離で襲い掛かると、雪将軍は兜の間に入り込み痛みを覚える。

「ヌアッ! ナ、ナンダ、ドコニイル!」

 雪将軍は怒号を浴びせた。
 けれど天狐には全く響いてこない。
 続けざまにと放物線を描き、わざと石ころを外してみた。

「ほらほら次はこっちやで。惑わされて狂うたらええ」

 コトン!

 石ころは武家屋敷の縁側に落下した。
 軽いもの音を立てると、雪将軍とツユヨミは顔を向ける。
 どんな幻術が見えているのか、天狐には分からないが、少なくともそこに巨大な猛獣がいるように感じてしまい、否応なくサスツルギをお見舞いする。

「コノホノオニヤカレタモウコヨ! ワシノヤイバデタタキテルッテヤルワ」
「ビリョクナガラエンゴサセテイタダキマス」

 サスツルギを放つ雪将軍は自分の住んでいる武家屋敷を氷で覆ってしまった。
 氷で覆われた床に、ツユヨミは短刀を投げつける。
 すると氷の一部に短刀が鋭く入り込み、何を錯覚しているのか、ツユヨミは悲鳴を上げる。

「ナニッ! コノモウコ、コオリニオオワレアマツサエササレテモトマラナイノデスカ!?」
「ソンナバケモノイテタマルカ!」

 如何やら本当に幻術から抜け出せないでいた。
 狐火が見せた猛虎が炎を纏い、サスツルギを喰らっても倒れない。
 ましてやサスツルギに短刀を刺して死なない猛虎だと思い込む。
 あまりにもお粗末で、流石に嘆いてしまう。

「流石に可愛そうに見えてしまうなぁ」

 とは言えこれはチャンスでしかない。
 天孤はそう思うと素早く身を翻る。
 タイミングを見計らい、強烈な一撃を与えようと算段と立てた。

「コノ、モウコメ。ナンドキレバキガスムノダ!」
「ワカリマセンガ、ドウシタラタオセルノカ」
「コノ、コノ、サスツルギヨ、キリキザメ!」

 まだまだ馬鹿な真似をしていた。
 一体如何したら倒せるのか、雪将軍もツユヨミも分からなかった。
 幻術に囚われてしまい、流石に可愛そうに感じた。

「しゃあないなぁ。ちょい楽にしたろうかな」

 ゆっくり近付いてみた。
 草鞋の裏が雪の上を優しく撫でる。
 音を吸収し、存在感を幻術と合わせて消し去る。

「コノコノ! イッタイドウスレバ。オラァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 雪将軍は太刀を振り上げた。
 すると後ろを忍び足で近付いていた天狐に当たりかける。
 
「おっとっと。危ない危ないわぁ」

 けれど天狐はヌルリトと交わした。
 それと同時に狐の耳がピクピク動く。
 遠くの方から複数人の足音が聞こえて来て、そろそろお終いだと悟った。

「ちょい黙って欲しいなぁ」

 グサリ!

 懐から取り出した短刀を雪将軍の脇腹に突き刺した。
 グサリと深々突き刺さると、雪将軍は声を上げる。
 もはや悲鳴だ。だけど耳を閉じていた天狐は気が付かない。

「ん?」

 天孤は何が起きたのか分からなかった。
 けれど膝を付き、呻き苦しむ雪将軍の姿を見れば分かる。
 幻術を痛みで強制的に解かれ、突き刺さる短刀を見て理解した。

「キサマナニモノダ!」

 痛みを押し殺し悶絶する。
 背後に立ち天狐に怒号を浴びせるが、天狐は澄ました顔をする。
 むしろ何事も無かったかのように振舞うと、「さぁ、誰やろな?」と雪将軍を挑発し、突っ立ったまま警戒もほぼせずにクロユリたちを待つのだった。
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