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第2章 陰謀の影
2-3 戦略
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「それで、どうするんだよ」
ミサイルが聞く。
「お前なあ。聞いてばかりいないで自分でも少しは考えろよ」
ハサミ屋が茶々を入れる。
「んなこと言われてもよ。俺はしがない船乗りだぜ」
「しがないって、ULCCタンカーのオーナー船長が良く言うぜ」
と、ヘソマニア。かく言うヘソマニアもグアムに戦闘機を所有しているというから恐れ入る。それぞれがそれぞれの道の、一段レベルの違う金持ちだった。そうでなければ闇オークションになど立ち入れるものではない。しかし、長者番付には決して名前は出て来ない。つまりはそういう種類。お互いに本名すら知らなかった。
「バカ言うなよ。あれは俺の名義じゃねえ」
ミサイルが真面目に応戦を始めたのを、信号機が諌める。
「おい、そんなくだらねえ話して場合じゃねえんだよ。今から俺たちは組織とア国を敵に回して、このお嬢ちゃんを守ろうって話をしてんだ」
「わかってるよ。だから真面目に聞いてんじゃねえか。どうするんだって、な」
ミサイルが改めて質問を場に投げる。ヘソマニアが何か言いたそうな顔をしたが、信号機がそれを制して話し始めた。
「まずは組織がこの場をどうしようとしているかを聞きたい。仮に落札者を殺してお嬢ちゃんをア国に売り払うとしてだ。このオークション参加者を生かしておくということがあるかどうかだ。どうだい監視員さん」
指名された監視員が答える。
「組織に忠誠を誓う犬になり切れば0%とは言わないが、まあ、ないな。それぞれ家に帰りつく前に事故死するだろう」
「想像はつくよ。野に放つのは危険過ぎる」
飽きれたもんだという顔で、タマネギが首を振る。
「相手の戦力は?実際にこのビルの封鎖は何人規模で行われていると予想する?」
ヘソマニアが監視員に尋ねた。
「通常レベルの封鎖の態勢なら10人前後だろうが、王女やア国が絡むとなるとそんなものじゃないのだろう。想像が難しいが、このビルの規模や時間から考えると、そうだな20人前後の精鋭を揃えるくらいが妥当なところじゃないか。それよりも装備だな。少なくともここをぶっ飛ばせる程度の爆薬は用意されているに違いない」
ヘソマニアは大きく頷いて、
「いい分析だ。いやでも目立つこの深夜にやたらな人数は掛けてこないだろう。それでもこの案件となれば、用意を厚くしたくなるのが人情だ。さすがトップレベルの監視員だな。あんた、組織を抜けるなら後の面倒は見てやってもいいぜ」
と言った。「そいつはどうも」と監視員が答える。心配無用という顔。てめえのケツはてめえで拭く。でなければ組織を裏切る話に加担するなど出来るはずもない。何の因果だろう。そう言えば昨夜食べたタマネギがやけに辛かったことと、今朝はやたらと赤信号にぶつかったことを思い出す。ふ、くだらねえな、と思わずニヤける。ボクサーがいかにも気持ち悪そうにこちらを見ているのを感じて、俺も変態の仲間入りだなと、吹き出しそうになった。
自分を買いに来た闇オークションの客たちが、今、蛇王子から自分を守る為に、組織とア国と戦うという話をしている。バーテンダーは不思議な面持ちでその話に聞き入っていた。
「ここから脱出するのも困難だが、いざ脱出した後のことも考えておかないと脱出の意味がない」
タマネギの問題提起に、ボクサーが答える。
「王女の生存をア国に知られた以上、王女には城に戻っていただくより仕方がありません。その後はア国の出方次第になりますが......」
「蛇王子は当然、王女を要求するだろうな」
「どっちにしても、王女は蛇のものか」
ミサイルの言葉にハサミ屋が嘆く。そもそもがゴリ押しの政略結婚。ここに来て王女が生きていましたので改めて仕切り直しというわけにもいくまい。
「いや、それだけじゃ収まらない。騙した罪を追及されるだろう。それこそ国の一部をお土産付きで差し出すなんて話になりかねない」
