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最終章

290.見送りに

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「これで……手続きは全て終了です……」


 ファルディナの街の冒険者ギルド、その奥にあるオルガノフの執務室で、受付嬢のイリアーナによる手続きが全て終了した。


「クローバーの新しいリーダーはリーシャさん……そして、ミクさんとアイリさんはクローバーを脱退し……冒険者を引退……です」
「うん、ありがとうイリアーナさん!」


 何故こんな手続きをしなければならないのか。もちろんその理由については、先ほどから説明されている。
 未来と愛莉が故郷に帰れる算段が付いた為、明日の朝ファルディナを発つーーーーと。

 一ヶ月半もの間、姿を見せなかったクローバーとギルドマスターのオルガノフが、ようやく帰って来たと思ったら、いきなりの未来と愛莉のクローバー脱退と冒険者引退。更には明日の朝に旅立つとの急過ぎる話。
 二人がこのギルドに来て、リーシャ、サフィーの四人でクローバーを立ち上げた時から、その非常識過ぎる活躍ぶりに驚かされ、気付いた時には全力で応援していた。
 つまりクローバーのファンなのだ。もちろん受付嬢として、一つのパーティを贔屓にする訳にはいかない。なので仕事は公平にして来たが、それでもファンになってしまったのは仕方が無い。

 そんなイリアーナにとって今回の事は、決して容認出来る話では無い。そもそも故郷に帰れる算段とは何なのか。確かこの二人は、あの大東海を渡って別の国から来たのではなかったのか。という事は、大東海を渡れるような船を造ったという事だが、そんな物をいつ誰が、何処で、どのようにして造ったというのか。


(はぁ……分かってる。こんなのただのーー)


 癇癪だ。現実を受け止めきれなくて、手前勝手な癇癪を起こしているに過ぎない。それは詰まるところ、寂しさの裏返しだった。


「あの……それで明日は何時くらいに出発するんでしょうか……?」
「んー……多分お昼ぐらいかなー?朝はゆっくりしたいし」
「そうですか。ではお見送りに行きます」
「え……イリアーナさん明日も仕事なんじゃ……」
「マスター、明日は休みを取ります。いいですね?」
「………好きにしろ」


 もの凄い圧力でオルガノフに休暇申請をするイリアーナに、未来も愛莉も思わず苦笑してしまう。


「もういいぞ。仕事に戻れ」
「はい……では失礼します」


 結局最後まで表情が晴れないまま、イリアーナは執務室を後にした。残されたのはオルガノフとクローバーの少女達だけだがーーーー


「まあ気持ちは分かるけどよ、そろそろこの空気何とかならんか?」


 終始暗い顔をしていたのはイリアーナだけではない。リーシャ、サフィー、エスト、リズの四人も、誰の目から見ても分かる程に暗い表情を浮かべている。
 それもその筈で、今や未来も愛莉もクローバーのメンバーでは無くなってしまったのだ。その現実を突きつけられて尚、表情を変えない事など誰にも出来なかった。


「こうなる覚悟はしてたんだろ?」
「そうですけど………」
「やっぱり寂しくて……」
「悲しくて………」
「………………」


 執務室の中がまるでお通夜のような状況で、オルガノフも思わず嘆息する。そんな中、未来がいつも通り明るい声で皆に話し掛ける。


「そーそー!まだ明日まであるんだからさ、明るく行こうよ!ね、愛莉!?」
「うん。わたし達も出来ればみんなには最後まで明るく居て欲しいって思うよ」


 その言葉を聞き、各々が顔を上げる。そうだ、こんな顔をしていても二人に迷惑を掛けるばかりか、二人まで暗い気持ちにさせてしまう。本当に寂しくて悲しいからこそ、いつも通りに接して、二人には気持ち良く自分の世界に帰って貰いたい。
 それがせめてもの、二人に対する恩返しになる。二人から与えられた膨大なモノに対する、せめてもの恩返しになるのだ。


「分かったわ。って言うか、あたしはみんなほど落ち込んでた訳じゃないし」
「あら~、よく言うわねサフィー。一番泣きそうな顔をしてたのに」
「うっ……し、してないわよ!」
「うん、確かにサフィーちゃんが一番泣きそうな顔だったかも」
「違っ……そ、それはエストでしょ!?」
「あら、わたしもサフィーが一番悲しんでいるように見えたわ」
「リ、リズまで!そんな事本当に無いわよ!!」


 真っ赤な顔で否定するサフィーと、そんなサフィーが可笑しくて笑い出す他の皆。どうやらあっという間にいつもの六人に戻ったようだ。


「ったく……まあ、改めて言うのも何だが、お前らが居てくれて良かった。ありがとうな」

 
 そう言って、オルガノフが頭を下げる。まさかオルガノフに礼を言われるとは思っていなかった未来と愛莉は、少し驚いたような表情を浮かべてオルガノフを見る。


「何だ?」
「いやー、まさかおじさんにお礼言われるとか思ってなかったから」
「わたしも。もしかして頭とか打ちました?」
「お前ら………」


 未来と愛莉の反応が可笑しかったのか、リーシャ、サフィー、エストの三人がクスクスと笑っている。リズは笑いを堪えているが、ほぼ堪えられていない。


「まあいい。それよりも気になってたんだが、自分達の来た世界に帰るって言ってるがよ、アテはあるのか?」


 オルガノフの言葉を受けて、未来と愛莉が顔を見合わせる。そして再びオルガノフの方を向くと、同時に頷きながら力強く答えた。


「「もちろん!」」



■■■



「えっ……ウソ………ですよね……?」


 その日の夜、一ヶ月半ぶりにセセラの両親が経営する、いつもの店に足を運んだクローバーの少女達。
 未来と愛莉にとっては今夜が最後の来店となる事をセセラと両親に伝えた所、明るかったセセラの表情が一瞬にして凍りついた。


「んー、ウソでは無いんだよー。あたしと愛莉、明日故郷に帰る事になったんだ」
「そ、そんな……何でそんな急に………」


 セセラの言う事はもっともだが、話が急過ぎるのには訳があった。本当は帝都同様、この慣れ親しんだファルディナの街にも数日滞在しようかと悩んだのだが、この街は逆に思い入れが深すぎる。あまり長居すると色々と決心が鈍りそうなので、未来と愛莉は二人で相談し、一晩だけ過ごして次の日には発とうという事になった。
 つまり、二人にとっては決心が鈍りそうな程にこの世界が好きで、もうこのままこの世界で暮らしてもいいと本気で思っている。この世界なら、誰の視線を気にする事なく恋人同士でいられるし、毎日四六時中一緒に過ごせる。


「うーん……家族とか心配してる思うからさ」


 家族、その単語を出されてしまってはセセラもそれ以上何も言えない。
 事実、二人が元の世界に帰る最大の理由は家族だ。当たり前だが、突然失踪した愛娘の心配をしない親など居ない。きっと今頃、心の何処かで諦めながらも、無事に帰って来る事を信じて毎日過ごしている筈だ。それを思えば、帰らないという選択肢は二人の中に存在しなかった。


「うぅ……」


 ガックリと項垂れるセセラを、彼女の両親が頭を撫でて慰める。
 

「という事で今日が最後の晩餐だからさ!良かったらセセラも一緒に食べようよ!おごるから!」


 元気を無くしたセセラを元気にしてあげたくて、未来と愛莉がセセラの手を引いて席に座らせる。皆で一緒に談笑しながら料理を食べているうちに、セセラも少しだが元気になってくれた。


「明日って、何時頃に出発するんですか?」
「うーん……お昼ぐらい?」
「分かりました!絶対にお見送りに行きますね!!」


 そうセセラに約束され、六人は店を出る。そして最後に向かったのはもちろんファナが働いている大衆浴場。ここでもファナに帰る事を告げると、ファナは驚いていたが最終的には笑顔で祝福してくれた。


「本音を言うとすっごく寂しいけど、故郷に帰れるって嬉しい事だもんね!良かったね二人とも!」


 ファナのこういう後腐れが無いサバサバした所は未来も愛莉も好きだった。いつまでも悲しい顔をされるよりずっといい。


「何時頃発つの?」
「お昼ぐらいかなー」
「オッケー!どうせ昼間は暇だから見送りに行くねー!」


 そんな会話をし、異世界で最後となる風呂に皆で入る。この大衆浴場も思い出がたくさん詰まった場所だ。


「そう言えばエストと初めて話したのって此処だったよね」
「うん……あの時はミクちゃんもアイリちゃんも、すぐに友達になろうって言ってくれて嬉しかったなぁ……」


 友達など一人も居なかったエストにとって、初めて出来た友達。というのはエストの思い違いで、実はリーシャとサフィーは既にエストとは友達だと思って普段から接していたのだ。


「リズっちは初めて此処に連れて来た時、めっちゃ恥ずかしそうにしてたよねー」
「だって……誰かの裸を見たり誰かに裸を見られたりするのが、あんなに恥ずかしいだなんて思っていなかったもの……」


 見られて恥ずかしかったのは主にエストにだが、見るのが恥ずかしかったのは誰が相手でも恥ずかしかった。
 思えばあの時まで、同性でも他人の裸を見た事など一度も無かった。なので恥ずかしかったというよりは、おそらく緊張と興奮だったのだがリズ本人は今ひとつ気付いていない。


「ほーらほーら、あたしの裸を見るのも今日で最後だよー?」


 そんなリズの目の前で、未来がわざとらしく全裸を見せつける。


「ちょっ……み、見せなくていいから!」
「おやー?恥ずかしいのかなー?何なら好きなだけ触ってもいいんだよー?」
「うう……か、からかわないでよ……!」


 耳まで真っ赤にして恥ずかしがるリズ。もう何度も見て見慣れている筈なのに、改めて言われると意識して恥ずかしさが込み上げて来る。


「ねえミク……実は提案があるのだけど」


 と、そこにリーシャが割って入って来る。その表情は緊張と恥ずかしさが入り混じったような、リーシャにしては珍しい表情だった。


「ん?提案って?」
「提案と言うよりは……お願いに近いの………本当はエストとリズの居る前でする話では無いのだけど……」


 その言葉を聞き、この後にリーシャが何を言い出すのかを何となく悟る未来と愛莉。


「その……今夜が一緒に居られる最後の夜じゃない?だからね、サフィーとも話し合ったのだけど………最後にもう一度、ミクとアイリ、わたしとサフィーの四人で……その………」
「えっちしようって事?」
「え……ええ……ごめんなさいね、こんなタイミングで」


 むしろ今しか言い出すタイミングは無かったかもしれない。それに仮にそうなったとして、きっとするのは未来と愛莉の部屋。そうすれば声がエストとリズの部屋にも聞こえ、どちらにしても二人に知られる事になる。


「あたしは全然オッケーだけど、愛莉はどう?」
「うん、未来がいいなら。最後だもんね」
「って事でオッケー!サフィーもあたし達とシたいんだね!」
「なっ……あ、あたしは別に………」
「サフィー、これで本当に最後なのよ?こんな時くらい正直になりましょ?」
「………シたいわよ。あんた達とすると気持ちいいし……もうこんな機会も無いし……」
「おお、サフィーがチョー素直だ!」


 そんな四人のやり取りを見ていたリズの心臓が突然ドクンと跳ねる。いや待て、自分は一体何を考えているのか。
 は生涯エストとしかしないと、あの日エストと自分自身に誓ったではないか。それなのに、この感情は何なんのか。何故そんな事を考えてしまうのか。

 とは言え、あの時と今では状況が大きく違う。あの時はまだ、エスト以外の四人とは出会って間もなく、もちろんある程度の好感は抱いてはいたが、その程度だった。
 だが、部屋は違えど毎日寝食を共にし、毎日一緒に風呂に入り、皆で一緒に修行にも出掛けた。
 共に黒き竜という強敵を倒し、半月もの間毎日魔車の中で楽しくお喋りをしながら移動し、そしてこの六人であの死霊王を倒した。
 エストに抱く恋心とは違うが、今では四人の事が大好きで仕方がない。


「エスト……わたし今………もの凄く自分勝手な事を考えてる………」


 自分とは見た目も個性も違う四人。明るい未来、冷静な愛莉、優しいリーシャ、面白いサフィー。そのどれもがきっと自分には無い物で、だからこそ触れていると心地良い。


「わたしも……リズちゃんと同じ事を考えてると思います………」


 楽しそうに談笑する未来たち四人の傍らで、エストとリズが見つめ合う。そしてお互いこくりと頷くと、リズが皆に声を掛けた。


「あの、みんな……今夜の事なのだけどーーー」


 リズが勇気を振り絞った瞬間だったーーーーー





 
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