上 下
13 / 22
第2章 陰謀の影

2-5 先陣

しおりを挟む
 決戦目前。地下のバーではバーテンダーの装備をどうするかについて、意見の分かれる場面があった。そもそもこの闇オークションに参加している輩である。全員がボーイッシュなバージン好きの変態オヤジであることは言うまでもない。バーテン・コスチュームもツボの一つではあるものの、これだけヒーローや戦隊ものの本格コスプレがズラリと並んでいれば、着せてみたくなるのは当然の成り行きだった。

 一般的な趣味であれば、ブラック◯〇張りのセクシーな黒皮のボンテージスーツが一番人気になって然るべきところだが、バーテンダーの体型ではややボリューム感に欠くようにも思われる。それがいいんだというミサイルの意見はここではあまりにもマイナーだった。

 人気を集めたのは意外にもキャプテン・アのオーソドックスなタイツコスプレだった。しかし、これは店長の先約があった為、二番人気に推されたキャプテンの盟友・テッコツマンでいこうということになった。完全武装のテッコツマンコスならばある程度身長のあるバーテンダーが着用すれば見た目で男女の区別もつき辛い。

「よし、じゃあ着てみよう」

 早速、バーテンダーが試着を試みた。例によって気持ちのいい脱ぎっぷりで全裸になる。

「王女様、何も裸にならなくても......」

 アタフタするボクサー。

「いや」

 と店長。

「全裸での着用が、正しい着用方法だ」

 バーテンダーが王女であることを知った上で、改めて拝むヌードに一同の視線があちらこちらを飛び回る。

 パラダイス。

 恐らく今この地下バーは、客観的に見れば組織とア国という地上における最大最強の権力に狙われるこの世の地獄に相違ないのだが、そこにいる頭のネジが少々、いや大分外れてしまっているメンバーにとっては、単純に裸の王女がはしゃいでいる桃源郷かユートピア。そこら中に花びらでも舞っているかのような、ウキウキ感に満たされていた。

 店長の手を借りてテッコツマンの装備を装着したバーテンダーは、少し身体を動かしてみる。伸身、前後屈、ジャンプ、そして手刀と蹴り、回し蹴りの型を試す。大丈夫、これなら動けそうだ。多少動きのぎこち無さはあるものの、流石はミニタリーオタクの店長コレクションらしく、単なる見た目だけではない実戦を意識した作りで、重量も柔軟性も十分に実用可能なレベルだった。

 勿論、周りからはその中に入っているのが全裸の美女であるとは分からないのだが、それを知っている者がこのコスプレを見ると、なかなかにそそられるものがある。しかもこのスーツは、内部換気や着用時の排泄が考慮され、胸部や股間部が開閉する設計になっており、着用者本人の操作だけでなく、外部からもコマンド操作で開閉可能なのだ。

「おお、これ面白い」

 バーテンダーが楽しそうに開閉チェックをはじめた。後部下半身の扉が開くと、白く小ぶりな可愛らしいお尻が丸見えになる。ああ、やっぱりかあ、ボクサーが慌てて止めに入るが、バーテンダーは面白がって逃げ回る。

 まあ、メンバーそれぞれが、あまり人のことをどうこう言える性癖ではないものの、このコスチュームの製作者の限りない「創造力」と「想像力」には、敬意を表さざるを得ないなと、信号機は思う。そして同時に、決戦を前にした緊張感をこうしてぶっ壊してくれる王女の器量に感服するのだった。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

「確かに店長のキャプテンに様子伺いをしてもらった上で、次の方針を決めるというのが王道だろう。しかし、受ける側に立って考えると、こちらの出方が分からない内にドンパチを始めるようなこともし辛いだろう。それにこのコスプレが最も相手にインパクトを与えるのは初回に違いない。このダブル効果を使わない手はあるまい」

 タマネギの意見に、戦略家のヘソマニアが同調した。

「確かにな。王女を逃がすことを最重要ミッションと考えるのなら、相手も簡単に手を出し辛い初回に王女を絡ませるのは、決して無謀な策とは言えないな」

「そうだ。敵の包囲網の外に出ることが出来れば、道は拓ける」

 ミサイルが頷く。

「決まりだな。店長、まずは王女をこの包囲網の外側に出してくれ。仮に気づかれて追われることになっても、その背後から第二陣が追掛ける。出来るだけ包囲網から離れて海に近づくことが重要だ。王女が海岸線に出られれば我々の勝ちだ。でいいな、ハサミの」

