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帝国激震の章

226.忘れ形見

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 帝都ギルド本部では、グランドマスターであるマディアスの指示で、帝都中の冒険者達が招集されていた。中には、帝都でも僅か三組しか居ないAランクパーティの姿もある。


「既に聞き及んでいると思うんだがーーーー」


 現在、帝国中を恐怖に陥れている『黒き竜』についての意見交換と、帝都防衛についての会合である。
 帝都を活動拠点とするAランクパーティ三組の他に、つい昨日この帝都に舞い戻って来た帝国最強パーティ、ツヴァイフェッターも顔を揃えている。


「まさか……あのセントクルスがなす術も無く殺られたなんて………」


 セントクルスの悲報に絶句する帝都の冒険者達。近年になってツヴァイフェッターが台頭する数年前までは、セントクルスが帝国全土の冒険者達を牽引するような存在だった。
 なので知名度は決してツヴァイフェッターに引けを取る事は無く、ある程度長く冒険者をやっている者であれば、その名は当然知っているし、実際に会った事もある。
 そんなベテランAランクパーティの悲報、更にはあの実力者達がほとんど一瞬で命を散らしたのだと聞き、誰もが信じられない気持ちでいっぱいだった。
 唯一、実際に黒き竜を目の当たりにしたツヴァイフェッターの五人以外は。


「その漆黒の竜はまず間違いなく、この帝都にも姿を現すだろう。その前に、如何にしてこの帝都を護るか、そして漆黒の竜をどう倒すかを早急に決めなければならない」


 あえて『黒き竜』とは呼ばないマディアス。秘匿レベルとしては皇家と白き竜との盟約や、死霊王、女神アルテナほど高いものではないが、それでもその存在を知る者はほとんど居ない。


「では先ずーーーーー」


 その時、ギルドの重い扉が音を立てて開いた。そして現れたのは、冒険者達にとっては意外過ぎる人物。


「なっ………へ、陛下……!?」
「まさか……陛下直々に冒険者ギルドへ!?」


 一瞬にしてどよめくギルドホール。だが、圧倒的な王者のオーラを纏った皇帝アルベルトの登場によって、心の中で不安が増大していた冒険者達の心に、希望の光が灯り始める。


「陛下だ……陛下がきてくださったぞ!!」
「おお……なんて凄まじい闘気だ………これがSランク冒険者の陛下のお力……!!」


 一線を退いて十五年。だが、いくらブランクがあれど一度上げたレベルが下がる訳では無い。もちろん誰しも加齢に応じて衰えはあるが、アルベルトはまだ四十代後半。急激に衰えるにはまだ早すぎる年齢であり、レベル90は伊達では無い。


「皆、よく集まってくれた」


 ホール内がざわめく中、アルベルトが冒険者達を見回しながら口を開く。その瞬間、冒険者達は一斉に口を閉じた。


「ふふふ……此処に来るのは何年ぶりだろうな……」


 感慨深げにギルドを見回すアルベルト。だが、今は昔を懐かしんでいる場合では無い。そんな事の為に朝一番でギルドに足を運んだ訳では無いのだ。


「さて諸君、既に知っておろうが、この帝国……しいてはこの帝都に最大の危機が及ぼうとしている」


 アルベルトの話を一言一句漏らさないように、冒険者達は誰もが真剣な表情でアルベルトの話に耳を研ぎ澄ませる。


「相手はおそらく、伝説の七ツ星ランクに相当する強さ。並の冒険者が束になって掛かった所で、残念ながら無駄死にするだけだ」


 ゴクリと唾を飲み込む音が、あちらこちらから聞こえて来る。皇帝自らが認める超強力なモンスター。そんな相手に自分達は一体どう抗えば良いのか。


「ツヴァイフェッターは来ているか?」


 ツヴァイフェッターの名が呼ばれた瞬間、冒険者達は左右に割れる。その中心には、そのツヴァイフェッターの五人が勢揃いしていた。


「はっ!ツヴァイフェッター此処に!」


 胸に手を当てながら、バルムンクが返事をする。他のメンバーも胸に手を当て、アルベルトに向かって頭を下げる。こんな場所なので、流石に膝を折ったりはしない簡易的な礼だ。


「よく戻って来てくれた。その真意、竜と戦う為にと受け取っても良いか?」
「もちろんでごさいます陛下!失礼ながら、あの漆黒の竜は恐るべき威圧感を放っておりました故、我々ツヴァイフェッター以外の冒険者には少々荷が重いと存じます!願わくば、我らに出撃のご命令を!必ずや奴を討ち滅ぼし、この帝都を護るとお約束致します!」


 その場に居る全ての冒険者がバルムンクに視線を向ける。その眼差しは期待、羨望、畏怖など様々であり、三組のAランクパーティには悔しさが顔に滲み出ている。
 同じAランクパーティであるのに、向こうは皇帝に期待される帝国最強パーティ、自分達はAランクながらも、事実として差し迫る帝国最大の脅威には到底太刀打ち出来ないと、他ならぬ自分達が理解している。
 自分達よりも実力が上のセントクルスが、為す術も無く命を落とした。その事実が全てを物語っているのだ。


