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◇402 白雪姫は近いうちに

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 明輝は響姫が階段から落ちるのを何とか阻止した。
 怪我もしていないみたいでホッと胸を撫で下ろす。

「よいしょっと」
「ありがとう」
「どういたしまして」

 響姫は恥ずかしそうな顔をしていた。
 若しかしたら迷惑をかけたことを気にしているのかもしれない。
 頬がやや赤く染まっていて、明輝から目を逸らしていた。

「ほら、ちゃんと食べて寝ないとダメでしょ?」
「う、うん。ごめんなさい」
「別に謝って欲しいわけじゃないんだけど。授業出れる?」

 正直そこまでのことを補助する必要は無い。
 けれどこうなった以上は放っておけない。
 どのみち授業にはもう間に合わない。
 まさかこんな形でサボるとは思わなかった。

「それじゃあ保健室にでも行こっか」
「えっ、保健室?」
「うん。そこなら先生も居ると思うよ。少し寝ないと、フラフラしているからね。また転ばれても困るから」
「本当にごめんなさい」

 響姫は何度も謝った。如何やら相当気にしているようだ。
 困り顔を浮かべる明輝だったけど、すぐに意識を切り替える。
 肩をギュッと掴むと、ただ響姫の顔を見つめた。恥ずかしそうに背ける顔をジッと追いかける。もう逃がしたりしない。

「謝ることじゃない。自分のことを見失った人間は、自分を見つける必要があるんだよ」
「哲学?」
「そう聴こえていたとしても構わないよ。ほら、行こう」

 響姫の手をギュッと繋いだ明輝。
 そのまま引っ張って行こうとしたが、全く動こうとしない。
 体調が悪いと思ったが、如何やらそうでもないらしい。

「どうしたの? 行こうよ」
「明輝、ちょっとだけ私の話を聞いて貰ってもいい?」
「話? うん、全然聴くけど」
「ありがとう。それじゃあ話すね」

 響姫の雰囲気が変わった。
 如何やら核心に迫る話題らしい。
 一体何故ここまで疲労しているのか。その原因が明らかになる。

「私は音楽が好き。それでね、自慢じゃないけど色んな大会に出て結果を残してきたのね」
「それは何となく知っているけど」
「うん。それじゃあ私が万年二位ってことは知ってる?」
「えっ……それは初耳だけど。そっか、でも二位も凄いよ!」

 明輝は気分が落ち込んだ空気に変わる前に意識を切り替えて褒めた。
 二位だって凄い。いつも普通よりちょっとできてしまう程度の明輝にとっては拍手喝采だ。
 けれどそれではダメと言いたそうで、響姫は苦い顔を浮かべる。

「それじゃあダメなの。私にはこれしかないから、ここで躓くわけにはいかないの。それで私は一人焦って、藻掻いて、でも敵わなくて、それでも諦めずに頑張ってたら、いつの間にか私は仮初の一位・・・・・を手に入れてしまったの」
「ん? 仮初……」

 引っかかるワードだった。最近ではなかなか使わない言葉だけど、何だか無性に歯切れが悪い。
 如何やらそこにこそ響姫を苦しめる原因が隠されているように感じた明輝はドンと前に一歩出た。心の奥底に土足で踏み入ると、苦しそうな表情の響姫にズバッと尋ねる。

「何が仮初なの?」
「……それは、私が本当の意味で勝てていないってこと」
「勝つ? 誰にかな」
「夜野さん……」
「ん? 夜野さん……えっ、まさか」

 嫌な予感がした。そう言えば蒼伊はやけに響姫のことが詳しかった。
 アレだけべた褒めしていたのも今になれば引っかかる。
 喉の奥につっかえていた魚の小骨が取れそうだけど、取れて欲しくもない気持ちになった。

「もしかして、夜野蒼伊のこと?」
「知ってたの? そう、私は夜野蒼伊さんに敵わくて……それで」
「あー、ちょっと分かるかも」

 確かに相手が蒼伊だと雲泥の差が生まれる可能性もある。
 だけど響姫の響かせる音はとても繊細で力強い。
 明輝の思っていた通り、蒼伊とは似ているものがあった。だけど本気度も本質も全く違う。
 そんな響姫を見ていると、ふと気になることがあった。

「あれ? それじゃあ仮初って……まさか?」
「そう。夜野さんが大会に出なくなったから、私は仮初の一位を手に入れたの。だから、本当の一位になるために頑張らないとダメで……」
「多分、蒼伊はそんなことを思ってないと思うよ」
「それが嫌なの! 私は、私にはこれしか……」

 完全に見失っている様子だ。明輝は呆れてしまった。このまま放っておくと、本当に手が届かない場所に行ってしまうかもしれない。
 そうなったら大変だ。そう思い、明輝はちょっとだけ荒っぽいことをした。

 ぺチン!

「痛いっ!」

 デコピンをして意識を切り離させる。
 響姫は額を押さえて痛がっているが、そんなことを明輝は気にしない。
 ゆとりが無いと感じた明輝は響姫に突発的な誘いをした。

「響姫はGAMEとかして遊ぶ?」
「あ、遊ばないけど。それにそんな暇は無いからね」
「はい、そこ。ゆとりが無いから焦るんだよ。確かに頑張るのも大事だけど、このまま続けてたら本当に響かせたい音も聴こえなくなっちゃうかもしれない。そうなったら、私は響姫の音聴きたくないな……なんてね」

 少し厳しいことを言ったかもしれない。
 明輝は言葉の最後を濁すと、笑って誤魔化した。
 けれど響姫の顔を見てみると、少し驚いたようだった。
 考えを覗き込んでみると、なんでGAMEなの? と言いたそうだった。

「明輝の言うことは確かね。だけどなんでGAMEを勧めるの?」
「それはね、私が遊んでいるGAMEがあるからだよ」
「明輝が遊んでる?」
「うん。私だけじゃなくて、同じ学校の加竜烈火とか響姫の気にする夜野蒼伊とかね」
「や、夜野さん?」

 響姫は驚いた様子だ。まさか夜野蒼伊が明輝とGAMEをして遊んでいるとは思わなかったらしい。瞬きが止まらなくなり、口がパクパクしていた。

「夜野さんが居るんだ……やっぱりゆとりがあった方が」
「絶対いいよ! 一人で頑張るのも良いけど、たまには息抜きをして、いろんな人たちと触れ合った方がきっと良い音は響かせるだけじゃなくて、奏でられるようになると思うよ。持論はないけど」
「……そうだね。それじゃあ、近いうちに私も良いかな?」
「うん。待ってるよ。始めたら私たちと同じギルドで」
「分かった。それじゃあ、少し休もうかな」

 響姫は明輝の必至の説得で何かを悟った。
 頑張り過ぎてもダメだと思い、ゆとりを持つことにする。
 上手く行けばきっと良い音が響かせられるようになる。明輝はそう確信していた。

「それじゃあ保健室行こっか」
「ありがとう、明輝」
「どういたしまして」

 手をギュッと握った。
 震える指先は熱くなり、柔肌が明輝に体温を伝える。
 心のドギマギを伝える音は、心地良くて響姫の中にあった迷いを吹き飛ばしていた。
 もう、自分を見失ったりしないだろう。
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