信号機はそう言うと、続けてボクサーに、
「いいか、例えア国がどんなに揺さぶりを掛けてきても、当面は王女は死んだ線を崩さない方がいい」
と念を押した。ボクサーは肯く。
「そうなると、当面の王女の逗留先が必要になるな」
とタマネギ。
「その行先のチョイスは、お前に任せたいんだが頼めるか?」
信号機がハサミ屋に向かって尋ねた。ハサミ屋は10の国籍を持ち、世界100国以上に別荘を持っているという。話の真偽は不明ながら、遠からじ。その類の人間であることは分かっていた。
「おいおい、それじゃあ俺がオークション落札者ってことになって追われる身になるじゃねえか?」
「隠れ家なら掃いて捨てるほどあると思ったんだが、いやか?」
「バカ言うな。大枚叩いて落札商品を囲う家を用意してあるんだ。幸運の女神が舞い降りたってとこさ」
「よし、助かるぜ。お前なら、ア国の影響を受けない国に王女を逃してくれるだろうからな」
信号機がハサミ屋の肩を叩く。
「まあ、当面はな。ただ、そう長くはもたねえぞ」
とハサミ屋。
「分かってる」
肯いた信号機がタマネギを振り向いて、
「結局は蛇を消すしかねえ」
と言う。
「俺は慈善事業はやらねえぞ」
タマネギは手を振る。
「俺が依頼主になる」
ミサイルとヘソマニアが同時に手を挙げた。間の悪い一瞬の沈黙の後、場に笑いが起こる。
「言っとくが、ア国王子の暗殺なんだ。安くないぜ」
7色の顔を持つ殺人鬼・タマネギ。通り名が事実ならばそういうことになる。今見せている顔が本物であるかないかすら、ここでは分からない。しかし組織は犯罪で捕まるような輩や、問題を起こすような狂人をこの闇オークションに出席させることはない。超絶VIPが安心してオークションを楽しむ空間を用意する為に、参加者の選別には商品選定と同様に時間も労力も掛けられているのだ。それは仮にタマネギが殺し屋だったとしてもだ。
「気にするな。金なら掃いて捨てても湧いてくる」
信号機は真顔でそう言うと、パイプに火を付けた。禁煙が徹底されている、オークションの終わりの宣言だった。
(続く)
ミサイルが聞く。
「お前なあ。聞いてばかりいないで自分でも少しは考えろよ」
ハサミ屋が茶々を入れる。
「んなこと言われてもよ。俺はしがない船乗りだぜ」
「しがないって、ULCCタンカーのオーナー船長が良く言うぜ」
と、ヘソマニア。かく言うヘソマニアもグアムに戦闘機を所有しているというから恐れ入る。それぞれがそれぞれの道の、一段レベルの違う金持ちだった。そうでなければ闇オークションになど立ち入れるものではない。しかし、長者番付には決して名前は出て来ない。つまりはそういう種類。お互いに本名すら知らなかった。
「バカ言うなよ。あれは俺の名義じゃねえ」
ミサイルが真面目に応戦を始めたのを、信号機が諌める。
「おい、そんなくだらねえ話して場合じゃねえんだよ。今から俺たちは組織とア国を敵に回して、このお嬢ちゃんを守ろうって話をしてんだ」
「わかってるよ。だから真面目に聞いてんじゃねえか。どうするんだって、な」
ミサイルが改めて質問を場に投げる。ヘソマニアが何か言いたそうな顔をしたが、信号機がそれを制して話し始めた。
「まずは組織がこの場をどうしようとしているかを聞きたい。仮に落札者を殺してお嬢ちゃんをア国に売り払うとしてだ。このオークション参加者を生かしておくということがあるかどうかだ。どうだい監視員さん」
指名された監視員が答える。
「組織に忠誠を誓う犬になり切れば0%とは言わないが、まあ、ないな。それぞれ家に帰りつく前に事故死するだろう」
「想像はつくよ。野に放つのは危険過ぎる」
飽きれたもんだという顔で、タマネギが首を振る。
「相手の戦力は?実際にこのビルの封鎖は何人規模で行われていると予想する?」
ヘソマニアが監視員に尋ねた。
「通常レベルの封鎖の態勢なら10人前後だろうが、王女やア国が絡むとなるとそんなものじゃないのだろう。想像が難しいが、このビルの規模や時間から考えると、そうだな20人前後の精鋭を揃えるくらいが妥当なところじゃないか。それよりも装備だな。少なくともここをぶっ飛ばせる程度の爆薬は用意されているに違いない」
