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第2章 陰謀の影

2-4 マニア

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 完全に蚊帳の外になって所在無さげしていた主催者が、存在をアピールすべく口を出した。

「ちょっと、皆様、ちょっとお待ち下さい。この商品は私が見つけて、私が大枚を叩いてこのオークションに掛けたものです。いくら皆様が超VIPとはいえ、勝手に話を進められては困ります」

 ぐいとタマネギの唇が曲がったのを見て、まずいと思った信号機が、

「おお、すまなかったな。このオークションはこれで仕舞だ。この場を終わらせる金は500万もあればいいか」

 500万?バーテンを7万で売った店長は思わず身震いする。組織を絡めたこのオークションで主催者が利を出すのに必要な額、25万の20倍の提示である。恐らくは駆け引きをして少しでも利益を取ろうとしていたに違いない主催者も、開いた口が閉まらない。

「500で、いいな」

 という信号機のドスの効いた一言に、主催者は一も二もなく首を縦に振った。

「よし。話は決まった。ならばその金は言いだしっぺの俺が出そう。みんな、それでいいな」

 信号機の勢いにのまれそうなところに、ハサミ屋が口を挟む。

「ちょっと待て。姫君の逗留先はうちと決まった。だったらその金は俺が出すのが筋なんじゃないか」

 これにはすぐさま異論が出た。

「おいおい、ここでそんな端金を払って、まさか王女を落札したつもりじゃあるまいな」

「そうだ、そうだ。俺は失格者だが、最低レベルの現生として5000は用意してきているんだ。そんなチンケな額でこの商品を動かすつもりなら大反対だ」

 ミサイルとヘソマニアが口を尖らせる。

「だから俺が出しておくんじゃねえか。ハサミの。お前に頼むのはあくまでも王女の逗留先だ。金が欲しいのならいくらでもやるが、今はそんなものなんの意味もないだろう?」

「確かにな」

 タマネギの同意が皆の口を塞いだ。これで信任を得た信号機は、

「オークションの続きをやるかどうかは、ここを生きて出て、蛇王子をこらしめてからにしよう。いいな」

 と言った。9人がうなずく。その中の一人にバーテンダーもいた。何だか分からないけど、面白くなってきたじゃない。オークションは終わり、組織さえも超越した中で、バーテンダーは自分を匿おうとする男たちに対してどう振る舞うべきかを考えていた。この男たちに身を委ねるかよわき女であるべきか、それとも王女の威厳を守るべく強い女であるべきか、それとも......。その結論を出せないまま、混沌たるダウンタウンの地下室の緊張感は徐々にが高まっていった。

「リサ王女。まあ、色々と無礼はあっだと思うが、それは水に流してくれ。これから俺たちは全力で貴方を守る。というか、それしか俺たちも生きる道がないらしいからな。意外にこの戦、貴方にかこつけて俺たちを潰す陰謀なのかも知れない」

 信号機の言葉には王女に対する最大限の敬意と、また罪の意識を感じさせまいとした配慮があった。ボクサーは感心して聞いていたが、すぐさま王女がこれに返す。

「この戦は、我が国を過小に見ているア国の奢り。今私は、貴方たちに騎士の称号を与えます。騎士の名に恥じない清らかで潔い戦いをしてください。そして必ず勝ちなさい。敗北は私が許しません」

 信号機もタマネギも、ヘソマニアもミサイルも、ハサミ屋もボクサーも、主催者も店長も、そして監視員までもが、突然の王女の託宣に大きくうなずいた。

 これでこそリサ王女である。その神々しいまでの説得力は、ほんの30分前までステージの上で裸で拘束され、店長のローターに悶えていた女とは全く思えない。ボクサーはまるで王宮にいるような錯覚に陥った。決戦の時は近づいている。敵は強大だ。しかし、少しも恐怖感がなかった。むしろワクワクするような気力の充実の方が濃い。

