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サイドM⑤

妄言探偵②

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 私は中田さんに付き添われて家に戻った。

 神戸康介さんと結婚すると中田さんに言った時、それは良いが子供だけは作るなと言われた意味がようやく分かった。中田さんは康介が私の兄だと知っていたのだ。それを承知の上で同じ職場に私を就職させ、出会いを演出し、結婚を許した。もしかしたら、こうなることも予想していたのかも知れない。

「中田さんは、康介さんが私の兄だといつ知ったのですか?」

 出来る限り冷静に努めて聞いてみる。

「さあ、僕は君たち二人を随分前から知っているからね。勿論、確信があったわけでは無かったけれど、高い確率でそうだろうとは思ったのはだいぶ前のことだよ」

「だから私を康介さんと同じ会社に世話してくれたのですね」

「そうだよ。ずっと離れ離れに育った兄妹をなるべく同じ時間を過ごさせてやりたかった」

 でも中田さんの思惑通りには二人の距離は近付かなかった。

「一時は見当違いだったのかな、とも思ったんだ。でも、神戸の本心を聞いて、やっぱり二人は兄妹だと確信した。それからのことは充枝ちゃんも知ってる通りだ」

 私は何故姉が康介を刺すなんてマネをしたのかわからなかった。だって姉にとっても康介は兄なのだ。たとえ浮気者のコンコンキチでも。

 中田さんは警察に連絡をして事件の様子を聞いてくれた。かなり早いタイミングで捜査線が張られたにも関わらず、公園から逃亡した女は網に掛かっていない。一方、夫容態も危険な状態で一進一退が続いているそうだ。

 もう一度、康介とちゃんと会って話がしたかった。夫であったにもかかわらず、少しも子供時代の話を聞いたことがない。康介が、いや、おにいちゃんが、あの後どうやって今まで生きて来たのかを、ちゃんと聞いておくべきだった。その為に神様がくれた時間を、私は何に使っていたのだろう。

「中田さん、康介さんは、おにいちゃんは、大丈夫ですよね。生きて帰って来ますよね?」

 私は中田さんにしがみつくようにして尋ねた。中田さんは優しく私の髪の毛をクシュと掴んで「大丈夫だよ。きっと帰って来る」と言うと、そのまま私を抱きしめた。

 そうだ。

 初めてこの人と出会ったのは高2の時だ。あの日、私は学校が依頼したという大学生の私立探偵に、不良の男子生徒が受けた傷害事件の話を聞かれた。勿論、その話ではないことは最初から分かっていた。

 レイプ。男が女を力づくで犯す、非情の罪。しかも大勢の男に周りを取り囲まれて私は犯された。探偵はその話を聞きに来たのだ。

「話せることだけでいいから」

 と言われた。

「私は何も悪くない、だから話せないことなんかない」

 と言った。初めから順を追って、出来るだけ正確に覚えていることを話してやった。抵抗したら殴られて鼻血が噴出したこと。血のせいで視界が赤くなったこと。持っていたカッターで自分の手首を切ったらギャラリーが皆びびって消えたこと。

 そして後のことは覚えていない。隣の教室で姉がそいつを制裁したというのも後から聞いた話だ。覚えているのはジージーと鳴く虫の声。秋だなあと思ったと話したら、分厚い胸に抱き締められていた。

「全部わかったから。全部わかったからもう忘れよう」

 探偵は見開いた私の目を見つめて「大丈夫だ。何も心配しなくていい」と優しく髪の毛を撫ぜた。私はフワッとした気持ちになって目を閉じてしまうと、あっという間もなく唇を奪われた。

「あ」

 すぐに身体を離そうとしたが、強い力に引き寄せられていて叶わなかった。

「や、やめて」

 という口を無理に塞がれて、舌で唇を弄られる。

「んんんっ」

 と言う呻き声と身体がビクリと反応するのは、ほぼ同時だった。抵抗するのはもう諦めようと思った。あとはお姉ちゃんに任せることにしよう。

 それからもう10年以上が過ぎた今も、私はこうして中田さんに抱かれている。姉は彼のことは許しているのだろう。中田さんの指に弄ばれた花弁が濡れている音がする。初めて女の喜悦を刻まれた男の愛撫を、私は子を宿した子宮で受け止めた。

 そう面倒なことは、みんなこの人が何とかしてくれる。それはあの日からずっと。これからもずっと。私は今もまだそう信じていた。

(続く)
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