9 / 11
第一章
野盗の実力
しおりを挟む
野盗が現われるまでに要したのは、わずかに半刻足らずであった。それにしても、この界隈を不用意に通れば忽ち野盗の餌食になる。かなり組織的な動きになっていると考えざるを得なかった。江戸の間近でこれだけ派手な生業をしながら、幕府の耳には取るに足らない野盗集団としてしか認識されていないのだから、才蔵かはたまた伴三郎の才覚は侮り難い。
「おいでなすったようだな。敵の力量がわかるまでは、念のため慎重にいこう」
いつの間にか10人ほどの野盗に遠巻きにされながらも、落ち着いた声で甚五郎は言った。2人の仲間は頷いて笠を飛ばし、腰に忍ばせていた小剣を構えた。夫婦に化けていたが、実際には2人とも男である。通り名を慇と懃と言った。かつては忍びとして戦の影で働いていたのだと聞いている。その名に違わず身のこなしも剣術の腕も確かだ。この包囲網とて容易に打開出来る。甚五郎はそう踏んでいたし、慇と懃もそう信じていたに違いない。
だが、意外にもこの戦闘は簡単に決着を見なかった。今回の任務は賊を殺める指令ではない。指令以外の殺しは甚五郎も仲間2人も好まなかったことが、この戦闘を長引かせる要因のひとつではあったが、それ以上に野盗たちの個々の実力の高さと、戦術が高度に練り上げられていたことが大きかった。
こうした白兵戦においては単に人数を掛ければ良いというものではない。まずは地の利。野盗たちは人数の利を活かす為に、敵を囲んで攻められる開けた場所で襲ってきた。明らかに襲う場所をしっかり決めていたようだ。そして飛び道具。銃は持ち出されることはなかったが、弓と手裏剣が四方から飛んで来くるので、目の前に敵に集中出来ない。
慇と懃もいつの間にか手傷を負わされていた。時間の経過は援軍もない少数の自分たちにとってはジリ貧になるばかりだ。
やむをえまい。甚五郎は槍の鞘を外して切っ先を敵に向けた。
「死にたくなければ引きなされ」
野盗たちは甚五郎の迫力に押されて一歩退いたが、飛んできた矢の攻撃を甚五郎が槍で弾いた隙をついて、再び攻撃を仕掛けるべく前に出た。
一閃。甚五郎の槍が動いた。
「うぎゃあああ」
痛切なる叫び声が重なった。3人の野盗の腕が飛ぶ。空気が変わった。空気を察した慇と懃は、手傷を負いながらも左右に散って、飛び道具で甚五郎を狙う野盗を封じ込める。
「むおおおう」
間髪を入れずに甚五郎が大きく振るった槍が、2間近い半径の円形にいたすべての野盗を薙ぎ倒した。正に一瞬の出来事であった。10名ほどもいた野盗は全て打倒され、その頭と思しき男の首に甚五郎の槍が突き付けられていた。
「才蔵と伴三郎と話がしたい」
野盗の頭は目を見開いて頷いた。甚五郎が槍を下ろした瞬間のことだ。
<ズドン>
という轟音が響き、野盗の頭の頭が割れた。飛び散った血しぶきが甚五郎の頬を赤く染める。甚五郎は凶弾の飛んできた方向を振り向いた。赤く染まった夕陽が滲んだ山道の向こうに2人の影があった。夕陽を背にしているので顔は見えないが、この2人が才蔵と伴三郎なのだろうと甚五郎は思った。
火縄は連射が利かない。甚五郎は一気に間合いを詰めて勝負に出た。そこに思いも掛けない声が掛かる。
「旅の方々、お怪我は大丈夫ですか」
一人はいかにも僧侶然とした男、恐らく才蔵であろうが、もう一人の火縄銃を持った方は、目当ての伴三郎ではなく、ひっつめ髪に黒装束に身を包んだ女だった。僧侶は辺りを見渡すと、
「おやおや。怪我をしたのは野盗どもの方でしたか。これはとんだことを。何しろこの辺りときたら野党どもの天国みたいになってましてな。私などが江戸に申し立ててもちっとも聞いちゃくれません。それで自分の身は自分で守ろうってことで、こんな用心棒まで雇ってるってわけです。お兄さん方のようなお強い方々なら何も心配はありませんな。では、失礼しますよ」
僧侶たちがまるで何事もなかったように立ち去ろうとするので、甚五郎は慌ててこれを呼び止めた。
「お待ちくだされ。貴殿は山寺の住職、才蔵法師ではあらぬのか」
僧侶は笑みを浮かべて振り向いた。
「否、人違いでありましょう。確か才蔵なる住職はもうこの世にはおらんはずですからな」
(続く)
「おいでなすったようだな。敵の力量がわかるまでは、念のため慎重にいこう」
いつの間にか10人ほどの野盗に遠巻きにされながらも、落ち着いた声で甚五郎は言った。2人の仲間は頷いて笠を飛ばし、腰に忍ばせていた小剣を構えた。夫婦に化けていたが、実際には2人とも男である。通り名を慇と懃と言った。かつては忍びとして戦の影で働いていたのだと聞いている。その名に違わず身のこなしも剣術の腕も確かだ。この包囲網とて容易に打開出来る。甚五郎はそう踏んでいたし、慇と懃もそう信じていたに違いない。
だが、意外にもこの戦闘は簡単に決着を見なかった。今回の任務は賊を殺める指令ではない。指令以外の殺しは甚五郎も仲間2人も好まなかったことが、この戦闘を長引かせる要因のひとつではあったが、それ以上に野盗たちの個々の実力の高さと、戦術が高度に練り上げられていたことが大きかった。
