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剣士の章

158.衝突

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 これは一体どういう事なの?

 この遠征の目標は魔王を倒す事。その為に、魔王を倒す為に今までどんなに辛い目に合っても頑張って来られた。

 だって……魔王を倒したその先にはアルトが待っているから。
 魔王を倒せば、アルトの元に帰れるから。魔王を倒せば、全てが元通りになるから。魔王を倒せば、もう勇者の傍になんて居なくて済むから。

 アルトの元に帰り、アルトにいっぱい抱かれて、アルトの子供を産んで、アルトと共に幸せな生活を送る。
 そこにはフィリアも居て、アルトとの間に出来た子供をフィリアと一緒に育てて、フィリアも子供が欲しいだろうからアルトに作って貰って、わたしとアルトとの子供をフィリアと一緒に育て、アルトとフィリアとの子供をわたしとフィリアで育てる。
  
 わたしとフィリアが毎日アルトの相手をして、アルトが疲れている日はわたしとフィリアが癒やしてあげて、アルトが寝てしまったらフィリアと身体を重ねて、時には三人で身体を重ねて、そうやって幸せに過ごして行ける。そうなる未来を毎日毎日毎日毎日夢見ながら、わたしは辛い訓練も、辛い夜伽にも耐えて来た。我慢して来た。毎日アルトの姿を探しては見つけられなくて、悲しいけどそれも我慢して毎日頑張って来た。

 それなのに、これは一体どういう事なの?何故、王都に居る筈のアルトが此処に居るの?もちろんアルトに会えて嬉しいけど、魔王って何?どういう事?


「アルト……アルト………」


 みんなアルトは王都に居るって言ってた。レグレスさんもレックさんもサリーさんもノエルちゃんも、アルトは王都に居るって言ってた。


 何故此処に居るの?もしかして……わたしに会いに来てくれたの?でもそれなら………魔王って何?どういう事なの?
 何故アルトが魔王なの?アルトは人族だよ?魔王の筈無いし、魔王になれる訳無いよね?

 あ、そっか。アルト騙されてるんだよ。誰なの、アルトが魔王だなんて言ったのは。
 そう言えばさっきまでアルトの隣に居た可愛い娘………凄い魔力だった。本当はあの娘が魔王なんだよね?
 アルトはあの娘に騙されてるんだよね?本当はあの娘が魔王なのに、アルトが魔王って事にされてるんだよね?

 酷いよね。アルト、わたし許せないよ。だって、アルトが魔王の筈なんて無いのに。優しいアルトを騙して魔王を演じさせるなんて………こんなの酷すぎるよね。 
 待っててアルト。わたしが助けてあげるから。わたしの大事なアルトを今すぐ助けるから。だから、勇者になんて負けないでね。その人ね………わたしに酷い事をいっぱいしたの。
 アルトにあげる筈だった色んな大事なものをね……全部奪っていったの。酷いよね……何でこんな事するんだろう………

 わたしはただ、アルトと一緒に居たいだけなのに。そんな小さな幸せを願っていただけなのに。
 だから許せない。アルトを騙して魔王を演じさせてるその娘も、わたしから全てを奪った勇者も、絶対許せない。

 待っててアルト。今からわたしがアルトを助けるからーーーーー



■■■



 愛しいアルトが勇者と激しい戦いを繰り広げていても、大切な幼馴染の二人が剣聖、聖女と戦っていても、リティアはそちらには目もくれずにセリナだけを見ていた。


(あれがセリナさん……実際に見ると更に綺麗な人………)


 あのアルトが恋い焦がれた少女。アルトの記憶でその姿は何度も見たが、こうして実際に見るのはもちろん初めて。記憶の映像で見たセリナよりも更に綺麗で、リティアは驚きを隠せない。
 そんなセリナはずっとアルトだけを見つめていたが、ふとこちらに視線を送って来た。目が合うリティアとセリナ。セリナは何処かぼんやりとした目をしていたが、それが突然何かしらの決意の篭った瞳へと変わる。


(セリナさん……?)


 心なしか睨まれている気がする。少しだけ眉が釣り上がったのでそう思うも、元々の顔立ちが優しい顔立ちなので、睨まれているというよりは少し怒っている、そんな印象を覚えた。
 此処からでは聞こえないが、口は何かしらの言葉を発しているのか定期的に動いている。きっと何やら独り言を呟いているのだろう。


(どうしたんだろう……何かするつもり……?)


 勇者一行が一斉に動き出した後も、一人でその場に立ち尽くしていたセリナ。信じられない者でも見るような表情でずっとアルトを見つめていたが、今は何故か細い眉を少し釣り上げてこちらを見ている。
 何か、彼女の気に障るような事をしただろうか?そう思ったが、すぐにその考えを否定する。
 違う、そもそもアルトと一緒に居る時点で、セリナには許せないのだろう。自分がアルトの隣に居られないのに、何故貴女がアルトの隣に居るの?そう思っているのだろうとリティアは察する。


(ごめんなさい……でもアルトはわたしにとっても………)


 初めて誰かを好きになったからこそ、セリナの気持ちが分かる。もし自分がセリナの立場だったとしたら、アルトの隣に居る誰かに対して良い感情は抱かないかもしれない。それはアルトに対する愛が深ければ深いほどそう思うだろう。
 つまりそんな感情を抱いているセリナは、やはり今でもアルトを深く愛しているのだ。だからこそそんな表情を浮かべてこちらを見ている。

 
(戦うしか……ないのかな……)


 セリナの実力は分からないが、少なくとも弱くは無いだろう。だからこちらも手加減など出来ないかもしれない。


(わたし……貴女を救いたいの………)


 そんなリティアの心の声は当然セリナには届かない。そしてセリナは突然両手を上げ、全身の魔力を解き放った。その魔力は青い空に飲まれてゆき、次の瞬間には空一面を黒い雲が覆う。


「セリナ!?まさかそんな大魔法を使うつもりなのですか!?」


 聖女フィリアが驚愕の表情を浮かべて叫んだ。しかしその声はセリナの耳には入っていない。


「嘘………空から物凄い魔力を感じる……」


 リティアが見つめるその先で、黒い雲は次第に地鳴りのような音を響かせ、波のような形のその波間からは、幾つもの光が発生したり消えたりを繰り返している。


「エルマーちゃん……これって……」


 サージャと剣を交えていたミミリが、異変を察してエルマーの元へと戻る。


「雷雲……これは広範囲殲滅魔法……?こんな魔法を行使したら……」


 尋常では無い被害が出る。防御魔法を使えない者は黒焦げになるだろう。そんな雰囲気を察してか、兵士や冒険者達からも不安そうな声が上がる。


「おいこれ……大丈夫なのか?」
「あ、ああ……あれが一斉に落ちたら……」
「まさか賢者様に限ってそんな事は……」


 自分達の信じている賢者セリナが、まさか自分達にまで被害を及ぼすような事をする筈がない、そう信じたいが不安をぬぐい去れない兵士達。


「ねえレック……これヤバくない……?」
「ああ……嫌な予感しかしないな……」
「セリナちゃん………」


 経験値があるだけに、これがどれほど危険な魔法なのかを悟るレック達を含めた冒険者達。当然、魔族の皆にも不安は広がってゆく。そんな中ーーーーー


「エルマーッ!!障壁で自分とミミリを守って!!」


 リティアが叫んだ。これから襲い掛かるセリナの魔法に対して、自分達の身を守ってとそう叫ぶ。


「リティアちゃんも早く来て!!ミミリとエルマーちゃんの所に早く!!」
「大丈夫!何とかしてみるから!でも最悪の場合は自分達だけでも守ってーーっ!!」


 そう叫び、セリナ同様両手を上げて魔力を込める。セリナの魔法に対して何かをするつもりだが、セリナの方は魔法の準備が整っている。


(待っててねアルト。わたしがアルトを助けるから)


 アルトがリティアに操られていると思い込んでいるセリナは、リティアを倒す事しか頭に無い。これから撃ち出す魔法がいかに危険か、周りにどれだけの被害をもたらすのかなど、全く考えが及んでいない。リティア一人倒すのに選択して良い魔法ではない。
 それもこれも、セリナの心が壊れてしまっている為。普段は普通に見えていても、何かのきっかけで周りが見えなくなってしまう。少し考えれば分かるような事でも、その考えが及ばなくなってしまう。だからセリナは一切の躊躇なく魔法を撃ち放った。


万雷神槌トール・ハンマー!!」


 その瞬間、無数の落雷が辺り一帯に降り注ぐ。まるで神が天地創造を行うかのように大規模ないかずちが、光の柱となって地上に居る全てを消し去る為に降り注ぐ。誰もがその光景を呆然と見つめ、もはや抗う事も出来ない事を悟り、ただただその場に立ち尽くした。
 
 そんな万雷を見つめながら、黒髪の美少女は自身の扱える最強の氷系魔法を頭上に解き放つ。決して誰にも被害が及ばないように。セリナを大量虐殺者にしない為に。


絶対零度アブソリュート・ゼロ!!」


 リティアの解き放った魔法により、頭上広範囲に絶対零度の空気の壁が作り出される。高温を纏う無数の落雷が冷たい空気の壁に衝突し、頭上には消滅する落雷と蒸発する冷たい空気の壁で、白い蒸気が濛々と立ち昇る。
 

「うぅ………」
「か、神よ……」


 轟く雷鳴と衝撃音、辺りを眩しく照らす無数の雷光に、地上の者達は生きた心地がせずに神に祈っていたーーーーー



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