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第3章 深夜の攻防

3-3 傭兵

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「OK」

 キャプテン・アとテッコツマンの逃走を監視しながら、サトルはカゼからの王女特定の指令に返信を入れた。サトルはとうに王女の特定を終えていた。いつでも捕獲可能な状態でありながらあえて手を出さないのは、王女を組織の手からア国とは敵対関係にある竹国に引き渡すミッションを確実に遂行する為だ。カゼの指令の的確さは、その意味で信頼に足るものだとサトルは考えていた。

 指令に関して言えば、実物を見れば瞬時にテッコツマンが王女だろうと、余程の間抜け以外は想像がついているはずだ。既に10人を下らないメンバーが2人を監視追尾している。少なくとも7~8人は気づいていて然るべきだろう。だが、現時点でそれをカゼに報告した者はいない。まったく傭兵という奴はつくづく信用出来ない。サトルは自分のことは棚に上げて傭兵の身勝手さを嘆いた。

 まあ、それも仕方ないか。傭兵の評価はチームではなくあくまでも個人だ。今回の参加報酬が100であるのに対して、敵1人の捕獲または戦闘不能につき200、王女を捕獲した者には1000のボーナスが約束されている。つまり大人数で取り囲んだところで、最後に誰が掴まえるのかが最重要事項だった。王女に傷をつけてはいけないハードル(傷つければ賞金はオジャンだ)はあるものの、捕獲合戦の結末は悲惨を極めることが予想された。傭兵同士の同盟があちこちに出来ているという話も聞く。まあ、それも結局騙し合いだろうが。

 サトルは竹国から5000でオファーを受けていた。しかも殺さない限り捕獲の手段は問わないというのだから美味しい話だった。恐らく同じようなオファーを受けた輩も混じっているに違いない。だが、自分の腕に絶対の自信を持つサトルは一も二もなくこの話に乗った。組織の傭兵として潜入したのは、その方が情報が把握しやすばかりか、王女を追い詰めるところまではある程度任せられそうな指令がいたからだ。でなければ一人でやった。

「さて、そろそろか」

 先を越されたら越されたでそいつから取り返せばいいだけのだが、人を殺めるのはなるべく少ない方がいいだろう。どうせ地獄行きとはいえ、殺生が趣味というわけではない。昔はアリも殺さないと言われたもんだ。サトルは遠い少年時代を思い浮かべながら、カゼに連絡を入れた。

「王女を特定。王女はキャプテン・アの装束。これよりテッコツマンと分断し確保する」

 これがガセネタだということは、現場のメンバーには分かるが、カゼには把握できない。但し、カゼは決して報告を100%は信じない。

「了解。範囲20m内に12名の戦闘員に指示を出す」

 カゼは周囲のメンバーに個人個人に直接メッセージを打つ。

「王女の特定は出来たか」

 すぐに「王女はテッコツマンだろう」「王女はテッコツマンである可能性が高い」などという逆情報が舞い込んだ。ビーチラインまで500m。丁度全方向に見通しの利く場所だった。

「よし。分断しろ」

 キャプテンかテッコツマンか、どちらかが王女である可能性がほぼ100%と踏んだカゼは分断行動を取らせることにした。問題は12名で足りるかだが。

 ドドドドガガガガ―――ン

 ロケット弾が走るキャプテンの前方10mの位置で炸裂した。「ヤベえ」とキャプテンは右に飛んで衝撃を逃がした。キャプテンのやや後方を走っていたテッコツマンは左に飛んだ。

 王女はアーマーのお蔭で殆ど衝撃を受けなかったが、すぐさま次の閃光が襲ってきた。今度は自分に向けて真っ直ぐ飛んで来る。王女は瞬時に物陰に飛び込んだ。キャプテンの方からも爆裂音が聞こえてくる。

 王女と店長を襲ったロケット弾の爆発音は、200m後方から二人を追っていたタマネギとボクサーの耳にも届いた。

「はじまったな」

 タマネギはロケット弾の数を数えながら、敵の狙いを推量した。

「仕留めにいっている感じではないな」

「奴らは王女を殺すわけにはいかないんです」

 ボクサーは自分に言い聞かせるように言った。

「その通り、大丈夫だ。それどころか傷一つ付けられない。奴らがア国に王女を貢ごうとするなら絶対にそのはずだ」

 タマネギは、必ずしもそうではない傭兵が混じっている可能性に焦燥を覚えていたが、ボクサーには言わなかった。先を急ぐタマネギとボクサーの前に4人の敵戦闘員が立ち塞がった。

