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剣士の章
131.予感
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「ついに帰って来たね」
アルト、リティア、エルマー、ミミリの四人が見上げる先にはーーーー
「これが……魔王城か……」
魔族領の中心部にそびえ立つ巨大な建築物、魔王城が威風堂々とその存在感を周囲に放っていた。
とは言え決して禍々しい城ではなく、どちらかと言えば美しい城である。壁は白を基調としており、所々に見事なまでの意匠が施されている。
窓も多く、全方向から城内に光を取り入れる工夫もされており、薄紫色の屋根は日の光を浴びて輝いていた。その屋根の色を見るとセリナの髪の色を思い出す。
「どうアルト君?どう?綺麗なお城でビックリ?」
「ああ、うん。正直言うともっと古臭い暗い感じの城を想像してた」
魔王城が造られたのが今からどれぐらい前なのかは定かでは無い。一説には千年とも二千年とも言われているが、それよりもずっと以前から魔王と勇者の戦いがあったと考えると、もっとずっと前からあるのかもしれない。
それなのに白い壁に色褪せた形跡は一切無く、汚れや苔も全く無い。まるで出来たばかりの城の様に綺麗で、おそらくこれを造ったのは魔族では無いだろう事が容易に想像出来る。
「だよね。わたしも初めて来た時は驚いちゃった」
リティアが「あはは」と笑いながら当時の事を思い出す。父が魔王に選ばれたので急遽実家からこの魔王城に越して来る事になったのだが、それまで魔王城を見た事が無かったのでアルトが抱いていた想像とほとんど同じ想像をしていたのだ。
この城を造ったのは神だ。何千年も色褪せる事なく、また朽ちる事無く存在し続けていられる城など、魔族や人族に造れる筈が無い。この城は神が、その魔王の為に造り上げた城ーーーーー神魔城だ。
「みんな準備はいいですか?」
エルマーが皆の顔を見ながら問う。やるだけの事はやった。二つの試練で力も手に入れたし、僅かな期間だが連携の訓練もした。
毎日一緒の時を過ごして絆も深めた。リティアを救いたいという気持ちは、アルトもエルマーもミミリも同じだけの熱量を持っている。
「ああ、行こう」
「うんうん!ビシバシギューッて終わらせちゃお!」
「みんな……ありがとう」
誰一人として臆してなどいない。相手は魔王、しかも圧倒的な魔力を持つリティアの父を殺した男。魔王たる証である『黒の核』をその身に吸収し、絶大な力を手にしたリティアの兄でもあるクレイ。
もしも戦う事になった場合は、全身全霊をかけて倒さなければならない。そして倒すとは即ち『殺す』という事だ。そうしないと”三魔闘”であるリティアはいつまでもクレイから開放されない。
リティア自身も、それはもう分かっている。家族思いなリティアにとっては、たとえ父を殺した男であっても兄である事に変わりはなく、出来る事ならば命までは奪いたくない。だがそれでは何も解決しないし、自分だけではなくエルマー、ミミリという掛け替えのない友達まで不幸にしてしまう。そしてーーーーー
「行こう。リティアを不幸にさせない為に」
そして、いつの間にかこんなにも自分の中で大きな存在になった、アルトと共に在る為に。
■■■
魔王城は広い。当然だが、この城に住むのは何もリティア達だけではなく、多数のメイドや料理人なども住み込みで働いている。そのほとんどがリティア達の顔見知りで、城に帰還したリティア達の顔を見てはわざわざ近くまで来て頭を下げていた。
「リティア様!おかえりなさいませ!」
「うん、ただいま」
「エルマー様もミミリ様もよくご無事で!」
「ええ、まあ……」
「あっははは!旅行に行ってただけだからね!」
メイド達には以前リティアが父や兄に言った様に『旅行』に行くと言ってあった。つまりメイド達からしてみればリティア達は旅行から帰って来ただけなのだが、自分達が仕える魔王の娘なのだから、無事に帰ってくればそれはそれで当然嬉しい。
