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最終章

284.リズの一念

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 五分で終わらせるつもりでと、愛莉はそう言った。

 もちろんそれは比喩的な意味で言ったのだろうが、つまりは最初から全力で行ってと、そういう事だ。
  

「さてさて、愛莉のご注文通り五分で終わらせますか!リズっち、援護するから援護よろ!」
「分かった。最初から全力で行くわ。エクストラスキル竜人化!」


 リズがエクストラスキル『竜人化』を発動させる。その瞬間、金色の髪は銀色へと変色し、額から頬に掛けて模様が浮き出る。コバルトブルーの瞳は金色へと変わり、側頭部に白く美しい角が現れた。
 まさに竜の化身と化したこの姿のリズは、単体での攻撃力なら紛れもなくクローバーで一番。黒き竜の防御さえも切り崩した攻撃力を持って、死霊王に挑む。


「まずは先手必勝!時空斬!!」


 未来がエクストラスキルの【時空斬】で攻撃を仕掛ける。オリハルコンの剣の威力を乗せた一撃は、確実に死霊王に命中したと思われたが、辺りに甲高い音を響かせただけで、死霊王は無傷だった。


「およ?」
「クックックッ、我ノ身体ハ常ニ最強ノ防御壁ニ覆ワレテイル。ソノ程度ノ脆弱ナ攻撃ナド効カヌワ」
「ふーん。そんならまずはその防御壁を壊さないとね」


 そう言うやいなや、短距離転移ショートワープで一瞬にして死霊王の頭上へと転移する未来。そのまま渾身の一撃を振り下ろす。


「うりゃーーっ!!」


 だがやはり甲高い金属音が鳴り響くだけで、死霊王にダメージは与えられていない。それでも未来は何度も剣を振るう。


「はい!やー!とお!てやーっ!!」
「無駄ナ事ヲ。己ノ力量スラ分ラヌノカ?」
「へへーん!愛莉が言ってたもんね、この世に無限の力なんて無いって。こうやって攻撃してればいつかは、ご自慢の防御壁だって壊れる筈だし!」
「詭弁ダナ。ソレハ互イノ実力ガ拮抗シテイル場合ノミ。我ト貴様デハ、実力ニ大キナ開キガアル」
「そうかなー?そうでもないと思うけど?」
「減ラズ口ヲ……」


 その時、今までの金属音とは違い、ピシっといった音が鳴り響いた。これは明らかに、死霊王の防御壁自体が攻撃の負荷によって、少しずつだが損傷している音だ。もちろん未来もそれに気付く。


「ほらね?」


 死霊王の真っ赤な双眸が、更に激しく怒りの赤色に染まる。死霊王にしてみれば、己のプライドを傷つけられたのだ。


「調子ニ乗ルナヨ………」


 そして片腕を上げて魔力を放出する。すると未来を取り囲むように、無数の黒い矢が出現した。


黒死千本矢コクシセンボンヤ


 死霊王の放った【黒死千本矢】が一斉に未来に襲い掛かる。しかし未来はそれを短距離転移ショートワープで余裕で躱す。無数の黒い矢はそのまま愛莉とリズの居る方へと飛んでゆく。


竜盾ドラーゴスクード!」


 すかさずリズが右手を前に突き出し、防御に特化した固有スキル【竜盾】でこれを防ぐ。しかし流石は死霊王の攻撃、竜人化しているリズの【竜盾】でも、防ぎ切った所で消滅してしまった。


「今度はこちらから!」


 死霊王の攻撃を実際に受けてみて、愛莉が何故短期決戦を望んだのかを理解したリズ。確かに攻撃力は死霊王の方が上。更には膨大な量の魔力を有しており、この威力の攻撃を何十回何百回と繰り返し撃てるのだろう。
 そうなるとまさに防戦一方になり、防御だけでSPやMPが枯渇してしまう。そうなる前に倒すには、死霊王に攻撃の機会を与えずに一気呵成に倒し切ってしまう以外に無い。
 幸い、あの防御壁は力ずくで壊せそうだと未来が可能性を示してくれた。ならば、少々危険でも接近戦にて一気に防御壁を破壊し、死霊王に必殺の一撃を食らわせる事が勝利の条件。


「安全に攻撃するなら裂空槍だけど……」


 飛ぶ刺突【裂空槍】ならば、遠距離からの攻撃が可能だ。しかしそれでは威力が弱いし、躱される可能性もある。確実に攻撃を当てる為には、やはり接近戦しかない。


「行くわよ死霊王!」
「小蝿メ……モウ一匹来タカ」


 迷わずに死霊王へと突進するリズ。そして槍を繰り出す。


「岩砕槍!」


 岩をも容易く砕く【岩砕槍】は、消費SPの割に攻撃力の高い接近戦専用の槍術スキル。更には連撃も可能なので、まさに今の状況にうってつけだ。
 しかし死霊王もただ防御壁を攻撃されるだけではない。頭上には、先ほどの【黒死千本矢】を大きく上回る数の矢が、未来とリズを狙っている。更にーーーーー


呪霊三千年ジュレイサンゼンネン


 目の前のリズに向けて、術を撃ち放つ。


竜盾ドラーゴスクード


 しかしリズはすぐさま左腕を前へと出し、死霊王の術を防ぐ。だがそれは死霊王がリズの意識をこちらに集中させる為の目くらまし。本命の黒い矢が、一斉に降り注いだ。


黒死万本矢コクシマンボンヤ


 先ほどとは比べ物にならない数の黒い矢が雨のように降り注ぐ。未来は短距離転移ショートワープで難なく逃れたが、リズは攻撃の手を止めようとはしない。


「リズ!防いでーーッ!!」
「リズっち!!?」


 愛莉の声も未来の声も、もはやリズには届かない。どうやら気配から察するに、とても防ぎ切れる数では無さそうだ。それならこのまま攻撃を続けて、先に死霊王を倒す。
 大丈夫だ、きっと『アルテナの加護』が守ってくれる。愛莉には過信しないように言われたが、女神が付与してくれた力なのだから、きっとかなりの持続効果はあるだろう。

 だって、もう少しなのだ。皇家が二千年もの間、思い描いて来た悲願達成の瞬間が、もう自分の手の届く所まで来ているのだ。だから逃げたく無いし、何としてもこのまま押し切りたい。たとえ加護が消えてしまっても、必ず死霊王を撃つ。その思いだけでリズは槍を繰り出した。


「はぁぁぁぁ!!!」


 やがて、リズに無数の黒い矢が降り注ぐ。それはリズから発する白い光にかき消され、リズはダメージを負ってはいない。
 しかし未来と愛莉の目から見ても、その白い光は次第に小さくなっていってるのが分かる。黒い矢が衝突する度に、『アルテナの加護』がその輝きを失ってゆくのが分かる。


「リズーーーッ!攻撃やめて防御してーーッ!!」
「やっば!聞こえて無いよアレ!」


 いや、たとえ聞こえていたとしても、おそらく今のリズは絶対に攻撃をやめたりしないだろう。既に無数の黒死矢が降り注いでいるのに、防御する素振りを一切見せない事がそれを物語っている。
 そして、未来には何となくリズの気持ちが分かった。勝利を目前にして、全てを投げ出して目的に向かってひた走りたくなる気持ちは、未来の中にもある。長く色々なスポーツをやって来たからこそ、誰にも途中で止められたくない気持ちは物凄く理解出来るのだ。
 だからこそ、今すぐ短距離転移ショートワープでリズを助けに行きたいのに、二の足を踏んでしまう。きっと今リズを助けたら、逆にリズに恨まれてしまう、それが分かるからだ。


 やがて、リズに付与されていた『アルテナの加護』が完全に消失する。しかし同じタイミングで死霊王が放った【黒死万本矢】も全て撃ち尽くし、更にはリズの魂を込めた一撃が、遂に死霊王の防御壁を破壊し、そのオリハルコンの穂先が死霊王の頭蓋を穿った。


 ドゴンッ!!


「グッ……グゥゥゥ!!」
「はぁはぁはぁはぁ!!」


 穿たれた頭蓋から、瘴気のような黒い煙が溢れ出る。闇よりも深い双眸の奥底では、リズを呪い殺すように真っ赤な光が怪しく輝いていた。


「オノレェェェ!!!蟲ノ如キ人間風情ガ我ニ傷ヲ!!!」


 ゾクゾクッと全身が粟立つ。今まで感じた事のない強烈な殺気をその身に受け、リズは慌てて槍を引き抜こうとする。


「うっ……や、槍が……!?」


 しかし死霊王の砕けた頭蓋から溢れ出す瘴気がリズの槍に絡み付き、槍はビクともしない。竜人化で身体能力が大幅に上昇しているリズの力を以ってしても動かないのだ。


怨嗟影牢エンサカゲロウ!」


 そして次の瞬間には、死霊王の術がリズの全身を覆い尽くす。既に『アルテナの加護』の効果を失ったリズの身体はーーーーー


「リズっち!!」


 暗い怨嗟の牢獄へと囚われてしまったーーーーー


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