「何だ、賞金稼ぎがグルになったか」

 タマネギは見知った顔の傭兵に言葉をぶつけた。

「うるせえ、こっちは生活が懸かってんだ」

 4人の戦闘員はタマネギとボクサーに飛び掛かった。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 ビル地下の爆発を、店長の武器&コスプレ格納庫でやり過ごしたハサミ屋と監視員は、爆音や火炎の音が落ち着くのを待って外に出た。

「大した倉庫だな。これだけの爆発が花火くらいにしか感じなかったぜ」

 ハサミ屋が店長の格納庫の強度に感心する。

「確かにそうだが、それどころの騒ぎじゃないぞこれは。なんつう爆破力だ。これはビル自体がやばいんじゃないか」

 王女をア国の勢力範囲から逃がす担当のハサミ屋には最も安全な役割として、まずはビル地下の爆破を担当したのだが、まさかこれほどの爆発力とは思っていもいなかった。

「違いねえな。さっさとずらかろう」

 エレベータホール後には何らかの物体が消し飛ばされた痕跡があったが、それが何かはまったく分からない状態だった。二人はかろうじて残っている階段を這いあがった。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 2Fではヨシムラが信号機が睨み合っていた。後ろには部下が2人。1Fの見張りにも2人の部下を置いてきたが、いずれにしてもこのビルはもう終わりだろう。

「お前がリーダーか」

 信号機がヨシムラに問う。信号機の背後ではミサイルが麻酔銃を構えている。一触即発。張りつめた緊張感を信号機とミサイルのコスプレがぶち壊す。

「王女はどこだ」

 ヨシムラは質問には答えず、信号機に質問を返す。

「王女?さて何のことだ。俺たちはバーテン崩れの生娘を落としに来たオークションの客だぞ。地下がきな臭かったからここに逃げてきた。それじゃあだめか」

 信号機が遠回しに停戦を申し出る。ヨシムラの異様なほどの殺気に、無用な戦闘は避けるべきと判断したのだ。だが、7人もやっちまった後じゃ、通用しねえかな。背中で舌を出す。

「我々も貴様らと遊んでいる暇はない。今からでも構わない。王女を渡せ。今すぐここに連れてこい」

 ヨシムラが一歩詰め寄った。ヨシムラが動いた分だけ空気が薄くなり、ヒンヤリとした冷気が信号機の肌を突き刺した。大した殺気だ。

「分かった、分かった。そういきり立つなよ。だがな、あんたの探し物はもうここにはいない。お互い無駄な体力は使わねえ方が良くないか。それにこのビルはもう終いだ」

 信号機がそう語り終わる前に、グガガガガンという轟音と同時に地響きがした。

「そうか。ならばここで死ね」

 ヨシムラは手にした銃を構える、何の躊躇もなく引き金を引いた。

 ドゥキューン、ダキューン

 真っすぐに信号機の心臓に向かった2発の弾丸は、正確に左胸のエンブレムに命中した。が、それは二発ともキィーーンという金属音を残して弾け飛んだ。

「おお、きついぜ。それにしても寸分たがわず同じ場所に2発打ち込むとは、大した腕だぜ」

 信号機が弾丸の勢いに押されて僅かによろめきながら言った。ヨシムラは無言のまま改めで銃を構える。今度は頭だ。花火のように弾けて死ね。

 ダダダダーーン

 4連射。信号機の頭が、スイカのように赤い果実を宙空にぶちまけた。そこに在ったはずの頭が跡形もない。辺りには瑞々しい果汁がまき散らされ、甘くキラキラした空気が、ああ、もう夏も終わりかという雰囲気を作り出す。

「おいおい、そんなにバラバラにしちゃスイカ割にならねえぞ」

 首のないブラック○○○○から、無傷の信号機の頭がニョキッと出て来た。マジックか。ヨシムラの顔が僅かに歪む。

 ダダダダダダダダ

 ヨシムラが次の弾丸を放つよりも一瞬早く、ミサイルの麻酔銃が火を噴いた。全弾命中。8発の内2発は部下2人に各1発、残りの6発はヨシムラに突き刺さった。膝をついたヨシムラの顎に信号機が蹴りを炸裂する。のけぞりなりながらもその衝撃に耐えたヨシムラは、その剛腕で信号機の腹を抉る。

 ドゴズドッ

 内臓が壊れる低い音。ヨシムラは信号機の頭を掴むとそのまま床に叩きつけようと振りかぶった。

 そこでヨシムラは力尽きた。信号機は頭を掴まれた宙吊りの状態で身体を捩りながら、あと1秒この男に意識があったら、俺はこの世にいなかったなと回顧した。

(続く)
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