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第一章

野盗の実力

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 野盗が現われるまでに要したのは、わずかに半刻足らずであった。それにしても、この界隈を不用意に通れば忽ち野盗の餌食になる。かなり組織的な動きになっていると考えざるを得なかった。江戸の間近でこれだけ派手な生業をしながら、幕府の耳には取るに足らない野盗集団としてしか認識されていないのだから、才蔵かはたまた伴三郎の才覚は侮り難い。

「おいでなすったようだな。敵の力量がわかるまでは、念のため慎重にいこう」

 いつの間にか10人ほどの野盗に遠巻きにされながらも、落ち着いた声で甚五郎は言った。2人の仲間は頷いて笠を飛ばし、腰に忍ばせていた小剣を構えた。夫婦に化けていたが、実際には2人とも男である。通り名をインギンと言った。かつては忍びとして戦の影で働いていたのだと聞いている。その名に違わず身のこなしも剣術の腕も確かだ。この包囲網とて容易に打開出来る。甚五郎はそう踏んでいたし、慇と懃もそう信じていたに違いない。

 だが、意外にもこの戦闘は簡単に決着を見なかった。今回の任務は賊を殺める指令ではない。指令以外の殺しは甚五郎も仲間2人も好まなかったことが、この戦闘を長引かせる要因のひとつではあったが、それ以上に野盗たちの個々の実力の高さと、戦術が高度に練り上げられていたことが大きかった。

 こうした白兵戦においては単に人数を掛ければ良いというものではない。まずは地の利。野盗たちは人数の利を活かす為に、敵を囲んで攻められる開けた場所で襲ってきた。明らかに襲う場所をしっかり決めていたようだ。そして飛び道具。銃は持ち出されることはなかったが、弓と手裏剣が四方から飛んで来くるので、目の前に敵に集中出来ない。

 慇と懃もいつの間にか手傷を負わされていた。時間の経過は援軍もない少数の自分たちにとってはジリ貧になるばかりだ。

 やむをえまい。甚五郎は槍の鞘を外して切っ先を敵に向けた。

「死にたくなければ引きなされ」

 野盗たちは甚五郎の迫力に押されて一歩退いたが、飛んできた矢の攻撃を甚五郎が槍で弾いた隙をついて、再び攻撃を仕掛けるべく前に出た。

 一閃。甚五郎の槍が動いた。

「うぎゃあああ」

 痛切なる叫び声が重なった。3人の野盗の腕が飛ぶ。空気が変わった。空気を察した慇と懃は、手傷を負いながらも左右に散って、飛び道具で甚五郎を狙う野盗を封じ込める。

「むおおおう」

 間髪を入れずに甚五郎が大きく振るった槍が、2間近い半径の円形にいたすべての野盗を薙ぎ倒した。正に一瞬の出来事であった。10名ほどもいた野盗は全て打倒され、その頭と思しき男の首に甚五郎の槍が突き付けられていた。

「才蔵と伴三郎と話がしたい」

 野盗の頭は目を見開いて頷いた。甚五郎が槍を下ろした瞬間のことだ。

<ズドン>

 という轟音が響き、野盗の頭の頭が割れた。飛び散った血しぶきが甚五郎の頬を赤く染める。甚五郎は凶弾の飛んできた方向を振り向いた。赤く染まった夕陽が滲んだ山道の向こうに2人の影があった。夕陽を背にしているので顔は見えないが、この2人が才蔵と伴三郎なのだろうと甚五郎は思った。

 火縄は連射が利かない。甚五郎は一気に間合いを詰めて勝負に出た。そこに思いも掛けない声が掛かる。

「旅の方々、お怪我は大丈夫ですか」

 一人はいかにも僧侶然とした男、恐らく才蔵であろうが、もう一人の火縄銃を持った方は、目当ての伴三郎ではなく、ひっつめ髪に黒装束に身を包んだ女だった。僧侶は辺りを見渡すと、

「おやおや。怪我をしたのは野盗どもの方でしたか。これはとんだことを。何しろこの辺りときたら野党どもの天国みたいになってましてな。私などが江戸に申し立ててもちっとも聞いちゃくれません。それで自分の身は自分で守ろうってことで、こんな用心棒まで雇ってるってわけです。お兄さん方のようなお強い方々なら何も心配はありませんな。では、失礼しますよ」

 僧侶たちがまるで何事もなかったように立ち去ろうとするので、甚五郎は慌ててこれを呼び止めた。

「お待ちくだされ。貴殿は山寺の住職、才蔵法師ではあらぬのか」

 僧侶は笑みを浮かべて振り向いた。

「否、人違いでありましょう。確か才蔵なる住職はもうこの世にはおらんはずですからな」

(続く)
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