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第3章 深夜の攻防

3-4 身代

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『後方から敵2体接近』

 ガイドをオンにした途端に危険を知らせるアラート通知。目の前の赤い光もクルクル回る。立ち上がったテッコツマンは振り向きざまに両方の手の平からレーザービームを照射した。

 ビビビビビビ

 目に見えないエネルギーの束が、ガイドが知らせた敵2体に命中した。距離は15mほど先。テッコツマンのシステムがなければ恐らく敵襲来をまだ感知出来ていなかったかも知れない。すごいな、これ。王女は感心して手の平の様子を眺めていると、再びガイドが騒ぎ出す。

『右より1体、左から3体、前方に2体敵影発見。更に増加の兆候あり』

 増加の兆候?一体どれだけの人を張らせてるんだろう。王女は今倒したばかりの2体の上を飛び越して敵のいない後方に下がり、身体を伏せて敵襲に備えた。広いな。この広場は1対多数の戦闘には向かない。左後方にある木造の建物まで70m。鉄筋コンクリートなら良かったのだが、贅沢は言っていられない。

『前方広範囲から敵6体プラス新たに2体、合計8体接近中』

「OK、後方は?」

『後方には敵は確認出来ません』

「了解。あの建物まで飛ぶぞ」

『ラジャー』

 システムから跳躍エネルギーがスーツに充填される。前方の敵を視認。距離20m。早く。

『充填完了。飛びます』

「OK」

 次の瞬間、テッコツマンは飛んだ。恐らくテッコツマンを視界に入れていた者からすれば、正に消えたように思ったはずだ。超ハイスピードで上空に消えたテッコツマンは3秒後に目的地に設定した70m後方の建物に降下した。戸惑う傭兵たちに遠隔射撃を見舞う。命中は数弾あったが、致命傷は与えられなかった。敵も素早い。相当に手練れの傭兵たちのようだ。簡単に仕留めることは出来そうもないが、1体ずつなら何とかなるだろう。ガイドのアドバイスは的確で頼りになる。王女はテッコツマンの能力を最大限に活かして戦い抜こうと決意する。店長とは離れてしまい、後方部隊の気配も途絶えた。いつの間にか一人にされていた。これも敵の狙い通りなんだろうな。

『キャプテン・アは南東150m地点。シークレットA・B(タマネギ・ボクサー)は北250m地点です』

 仲間の位置を知らせるガイドの声に励まされる。そうだ一人じゃない。王女は迫りくる敵を迎え撃つ為に改めて装備の点検を行った。

「攻撃可能な武器の残量は」

『レーザービーム砲照射数左右各9回、機関銃42発、ロケット砲2弾、通常兵器は以上です』

「射程は?」

『レーザービームは20m、機関銃50m、ロケット砲は使用法により100~200mです』

「了解。なかなかの装備。10や20の敵ならなんとか戦えそうだな」

 それにしても敵の数が不明なのは厳しい。先の遠隔射撃でガイドの掌握範囲内(条件にもよるが30m程度)には現在5人。さすがに慎重になっているようだが、向こうにしてみれば敵は一人。慌てる必要などないのだから当然だろう。こっちは限られた武器を効率よく使う必要があるが、補給のない長期戦では全く勝ち目がない。打って出るしかない。むしろ敵が落ち着くより前に。

 大人数を相手に広場で戦う不利を考えて、危険を冒して移動してきたこの建物をどう使うかだ。何の変哲もない古びた洋館に見えたが、間近で見ると意外なほど品のある洒落た建物だった。これって、もしかして。王女はある可能性に閃いた。

 爆炎に追われて王女と離れてしまった店長は、すぐにでも王女のサポートに入らなければと、王女の位置を確認した。それと同時に近くにいる敵戦闘員の動きが目に入る。まじか。周囲にいることが確認出来る敵の数が20を超えていた。こいつら一体何匹いるんだ?

 少し動きを観察すると、王女の方に向かっているのは5体ほどで、残りは全て自分に向いているらしいことが分かる。なるほど、誤認か。だったら、おいで。

 キャプテン・アは反転して王女から離れる方向にダッシュした。敵の大多数もついてくる。よし、これでいい。

 キャプテンは最大の武器であるブーメランを敵の最も集まっている地点に投げ込んだ。

 ブオオオオオオン

 ブーメランは怒号をあげて敵陣の中を突き抜け、その中心部でキラと光を放つと、次の瞬間、音もなく強烈な炎で周囲を焼き尽くした。

 フッ、フッ、フッと敵の気配が消えていく。よし、これでいい。ブーメランは失ったが一気に5体の敵を倒した。後は運を天に任せよう。キャプテンは、向かうべき海岸方向と逆方向に走り出した。どうしてなのかは知らないが、自分を王女と勘違いしているなら一体でも多くの敵を王女から引き離すことが自分の使命だ。

 店長は走った。ついて来る敵は再び20体以上になった。ゴキブリかこいつら。単に逃げ切ろうとするだけならば、キャプテン・アのスーツの特徴であるスピードを活かして敵を引き離すことは容易だった。しかし追走をまいてしまっては意味がない。離し過ぎずに追いつかれないギリギリのスピードが求められる。敵の武器の射程も考慮しなくてはならないが、敵の情報は皆無に等しい。

 ターン

 消音銃がキャプテンに向けて撃たれた。間一髪、弾丸はキャプテンの足下で跳ねる。射程圏だという脅しだろう。自分を王女と思っているなら、自分が殺されることはない。いや、本気で弾丸を当てに来ることもないはずだ。

 そう思うと気が大きくなった。よし、徹底的におとりになって時間を稼いでやる。キャプテンは走った。追いかけて来る敵は30体になっていた。既に王女の位置を把握することも出来なくなっていたが数百メートルは離れたはずだ。

 風に混じって漂う消毒薬の匂い。いつの間にかキャプテンは市民病院の敷地に入っていた。団地のような病棟の窓には殆ど灯はなく、いくつか見える明るい部屋はナースステーションだろうか。

 シュルシュルシュルシュル

 植林の裏から何本もの縄が飛んできた。王女を捕まえるのが奴らの仕事だったな。キャプテンはジャンプでこれをかわすと、病棟のベランダを足場にして屋上に飛んだ。この華麗かつ軽快な動きはキャプテン・アそのものだなと自画自賛しながら笑みを浮かべた店長は、着地した屋上の異様に愕然とした。まさか。

「ようこそキャプテン。いやリサ王女よ」

 そこには20人ほどの戦闘員が銃を構えて待ち構えていたのだ。やられた。うまく逃げてきたつもりだったが、ここに誘い込まれてたってわけかい。

 しかしな。残念ながら俺は王女じゃないんだよ、間抜けどもが。

 ここに20で下に30か。よくもまあこんな真夜中にこんな馬鹿みたいな数の戦闘員を集めたもんだ。つくづく感心するぜ。しかし店長は、まだ捕まるわけにも、正体を晒すわけにもいかなかった。王女がハサミ屋とここを脱出するまでは。自分に出来ることはまだある。

 頑張れよテッコツマン。いや、俺の可愛いバーテンダーよ。グッドラックだ。生きていたらもう一度。今度は必ずいかせてやるぜ。

 店長は戦闘員たちに投げキッスをすると、振り向きざま屋上から身を踊らせた。

(続く)
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