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第2章

3回表②/力と技

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<引き続き3回表(ツーアウトランナー2.3塁/打者:野田マモル)>

 1球1球に間合いの入る、力の入った打席になった。初球の直球は153km、花畑弟の本日最速が外角高めギリギリ決まる。ストライク。マモルもこれには手が出なかった。スピードガンの数字を確認した花畑兄が「よし、いけるぞ」と弟に声を掛ける。テンポよく2球目を構えようとするところで、マモルがタイムを掛けた。「またかよ」焦れた弟がマウンド蹴る。ここで兄がタイムを掛けた。

「焦れるな。相手はただ、ピッチャーの回復に少しでも時間を稼ぎたいだけなんだ。いいじゃねえか、時間くらいいくらでもくれてやれ。俺はあのピッチャーには借りが出来たからな。ここで引っ込まれても困るんだよ。絶対打ってやるから、とにかくもう点をやるな」

 兄の言葉に弟はうなずいた。もう点はやらない。2球目は真ん中の高めの速球がボールになったが、球速156キロが記録された。本日の最速を更に3キロ更新した。力みが消えると速球は速くなる。花畑弟から力みが消えたことの証明だった。

「いいぞ、その調子だ」

 兄の声も弾む。

 2球連続で速球か。力でねじ伏せようってとこだな。マモルは打席を外してバットを握り直し、素振りで自らのスイングを確かめて打席に戻った。

 3球目もストレート。タイミングピタリで振り抜いたが、ボールの下をくぐって空振り。力が入り過ぎていてバランスを崩し、マモルは腰を落としてしまう。

「マモル、力を抜けー」

 セカンドベースからキイチが大声で声を掛けてきた。「分かってるよ、んなこと」と呟いて、それが出来ていない自分が情け無かった。花畑弟と力で勝負しちゃダメだ。ポテンヒットでいい、ボテボテのゴロでも内野の間を抜けばいい。四球でも死球でも塁に出てキャプテンに繋げばいい。もう一度無心になってボールに食らいつこう。

 4球目は外目ギリギリのカーブでボール。気負い込んだマモルに手を出させて打ち取ろうという意図のボール球だったが、ここはマモルの無心が上回った。

 5球目は内角低めのシュートを引っ掛けた打球が自分の足に当たるファール。マモルは痛そうにケンケンし、タイムを掛けて応急処置を訴えた。

 畜生、何なんだこいつら。どいつもこいつもダラダラしやがって。花畑弟のボルテージが再び上昇して、熱くなる。これでもかとばかりにコールドスプレーを足に掛けるマモルの姿に、マウンドを踏みならして耐える花畑弟。

 駆け寄ってなだめる兄の図はこの試合だけでももう何度目だろう。気性が荒く瞬間湯沸かし器の弟には、ほとほと手を焼いてきた。この身体、プロが注目するのは分かるが、この性格をどうにかしないととてもプロで通用するとは思えない。特にこういう嫌らしい相手には要注意だ。それにしても今のファール、わざと自打球にしやがった。とんでもない技術力だな。1番といいこの3番といい、このチーム、君島だけのワンマンチームじゃないようだ。

「なめたらあかん、か」

 嬉しそうな顔で守備位置に戻った花畑兄は、

「よっしゃー、打たしてこー」

 と声を出した。改めて右バッターボックスにマモル。6球目。内角高め、見逃せばボールとも見えたストレートにマモルは身体を開きながらバットを振り切った。

カッキーン

 快音を残して、痛烈なライナーが、三塁線ギリギリに飛ぶ。

 うおおおおおおぉ、という歓声と、キャー、という嬌声。誰もが鮮やかなヒットを思い描く打球音だった。

 しかし。俊敏な反応でこの打球に飛びついた花畑兄のグラブの先っぽにボールは吸い込まれた。

 一瞬の間に起こった、天国と地獄。野球というのはこういうもの。そして、人生というものも得てしてこんなものである。今日のマモルには、運が味方してくれないようだ。

(続く)
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