 信号機がハサミ屋を一瞥する。大きく頷くハサミ屋。

「よし、いこう。後ろは任せる」

 こうして店長とバーテンダーが先陣を切ることになった。極めて大胆な策だ。しかし、バーテンダーまったく臆するところがない。

 バーテンダーは、早速、向かうべき方向を確かめると、出口に歩き出した。敵もプロだろうが、いずれにしても朝日が昇る前に勝負を決めた方がいい。考えても事態が好転しないときは、まずは行動してみることだ。成功も失敗も、それがあるからこそ前に進む。唯一、死んでしまっては元も子もないが、それ以外のことなら。

 カシャ、カシャという金属音。非常階段を地下から地上に向かう。先陣を切るキャプテン・アの後ろにはテッコツマンの姿。バーテンダーは先陣を組む相手が、店長であることに宿命を感じていた。店長と一緒なら頑張れる気がする。手ひどく裏切られた相手なのに。それでも命の恩人であることに変わりはなかった。そして、王女という肩書きのない自分に生きる術を教えてくれた師でもある。

「大丈夫か?」

 前を歩くキャプテンが振り向いて聞く。

「問題ない。快調だ」

 テッコツマンが答える。

「この扉を開けると1Fの出口だ。いつもなら鍵が掛かっているが、さて」

 キャプテンは扉の隙間から鍵の状態を確認して、ポケットから鍵を取り出した。

「やはり鍵は掛かった状態だな。これからこいつで開錠する。扉の向こうには確実に敵がいるだろう。いきなり撃ち殺しには来ないだろうが、万一撃って来ても心配するな」

 キャプテンは星形の盾を掲げて自慢気に振り向いた。

「実戦経験はあるのか?」

 テッコツマンが尋ねる。

「無論、はじめてさ」

 嬉しそうにキャプテンが答えた。好きこそものの上手なれ。信じるしかないな。バーテンダーは仮面の下で苦笑いしながら、それでもこんな店長の底抜けさが、どん底の私を支えてくれたのだと思う。

「そうか、わかった。なあ、私はこのスーツを着て、テッコツマンになれてるか」

「ああ、とっても似合ってる。バーテンの服も似合ってたいたが、こっちも最高だ」

 店長がキャプテンの顔で笑いながら親指を立てる。

「よし。ならば、ぼくは今からテッコツマンになろう」

 バーテンダーはテッコツマンの決めポーズでおどけてみた。戦場と扉一枚。多分、好きな人との束の間のひと時。もう一度。きっともう一度。

 キャプテンが音を立てないようにと、静かに静かに鍵を開けた。

(続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

想妖匣-ソウヨウハコ-

桜桃-サクランボ-
キャラ文芸
 深い闇が広がる林の奥には、"ハコ"を持った者しか辿り着けない、古びた小屋がある。  そこには、紳士的な男性、筺鍵明人《きょうがいあきと》が依頼人として来る人を待ち続けていた。 「貴方の匣、開けてみませんか?」  匣とは何か、開けた先に何が待ち受けているのか。 「俺に記憶の為に、お前の"ハコ"を頂くぞ」 ※小説家になろう・エブリスタ・カクヨムでも連載しております

宵風通り おもひで食堂

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
瑠璃色の空に辺りが包まれた宵の頃。 風のささやきに振り向いた先の通りに、人知れずそっと、その店はあるという。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

おいしい心残り〜癒し、幸せ、ときどき涙〜

山いい奈
キャラ文芸
謙太と知朗は味噌ラーメン屋を経営する友人同士。 ある日ふたりは火災事故に巻き込まれ、生命を落とす。 気付いたら、生と死の間の世界に連れ込まれていた。 そこで、とどまっている魂にドリンクを作ってあげて欲しいと頼まれる。 ふたりは「モスコミュールが飲みたい」というお婆ちゃんにご希望のものを作ってあげ、飲んでもらうと、満足したお婆ちゃんはその場から消えた。 その空間のご意見番の様なお爺ちゃんいわく、お婆ちゃんはこれで転生の流れに向かったというのだ。 こうして満足してもらうことで、魂を救うことができるのだ。 謙太と知朗は空間の謎を解こうとしながら、人々の心残りを叶えるため、ご飯やスイーツを作って行く。

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

処理中です...