ヘソマニアは大きく頷いて、
「いい分析だ。いやでも目立つこの深夜にやたらな人数は掛けてこないだろう。それでもこの案件となれば、用意を厚くしたくなるのが人情だ。さすがトップレベルの監視員だな。あんた、組織を抜けるなら後の面倒は見てやってもいいぜ」
と言った。「そいつはどうも」と監視員が答える。心配無用という顔。てめえのケツはてめえで拭く。でなければ組織を裏切る話に加担するなど出来るはずもない。何の因果だろう。そう言えば昨夜食べたタマネギがやけに辛かったことと、今朝はやたらと赤信号にぶつかったことを思い出す。ふ、くだらねえな、と思わずニヤける。ボクサーがいかにも気持ち悪そうにこちらを見ているのを感じて、俺も変態の仲間入りだなと、吹き出しそうになった。
自分を買いに来た闇オークションの客たちが、今、蛇王子から自分を守る為に、組織とア国と戦うという話をしている。バーテンダーは不思議な面持ちでその話に聞き入っていた。
「ここから脱出するのも困難だが、いざ脱出した後のことも考えておかないと脱出の意味がない」
タマネギの問題提起に、ボクサーが答える。
「王女の生存をア国に知られた以上、王女には城に戻っていただくより仕方がありません。その後はア国の出方次第になりますが......」
「蛇王子は当然、王女を要求するだろうな」
「どっちにしても、王女は蛇のものか」
ミサイルの言葉にハサミ屋が嘆く。そもそもがゴリ押しの政略結婚。ここに来て王女が生きていましたので改めて仕切り直しというわけにもいくまい。
「いや、それだけじゃ収まらない。騙した罪を追及されるだろう。それこそ国の一部をお土産付きで差し出すなんて話になりかねない」
信号機はそう言うと、続けてボクサーに、
「いいか、例えア国がどんなに揺さぶりを掛けてきても、当面は王女は死んだ線を崩さない方がいい」
と念を押した。ボクサーは肯く。
「そうなると、当面の王女の逗留先が必要になるな」
とタマネギ。
「その行先のチョイスは、お前に任せたいんだが頼めるか?」
信号機がハサミ屋に向かって尋ねた。ハサミ屋は10の国籍を持ち、世界100国以上に別荘を持っているという。話の真偽は不明ながら、遠からじ。その類の人間であることは分かっていた。
「おいおい、それじゃあ俺がオークション落札者ってことになって追われる身になるじゃねえか?」
「隠れ家なら掃いて捨てるほどあると思ったんだが、いやか?」
「バカ言うな。大枚叩いて落札商品を囲う家を用意してあるんだ。幸運の女神が舞い降りたってとこさ」
「よし、助かるぜ。お前なら、ア国の影響を受けない国に王女を逃してくれるだろうからな」
信号機がハサミ屋の肩を叩く。
「まあ、当面はな。ただ、そう長くはもたねえぞ」
とハサミ屋。
「分かってる」
肯いた信号機がタマネギを振り向いて、
「結局は蛇を消すしかねえ」
と言う。
「俺は慈善事業はやらねえぞ」
タマネギは手を振る。
「俺が依頼主になる」
ミサイルとヘソマニアが同時に手を挙げた。間の悪い一瞬の沈黙の後、場に笑いが起こる。
「言っとくが、ア国王子の暗殺なんだ。安くないぜ」
7色の顔を持つ殺人鬼・タマネギ。通り名が事実ならばそういうことになる。今見せている顔が本物であるかないかすら、ここでは分からない。しかし組織は犯罪で捕まるような輩や、問題を起こすような狂人をこの闇オークションに出席させることはない。超絶VIPが安心してオークションを楽しむ空間を用意する為に、参加者の選別には商品選定と同様に時間も労力も掛けられているのだ。それは仮にタマネギが殺し屋だったとしてもだ。
「気にするな。金なら掃いて捨てても湧いてくる」
信号機は真顔でそう言うと、パイプに火を付けた。禁煙が徹底されている、オークションの終わりの宣言だった。
(続く)
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