もっとも、今のリティアは”魔王の娘”ではなく”魔王の妹”、さらには三魔闘の筆頭という立場だが。
「あの……魔王様の事は何と言ったら良いか………」
魔族なので当然『魔族共有意識』によってリティアの父レイゼルが死に、クレイが新たな魔王になった事は誰もが承知している事実だ。とは言え、最愛の父を亡くしたリティアに何と声を掛けて良いのか分からないメイド達。そんなメイド達にリティアは気丈に答える。
「うん、大丈夫。ちゃんと分かってるから。お兄ちゃんは何処に?」
「あ……はい、魔王様でしたら玉座の間に」
「バラクーダさんとリグリットさんは?」
「お二人とも一緒です。先ほど魔王様に呼ばれていましたから」
顔を見合わせるアルト達四人。出来れば各個撃破の方が難易度がグンと下がったのだが、こればっかりは仕方ない。ここまで来て今さら出直す気も無いし、いつ勇者一行が来るか分からない今の状況では、そんな余裕もない。
「分かった、ありがとう」
メイド達に礼を述べ、リティアを先頭に玉座に向かう。メイド達が首を傾げてアルトの事を見ていたが、それに構っている場合でもない。それにリティア達には気になる事もあった。
「何か知らない男の人が増えてない?」
「ええ。しかも一人一人魔力が高いですね。白衣を着てますし、学者か研究員でしょうか?」
エルマーの言う通り、それはバラクーダの元部下である『攻撃魔法研究所』の所員達。バラクーダの推奨する魔王城で勇者一行を迎え撃つ案は、レイゼルの死によって現実のものとなった。既に研究所もこの魔王城へと移管させ、新たな研究を再開している。新魔王クレイの元、着々と勇者を迎え撃つ準備が整っていた。
「何か……凄く嫌な予感がする」
リティアが少し青い顔をする。一体兄であるクレイはこの城で何をしようとしているのだろうか。まさか、勇者達をこの城におびき寄せるつもりではあるまいか。
「リティアちゃん大丈夫?嫌な予感ってどんな予感?」
ミミリがリティアの顔色を見て心配そうに声を掛ける。
「例えば……このお城で人族の勇者達を待ち構えているとか」
「可能性はありますね。と言うより、勇者一行に勝つ為には有効な作戦だと思います」
リティアの考えをエルマーが肯定し、リティアは更に青い顔になる。出来れば否定して欲しかったが、エルマーから見てもその可能性はかなり大きいらしく、自分の不吉な考えが的を射ている事に愕然とする。
「そうなのエルマーちゃん?」
「ええ。魔王城内であれば好きな場所に攻撃部隊……ああ、あの白衣の人達はそういう事ですか。つまり攻撃部隊を好きな場所に配置し、一方的に攻撃を仕掛ける事が可能な訳です」
自分で説明しながら、だからやたらと魔力の高い者がこんなに城の中に居るのかと納得するエルマー。つまりはそういう作戦なのだろうと思い至るが、リティア同様その作戦は看過出来るものではなかった。
「でもさ、お城の中で戦いになったらメイドさんとかにも被害が出ちゃわない?」
まさに、今ミミリが言った事がリティアの危惧する理由だ。この城が戦場と化せば少なからず無関係な者にまで被害が及んでしまう。いくらそれで勇者一行と互角に戦えるからと言って、出す必要の無い犠牲を出すなんて馬鹿げている。
(お父さんが言ってたクレイには気をつけろって……こういう事なんだ)
勝てばいい。クレイの中には領民を守ろうなどという気持ちは一切無く、逆に犠牲などいくら出ても自分達が勝てば良いという考えだ。
「このお城だけじゃありません。魔族領に勇者一行が足を踏み入れた時点で、関係の無い領民が酷い目に遭わないとも限らないんです」
人族は野蛮と言っている訳ではない。実際アルトは物凄く好青年だし、魔族にも負けず劣らず優しい青年だ。
しかし人族が全員そうだとは言い切れず、ましてやこれは魔王と勇者の戦い。人族と魔族が戦争をする訳では無いが、誰だって戦いに身を投じれば気持ちが高揚して、普段は垣間見ない暴力性が顔を出すかもしれない。その結果、勇者一行が魔族の領民に手を掛ける可能性は決してゼロでは無いのだ。
「馬鹿げてる。そんな作戦は絶対に駄目だ」
「アルト………」
真っ直ぐに廊下の向こうを見つめるアルトと、そんなアルトを見つめるリティア。何故かこの時、リティアにはアルトが物凄く大きく見えたのだった。
アルト、リティア、エルマー、ミミリの四人が見上げる先にはーーーー
「これが……魔王城か……」
魔族領の中心部にそびえ立つ巨大な建築物、魔王城が威風堂々とその存在感を周囲に放っていた。
とは言え決して禍々しい城ではなく、どちらかと言えば美しい城である。壁は白を基調としており、所々に見事なまでの意匠が施されている。
窓も多く、全方向から城内に光を取り入れる工夫もされており、薄紫色の屋根は日の光を浴びて輝いていた。その屋根の色を見るとセリナの髪の色を思い出す。
「どうアルト君?どう?綺麗なお城でビックリ?」
「ああ、うん。正直言うともっと古臭い暗い感じの城を想像してた」
魔王城が造られたのが今からどれぐらい前なのかは定かでは無い。一説には千年とも二千年とも言われているが、それよりもずっと以前から魔王と勇者の戦いがあったと考えると、もっとずっと前からあるのかもしれない。
それなのに白い壁に色褪せた形跡は一切無く、汚れや苔も全く無い。まるで出来たばかりの城の様に綺麗で、おそらくこれを造ったのは魔族では無いだろう事が容易に想像出来る。
「だよね。わたしも初めて来た時は驚いちゃった」
リティアが「あはは」と笑いながら当時の事を思い出す。父が魔王に選ばれたので急遽実家からこの魔王城に越して来る事になったのだが、それまで魔王城を見た事が無かったのでアルトが抱いていた想像とほとんど同じ想像をしていたのだ。
この城を造ったのは神だ。何千年も色褪せる事なく、また朽ちる事無く存在し続けていられる城など、魔族や人族に造れる筈が無い。この城は神が、その魔王の為に造り上げた城ーーーーー神魔城だ。
「みんな準備はいいですか?」
エルマーが皆の顔を見ながら問う。やるだけの事はやった。二つの試練で力も手に入れたし、僅かな期間だが連携の訓練もした。
毎日一緒の時を過ごして絆も深めた。リティアを救いたいという気持ちは、アルトもエルマーもミミリも同じだけの熱量を持っている。
「ああ、行こう」
「うんうん!ビシバシギューッて終わらせちゃお!」
「みんな……ありがとう」
誰一人として臆してなどいない。相手は魔王、しかも圧倒的な魔力を持つリティアの父を殺した男。魔王たる証である『黒の核』をその身に吸収し、絶大な力を手にしたリティアの兄でもあるクレイ。
もしも戦う事になった場合は、全身全霊をかけて倒さなければならない。そして倒すとは即ち『殺す』という事だ。そうしないと”三魔闘”であるリティアはいつまでもクレイから開放されない。
リティア自身も、それはもう分かっている。家族思いなリティアにとっては、たとえ父を殺した男であっても兄である事に変わりはなく、出来る事ならば命までは奪いたくない。だがそれでは何も解決しないし、自分だけではなくエルマー、ミミリという掛け替えのない友達まで不幸にしてしまう。そしてーーーーー
「行こう。リティアを不幸にさせない為に」
そして、いつの間にかこんなにも自分の中で大きな存在になった、アルトと共に在る為に。
■■■
魔王城は広い。当然だが、この城に住むのは何もリティア達だけではなく、多数のメイドや料理人なども住み込みで働いている。そのほとんどがリティア達の顔見知りで、城に帰還したリティア達の顔を見てはわざわざ近くまで来て頭を下げていた。
「リティア様!おかえりなさいませ!」
「うん、ただいま」
「エルマー様もミミリ様もよくご無事で!」
「ええ、まあ……」
「あっははは!旅行に行ってただけだからね!」
メイド達には以前リティアが父や兄に言った様に『旅行』に行くと言ってあった。つまりメイド達からしてみればリティア達は旅行から帰って来ただけなのだが、自分達が仕える魔王の娘なのだから、無事に帰ってくればそれはそれで当然嬉しい。
もっとも、今のリティアは”魔王の娘”ではなく”魔王の妹”、さらには三魔闘の筆頭という立場だが。
「あの……魔王様の事は何と言ったら良いか………」
