Dazai & JK

牧村燈

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第1章 太宰とJKが過ごしたある初夏の日々

第9話 忘れもの

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 六月になった。Cウィルスの影響で休校になっていた学校もいよいよ本格的に登校開始になる。私とN美はあの電話の後、二度ずつお互いの家で話をした。電話をした時には、そう簡単に昔のように戻れるとは思っていなかったが、私たちが元の二人に戻るのに時間なんて必要なかった。

 久しぶりに会ったあの日の夜、私は一番初めにこの質問を投げた。

「ねえ、N美。怒らないから言って」

「なあに、改まって」

「S君のこと、まだちゃんと聞いてなかった」

 N美が、はっとした顔になる。

『どうせ通らなきゃならない道なら、一番最初に一番難しいところを済ませておくのがいい。人生は短い。無駄な遠回りはしないに限る』

 太宰先生のアドバイスだった。言われなくたってそうするわ、と思ったが、アドバイスがなければズルズル後回しにしていたかも知れない。

「ごめんね。私がグズグズしてちゃんと断らなかったから。あんなことになってしまって」

「S君のこと、N美は好きだったの?」

 N美は少し考えて「うん」と答えた。そうか。それならいい。

「わかった。それならいいんだ。で、それからどうなったの?」

「別れたわ。というか正直なところ付き合ってもいない。ハルカとこんな風になってしまって、私もS君も自分たちの気持ちがよく分からなくなってしまったのよ。そんなんじゃ続くわけないよね」

 N美は少し寂しそうだった。おお、何かちょっといい気味かも、なんて。だからもういいや。

「うん。じゃあその話は終わりね」

 それから私たちは溜まりに溜まった1年分の話をした。時間があっという間に過ぎていく。私たちはどうして1年間も話しをしなかったのだろう。その取り戻せない無駄な時間を取り戻そうと、二人とも必死だった。


『お、今日は君は登校日か』

「はい、そうですよ。今日から学校の本格スタートです。先生ともなかなか会えなくなりますね」

『まあ、最近はN美とやらにご執心で、ここに来ることも少なくなったように思っていたがね』

 そう言われれば先月の登校日までは、ほぼ入り浸りだった姉の部屋に、ここ1週間は朝晩のご挨拶と、何度か相談ごとに来ただけだった。N美の家に行って留守することも多くなったし、家に呼んだ時にも、まさか先生をN美に紹介するわけにもいかないので、自分の部屋に籠って話をしていたし。

 まあ、そういうものなのかな。これも自然の摂理よね。何しろ100年前のおじさんだもん。いくら太宰治だからって言っても、そうそう話が合うわけじゃないものね。

「じゃ、行ってきます」

『おお、いってらっしゃい』

 何ということもなく、ごく自然にごく普通に私は家を出た。

 この時、私は大事なことを忘れていることに気づいていなかった。それは忘れてはいけない、とってもとっても大事なことだった。

(続く)
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