こうした白兵戦においては単に人数を掛ければ良いというものではない。まずは地の利。野盗たちは人数の利を活かす為に、敵を囲んで攻められる開けた場所で襲ってきた。明らかに襲う場所をしっかり決めていたようだ。そして飛び道具。銃は持ち出されることはなかったが、弓と手裏剣が四方から飛んで来くるので、目の前に敵に集中出来ない。
慇と懃もいつの間にか手傷を負わされていた。時間の経過は援軍もない少数の自分たちにとってはジリ貧になるばかりだ。
やむをえまい。甚五郎は槍の鞘を外して切っ先を敵に向けた。
「死にたくなければ引きなされ」
野盗たちは甚五郎の迫力に押されて一歩退いたが、飛んできた矢の攻撃を甚五郎が槍で弾いた隙をついて、再び攻撃を仕掛けるべく前に出た。
一閃。甚五郎の槍が動いた。
「うぎゃあああ」
痛切なる叫び声が重なった。3人の野盗の腕が飛ぶ。空気が変わった。空気を察した慇と懃は、手傷を負いながらも左右に散って、飛び道具で甚五郎を狙う野盗を封じ込める。
「むおおおう」
間髪を入れずに甚五郎が大きく振るった槍が、2間近い半径の円形にいたすべての野盗を薙ぎ倒した。正に一瞬の出来事であった。10名ほどもいた野盗は全て打倒され、その頭と思しき男の首に甚五郎の槍が突き付けられていた。
「才蔵と伴三郎と話がしたい」
野盗の頭は目を見開いて頷いた。甚五郎が槍を下ろした瞬間のことだ。
<ズドン>
という轟音が響き、野盗の頭の頭が割れた。飛び散った血しぶきが甚五郎の頬を赤く染める。甚五郎は凶弾の飛んできた方向を振り向いた。赤く染まった夕陽が滲んだ山道の向こうに2人の影があった。夕陽を背にしているので顔は見えないが、この2人が才蔵と伴三郎なのだろうと甚五郎は思った。
火縄は連射が利かない。甚五郎は一気に間合いを詰めて勝負に出た。そこに思いも掛けない声が掛かる。
「旅の方々、お怪我は大丈夫ですか」
一人はいかにも僧侶然とした男、恐らく才蔵であろうが、もう一人の火縄銃を持った方は、目当ての伴三郎ではなく、ひっつめ髪に黒装束に身を包んだ女だった。僧侶は辺りを見渡すと、
「おやおや。怪我をしたのは野盗どもの方でしたか。これはとんだことを。何しろこの辺りときたら野党どもの天国みたいになってましてな。私などが江戸に申し立ててもちっとも聞いちゃくれません。それで自分の身は自分で守ろうってことで、こんな用心棒まで雇ってるってわけです。お兄さん方のようなお強い方々なら何も心配はありませんな。では、失礼しますよ」
僧侶たちがまるで何事もなかったように立ち去ろうとするので、甚五郎は慌ててこれを呼び止めた。
「お待ちくだされ。貴殿は山寺の住職、才蔵法師ではあらぬのか」
僧侶は笑みを浮かべて振り向いた。
「否、人違いでありましょう。確か才蔵なる住職はもうこの世にはおらんはずですからな」
(続く)
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
らぁめん武侠伝 ――異聞水戸黄門――
北浦寒山
歴史・時代
格之進と八兵衛は水戸への帰り道。ある日中国・明からやって来た少女・玲華と出会う。
麺料理の材料を託された玲華の目的地は、格之進の恩師・朱舜水が在する水戸だった。
旅する三人を清国の四人の刺客「四鬼」が追う。故郷の村を四鬼に滅ぼされた玲華にとって、四人は仇だ。
しかも四鬼の本当の標的は明国の思想的支柱・朱舜水その人だ。
敵を水戸へは入れられない。しかし戦力は圧倒的に不利。
策を巡らす格之進、刺客の影に怯える玲華となんだかわからない八兵衛の珍道中。
迫りくる敵を迎撃できるか。
果たして麺料理は無事に作れるのか。
三人の捨て身の反撃がいま始まる!
寒山時代劇アワー・水戸黄門外伝・第二弾。全9話の中編です。
※表紙絵はファル様に頂きました! 多謝!
※他サイトにも掲載中
大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜
雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。
そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。
これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。
主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美
※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。
※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。
※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる