上 下
275 / 316
最終章

257.ド忘れ

しおりを挟む
 執事に案内された部屋へと通されると、そこには既に皇帝アルベルトと、何故かグランドマスターのマディアスまで椅子に座っていた。


「来たか」
「只今参りましたお父様、マディアス様」


 代表してリズがアルベルトとマディアスに挨拶をする。もちろん未来たち五人もスッと頭を下げる。


「わざわざすまぬな。特にアイリは昨日までの魔車作りで疲れておる所を」
「あ、いえ、大丈夫です」


 疲れている者が、恋人と一日中行為に及ぼうとはしない。つまり愛莉は別に疲れてはいない。


「それでお父様、今日のご用はどのようなものでしょうか?マディアス様までご同席しているという事は……やはり死霊王の?」


 リズは自分で言っておきながら、死霊王関連の用事であれば、クローバーだけ呼ばれた理由が分からなかった。死霊王討伐に向かうのは、クローバー以外にもツヴァイフェッターやプリュフォールといった、六組のパーティである。それならばクローバーだけではなく、討伐に向かう者全員を呼ぶべきでは?と考えたからだ。


「ふむ……もちろん死霊王に関係している事なのだが、今回の用事に関してはクローバー限定の用事になる」


 アルベルトの言葉に顔を見合わせるクローバーの少女達。死霊王に関係していて、クローバー限定の用事であり、目の前には皇帝とグランドマスター。この時点で今日の用事の内容を察しているのは、実は愛莉だけだった。


「アイリは既に気づいているって顔をしているね」


 マディアスがいつもの優雅な微笑み浮かべながら、愛莉に視線を合わせる。


「はぁ……まぁ、この何日か気になってましたから」
「ははは、すまないね。忘れていた訳では無いのだけど、君の魔車作りの邪魔をしたくないと陛下と話し合ってね、魔車作りが終わってからにしようと言う事になったんだ」


 全てを察している愛莉が、マディアスとそんな会話を交わす。だが話に着いていけていない他の五人は、しきりに首を傾げている。


「あのー、マディアスさん達だけで納得してないで、あたし達にも分かるように教えて欲しいんですけど」


 未来がもっともな意見を述べると、マディアスは「ごめんごめん」と言い、咳払いを一つした。


「以前君たちに話した内容だけどね、殿下も陛下から聞いていると思うんだけど」


 誰もが真剣な表情を浮かべてマディアスを見つめる。


「以前話した『旧暦封書』の事は覚えているかい?」


 愛莉以外の五人が「あっ」と小さく溢す。

 
 『旧暦封書』とは、旧暦と呼ばれる時代に書かれた一冊の本であり、冒険者としての最高峰であるSランク冒険者にしか閲覧を許されていない封書である。
 内容はこの世界の真実である女神アルテナの事や、死霊王の事などについて書かれた本。クローバーがSランク冒険者を目指すきっかけになったのがその『旧暦封書』なのだが、何故か今の今まで失念していたのは、Sランクになった直後に死霊王が現れたり、愛莉が魔車作りを開始したりなど、突然忙しくなったからである。


「あはは……すっかりド忘れしてたー」
「わたしも……それが目的だった筈なのに不思議よね~」
「忙しかったからよ。仕方ないわよ」
「わたしも……忘れてた……」
「サフィーの言う通り忙しかったものね……主にアイリが……だけど」


 その一番忙しかった愛莉自身は覚えていたのに、他の五人が忘れてるのはどういう事?と、思わずにはいられない愛莉。


「まあ、君たちが忘れていた事はこの際さて置いて、その『旧暦封書』を読む権利をSランク冒険者へとランクアップを果たした君たちに発生した」


 この世界の真実が書かれていると言われている旧暦封書。ついに、その貴重な書物を読む日が来たという事だ。


「旧暦封書は代々、この皇宮にて皇帝が管理して来た」
「え……この皇宮で……ですか?」


 アルベルトの言葉に驚きを隠せないのは、娘のリズである。自分が生まれ育ったこの皇宮、広いとは言えども知らない場所、足を踏み入れた事の無い部屋など一つも存在しない。そんなリズですら、今こうして父に語られるまで、この皇宮でそのような重要な書物を保管していたなど知らなかったのだ。


「では参ろう。着いて来るがよい」


 アルベルトはそう言うと徐ろに椅子から立ち上がる。そして同じタイミングで立ち上がったマディアスと共に、部屋を出て行く。クローバーの六人は慌てて後を追い、二人の後ろから静かに着いて行った。

 部屋を出て、長い廊下を直進したり曲がったりすると、突然目の前に地下への階段が現れた。
 この先が何処につながっているのか、もちろんリズは知っている。そしてやはり、書物を保管しているのだから、この場所しか無いと一人で納得していた。


「リズっち、この先って何があんの?」
「地下書庫。膨大な数の本が保管された、とても大きな書庫なの」


 本というのは保管が難しい。直射日光に当てるのはご法度だし、だからと言って極度に湿度の高い場所も駄目である。
 しかしこの皇宮が誇る地下書庫は、風通しを良くして湿度を下げ、魔道具によって温度も一定に保たれている。もちろん地下なので日光に当たる事も無い。


「ふーん、リズっちは良く行く感じ?」
「うん。本を読むのはとても好きなの。色々な知識を得る事が出来るし、想像力も豊かになるから」


 リズの言葉にもっとも共感したのは愛莉である。愛莉も教科書や参考書以外にも、小説や趣味のDIYの専門書、哲学書、更にはライトノベルや漫画に至るまで、手広く何でも読む。
 専門書や哲学書は知識が広がるし、小説、ライトノベルなどはリズの言う通り想像力が豊かになる。今までの人生で培われたそういった知識や想像力が、この世界で『錬金術』として大いに役立っているのだから、本を読むというのは改めて大切な事だったのだと愛莉自身気付かされた事だ。


「偉いじゃん!あたし、本なんて漫画くらいしか読まないよ」
「漫画?」


 漫画がどういう物なのかをリズに説明する未来。そして何やら感心しているリズと、話を聞いていたリーシャ、サフィー、エスト。
 そうこうしている内に、先頭を歩くアルベルトとマディアスが地下書庫の入口へと辿り着く。
 アルベルトが扉を開くと、古めかしいギギギという小気味良い音が響き、未来達の視界に一面本ばかりの世界が広がる。


「うわぁ……すっごい数の本だね!」
「うん……学校の図書室レベルじゃないね。完全に図書館レベル」


 本という物自体が高価なこの世界において、一つ所にこれだけの数の本が本棚に収まっている光景は、見ていて壮観だ。しかもどの本を見ても装丁がしっかりとしていて、この世界の本に対する価値観が鮮明に伝わって来る。


「すご……ま、魔導書もあるのかしら……」
「あ、うん。わたしは魔法使えないから読んだ事は無いけど、確か向こうの列に魔導書が並んでいたと思う」


 リズの返答を聞き、思わず心が躍るサフィー。未来同様サフィーも本を読む習慣は無いが、魔導書だけは今までに何度も何度も読んで来た。
 故郷の村の魔道士の老婆が持っていた初級の魔導書を譲って貰い、擦り切れるまで読み耽った。つい最近だと自分で買った中級の魔導書をやはり毎日読み耽ったし、エストの実家に立ち寄った際にマクスウェル家から譲って貰った上級の魔導書も、暇さえあれば読んでいる。お陰で一度目の契約で上級魔法の契約に成功したのだ。


「よ、読んでもいいのかしら!?」
「あ、うん。でも後でね?今日ここに来たのは別の理由だから」


 そう、この地下書庫へ来たのは、魔導書を読む為でも物語を読む為でも無い。Sランク冒険者にしか読む事を許されていない『旧暦封書』を読む為だ。


「こっちだ」


 アルベルトがクローバーの皆に声を掛けると、書庫の奥へと歩き出す。そして一番奥に堂々と鎮座する本棚の前で歩みを止めると、目の前の本を何冊か引き抜く。


「お、お父様……!?」


 父アルベルトの突然の行動に、驚きと戸惑いの入り混じった表情を浮かべるリズ。一体この行動にはどんな意味があるのだろうか、そう思っていると、突然アルベルトが自分達の方に振り返った。


「ここを見てみるがいい」


 いきなりそう言われ、皆は互いの顔を見回しながらアルベルトが本を引き抜いた場所を確認する。するとーーーーー


「これは……何かの紋章……?」


 そこには見た事もない紋章のような物が刻まれていた。しかし紋章が刻まれていたのは本棚の背板ではなく、そこだけ背板が取り外されていて、後ろの壁が剥き出しになっているその壁に、紋章は刻まれていた。


「マディアス」
「ええ、分かってますよ」


 アルベルトがマディアスに何事かを促すと、マディアスは自分の懐に手を入れたのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

[R18]私の転移特典が何かおかしい〜Hな目に遭うと能力コピー出来るって強すぎるでしょ〜

遠野紫
ファンタジー
異種姦をこよなく愛する少女、佐藤小愛(さとうこあ)。夏休み中のある日、いつも通り異種姦VR映像を見ながらの自慰行為を終え昼寝をしたところ、目を覚ますとそこは慣れ親しんだオンラインゲームの世界なのだった。そして小愛はあるスキルの存在に気付く。『複製(H)』というそのスキルはなんと、エッチな目に遭うとその対象の能力を複製するというぶっ壊れスキルだったのだ。性欲発散とスキル習得を同時にこなせる一石二鳥な状況を満喫するため、小愛は異世界での冒険を始めるのだった。

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

退場した悪役令嬢なのでひっそり追放生活をおくるはずが…催淫付与スキルってなんですか?!  ~ナゾの商人と媚薬わからせえっち編~

藤原いつか
ファンタジー
 転生したのは生前プレイしていた乙女ゲームの悪役令嬢だった。  なんとか断罪ルートを逃れ、追放先でひっそりと錬金術師として暮らし始めたソフィアだが、突如開花したらしい「催淫効果付与」のスキルが思わぬ弊害を生み──  なにやら胡散臭いナゾの商人まで巻き込んで、『媚薬』の効果をわからせられてしまうお話。 ---------------------------------------------------------------------------------- 他サイトにも投稿している作品になります。

人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています

水川サキ
恋愛
和平の条件として隣国へ嫁がされたカザル公国の公女イレーナ。 冷酷非道と有名なドレグラン帝国皇帝の側妃となる。 どんな仕打ちも覚悟の上で挑んだ夜。 皇帝ヴァルクは意外にも甘い言葉をささやきながら抱いてくれるのだった。 え? ただの子作りですよね? 人質なのになぜか愛されています。 ※他サイトと同時掲載

出来損ない王女(5歳)が、問題児部隊の隊長に就任しました

瑠美るみ子
ファンタジー
魔法至上主義のグラスター王国にて。 レクティタは王族にも関わらず魔力が無かったため、実の父である国王から虐げられていた。 そんな中、彼女は国境の王国魔法軍第七特殊部隊の隊長に任命される。 そこは、実力はあるものの、異教徒や平民の魔法使いばかり集まった部隊で、最近巷で有名になっている集団であった。 王国魔法のみが正当な魔法と信じる国王は、国民から英雄視される第七部隊が目障りだった。そのため、褒美としてレクティタを隊長に就任させ、彼女を生贄に部隊を潰そうとした……のだが。 「隊長~勉強頑張っているか~?」 「ひひひ……差し入れのお菓子です」 「あ、クッキー!!」 「この時間にお菓子をあげると夕飯が入らなくなるからやめなさいといつも言っているでしょう! 隊長もこっそり食べない! せめて一枚だけにしないさい!」 第七部隊の面々は、国王の思惑とは反対に、レクティタと交流していきどんどん仲良くなっていく。 そして、レクティタ自身もまた、変人だが魔法使いのエリートである彼らに囲まれて、英才教育を受けていくうちに己の才能を開花していく。 ほのぼのとコメディ七割、戦闘とシリアス三割ぐらいの、第七部隊の日常物語。 *小説家になろう・カクヨム様にても掲載しています。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

18禁ゲームの貴族に転生したけど、ステータスが別ゲーのなんだが? えっ? 俺、モブだよね?

ライカ
ファンタジー
【アルタナシア・ドリーム】 VRオンラインゲームで名を馳せたRPGゲーム その名の通り、全てが自由で様々な職業、モンスター、ゲーム性、そして自宅等の自由性が豊富で世界で、大勢のプレイヤーがその世界に飛び込み、思い思いに過ごし、ダンジョンを攻略し、ボスを倒す……… そんなゲームを俺もプレイしていた なんだけど……………、何で俺が貴族に転生してんだ!? それこそ俺の名前、どっかで聞いた事ある名前だと思ったら、コレ、【ルミナス・エルド】って言う18禁ゲームの世界じゃねぇか!? 俺、未プレイなんだが!? 作者より 日曜日は、不定期になります

処理中です...