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駆け出し冒険者の章

55.攻防

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 洞窟内であるのにも拘わらず、この場所はかなりの広さだった。

 天井は高く、横にも広く、奥行きもある。そんなポッカリと開けた洞窟の最奥に佇むのは、緑色の体毛に覆われた召喚獣”風鼬”である。
 入口からそれほど奥に進んだ訳ではないが、それでも外の光はこの場所には届かない。それでも辺りがこんなに明るいのは、愛莉の持つランタンの光のおかげではなく、風鼬自身が淡く発光している為にだ。

 いつも明るい場所で召喚するので分かりづらいが、実は三眼狐コン雷鳥ライも身体から常に光を発している。三眼狐は白い光、雷鳥は紫色の光を発している事から、どうやら召喚獣とはそういう生き物らしいと推察出来る。
 そんな風鼬だが、こちらに対して殺気などは一切発していない。しかし四人共、風鼬から漂う大きな威圧感はその身にビシビシと突き刺さっている。その事からも、目の前のキュウキュウ鳴く愛くるしい召喚獣が、見た目通りの強さではない事は全員理解していた。


「うーん……威圧感パないね」
「うん。絶対強いよね」


 そんな会話をしながら、愛莉は錬金術で作った石刀を未来に渡す。愛莉の錬金術をじっと見ていた風鼬が、思わず声を上げた。


『へぇ、物の形を作り変えるなんて珍しい特技を持ってるんだなぁ』


 リーシャにはそう聞こえているが、愛莉には相変わらず「キュウキュウ」と鳴いているようにしか聞こえない。しかも自分に向かって、つぶらな瞳で。


(え?もしかして……わたしに懐いてるんじゃない!?)


 そんな残念な勘違いをしてしまう程に愛くるしい姿。思わず頭を撫でてじゃれ合いたくなってしまう愛莉。


「何か愛莉に向かって鳴いてない?もしかして懐かれてるんじゃないの?」
「やっぱり未来もそう思う!?」
「あんた達はもう少し緊張感を出して!」


 サフィーに叱責されて気を引き締める愛莉達。未来は気を取り直して、石刀を握る手に力を入れる。


「いつでもいけるよリーシャ!」
「ええ。では、行くわよ」
『全力で来るといいよ。君たちの攻撃でオイラが消滅する事は絶対にないから』


 その言葉を皆に伝えるリーシャ。それを聞いた未来が不敵に笑う。


「じゃあお言葉に甘えて………たあっ!!」


 【投擲】のスキルで石刀を投げつける。未来自身のレベルも上がり、同じくレベルの上がった固有スキル【投擲】も、威力が倍増している。そんな投擲で放たれた石刀が風鼬を襲うが、信じられない事に石刀は風鼬に命中する前に、ピタッとその動きを止めてしまう。


「え……?」


 風鼬の眼前で宙に浮いたままの石刀。そして僅かに空気が揺らいだかと思った次の瞬間、石刀は無数の石の欠片へと変わり、そのまま地面に落ちた。


「う……そ……」


 呆然とする未来と愛莉。一体何が起こったというのか。


「……一瞬だけど風の魔力を感じたわ。風の魔法でのよ」


 サフィーが目を細めて状況を分析する。自分自身、風の魔法を使うので唯一気付く事が出来たのだが、そのあまりの威力と精度に戦慄してしまう。
 そしてそれは未来と愛莉も同様だった。愛莉の言う通り、遠距離攻撃に徹して正解だった。何の考えも無しに短距離転移ショートワープで接近戦でも仕掛けようものなら、今頃あの石刀のように未来の身体はバラバラにされていたかもしれない。


「あはは……愛莉の言う通りにしといて良かった……」
「でも……投擲は効果無さそうだよね……」


 おそらく何本石刀を作って投擲した所で、あの召喚獣には届かない。今の一撃でそう理解させられた未来と愛莉の二人。そんな二人の前に、サフィーが躍り出る。


「それならこっちも魔法よ!火球フーバロン!」


 サフィーの手のひらから、炎属性の魔法が撃ち出される。それは真っ直ぐに風鼬へと飛んでゆき、見事に命中した。風鼬の身体が炎に包まれる。


「よしっ!」


 レベルも上がり、魔法の威力はますます上がっている。その魔法が命中した事で、サフィーは勝ちを確信する。
 だが、炎は次第に渦を巻き、風鼬の身体の周りをぐるぐると回り出す。


「なっ………」


 風鼬の身体を覆う風の膜が、サフィーの魔法の防いだのだ。炎はそのまま回転しながら上へと押し上げられ、やがて風に吹かれて霧散してしまった。


「くっ……何なのあいつ……」
『へぇ、初級の魔法でこの威力かぁ。結構やるね君』


 この戦いは相手を倒す為の戦いではない。要は風鼬にこちらの実力を見せつけて、それで向こうが納得してリーシャと契約してくれれば良いのだ。なので、今のサフィーの魔法でこちらの力量に満足してくれたのなら良いのだがーーーー


『さて、次はどんな攻撃でオイラを楽しませてくれるのかな?』


 残念ながら、まだまだ認めて貰えそうには無かった。


「くぅ~!あの愛くるしさが逆に憎たらしいわね!」
「え、可愛いよ?」
「うんうん!可愛い可愛い!」
「あんた達はどっちの味方なのよ!?」


 余裕を見せてはいるが、実は誰も余裕など微塵も無い。このまま何の成果も出せなければ、あの召喚獣は契約などしてくれないだろう。
 もちろんそれでも、こちらには何も被害は無い。しかしせっかくこうして、リーシャが新たな力を手に出来るかもしれない機会なのだ、何としてもその力を手に入れたいという思いは、リーシャ本人以上だった。

