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第一章

緋色の虹彩

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 甚五郎の仕事は、幕府が直接手を下すことの難しい、幕府にとって目障りな人間を始末すること、しかも幕府と何ら関係のない一牢人として手を下す、いわば鉄砲玉のようなものであった。殺めた相手方に恨まれようと、番屋に捕まろうと一切幕府は関知しないばかりか、万が一にも幕府のバの字でも仄めかそうものならば、一族郎党に至るまでその血を根絶やしにされる掟に縛られる。

 あっせん所の女、霞はこの仕事の繋ぎ役を家康の時代から仕事を請け負っていたという母親から引き継いで8年目だという。このあっせんの仕事でもっとも難しいのが、いわゆる仕事人の選定だという。

「その割には、いい加減に声を掛けてねえか。わしの素性もまるで知らんだろう」

「はっ、素性なんかに何の価値があるってんだい。自分の目が信じられないなら、この仕事は出来やしないよ」

「そうか、なら、お眼鏡に適えて光栄だ、とでも言っておこう」

 霞が甚五郎を選んだ第六感には概ね外れがなかった。まず腕が立つ。口数が少ない。そして子供を除けば一切の身寄りがない。身寄りがなければ、つまり何があろうと後腐れがないということだ。当然、金がないということも重要なファクタだ。だが、霞が甚五郎に仕事のあっせんをしようと思った最も大きな理由は、甚五郎の眼球の色にあった。甚五郎の眼球は虹彩コウサイが褐色いや緋色に近い色合いをしていた。つまり赤かったのだ。

 霞はかつて母親からこんな話を聞いていた。

 家康が天下統一を果たした天下分け目の合戦、関ヶ原。そもそもこの合戦における勢力関係は石田三成の率いる西軍の方が人数においても軍の配置においても勝っており、まともにぶつかっていれば西軍が勝つ目も十分にあった。しかし、家康の戦前の調略によって籠絡ロウラクされていた武将たちの裏切りによって勢力は逆転、ほんの数時間で東軍の圧勝に終わっている。この調略の中心人物は黒田官兵衛の息子長政となっているが、その裏の裏舞台の実行部隊として暗躍した男がいた。その男にじっと見られると、まるで全てを見透かされるような心持になったという。そもそも豊臣方であった黒田家を徳川方へと導いたのものこの男の進言が始まりだったのだと、母は言った。

『赤目のジン』

 それがこの男の通り名だった。その名の通りの赤い瞳。関ヶ原の以前、家康の側近にいた母は、長政の連れてきたこの赤目のことを霞に何度も話した。今にして思えば、恐らく一目惚れをしていたのだろう。家康は仮に関ヶ原で勝たなかったにせよ、命あらばいずれ天下を取ったに相違ない。だが、あの合戦でいち早く家康に天下を取らせたのは紛れもなく赤目のジンだと、母はそう確信していた。少なくとも霞には、そう聞こえていた。関ヶ原以降、赤目のジンを見たという者はいない。

 直接は聞いていないが、母は死の直前まで赤目にこだわり、その行方を探し続けていたのだと思う。もし、母が今も生きていて、この甚五郎に会ったとしたら、一も二もなく仕事人に誘っただろうと思った。否、それだけで済むとは思えない。霞の胸に芽生えたのと同じように、いやそれ以上に、母の胸にもジンへの思いが再び燃え上がったに相違ない。

(続く)
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