「さあ、いこう」

 王女の声に男たちは「おう」と応えた。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 作戦の目的は第一にバーテンダーことリサ王女を無事にここから脱出させることにある。蛇王子を懲らしめる話は次のステップにおいた。組織とア国の繋がりの度合いが見えないので、下手な小細工は致命傷になりかねない。その辺の探りも重要になってくるだろう。

 地下の店から地上に上がる通常のルートはエレベーターとメインの階段の二つだが、これ以外に緊急時用の階段、そして配管用に作られている作業通路があった。

 表ルートは勿論、これらの裏ルートにも組織のマークはあると考えておくべきだろう。

「監視員さんよ、組織はどこを厚く囲ってくる?」

 タマネギが尋ねた。

「まさかオークション出席者が全員で戦闘態勢にあるとは想定していないでしょうから、非常階段や配管の出口は、可能性として抑える程度でしょう」

「主力は王道の1階出口か。落札者が王女を連れて出るところを圧倒的な力をもって静かに確保というのが筋書きだろうからな。しかし、最悪のシナリオの想定もあるだろう?」

 ヘソマニアの質問に、再度監視員が答える。

「勿論。あの組織ですからね。王女以外の皆殺しは想定内。その為に必要な火器は用意されているはずです」

「OK。つまり最大でそのレベルということだな」

 監視員の答えに満足そうにタマネギがうなずいた。

「よし、じゃあこっちの武器を確認しよう。まあ、この国では武器の所持は認められていないから、あまり期待はしていないが、店にそれなりの備えはあるんだろう?」

 信号機が店長に尋ねる。

「それなら任せてくれ。伊達に闇オークションの開催場所になっているわけじゃない。いつどんな客が来ても戦える準備はしてある」

「それは組織も知っているのか」

「組織が知っているのは、これだ」

 店長がロッカーのキーを開けると、中には短銃やライフル、短刀など一連の武器、防具等がきれいに整理されて揃っていた。

「なるほど。ある程度のトラブルになら対応可能な装備だな」

 ヘソマニアが武器を確認しながら呟いた。

「だが、前線突破には少々不足か。兵隊の力量もあるが、これで戦えというのは酷だろう」

 タマネギの言葉に店長がニヤリと笑った。

「これは組織に申告しているいわば自衛装備だ。だが、うちのほんとの実力はこんなもんじゃない」

 店長はカウンターの中に入って何やら操作をすると、グラス棚の右壁に隠しボタンが現れた。店長が満面の笑みでそのボタンを押すと、今度はセキュリティボードが現れた。幾重もの厳重なチェックの末に、

「では」

 と、店長が最後の網膜認証が照合された。

 ガガガと壁が動き出し、8畳ほどの隠し部屋が現れた。

「おお、こいつは」

「いやはや、なんとも」

「ヒーローマニアか」

 そこには世界的にもメジャーなスーパーヒーロー(風)の本格コスプレにその武器と思しき道具が一式、都合10種類ほどが揃えられていた。

「おいおい、ふざけるなよ。おもちゃで戦争は出来ねえぜ」

 タマネギがどすを利かせる。しかし、店長は怯むことなく、

「おもちゃだって。見た目で判断されちゃ困るな。ここの武器は全て本物顔負けの性能を持っているんだ」

 店長はその一つを取り出し、

「例えばこのムチ」

 と、ボクサーに向けて一振りする。ムチは目にも止まらぬ早さでグンと伸びてボクサーを襲う。ボクサーは俊敏な動きでこれをかわしたが、ムチはその腕に巻きつき動きを封じてしまった。

「こんなのは序の口さ。このまま電撃をかますことも、締めて腕を落とすことだって出来る万能武器だ。一体毎にそれぞれに合ったスーパー兵器を用意してある」

 得意げに話す店長に信号機が言った。

「最高だぜ、店長。お前はどれがお気に入りなんだい」

「当然、キャプテン・アさ。この星型ブーメランの性能は……」

「OK、キャプテン。君に先陣を任せる」

 信号機は店長の手を握り、肩を叩いてニッコリ笑った。

(続く)
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