 そんな皆の気持ちが伝わっているリーシャは手のひらを前へと突き出す。その瞬間、空中に召喚陣が現れ、紫色の眩い光を放った召喚獣が姿を現した。


「お願いライちゃん!力を貸して!」


 召喚陣を通って現れた雷鳥を見て、風鼬はその目を大きく見開く。


『うげっ!?君まさか、雷鳥と契約をーーー』
紫電百来シデンヒャクライ


 風鼬が言い終える前に、雷鳥から放たれた無数の紫電が風鼬を襲う。自身を覆う風の防御膜を最大にまで強化し、防御に徹する風鼬。雷鳥と風鼬の、雷と風のマナ(召喚獣を形成する魔力)が互いにぶつかり合い、洞窟内では凄まじい衝撃波が発生する。


「うわわっ!!」
「きゃあぁぁ!!」


 雷鳥の紫電が洞窟の壁を破壊し、風鼬のマナが地面を抉る。力と力、マナとマナのぶつかり合いを、固唾を呑んで見守る四人。もしも雷鳥の力が風鼬に及ぼなければ、もはや打つ手は無い。ある意味これが最後の賭けだった。


『まさかこんな所で君に会うなんてね雷鳥。何百年ぶりかな?って言うか、そろそろ手加減しないと洞窟が崩れ落ちてみんな生き埋めになるけど?』
『君が居るのに洞窟が崩れ落ちる事なんて無いだろう?それに我があるじにお願いされたからね。君の防御膜は破壊させて貰うよ』


 さらに攻撃の威力を上げる雷鳥。自分からは攻撃をしないと約束した風鼬は、その言葉を守って防戦一方である。しかしそれは、召喚獣同士の戦いにおいては一部の召喚獣を除いて、最も不利な状況。防御に特化した召喚獣でもない限り、防戦はジリ貧になるだけだ。

 そして遂に風鼬の防御膜は、雷鳥の紫電によって霧散してしまう。その瞬間、雷鳥は声を上げる。


『今だよ主!今のうちに攻撃を!』
「みんな、今のうちに攻撃を!」


 リーシャの言葉を聞き、待ってましたと言わんばかりに未来が石刀を投擲する。一本目を投擲し、すぐさま事前に愛莉が作っておいた二本目を受け取り、再び投擲。
 サフィーは水魔法、そして炎魔法を交互に撃ち出す。それらの攻撃は風の防御膜が無くなった風鼬に命中し、風鼬の身体を形成するマナが霧散してゆく。


『うわわっ!オイラの身体が!』


 さらに追撃を放とうとした未来とサフィーだが、それをリーシャが止めた。これ以上やると、風鼬が消滅してしまうのではないかと心配になったのだ。そしてーーーー


『むむぅ……オイラの身体がこんなに削られるなんて』
「あの……大丈夫……?」
『マナが残っていればすぐに再生するよ。とは言え、これは認めないといけないなぁ』
「え……それじゃあ………」
『君と契約するよ。君たちは強そうだからオイラも楽しめそうだ』


 パッと明るい表情を浮かべるリーシャ。皆の方を振り返り、契約に成功した事を伝えると、三人はリーシャ以上に喜びを爆発させた。


「や、やったぁぁぁーーーッ!!」
「うん!良かったよね!」
「本当ね!おめでとうリーシャ!」


 三人に何度も礼を述べ、リーシャは雷鳥の前へと歩み寄る。


「ありがとうライちゃん。あなたのおかげで助かったのよ」
『お安い御用だよ主。それに私も風鼬も本気ではなかったからね』
「え?そうなの?」


 あれほど凄まじい攻防だったのに、本気ではなかったのだと告げる雷鳥。ならば本気を出すとどれほど凄まじいのだろうかと思わずにはいられない。


『途中から、風鼬も主と契約するつもりだったのさ。だから手を抜いたんだろう?』
『さて、何の事かな。ところで君の名前を教えてくれるかい?』
「あ、わたしはリーシャよ」
『リーシャだね。オイラの事は好きなように呼ぶといいさ』


 好きなようにと言われて、リーシャは人差し指を顎に当てて考える。そんな可愛い仕草のまま「うーん」と唸りながら考える事、数十秒。どうやら一つの答えが出たらしい。


「じゃあ”キュウちゃん”って呼ばせて貰うわね」
『……別にいいけど。ちなみにリーシャ、何でキュウちゃんなのかな……?別にいいんだけど』
「えーと、あなたの話し声ね、みんなにはキュウキュウって鳴いているように聞こえるみたいなの。だからキュウちゃん」
『ぷっ!』
『ちょっと雷鳥!今笑ったよね!?』


 何やら鳥と鼬が騒いでいるようにしか聞こえない未来、愛莉、サフィーの三人。しかしそんな召喚獣達を前にして、とても楽しそうに弾んだ笑顔を浮かべるリーシャを見て、愛莉はポツリと呟く。


「わたし今、生まれて初めて動物語を話せるようになりたいなあって思った」
「奇遇だね愛莉。実はあたしも」
「リーシャ……天使だったの……?」
「「何言ってるのサフィー?」」


 何はともあれ、リーシャがまた一つ新たな力を手に入れた瞬間だった。





 
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