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お菓子の家のM

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 ニロニロの大群に身体中を埋め尽くされ気を失ってしまった吟遊詩人Sが、次に目覚めたのはお菓子を焼いたような甘く香ばしい匂いが漂う小屋の中だった。

「ああ、目覚めたようだね」

 頭を玉ねぎのように結んだ、小柄でややぽっちゃりした女がSに声を掛けた。人間で言うならば高校生くらいにも三十代にも見えるいわゆる年齢不詳。ドレスの三角のシルエットは妖精の村のミウラ族を意識した扮装なのだろうが、いかにも紛い物であることが透けて見える。そうして見るとこの小屋自体もハリボテのように思えた。

「ここは妖精の村なのかい?」

 Sは尋ねた。フフフと女は笑う。

「あたしはM。ここが妖精の村?あんたにはそう見えるのかい?」

 いや、そう見えないから聞いていたのだ。愚問だった。

「そうか。つまらないことを聞いてしまった。許してくれ」

 Sは素直に質問を詫びた。そして改めて質問をし直す。

「さっきのニロニロの大群はどこに行ったんだろう?」

 Mはおかしくて仕方がないという顔で言う。

「この家の周りに貼り付いて、あんたが外に出てくるのを今か今かと待ちわびているよ」

 耳を澄ますとあの低音の呪文が聞こえてきた。逃げ切れたわけではないってことか。

「まあ、ここにいる分には心配ないさ。折角来たんだ。美味しいお菓子でも食べて休むといいさ」

 Mは美味しそうにデコレーションされたお菓子と湯気の立った紅茶を振る舞ってくれた。その香りに急激に空腹と喉の渇きを覚えたSは一口お菓子をかじる。

「美味しい!」

「だろう。特製の手作り菓子だからな。たんと召し上がれ」

 あまりの美味しさに、Sは出されたお菓子も紅茶もたちまちすべてを平らげてしまった。

「おかわりだってあるよ」

 Mは嬉しそうに紅茶を淹れる。

「ぼくはここから生きて帰れるのかな」

「さあ?どうだろうね。この森のことはみんな森の魔女、長Kオサケーが決めるからね」

「魔女?長K?」

「そうさ、長は恐ろしい女。あんたを襲ったニロニロは長の手下さ。あのまま放っておいたら、あんたは今頃長の元への連れて行かれて、生贄に捧げられたに違いない」

「つまり、君はぼくを助けてくれたというわけかい」

 Mは少しくすぐったそうに。

「あたしはいい男に目が無くてね。汚い格好をしていてもあたしには分かる。あんたは飛び切りの色男だ。ビアンの長に渡して嬲り殺しに合わせるのはあまりに勿体ないと思ったのさ」

 そういうことか。

「そいつはありがたい。ほんと助かった。礼を言うよ」

 Sは九死に一生を得たらしいことに感謝した。ただ、色男というのはどうなんだ。

「礼なんていらないよ。それより、なあ、いいだろう」

 MはSの手を取ると自らの胸に導いた。Mはワンピースの下には何も着けていないようだ。肉付きの良い芯のない胸の感触。Sはこの状況においてMの誘いを無下に拒否すべきではないと判断していた。もちろん女を(男もだが)相手にした経験などなかったが、とにかくやれるだけやってみるしかない。

 Mの手がSの股間に伸びた。Sはそれを躱すようにMの背後に回ると、柔らかな胸の先端にある突起を探り当て、両手で同時に摘まみ上げた。

「あっ、いきなりぃ。ああああん。だ、だめ......。もっと、やさしくして」

 Mの口調がついさっきまでのSを諭すようなものから、ねっとりした女の口調に変わっている。しかし、それ以上にSは自分の身体が熱く火照り始めていることに戸惑っていた。

 どうしてだ?助けられた今の状況から、やむを得ずにしているはずの行為のはずなのに、身体が勝手に反応していく。SはMの要望に応えるべく程よく開いたノースリーブの脇の下から白く細い指先を滑り込ませると、Mの乳首の横腹を中指で摩るように撫でた。同時にSはさっきは躱したはずの自分の股間をMのヒップに擦りつけ、その感触に自身の官能が開かれていくのを感じていた。

 このぼくが興奮しているだって?

 Sは今まで感じたことのない自分自身の官能に戸惑いながらも、疼く下半身の熱情に耐えられず、腰を艶めかしく動かしてしまうことを止められなかった。

 そのSの痛々しいほどにぎこちない刺激を受けて、切なげに喘ぎ声を上げるMの顔。その顔が一瞬、狡猾ないたちのように見えたことを、Sはまったく知る由もなかった。

(続く)
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