「うむ。奴と互角に渡り合える可能性があるのは、其方達しか居らぬ。漆黒の竜の迎撃、帝国最強パーティであるツヴァイフェッターに任せる!!」
「はっ!ありがたき幸せ!!」


 その時、ギルドカウンターの奥から一人の兵士が、慌ててホールへと駆けて来た。


「北地区境界から入信!!遥か前方に漆黒の竜と思わしき飛行モンスターを発見!!進路は真っ直ぐ帝都へ向けて南下、予想到達時刻は今より三刻後との事です!!」


 駆けて来たのは『通信兵』で、帝都のある帝国中地区、その東西南北の境界線に配置した同じく通信兵からの入信を伝える為。
 そして、その報告を聞いた冒険者達が一斉に色めき立つ。ついに、件の竜がこの帝都へと舵を切ったと聞いて、いよいよ未曾有の危機が現実のものとなった事へと緊張と狼狽だ。

 だがそんな冒険者達の中にあっても、ツヴァイフェッターは微塵も揺るがない。口元に笑みを溢し、更なる気合いを入れる。


「陛下、これより出撃します。必ずや勝利の報告をこの帝都に!!」
「うむ。今すぐ馬を用意させる。整い次第出陣せよ」
『はっ!!』


 アルベルトの言葉を聞き、グランドマスターのマディアスが職員に指示を出し、急いで馬を用意させる。用意が整うまでその場に待機する冒険者達。ツヴァイフェッターが出撃した後は、冒険者全員で北の外壁上部へと移動し、万が一に備えるように指示が出されている。
 その傍ら、マディアスが二人の冒険者をアルベルトの元へと連れてゆく。一人は女性冒険者、もう一人は男性の冒険者だ。


「陛下、この娘は………ゼノンとティリスの子、そしてこの青年はバックスとネネリーの子です」


 思わず目を大きく見開くアルベルト。目の前に立つ二人は、かつて失った仲間ともの忘れ形見。身体不自由な母親が、立派に育て上げた宝物。


「お……おお………」


 ゆっくりと、二人に歩み寄るアルベルト。二人共、歳は二十歳を少し過ぎた頃だろうか。どちらも利発な容姿をしており、その面影には、かつての仲間達が重なる。


「名を……名を聞かせてくれるか………?」
「はい陛下。私はゼノンとティリスの娘レイナ、回復術士です」
「お初にお目に掛かります陛下。私はバックスとネネリーの息子、アルダーです。父と同じく重戦士でございます」


 ゼノンとティリスの娘レイナ、バックスとネネリーの息子アルダー。どちらも両親の面影をどことなく宿した、疑う事無き彼、彼女らの子供達。
 

「おお………オオォォッ!!!」



 そんな二人を前に、皇帝アルベルトは泣き崩れた。


「へ、陛下!?」
「陛下!?お身体の具合でも悪いのですか!?」


 よくもここまで立派に育ってくれた。父親無くして、母も満足な生活が出来ない環境で、よくもこんなにも立派に育ってくれた。


「いや……大変だったろうに……よくぞ逞しく育ってくれた………」
「陛下、この二人は親譲りの才能をいかんなく発揮し、既にBランク冒険者。二人パーティでは異例のAランクに挑戦中の凄腕冒険者です」


 マディアスの説明を聞き、まるで自分の事のように嬉しくなる皇帝マディアス。かつて最強だった仲間達、その子供達もまた、非凡な才能を受け継いで、冒険者の高みへと邁進しているのだ。


「そうか……才能とは子に受け継がれてゆくのだな………」
「陛下……私もアルダーも、陛下のご支援のお陰で貧しさとは無縁の暮らしが出来ました。このご恩は生涯忘れません……ッ!!」
「私もです陛下!陛下から受けたご恩に報いる為にも、帝国の為に全力で戦います!!」


 レイナ、アルダーの二人が決意の篭った瞳でアルベルトを見つめる。それは若かりし頃、死霊王討伐の目的を仲間に話した際に、この二人の両親が見せた瞳と全く同じたった。


「うむ……此度の戦い、ツヴァイフェッターのみならず、全ての冒険者が手を携える時。レイナ、アルダー、私とこの帝国の為にその力を貸して貰うぞ」
「「はい陛下!!」」


 思わず天井を見上げるアルベルト。先日マディアスに言われた通り、自分が十五年前のあの日から立ち止まっていた間にも、周りでは時が止まる事なく流れていた。
 レイナ、アルダー、かつて二人がまだ赤子だった頃に、一度抱かせて貰った事がある。そんな二人も今では立派に成長し、この帝国の為に奮起してくれている。


 そんな二人の姿を見て、忘れていた闘士を再びみなぎらせる皇帝アルベルトだったーーーーーー
 
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