魔族なので当然『魔族共有意識』によってリティアの父レイゼルが死に、クレイが新たな魔王になった事は誰もが承知している事実だ。とは言え、最愛の父を亡くしたリティアに何と声を掛けて良いのか分からないメイド達。そんなメイド達にリティアは気丈に答える。
「うん、大丈夫。ちゃんと分かってるから。お兄ちゃんは何処に?」
「あ……はい、魔王様でしたら玉座の間に」
「バラクーダさんとリグリットさんは?」
「お二人とも一緒です。先ほど魔王様に呼ばれていましたから」
顔を見合わせるアルト達四人。出来れば各個撃破の方が難易度がグンと下がったのだが、こればっかりは仕方ない。ここまで来て今さら出直す気も無いし、いつ勇者一行が来るか分からない今の状況では、そんな余裕もない。
「分かった、ありがとう」
メイド達に礼を述べ、リティアを先頭に玉座に向かう。メイド達が首を傾げてアルトの事を見ていたが、それに構っている場合でもない。それにリティア達には気になる事もあった。
「何か知らない男の人が増えてない?」
「ええ。しかも一人一人魔力が高いですね。白衣を着てますし、学者か研究員でしょうか?」
エルマーの言う通り、それはバラクーダの元部下である『攻撃魔法研究所』の所員達。バラクーダの推奨する魔王城で勇者一行を迎え撃つ案は、レイゼルの死によって現実のものとなった。既に研究所もこの魔王城へと移管させ、新たな研究を再開している。新魔王クレイの元、着々と勇者を迎え撃つ準備が整っていた。
「何か……凄く嫌な予感がする」
リティアが少し青い顔をする。一体兄であるクレイはこの城で何をしようとしているのだろうか。まさか、勇者達をこの城におびき寄せるつもりではあるまいか。
「リティアちゃん大丈夫?嫌な予感ってどんな予感?」
ミミリがリティアの顔色を見て心配そうに声を掛ける。
「例えば……このお城で人族の勇者達を待ち構えているとか」
「可能性はありますね。と言うより、勇者一行に勝つ為には有効な作戦だと思います」
リティアの考えをエルマーが肯定し、リティアは更に青い顔になる。出来れば否定して欲しかったが、エルマーから見てもその可能性はかなり大きいらしく、自分の不吉な考えが的を射ている事に愕然とする。
「そうなのエルマーちゃん?」
「ええ。魔王城内であれば好きな場所に攻撃部隊……ああ、あの白衣の人達はそういう事ですか。つまり攻撃部隊を好きな場所に配置し、一方的に攻撃を仕掛ける事が可能な訳です」
自分で説明しながら、だからやたらと魔力の高い者がこんなに城の中に居るのかと納得するエルマー。つまりはそういう作戦なのだろうと思い至るが、リティア同様その作戦は看過出来るものではなかった。
「でもさ、お城の中で戦いになったらメイドさんとかにも被害が出ちゃわない?」
まさに、今ミミリが言った事がリティアの危惧する理由だ。この城が戦場と化せば少なからず無関係な者にまで被害が及んでしまう。いくらそれで勇者一行と互角に戦えるからと言って、出す必要の無い犠牲を出すなんて馬鹿げている。
(お父さんが言ってたクレイには気をつけろって……こういう事なんだ)
勝てばいい。クレイの中には領民を守ろうなどという気持ちは一切無く、逆に犠牲などいくら出ても自分達が勝てば良いという考えだ。
「このお城だけじゃありません。魔族領に勇者一行が足を踏み入れた時点で、関係の無い領民が酷い目に遭わないとも限らないんです」
人族は野蛮と言っている訳ではない。実際アルトは物凄く好青年だし、魔族にも負けず劣らず優しい青年だ。
しかし人族が全員そうだとは言い切れず、ましてやこれは魔王と勇者の戦い。人族と魔族が戦争をする訳では無いが、誰だって戦いに身を投じれば気持ちが高揚して、普段は垣間見ない暴力性が顔を出すかもしれない。その結果、勇者一行が魔族の領民に手を掛ける可能性は決してゼロでは無いのだ。
「馬鹿げてる。そんな作戦は絶対に駄目だ」
「アルト………」
真っ直ぐに廊下の向こうを見つめるアルトと、そんなアルトを見つめるリティア。何故かこの時、リティアにはアルトが物凄く大きく見えたのだった。
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