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エピローグ

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 春の野山には命が凌ぎを削る音に溢れている。康介が警察病院で医療器具の不具合が元で事故死してから早いもので4年が過ぎた。私はあれから毎年、康介の命日には、充枝の祖母の住む田舎まで墓参りに来ている。墓標には『神戸康介』という施設で付けられた名と共に『敬』という本名も添えられていた。

 私が充枝と出会ってもうすぐ20年になる。それは私が彼女に魅せられ、それ故に彼女の秘密を知るに至り、その秘密を守らんとするが為に奔走した20年であった。

 充枝は生まれついて男を惑わす魔性を持つ女だった。その呪われた魅力が故に幼い頃から幾多の性的暴力に晒されてきた。最初の相手は義理の父、つまり康介の父親である。充枝の母は、夫から充枝を守る為に夫を道連れに心中したのではないかと私は考えている。

 高校時代のレイプ犯を半殺しの目に合わせたも、Bホテルで町田を襲ったのも、康介を死に追いやったのも、全て充枝自身が自分守る為に作り出したもう一人の自分(充枝はそれを姉と呼んだ)である。素の充枝はドッペルゲンガーのしたことは全く記憶にない。

 私には協力者がいた。それは私立探偵として私が学校に雇われた時の、充枝を襲ったレイプ犯である。私は彼に、レイプの罪を問わない代わりに充枝に何かあった時には無条件で協力する約束をさせた。彼もまた充枝に魅入られていたので献身的な協力者になった。卒業後はBホテルに入社させた。防犯カメラ映像の加工修正、そして702号室で起きた町田の事件を701号室に偽造したのも、皆、彼の仕事だ。大木坂公園の目撃者にも仕立てたが、それ以上噛ませるのは危険と判断した私は、彼をBホテルから退職させ、とりあえず知り合いのいる中国の武漢の工場に勤めさせた。暫くの間は時折便りを寄越したが、昨年からのウィルス騒ぎでそれ以来彼からの連絡はない。

 橋本の事件は充枝とは無関係だったらしく真犯人が逮捕されたが、町田の事件は未だに容疑者も上がっていない。一時捜査線上に挙げられた充枝だが、証拠となる映像も記録も証言も得られず、警察は結局充枝を任意同行すら出来ていない。勿論、私が先回りして抑えた部分もあったが、不思議な力が働いたことも事実だ。

 実際のところ警察に充枝を直撃されたあの時は肝を冷やした。脅されるようなことがあれば充枝のドッペルゲンガーは黙っていない。すぐに康介を向かわせたが、間に合わない可能性を考えて次にどう手を打つべきか真剣に悩んでいた。それがあの事故である。二人とも即死なんて出来過ぎた話が、私の関わらないところで起こった。

 後から聞いた話だが、跡形も無くグシャグシャになった車内から古びた写真が発見されたそうだ。それには子供が二人写っていたが、二人とも何故か首から上の部分が綺麗に破れていたという。

「竜二さん、そろそろ帰りましょうか」

 充枝が声を掛けてきた。振り向くと30代も半ばに差し掛かっても相変わらず若々しく清楚な笑顔があった。その裏側にある男を惑わす淫らな魔性は今は抑えられている……はずだ。

「そうだな」

 と周りを見回す。あ、気づいた充枝が墓地の公園の方に向かって手を振り大きな声を出した。

「敬介くーん、もう帰るわよ」

 ブランコに乗っていた子供が「はーい」と答えて駆けてきた。名前には反対したが、充枝がどうしてもと言って聞かないのでそう名付けた。義理の兄であり夫だった男の名を持つ子供。

 充枝が子供を抱きしめる。犠牲の上にしか手に入れることのできなかった今が、いつ崩れてしまうかも知れない今が、ただ少しでも長く続くことを願い、私はその為に今日を生きている。

 私は充枝に抱かれて嬉しそうな子供の頭を撫で、そのまま二人を抱きしめた。その子の優しそうな瞳は充枝の瞳に良く似ていた。そしてその整った彫りの深い顔立ちは、きっと将来相当なイケメンになるだろう。親バカというやつだろうが、そう思う。

 春風が山の息吹と鳥の囀りと一緒に、サイレンの音を運んで来る。

(完)
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