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◇375 まあ、見事に

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 アキラに選択肢はない。
 そんなの百も承知で飛び込んだのだから、やることは決まっていた。
 目の前にある白い塊。これがモチツキンの臼の中に眠る餅なのなら、フェルノと同じことをするだけだ。

「せーのっ!」

 普通に餅には弾力があり、重たかった。
 だけど持ち上げられないことはない。
 アキラは頑張って餅を持ち上げて捏ねるため回した。
 すると一回で餅の表裏が入れ替わり、無事に捏ねることに成功した。

「ふぅ。これで良いのかな?」

 安堵して額の汗を拭いた。
 腕で拭うと、アキラは嫌な予感がする。
 こんなことをしている暇は無いのではないか? と、頭上を見ていた。

「ん? アレって……嘘でしょ!?」

 アキラは恐怖して目を見開く。
 急に頭上が暗くなり、影が生まれた。
 見ればモチツキンの左腕が上がり、杵が頭上に迫っていた。

「もしかしてコレが降ってきて……そんなの無理だよ!」

 杵が降ってきて、臼の中に居る誰かが潰される。
 まるで餅を搗くみたいに、抗う術もない。
 そんな相手に勝てるわけが無い。アキラも逃げ出そうとしたが、最初の一撃を避ける時間はない。

「こ、こうなったら【半液状化】を使って……ってダメだ!」

 アキラは自分で気が付いた。
 スライムになったら餅に混ぜられる。そう感じたので、脳がパニックになり、意識を切り替える間に、杵が降って来た。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 アキラは絶叫した。
 杵が降ってきて、グシャリと潰される。
 目を深く瞑り、死んだと思った。けれど瞼を押し開けることができて、「あれ?」と訳の分からない状況に、言葉を失う。

「し、死んでない?」

 何が起きたのか。アキラは驚愕するが、腕輪が無くなっていることに気が付く。
 もしかして防御力が上がったおかげ? それで助かったの? アキラはそれしか考えられなかった。

「Nightが助けてくれたんだ」

 だけどこれだけ凄いものを作ったということは、相当HPを消費している証だ。
 だからNightは何もできなかった。
 それが分かったのなら、アキラが取れる選択肢はこれしかない。

「だったら、私は……」

 アキラはもう一回餅を捏ねることにした。
 フェルノと同じ末路を辿るだけ。きっとそう思われる。
 だけどアキラにはそんな気は一切ない。
 【キメラハント】を持っている自分にしかできない技を見せるのだ。

「これしかない!」

 もはや賭けだった。
 しかしやってみる選択肢に委ねると、アキラはもう一度餅を持ち上げて、捏ねた。
 グルンと回転させ、表と裏を入れ替える。
 ピコン! と言う電子音が聴こえ、ふと頭上を見上げると、カウントが一つ進んでいた。

「やっぱり進んでる」

 カウントが二つ進み、合計で四回。
 これで残りは九十五.だけど絶対に倒せないと悟り、アキラは奥歯を噛む。

「今度は負けないよ!」

 捨て台詞を宣言すると、杵が降って来た。
 流石にもう受けきれない。そう思ってアキラは【キメラハント】:【幽体化】を発動。
 しばらく使えないものの、おかげで杵が臼の中に飛び込んで来る前に、幽霊になった体で薄の中から逃げ出した。

「うおっ!」

 何とか杵が振り下ろされたタイミングで外へと出ると、ドスン! と言う音が地響きの様に響き渡る。
 チラリと振り返って見てみると、臼の部分が杵の衝撃で振動していて、それが空気を震わせていた。あまりにもできることが多すぎて、アキラはゾッとする。

「危なかった……」

 安堵して胸を撫で下ろす。
 しかし咄嗟だったので準備はしていたアキラだったが、そのまま着地するわけにはいかなくなる。
 
「ヤバっ!?」

 モチツキンと目が合った。
 杵が降り上げられて「もしかしてもう一回?」と唇を噛む。

「あっ、Night!」
「アキラ、無事に……」

 Nightは喜んでくれた。
 しかしアキラが自分の方に落ちてきていたので何かと思い、不安がよぎる。
 頭を使い、思考を巡らせ、視界から得られる全ての情報を伝える。
 するとこれから如何なるのか、全部分かってしまった。

「お前、まさか……」
「ごめん、Night」
「うがっ!?」

 アキラはNightへと圧し掛かった。
 完全に押し倒してしまって、Nightは表情を歪めた。
 苦言を呈するのは判る。だって自分の真上に人が突然飛び込むように圧し掛かって来たからだ。

「く、苦しい」
「ご、ごめんね」

 アキラはNightに謝った。
 しかしそんなことを言っている場合ではなくなる。
 仰向けで倒れ、空を見上げるNightには何が迫ってきているのか見えていた。

「マズい!」
「えっ?」

 アキラは顔を上げた。
 すると黒い影が迫っていた。
 Nightはアキラのことを突き飛ばそうとする。
 しかしながらそれすら間に合わない。

「「嘘っ!」」

 アキラとNightの真上には杵がある。
 これはもしかしてもない。杵が近付きながら、激しい鉄槌が押し付けられた。

「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」

 アキラとNightの二人はぺちゃんこになってしまった。
 全身に痛みが走り、それが一瞬のうちに最終極致にまで達すると、それ以上に痛みを覚えることはない。

 一瞬にして視界がフェードアウトして、完全な暗闇が目の前に躍り出て、ブラックアウトしてしまうのだった。
 これが初めての死。アキラとNightは同時に意識を刈り取られた。
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