9 / 15
第1章 太宰とJKが過ごしたある初夏の日々
第9話 忘れもの
しおりを挟む
六月になった。Cウィルスの影響で休校になっていた学校もいよいよ本格的に登校開始になる。私とN美はあの電話の後、二度ずつお互いの家で話をした。電話をした時には、そう簡単に昔のように戻れるとは思っていなかったが、私たちが元の二人に戻るのに時間なんて必要なかった。
久しぶりに会ったあの日の夜、私は一番初めにこの質問を投げた。
「ねえ、N美。怒らないから言って」
「なあに、改まって」
「S君のこと、まだちゃんと聞いてなかった」
N美が、はっとした顔になる。
『どうせ通らなきゃならない道なら、一番最初に一番難しいところを済ませておくのがいい。人生は短い。無駄な遠回りはしないに限る』
太宰先生のアドバイスだった。言われなくたってそうするわ、と思ったが、アドバイスがなければズルズル後回しにしていたかも知れない。
「ごめんね。私がグズグズしてちゃんと断らなかったから。あんなことになってしまって」
「S君のこと、N美は好きだったの?」
N美は少し考えて「うん」と答えた。そうか。それならいい。
「わかった。それならいいんだ。で、それからどうなったの?」
「別れたわ。というか正直なところ付き合ってもいない。ハルカとこんな風になってしまって、私もS君も自分たちの気持ちがよく分からなくなってしまったのよ。そんなんじゃ続くわけないよね」
N美は少し寂しそうだった。おお、何かちょっといい気味かも、なんて。だからもういいや。
「うん。じゃあその話は終わりね」
それから私たちは溜まりに溜まった1年分の話をした。時間があっという間に過ぎていく。私たちはどうして1年間も話しをしなかったのだろう。その取り戻せない無駄な時間を取り戻そうと、二人とも必死だった。
『お、今日は君は登校日か』
「はい、そうですよ。今日から学校の本格スタートです。先生ともなかなか会えなくなりますね」
『まあ、最近はN美とやらにご執心で、ここに来ることも少なくなったように思っていたがね』
そう言われれば先月の登校日までは、ほぼ入り浸りだった姉の部屋に、ここ1週間は朝晩のご挨拶と、何度か相談ごとに来ただけだった。N美の家に行って留守することも多くなったし、家に呼んだ時にも、まさか先生をN美に紹介するわけにもいかないので、自分の部屋に籠って話をしていたし。
まあ、そういうものなのかな。これも自然の摂理よね。何しろ100年前のおじさんだもん。いくら太宰治だからって言っても、そうそう話が合うわけじゃないものね。
「じゃ、行ってきます」
『おお、いってらっしゃい』
何ということもなく、ごく自然にごく普通に私は家を出た。
この時、私は大事なことを忘れていることに気づいていなかった。それは忘れてはいけない、とってもとっても大事なことだった。
(続く)
久しぶりに会ったあの日の夜、私は一番初めにこの質問を投げた。
「ねえ、N美。怒らないから言って」
「なあに、改まって」
「S君のこと、まだちゃんと聞いてなかった」
N美が、はっとした顔になる。
『どうせ通らなきゃならない道なら、一番最初に一番難しいところを済ませておくのがいい。人生は短い。無駄な遠回りはしないに限る』
太宰先生のアドバイスだった。言われなくたってそうするわ、と思ったが、アドバイスがなければズルズル後回しにしていたかも知れない。
「ごめんね。私がグズグズしてちゃんと断らなかったから。あんなことになってしまって」
「S君のこと、N美は好きだったの?」
N美は少し考えて「うん」と答えた。そうか。それならいい。
「わかった。それならいいんだ。で、それからどうなったの?」
「別れたわ。というか正直なところ付き合ってもいない。ハルカとこんな風になってしまって、私もS君も自分たちの気持ちがよく分からなくなってしまったのよ。そんなんじゃ続くわけないよね」
N美は少し寂しそうだった。おお、何かちょっといい気味かも、なんて。だからもういいや。
「うん。じゃあその話は終わりね」
それから私たちは溜まりに溜まった1年分の話をした。時間があっという間に過ぎていく。私たちはどうして1年間も話しをしなかったのだろう。その取り戻せない無駄な時間を取り戻そうと、二人とも必死だった。
『お、今日は君は登校日か』
「はい、そうですよ。今日から学校の本格スタートです。先生ともなかなか会えなくなりますね」
『まあ、最近はN美とやらにご執心で、ここに来ることも少なくなったように思っていたがね』
そう言われれば先月の登校日までは、ほぼ入り浸りだった姉の部屋に、ここ1週間は朝晩のご挨拶と、何度か相談ごとに来ただけだった。N美の家に行って留守することも多くなったし、家に呼んだ時にも、まさか先生をN美に紹介するわけにもいかないので、自分の部屋に籠って話をしていたし。
まあ、そういうものなのかな。これも自然の摂理よね。何しろ100年前のおじさんだもん。いくら太宰治だからって言っても、そうそう話が合うわけじゃないものね。
「じゃ、行ってきます」
『おお、いってらっしゃい』
何ということもなく、ごく自然にごく普通に私は家を出た。
この時、私は大事なことを忘れていることに気づいていなかった。それは忘れてはいけない、とってもとっても大事なことだった。
(続く)
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
さよならまでの六ヶ月
おてんば松尾
恋愛
余命半年の妻は、不倫をしている夫と最後まで添い遂げるつもりだった……【小春】
小春は人の寿命が分かる能力を持っている。
ある日突然自分に残された寿命があと半年だということを知る。
自分の家が社家で、神主として跡を継がなければならない小春。
そんな小春のことを好きになってくれた夫は浮気をしている。
残された半年を穏やかに生きたいと思う小春……
他サイトでも公開中
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
ままならないのが恋心
桃井すもも
恋愛
ままならないのが恋心。
自分の意志では変えられない。
こんな機会でもなければ。
ある日ミレーユは高熱に見舞われた。
意識が混濁するミレーユに、記憶の喪失と誤解した周囲。
見舞いに訪れた婚約者の表情にミレーユは決意する。
「偶然なんてそんなもの」
「アダムとイヴ」に連なります。
いつまでこの流れ、繋がるのでしょう。
昭和のネタが入るのはご勘弁。
❇相変わらずの100%妄想の産物です。
❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた、妄想スイマーによる寝物語です。
疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。
❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく激しい微修正が入ります。
「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。
恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜
k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」
そう婚約者のグレイに言われたエミリア。
はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。
「恋より友情よね!」
そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。
本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる