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婚約破棄?喜んで!!
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それは、王宮で開かれたとある舞踏会で起こった。
「フォセカ・ディモル!本日をもって、お前との婚約は破棄させてもらう!そして、ここにいるダリアンナ・リリス伯爵令嬢と婚約することを宣言する!!」
目の前には、婚約者ーーいや、元婚約者と呼ぶべきかーーである、このフローレンス王国の第一王子・スターチス。そして、その隣には、いかにも庇護欲を掻き立てられる見た目をした可憐な美少女。
突然婚約破棄を告げられたディモル伯爵令嬢・フォセカは、口許は扇で覆いつつも、その目だけは厳しくさせながら、スターチスに問う。
「婚約破棄…ですか。恐れながら殿下、わたくしには何故婚約を破棄されなければならないのか、理解できかねますわ。わたくしが一体、何をしたと仰るのでしょうか?」
「とぼけるな!お前がここにいるダリアンナを苛めて、精神的に追い込んでいたことは聞き及んでいるぞ!魔力が豊富で優秀なダリアンナに嫉妬して、彼女を排除しようと目論んだようだが、とんだ間違いを犯したな!俺の目はごまかされなかったぞ!」
その言葉を聞いたフォセカの目は、ますます厳しくなる。
「わたくしが、そちらの令嬢を苛めた…?失礼ですが、わたくしが彼女と会ったのは、ほんの数回。しかも、その際に彼女に伝えたのは、最低限、貴族としての規則を守るように、という注意だけですわ。この方、伯爵令嬢だというのに、マナーがまるでなっていなかったんですもの。貴族社会の風紀のため、注意をするのは、次期王太子妃として、当然の務めでしょう?」
フォセカの反論に、スターチスは、はっと鼻で嗤う。
「なるほど、あくまで否定するつもりか。だが、他でもない被害者のダリアンナがそう言っているんだ。なあそうだよな、ダリアンナ?」
スターチスから話を向けられたリリス伯爵令嬢は、第一王子の陰に隠れてふるえつつも、毅然とした声でフォセカに立ち向かう。
「そ、そうです!私は、フォセカ様からいつも心ない言葉を投げかけられました!時には取り巻きの方々と共に、罵詈雑言は勿論、酷い時には物まで投げつけられたりしてっ……」
そこまで言ったダリアンナの目に、涙が浮かぶ
。フォセカの恐ろしい所業を思いだし、恐怖におののいているのだ。そんな彼女の肩を、スターチスが勇気づけるように支える。
ダリアンナは、ドレスの右腕部分をまくる。
白い柔肌の上には、痛々しい青あざが複数できていた。
「これがフォセカ様から暴力を振るわれた証拠です。私、今日ここに立つのも本当は辛くて……でも、フォセカ様の罪を暴くには、もうこの場しかないと思って……!」
「ありがとう、ダリアンナ。もう十分だ。怖い思いをさせて、すまなかったな。」
スターチスは、ダリアンナを見つめると優しく告げる。そして、それとはうって変わって冷ややかな目をフォセカに向ける。
「ダリアンナがここまでして、証拠を見せたんだ。もう言い逃れは出来ないぞ!」
そんなスターチスの様子を見て、フォセカはため息が出そうになるのを何とかこらえた。そして、伯爵令嬢の鉄面皮を崩すこと無く、スターチスに言う。
「証拠、と、言いましても。その怪我が、本当にわたくしが彼女を苛めた証拠になりうるのですか?そのようなもの、いくらでも自分でつけることが出来ますわ。」
「フォセカ・ディモル……貴様、言うに事欠いて、ダリアンナが自ら傷をつけたというのか!ここまで言っても罪を認めないとは、何と不遜な奴だ!!」
激昂し始めたスターチスに、ダリアンナが抱きついて宥める。
「スターチス様、フォセカ様は悪くないのです!私が、スターチス様を愛してしまったから!あなたの隣に立ちたいと思ってしまったから!分不相応な想いを抱いた、私が悪いのです!!」
涙ながらにスターチスを止めるダリアンナ。悪人を庇い、己のせいだと責め立てるその姿は、さながら聖女のようだ。
「よすんだ、ダリアンナ!君こそ何も悪くない!悪いのは、微量な魔力しかないくせに君にみっともなく嫉妬をし、苛めに走ったフォセカ・ディモルだ!」
スターチスの叫びに、周囲がざわめく。
遂にフォセカに対し、魔力について言及したことにどよめいているのだ。
ここ、フローレンス王国は、魔導王国である。人間は魔力を持ち、それを源とした魔法を扱うことが出来る。
その力は高位貴族になればなるほど強くなる。
現に王国の第一王子であるスターチスは、人を襲う魔物から国全体を守る結界を、一人で作成・維持できるほど膨大な魔力を持っており、その有望さから『聖賢王子』という二つ名が与えられていた。
そんな王族達は勿論魔力を重視していて、自分達の能力の高さは言うまでもなく、王子と婚姻を結ぶ令嬢も魔力の高い娘であることが望ましいとされていた。
だが、スターチスの婚約者となったフォセカ・ディモルは、ほとんど魔力がないに等しい娘であった。
ディモル家は、伯爵家でありながら、建国の時代から国を支えてきた古参の家柄で、多くの魔導師を排出してきた名門ではあるものの、彼女が持つ力はその名声だけだった。
魔導の一族に生まれながら、その才に恵まれなかったフォセカが、何故スターチスの婚約者に選ばれたのか、当時の周囲は疑問に思っていたものだ。
何故か王と王妃が強く推薦したことにより、第一王子と婚約したフォセカは、それでも貴族令嬢としては立派なものだった。
王妃教育もなんなくこなし、容姿は勿論器量も優秀、本当に魔力の面さえ目をつぶれば、これほどまでに王太子妃に相応しい人材はいなかった。
しかし、当のスターチスは、魔力の乏しいフォセカの事を気に入らず、常に見下すような態度で彼女に接していた。
『聖賢王子』と呼ばれるほどの強い魔力を持った自分に相応しいのは、魔力なしのフォセカではない、と往々にして声高に叫んでいたものだ。
この婚約破棄騒動は、ダリアンナという魔力が豊富で美しい伯爵令嬢が現れたことで、遂にスターチスの我慢が限界に達した、という流れなのだ。
フォセカは、公衆の面前で辱しめを受けたにも関わらず、動揺の一つも見せず、淡々とスターチスに述べる。
「……確かに、わたくしの魔力は並み以下とされていますが。しかし、わたくしは王と王妃ーーあなた様の父君と母君により推薦されて、あなた様の婚約者となっているのです。婚約破棄をする、ということはつまり、王と王妃の顔に泥を塗る、ということになりますが、それでよろしいのですか?」
「この期に及んで、父上と母上の事まで持ち出すか!!みっともないな、フォセカ・ディモル!そんなにまでして、俺との婚約を破棄したくないか?」
蔑んだ表情でフォセカを見やるスターチス。フォセカは、話にならないと言わんばかりに、軽く首を振る。
「お言葉ですが、わたくしは単純に事実を述べているだけに過ぎませんわ。わたくしとあなた様の婚約は、王と王妃公認の正式なもの。それを破棄するとなると、どのような不利益が生まれるか分かりません。それでも、婚約破棄をなさりたいと、あなた様は仰るのですか?」
そう言って、じっとスターチスを見つめるフォセカ。その目には、何の感情も浮かんでいない。
しかし、それに気づかないスターチスは、鼻を鳴らし、忌々しげにフォセカに言う。
「ふん!不利益なんぞ、我ら王族には何もない。むしろ王族の後ろ楯がなくなるお前の方が、よっぽど不利益を被るだろう。賢らに言いくるめれば、俺が騙されるとでも思ったか?!お前のその高飛車で傲慢な態度には、常に悩まされてきた。だが、もう俺にはお前を我慢する理由など無い。ダリアンナという運命の女性を見つけたからだ!彼女は同じ伯爵令嬢でも、魔力が高く、性格も慎ましやかで穏やかだ。
魔力なしの癖にプライドだけは高いお前の相手は、金輪際終いだ!俺は、ダリアンナ・リリスを選ぶ!次期王太子妃となるべきは、この彼女だ!!」
スターチスの力強い凛とした主張は、広間内に響いた。
「す、スターチス様…!」
隣にいるダリアンナが感極まったのか、目を潤ませながら、スターチスを見つめる。
その様子を白々と見ていたフォセカは、遂にため息を一つついた。全ての感情を吐き出したかのような、重いため息だった。
「……かしこまりました。あなた様がそこまで仰るのであれば、この婚約、破棄いたしましょう。」
「はっ、最初から素直にそう応じていれば良かったものを……みっともなく足掻いたせいで、今日のお前のはしたない姿は社交界中に広まるだろう。最後の最後に、馬鹿なことをしたな。」
嘲るスターチスをよそに、フォセカは尋ねる。
「それで、婚約破棄の方法なのですが……
。」
「知っている。正式な婚約は、魔力を使った誓いで縛られている。それを解けば良いのだろう?」
「ええ、魔力のないわたくしでは、誓いを解くことが出来ません。お願いできますでしょうか?」
コテンと首を傾げながら、フォセカは問う。
「言われずとも、やってやる。ああ、遂にお前から解放される時が来たのだな。ダリアンナ、やっと俺達は一緒になれるよ。」
「スターチス様…私、嬉しいっ……!」
スターチスは、横にいるダリアンナを抱き締めると、高らかに宣言した。
「フローレンス王国第一王子、スターチス・フローレンスが命ずる!我とフォセカ・ディモルの婚約の誓いを、破棄したまえ!!」
その瞬間、カッ!!とスターチスとフォセカの周りをまばゆい光が包んだ。
「うわっ、何だ!?」
「す、スターチス様!!一体これは?!!」
あわてふためくスターチスとダリアンナ、周囲の面々をよそに、フォセカは何事もないかのようにーーいや、むしろ嬉しそうに口許をほころばせながら、その光の中心に立つ。
そして、高々と扇を持たない左手を頭の上に掲げると、二人に告げた。
「時は来た!返してもらうわよ、私の魔力……!!」
「えっ?」
カカッ!!!
その時、光は全ての者の目を眩ませるほど、いっそう目映さを増した。
そして、その光が収まった時……この会場にいる者は皆、驚愕の事態を目撃することとなった。
「えっ……フォセカ様の体から、ものすごい量の魔力が溢れている?!」
「対してスターチス王子からは、魔力が感じられないぞ!どういうことだ?!」
ざわめく観衆。
無理もない。今や膨大な魔力を持つのはフォセカ、魔力を持たないのはスターチス。
二人の関係性が全く逆転してしまったのだから。
己から魔力が失われた事を悟ったスターチスは、両手をガタガタと震わせながら、フォセカに吠える。
「おいっっ!!これは一体どういうことなんだ?!何故、俺から魔力が失われ、お前が膨大な魔力を持っている?!まさか、俺から魔力を盗んだのか??!!」
フォセカに詰め寄るスターチス。だが、フォセカは我関せずの様子で、扇を持った右手を下ろすと、冷たい目をして言った。
「魔力を盗んだ?それはこっちの台詞よ。今の今まで、私の魔力を奪って好き勝手してたのは、そっちの方でしょ?」
「は…?」
ポカンと口を開けるスターチス。それを、フォセカが呆れたように見る。
「……あなた、本当に何も知らないのね。まあ、いいわ。なら、少し昔話をしましょうか?」
そうして、フォセカは語り出した。
***
時は、遡ること18年前。
ここフローレンス王国に、第一王子が生まれた。
だが、第一王子は王と王妃の期待とは裏腹に、魔力を微量にしか持たなかった。
王と王妃は、苦悩した。せっかくの跡取りである第一王子が、魔力をほとんど持たないなんて。
王族は、高い魔力をもって生まれるもの。その当然だったはずの摂理に反して、この世に生を受けてしまった第一王子を、王と王妃は恥ずかしく思いながらも、同時に憐れに思った。
どうにかして、第一王子の魔力を上げることは出来ないか。
様々な方法を試していったものの、それは全く成功しなかった。
そうして一年が経った頃、ディモル家に一人娘が生まれた。
彼女は、魔導の名門であるディモル家にふさわしいーーいや、それ以上の膨大な魔力を持っていた。
それを知った王と王妃は、こう考えた。
ディモル家の娘から魔力を奪えば、第一王子は強大な魔力を手に入れることが出来るのではないか?
数多の方法を試し失敗し疲れ果てた彼らは、すぐに行動に移した。
ディモル伯爵夫妻を王宮に呼び出し、娘の生誕祝いに、と、プレゼントの箱を渡した。
しかし、その中に入っていたのは、祝いの品ではなく、呪いだった。
箱を開けた伯爵夫人は、その呪いに直撃し、すぐにでも解呪しなければ命を落とす段階まで、昏倒した。
突然の事に驚き、また王と王妃の裏切りに怒るディモル伯爵を前に、二人は言った。
ディモル家の娘の魔力を第一王子に与えれば、呪いを癒す『天使の妙薬』を渡そう。
『天使の妙薬』はどんな呪いをも癒す、王家にのみ製法が伝わる魔法薬。
今にも命を落としかねない状況の伯爵夫人を前にして、ディモル伯爵への選択権は無いも同然であった。
苦渋の末にディモル伯爵は王と王妃の要求をのみ、連れてきていた愛娘と第一王子の魔力を交換する魔法をかけさせられた。
そして、目的を達成し第一王子に膨大な魔力を与えられた王と王妃は、約束通りディモル伯爵に『天使の妙薬』を渡したが……そこで、問題が起こった。
『天使の妙薬』を使用しても、伯爵夫人の容態はもとに戻らなかった。
伯爵夫人に直撃した呪いは、精神の奥深くまで侵食しており、最高峰の魔法薬『天使の妙薬』を一度与えただけでは、完全に解呪することが出来なかったのだ。
この事態を見た王と王妃は、ディモル伯爵にある条件を出した。
娘の魔力を与えてくれた礼だ、伯爵夫人の呪いが完全に解けるまで『天使の妙薬』は渡し続ける。また、第一王子の婚約者にディモル家の娘を指名する。これで、微量な魔力しか持たなくなった娘の行く先も安定させられるだろう。
『天使の妙薬』を渡し続けるのは、勿論ここまでの事態を予測していなかったがゆえの譲歩だろう。
だが、娘を第一王子の婚約者にする、というのは、明らかに彼女を人質にとるためのものだった。
この事実を公にすれば、娘の命はない。そう言っているも同然だった。
ディモル伯爵は抗議しようとしたが、それすら封じられた。王と王妃は、ディモル家の娘を婚約者にしなければ、『天使の妙薬』は渡さないと言い出したのだから。
王と王妃は魔力交換の魔法を『楔』に、魔力を使った婚約の宣誓を行った。
魔法の縁を『楔』にした宣誓の効力は、凄まじいものだ。
『魔力交換』という縁で繋がったディモル家の娘と第一王子の繋がりを更に強固にーーそう、何があってもディモル家の娘が逃げられないようにするためのもの。
何もかもがうまく行った王と王妃は、この国全員に『第一王子の魔力は膨大で、ディモル家の娘の魔力は微弱』という誤認の魔法をかけ、ディモル伯爵には口止めの魔法をかけて、全ての事実を隠蔽した。
こうして、強大な魔力を持つ『聖賢王子』スターチス・フローレンスが誕生したのだった。
***
フォセカがここまで話し終えた時、周囲のざわめきは今まで以上に大きなものとなっていた。
『王と王妃が、ディモル伯爵令嬢の魔力を盗んだだって?』
『しかも、ディモル伯爵夫人に呪いをかけて脅して奪ったの?何てこと…』
『今まで俺達は、王と王妃に騙されていたのか?!』
ざわざわと王と王妃への疑念が渦巻くなか、スターチスが叫んだ。
「っうるさい、うるさいぞ!我が父上と母上が、そのような姑息な真似をするはずがないだろう!!
フォセカ・ディモル!!王族を貶しめた罪は重いぞ!覚悟はできているんだろうな!!」
青い顔でフォセカを指差しわめくスターチスを見て、フォセカはまたも呆れ顔で呟く。
「ここまで言っても、信じようとしないのねえ……。というか、あなた、今の状況、分かってる?私に魔力が戻って、あなたには魔力がない。私の話の信憑性の方が、よっぽど高いのだけど?」
「それは、お前が俺の魔力を盗んだ言い訳だろう!!手の込んだ作り話を用意しやがって!」
「……あのねえ、今の私ならともかく、今までの私は殆ど魔力がないに等しい状態だったのよ?そんな状況で、『魔力を盗む』なんて高度な魔法、どうやって使うのよ?」
「ぐっ……そ、それは……。な、なら、もしその話が本当だとして、何故お前がその事を知っている?!国民は誤認の魔法をかけられ、ディモル伯爵は口止めの魔法をかけられていたんだろう?!お前がその話を知るきっかけなどないはずだ!!」
「それは、お父様が『魔法の抜け穴』を探して、私に伝えてくださったからよ。」
「『魔法の抜け穴』…?」
フォセカは、ふう、と一息つくと、再び語り出す。遠い遠い出来事を思い返すように。
「『口止めの魔法』は、あくまでも口止めしたい『内容』を話そうとすると、口に出せなくなるもの。なら、『内容』全てを一気に伝えなければ良い。
時には口頭で、時には筆記で。
お父様は、『口止めの魔法』にかからないギリギリのところを見極めて、時間をかけて、少しずつ私に真実を伝えてくださったの。
お父様が全てを語るまでに、2年ほど要したかしら。」
「なっ……。」
スターチスの顔が、更に青くなる。どんどん信じたくない内容に信憑性が増していく。それに怯えているのだ。
「……い、いや、まだだ!まだ、俺は信用しない!!この事が真実で、お前がそれを知っていたなら、何故今まで何もせずに従っていたのだ?!その事実が分かっていたなら、すぐにでも魔力を取り返そうとするだろう?!!」
事実を認めたくなくてあがくスターチスに、フォセカはいっそ哀れみを込めた目線を送る。だが、その口は容赦なく正論を叩き込んでいく。
「私だって、その事実を知った時は、すぐにでも魔力を取り返したかったわよ。でも、出来なかった。私の魔力はその時微量なものしかなかったし、『魔力交換の魔法』は婚約の『楔』になっていたのだから。」
「『楔』…。」
「そう、さっきの話にも出てたでしょ?魔法の縁を使って、更に繋がりを強固にする『楔』。私とあなたとの婚約がある限り、『魔力交換の魔法』は『楔』のまま存在し続ける。」
「!!ま、まさか、お前は最初から婚約破棄を狙っていたのか?!」
「ご名答!まさしくその通りよ。
婚約がなくなれば、『楔』の存在意義はなくなる。よって、『魔力交換の魔法』もなかったことになる。私は、魔力を取り返せる。
王と王妃は、好機だからと利を狙いすぎたわね。せめて、『魔力交換の魔法』を『楔』に使わずにいたら、こんな事態にはならなかったのに。
それに、少し考えれば、王子が婚約破棄をしてしまったら、『楔』となっている『魔力交換の魔法』も解けてしまうって、普通は気づくもんだと思うんだけどね。それほど自分達の策に自信があったのか、王子が婚約破棄などしないと信じていたのか……。まあ、今とはなっては、どっちでもいいけど。」
スターチスが、床にへたりこむ。遂に足に力が入らなくなったようだ。
「まああなたも、言うて被害者と言えば被害者かもね。王と王妃から何も聞かされずに育ってきたのだから。
でも、あなただって疑問に思っていたのでしょう?どうして魔力の少ない私を婚約者にされているのかって。
なら、王と王妃に尋ねてみればよかったのよ。そこであなたは自身の事実を知ることができたかもしれない。そして、その立場を失わないようにすべく、私に対しての扱いを少しでも変えられたかもしれない。
でも、あなたは何もしなかった。ただただ婚約者への不満ばかり漏らして、高い魔力を鼻にかけて、私をバカにして。仕舞いには、別の女性と恋愛関係になって、私に婚約破棄を訴えた。
言うならば、このような結末になったのは、あなたにも責任があるのよ。
残念ね。魔力なしの癖にプライドだけは高い人間になってしまって。」
フォセカが皮肉を込めて言い放つと、スターチスの顔が今度は真っ赤になった。
「うるさいっ…うるさいうるさいうるさいっ!!お前こそこれでいいのか?!!お前の母親は、未だに呪いに蝕まれたままなのだろう?!!『天使の妙薬』は、王家にのみ製法が伝わる魔法薬!婚約を破棄したことで、お前の母親にはもう『天使の妙薬』は与えられないぞ!!残念だったな、お前の母親はお前のせいで死ぬんだ!!あははははっ!!」
信じがたい事実を目の前に壊れたのだろうか、スターチスが口汚くフォセカに叫ぶ。その笑い声は、もはや狂気的になっていた。今まで何も言えず隣に立っていたリリス伯爵令嬢も、スターチスの豹変ぶりに真っ青になっている。
「……あなたの本性も、どうしようもないわね。さすが、あの王と王妃の子だわ。
ご心配頂き有り難いけれど、その件に関しては、問題ないわ。
『天使の妙薬』以上の効力を持つ魔法薬を、私が開発したから。」
「……………は?」
スターチスは、またも間抜けにぽかんと口を開ける。
「あなたと婚約できて良かったと思える一番のメリットは、王宮の書庫に入れるようになったことね。
私はそこで『天使の妙薬』のレシピをこっそり見せてもらった。そして、それをベースに、さらに効力の高い魔法薬の開発にとりかかったのよ。いずれ婚約破棄した時に、『天使の妙薬』が無くてもお母様を助けられるようにね。
開発には時間がかかったけれど、お父様のコネで繋がったギルドの方々の助力もあって、少し前にようやく完成したわ。『天使の妙薬』を越える魔法薬……そうね、『神の妙薬』とでも名付けましょうか?お母様にも試して、癒しの効力が現れているのも確認済み。むしろ、『天使の妙薬』以上に効果が強くて、暫く投与を続ければ、完全な解呪も夢ではない、と言われたわ。
……というわけで、実は、あなたと婚約破棄しても、私には何の不利益もないのよね!御愁傷様!」
そこまでフォセカが言うと、スターチスは顔を青ざめさせながら呟く。
「そんな…………じゃあ、俺はこれから、どうすれば…………」
「知らないわ。どうしてもっていうなら、そこの……えーと……そこのご令嬢の魔力を貸していただいたら?また、お父上お母上に、魔力交換の魔法をかけてもらって。」
突然話を向けられたリリス伯爵令嬢は、びくりと肩を震わせる。スターチスは、目を輝かせて彼女に向き合う。
「……そうだ……俺には、ダリアンナがいる……!ダリアンナ、こんな俺でも、一緒に、側にいてくれるよな!?」
すがるようにリリス伯爵令嬢に抱きつくスターチス。だが、返ってきた反応は、彼の予想とは違った。
「嫌っっっ!!!」
リリス伯爵令嬢は、抱きつくスターチスを思い切り突き飛ばした。
「何で、何でよ!!何で、こんなことになるのよ?!私はただ、『聖賢王子』の妻に、この国一番の魔力を持つ男の妻になりたかっただけなのに!!まさか人から奪ったもので、元々はみそっかすな魔力しかないなんて!そんな男に興味なんかないわ!!
それに、あんたの妻になるってことは、私の魔力を奪われるってことなのよね?!そんなの嫌よ!私の魔力は私のもの!あんたなんかには奪わせない!!
あんたと一緒にいるなんて、死んでも嫌よ!!!」
リリス伯爵令嬢はそう一気に叫ぶと、すがりつくスターチスを足蹴にして、舞踏会場の外へ走り去っていってしまった。
愛する人が去っていく様を呆然と見つめているスターチスを、フォセカは憐憫の情を込めて暫し見つめていたが、
「……さて。もういいでしょう。婚約破棄も成ったし、私もこれで失礼させていただくわ。」
視線をそらすと、自分も舞踏会場の外へ出ようとする。
しかし。
ガシャン!と、十字にクロスした二本の槍がフォセカの行く手を阻む。
目の前には、二人の兵士。
「……一体、これはどういうこと?」
フォセカは、二人の兵士に問う。
「王と王妃の命令です。再び魔力交換を行うまで、あなたをここから出すな、とのことです。」
「王と王妃……すでに婚約破棄の事を知って、ここまで手を回してくるなんて。」
ギリッと歯を鳴らし、二人の兵士を睨み付けるフォセカ。
「あっはははは、そうだ!再びこいつと魔力を交換すれば、全て済む話じゃないか!!それなら、また俺と婚約させてやっても良いぞ!!おい、兵士ども、何をしている!早くその女を取り囲め!!そいつを逃がすな!!」
スターチスの命令に、兵士たちがフォセカのもとへ走り寄る。
無念、フォセカは大勢の兵士たちに取り囲まれるーー!!
「「「バリアーーー!!!」」」
その時、誰かの口から魔法が詠唱された!
フォセカの周囲には見えない壁が作られ、寄ってきた兵士たちは次々に激突して撃沈していく。
その隙をぬって、三人の人物がフォセカの周りを取り囲んだ。
「全く、こんなことになるんじゃないかと思ってたよ。」
剣を構えた青年が言い。
「ほーんと。まさか、王子がここまで馬鹿な男だと思わなかったわ。」
杖を振りながら少女が言い。
「フォセカさん、平気ですか?怪我はしていませんか?どこか痛かったら何時でも言って下さい、僕が治します!」
周りを警戒しながら、少年が言う。
「……アスター、バーベナ、ヘリオ。あなたたちが出てこなくても、私は大丈夫だったのに。」
フォセカは、自分を護るように立つ三人に、複雑そうに、でもどこか嬉しそうに、声をかける。
『あ、アスター?ギルドでトップの魔法剣士じゃないか!!』
『バーベナって、ギルド一番の魔導師と呼ばれているあの?!』
『ヘリオ……最年少でギルドの頂点に登りつめた回復魔法のエキスパートだ!』
ギルドトップ三人衆の登場に、周囲が色めきだつ。
そんな喧騒をよそに、四人は和やかに会話する。
「まあ、確かに魔力を取り戻したフォセカなら、こいつら相手に遅れなんてとらないでしょうけど……。念には念をってこともあるし、それに……あたし達も暴れさせてほしいのよね!!」
「そうですよ!今までフォセカさんを散々ひどい目に合わせておいて、今もまたあなたを拘束しようとしている!こんなやつらに慈悲など要りません!ぼこぼこにしてやりましょう!!」
「てか、フォセカ、お前、あーんなテイネーな態度とれたのな!俺、見ててめっちゃ面白くて、何度吹き出しそうになったか!」
「アスター、それ、私に対して失礼じゃない?今まで次期王太子妃やってたんだからね?あれが普通だったんだからね?というか、バーベナ、ヘリオ、あまりやりすぎないようにね!殺しちゃダメよ!」
「「はーーい!!」」
四人の会話は打ち解けた者同士の穏やかなものだが、その周囲では、バーベナが火の魔法を打ちまくって兵士を退け、ヘリオが風魔法で兵士を吹き飛ばし、アスターが剣をひらめかせながら兵士を追い払う。
いつの間にか、四人の周りには誰もいなくなっていた。
「うっし!これで邪魔者はいなくなった!さっさとずらかるぜ!」
「そうね、物足りないけど、ここらで我慢ね!」
「フォセカさん、行きましょう!」
こうして、フォセカはギルドトップの三人組と共に、王宮からの脱出に成功した。
半狂乱で喚き叫ぶスターチスを後に残して。
「ところでフォセカさん、あのように王宮から出てきてしまって大丈夫なのですか?ディモル家のこともあるでしょうし…。」
王宮から遠く離れた、魔物の出る不思議な森。
王宮を出た時点でここへワープの魔法を四人にかけたヘリオが問う。
「ああ、それなら大丈夫よ、ヘリオ。
私はもう婚約破棄の時点で、ディモル家から籍を抜いてもらってたから。 お父様は大分渋っていらっしゃったけど、これがディモル家に迷惑がかからない一番の方法だからね。結局は認めてくださったわ。
王宮がディモル家に責任を問おうとしたって、当の娘がいないんだもの、どうにもできないわよね!
お父様も爵位を親戚筋に譲って、お母様と一緒に田舎にひっこむって言ってたし、ディモル家に関しては平気だと思うわ。
あ、勿論、『神の妙薬』は定期的にお母様に送るけどね!」
「へえ!じゃあ、今のお前は貴族じゃない、ただのフォセカってことか。」
「ええ、そういうことになるわね。」
アスターの言葉にフォセカが頷くと、バーベナが尋ねる。
「じゃあ、フォセカはこれからどうするの?」
「そうね……せっかくだし、ギルドに所属してみようかしら。取り戻した魔力を、有効活用したいしね。」
「え!じゃあ、あたしたちと一緒にパーティー組もうよ!この四人なら、きっと最強だよ~!」
「おい、なに勝手に決めてんだよ、バーベナ!」
「とかいって、フォセカさんが加入して一番嬉しいのはアスターさんじゃないですか?いつも魔物討伐の時『フォセカがいればなあ~』って言ってたじゃないですか!」
「あっ、ヘリオ、てめっ!余計なこと言うなよ!」
「「「「あはははは!!!!」」」」
フォセカは、気心知れた仲間と笑いあいながら、新たな道へ歩き出す。
誰にも縛られる事のない、自由で明るい未来へ。
「フォセカ・ディモル!本日をもって、お前との婚約は破棄させてもらう!そして、ここにいるダリアンナ・リリス伯爵令嬢と婚約することを宣言する!!」
目の前には、婚約者ーーいや、元婚約者と呼ぶべきかーーである、このフローレンス王国の第一王子・スターチス。そして、その隣には、いかにも庇護欲を掻き立てられる見た目をした可憐な美少女。
突然婚約破棄を告げられたディモル伯爵令嬢・フォセカは、口許は扇で覆いつつも、その目だけは厳しくさせながら、スターチスに問う。
「婚約破棄…ですか。恐れながら殿下、わたくしには何故婚約を破棄されなければならないのか、理解できかねますわ。わたくしが一体、何をしたと仰るのでしょうか?」
「とぼけるな!お前がここにいるダリアンナを苛めて、精神的に追い込んでいたことは聞き及んでいるぞ!魔力が豊富で優秀なダリアンナに嫉妬して、彼女を排除しようと目論んだようだが、とんだ間違いを犯したな!俺の目はごまかされなかったぞ!」
その言葉を聞いたフォセカの目は、ますます厳しくなる。
「わたくしが、そちらの令嬢を苛めた…?失礼ですが、わたくしが彼女と会ったのは、ほんの数回。しかも、その際に彼女に伝えたのは、最低限、貴族としての規則を守るように、という注意だけですわ。この方、伯爵令嬢だというのに、マナーがまるでなっていなかったんですもの。貴族社会の風紀のため、注意をするのは、次期王太子妃として、当然の務めでしょう?」
フォセカの反論に、スターチスは、はっと鼻で嗤う。
「なるほど、あくまで否定するつもりか。だが、他でもない被害者のダリアンナがそう言っているんだ。なあそうだよな、ダリアンナ?」
スターチスから話を向けられたリリス伯爵令嬢は、第一王子の陰に隠れてふるえつつも、毅然とした声でフォセカに立ち向かう。
「そ、そうです!私は、フォセカ様からいつも心ない言葉を投げかけられました!時には取り巻きの方々と共に、罵詈雑言は勿論、酷い時には物まで投げつけられたりしてっ……」
そこまで言ったダリアンナの目に、涙が浮かぶ
。フォセカの恐ろしい所業を思いだし、恐怖におののいているのだ。そんな彼女の肩を、スターチスが勇気づけるように支える。
ダリアンナは、ドレスの右腕部分をまくる。
白い柔肌の上には、痛々しい青あざが複数できていた。
「これがフォセカ様から暴力を振るわれた証拠です。私、今日ここに立つのも本当は辛くて……でも、フォセカ様の罪を暴くには、もうこの場しかないと思って……!」
「ありがとう、ダリアンナ。もう十分だ。怖い思いをさせて、すまなかったな。」
スターチスは、ダリアンナを見つめると優しく告げる。そして、それとはうって変わって冷ややかな目をフォセカに向ける。
「ダリアンナがここまでして、証拠を見せたんだ。もう言い逃れは出来ないぞ!」
そんなスターチスの様子を見て、フォセカはため息が出そうになるのを何とかこらえた。そして、伯爵令嬢の鉄面皮を崩すこと無く、スターチスに言う。
「証拠、と、言いましても。その怪我が、本当にわたくしが彼女を苛めた証拠になりうるのですか?そのようなもの、いくらでも自分でつけることが出来ますわ。」
「フォセカ・ディモル……貴様、言うに事欠いて、ダリアンナが自ら傷をつけたというのか!ここまで言っても罪を認めないとは、何と不遜な奴だ!!」
激昂し始めたスターチスに、ダリアンナが抱きついて宥める。
「スターチス様、フォセカ様は悪くないのです!私が、スターチス様を愛してしまったから!あなたの隣に立ちたいと思ってしまったから!分不相応な想いを抱いた、私が悪いのです!!」
涙ながらにスターチスを止めるダリアンナ。悪人を庇い、己のせいだと責め立てるその姿は、さながら聖女のようだ。
「よすんだ、ダリアンナ!君こそ何も悪くない!悪いのは、微量な魔力しかないくせに君にみっともなく嫉妬をし、苛めに走ったフォセカ・ディモルだ!」
スターチスの叫びに、周囲がざわめく。
遂にフォセカに対し、魔力について言及したことにどよめいているのだ。
ここ、フローレンス王国は、魔導王国である。人間は魔力を持ち、それを源とした魔法を扱うことが出来る。
その力は高位貴族になればなるほど強くなる。
現に王国の第一王子であるスターチスは、人を襲う魔物から国全体を守る結界を、一人で作成・維持できるほど膨大な魔力を持っており、その有望さから『聖賢王子』という二つ名が与えられていた。
そんな王族達は勿論魔力を重視していて、自分達の能力の高さは言うまでもなく、王子と婚姻を結ぶ令嬢も魔力の高い娘であることが望ましいとされていた。
だが、スターチスの婚約者となったフォセカ・ディモルは、ほとんど魔力がないに等しい娘であった。
ディモル家は、伯爵家でありながら、建国の時代から国を支えてきた古参の家柄で、多くの魔導師を排出してきた名門ではあるものの、彼女が持つ力はその名声だけだった。
魔導の一族に生まれながら、その才に恵まれなかったフォセカが、何故スターチスの婚約者に選ばれたのか、当時の周囲は疑問に思っていたものだ。
何故か王と王妃が強く推薦したことにより、第一王子と婚約したフォセカは、それでも貴族令嬢としては立派なものだった。
王妃教育もなんなくこなし、容姿は勿論器量も優秀、本当に魔力の面さえ目をつぶれば、これほどまでに王太子妃に相応しい人材はいなかった。
しかし、当のスターチスは、魔力の乏しいフォセカの事を気に入らず、常に見下すような態度で彼女に接していた。
『聖賢王子』と呼ばれるほどの強い魔力を持った自分に相応しいのは、魔力なしのフォセカではない、と往々にして声高に叫んでいたものだ。
この婚約破棄騒動は、ダリアンナという魔力が豊富で美しい伯爵令嬢が現れたことで、遂にスターチスの我慢が限界に達した、という流れなのだ。
フォセカは、公衆の面前で辱しめを受けたにも関わらず、動揺の一つも見せず、淡々とスターチスに述べる。
「……確かに、わたくしの魔力は並み以下とされていますが。しかし、わたくしは王と王妃ーーあなた様の父君と母君により推薦されて、あなた様の婚約者となっているのです。婚約破棄をする、ということはつまり、王と王妃の顔に泥を塗る、ということになりますが、それでよろしいのですか?」
「この期に及んで、父上と母上の事まで持ち出すか!!みっともないな、フォセカ・ディモル!そんなにまでして、俺との婚約を破棄したくないか?」
蔑んだ表情でフォセカを見やるスターチス。フォセカは、話にならないと言わんばかりに、軽く首を振る。
「お言葉ですが、わたくしは単純に事実を述べているだけに過ぎませんわ。わたくしとあなた様の婚約は、王と王妃公認の正式なもの。それを破棄するとなると、どのような不利益が生まれるか分かりません。それでも、婚約破棄をなさりたいと、あなた様は仰るのですか?」
そう言って、じっとスターチスを見つめるフォセカ。その目には、何の感情も浮かんでいない。
しかし、それに気づかないスターチスは、鼻を鳴らし、忌々しげにフォセカに言う。
「ふん!不利益なんぞ、我ら王族には何もない。むしろ王族の後ろ楯がなくなるお前の方が、よっぽど不利益を被るだろう。賢らに言いくるめれば、俺が騙されるとでも思ったか?!お前のその高飛車で傲慢な態度には、常に悩まされてきた。だが、もう俺にはお前を我慢する理由など無い。ダリアンナという運命の女性を見つけたからだ!彼女は同じ伯爵令嬢でも、魔力が高く、性格も慎ましやかで穏やかだ。
魔力なしの癖にプライドだけは高いお前の相手は、金輪際終いだ!俺は、ダリアンナ・リリスを選ぶ!次期王太子妃となるべきは、この彼女だ!!」
スターチスの力強い凛とした主張は、広間内に響いた。
「す、スターチス様…!」
隣にいるダリアンナが感極まったのか、目を潤ませながら、スターチスを見つめる。
その様子を白々と見ていたフォセカは、遂にため息を一つついた。全ての感情を吐き出したかのような、重いため息だった。
「……かしこまりました。あなた様がそこまで仰るのであれば、この婚約、破棄いたしましょう。」
「はっ、最初から素直にそう応じていれば良かったものを……みっともなく足掻いたせいで、今日のお前のはしたない姿は社交界中に広まるだろう。最後の最後に、馬鹿なことをしたな。」
嘲るスターチスをよそに、フォセカは尋ねる。
「それで、婚約破棄の方法なのですが……
。」
「知っている。正式な婚約は、魔力を使った誓いで縛られている。それを解けば良いのだろう?」
「ええ、魔力のないわたくしでは、誓いを解くことが出来ません。お願いできますでしょうか?」
コテンと首を傾げながら、フォセカは問う。
「言われずとも、やってやる。ああ、遂にお前から解放される時が来たのだな。ダリアンナ、やっと俺達は一緒になれるよ。」
「スターチス様…私、嬉しいっ……!」
スターチスは、横にいるダリアンナを抱き締めると、高らかに宣言した。
「フローレンス王国第一王子、スターチス・フローレンスが命ずる!我とフォセカ・ディモルの婚約の誓いを、破棄したまえ!!」
その瞬間、カッ!!とスターチスとフォセカの周りをまばゆい光が包んだ。
「うわっ、何だ!?」
「す、スターチス様!!一体これは?!!」
あわてふためくスターチスとダリアンナ、周囲の面々をよそに、フォセカは何事もないかのようにーーいや、むしろ嬉しそうに口許をほころばせながら、その光の中心に立つ。
そして、高々と扇を持たない左手を頭の上に掲げると、二人に告げた。
「時は来た!返してもらうわよ、私の魔力……!!」
「えっ?」
カカッ!!!
その時、光は全ての者の目を眩ませるほど、いっそう目映さを増した。
そして、その光が収まった時……この会場にいる者は皆、驚愕の事態を目撃することとなった。
「えっ……フォセカ様の体から、ものすごい量の魔力が溢れている?!」
「対してスターチス王子からは、魔力が感じられないぞ!どういうことだ?!」
ざわめく観衆。
無理もない。今や膨大な魔力を持つのはフォセカ、魔力を持たないのはスターチス。
二人の関係性が全く逆転してしまったのだから。
己から魔力が失われた事を悟ったスターチスは、両手をガタガタと震わせながら、フォセカに吠える。
「おいっっ!!これは一体どういうことなんだ?!何故、俺から魔力が失われ、お前が膨大な魔力を持っている?!まさか、俺から魔力を盗んだのか??!!」
フォセカに詰め寄るスターチス。だが、フォセカは我関せずの様子で、扇を持った右手を下ろすと、冷たい目をして言った。
「魔力を盗んだ?それはこっちの台詞よ。今の今まで、私の魔力を奪って好き勝手してたのは、そっちの方でしょ?」
「は…?」
ポカンと口を開けるスターチス。それを、フォセカが呆れたように見る。
「……あなた、本当に何も知らないのね。まあ、いいわ。なら、少し昔話をしましょうか?」
そうして、フォセカは語り出した。
***
時は、遡ること18年前。
ここフローレンス王国に、第一王子が生まれた。
だが、第一王子は王と王妃の期待とは裏腹に、魔力を微量にしか持たなかった。
王と王妃は、苦悩した。せっかくの跡取りである第一王子が、魔力をほとんど持たないなんて。
王族は、高い魔力をもって生まれるもの。その当然だったはずの摂理に反して、この世に生を受けてしまった第一王子を、王と王妃は恥ずかしく思いながらも、同時に憐れに思った。
どうにかして、第一王子の魔力を上げることは出来ないか。
様々な方法を試していったものの、それは全く成功しなかった。
そうして一年が経った頃、ディモル家に一人娘が生まれた。
彼女は、魔導の名門であるディモル家にふさわしいーーいや、それ以上の膨大な魔力を持っていた。
それを知った王と王妃は、こう考えた。
ディモル家の娘から魔力を奪えば、第一王子は強大な魔力を手に入れることが出来るのではないか?
数多の方法を試し失敗し疲れ果てた彼らは、すぐに行動に移した。
ディモル伯爵夫妻を王宮に呼び出し、娘の生誕祝いに、と、プレゼントの箱を渡した。
しかし、その中に入っていたのは、祝いの品ではなく、呪いだった。
箱を開けた伯爵夫人は、その呪いに直撃し、すぐにでも解呪しなければ命を落とす段階まで、昏倒した。
突然の事に驚き、また王と王妃の裏切りに怒るディモル伯爵を前に、二人は言った。
ディモル家の娘の魔力を第一王子に与えれば、呪いを癒す『天使の妙薬』を渡そう。
『天使の妙薬』はどんな呪いをも癒す、王家にのみ製法が伝わる魔法薬。
今にも命を落としかねない状況の伯爵夫人を前にして、ディモル伯爵への選択権は無いも同然であった。
苦渋の末にディモル伯爵は王と王妃の要求をのみ、連れてきていた愛娘と第一王子の魔力を交換する魔法をかけさせられた。
そして、目的を達成し第一王子に膨大な魔力を与えられた王と王妃は、約束通りディモル伯爵に『天使の妙薬』を渡したが……そこで、問題が起こった。
『天使の妙薬』を使用しても、伯爵夫人の容態はもとに戻らなかった。
伯爵夫人に直撃した呪いは、精神の奥深くまで侵食しており、最高峰の魔法薬『天使の妙薬』を一度与えただけでは、完全に解呪することが出来なかったのだ。
この事態を見た王と王妃は、ディモル伯爵にある条件を出した。
娘の魔力を与えてくれた礼だ、伯爵夫人の呪いが完全に解けるまで『天使の妙薬』は渡し続ける。また、第一王子の婚約者にディモル家の娘を指名する。これで、微量な魔力しか持たなくなった娘の行く先も安定させられるだろう。
『天使の妙薬』を渡し続けるのは、勿論ここまでの事態を予測していなかったがゆえの譲歩だろう。
だが、娘を第一王子の婚約者にする、というのは、明らかに彼女を人質にとるためのものだった。
この事実を公にすれば、娘の命はない。そう言っているも同然だった。
ディモル伯爵は抗議しようとしたが、それすら封じられた。王と王妃は、ディモル家の娘を婚約者にしなければ、『天使の妙薬』は渡さないと言い出したのだから。
王と王妃は魔力交換の魔法を『楔』に、魔力を使った婚約の宣誓を行った。
魔法の縁を『楔』にした宣誓の効力は、凄まじいものだ。
『魔力交換』という縁で繋がったディモル家の娘と第一王子の繋がりを更に強固にーーそう、何があってもディモル家の娘が逃げられないようにするためのもの。
何もかもがうまく行った王と王妃は、この国全員に『第一王子の魔力は膨大で、ディモル家の娘の魔力は微弱』という誤認の魔法をかけ、ディモル伯爵には口止めの魔法をかけて、全ての事実を隠蔽した。
こうして、強大な魔力を持つ『聖賢王子』スターチス・フローレンスが誕生したのだった。
***
フォセカがここまで話し終えた時、周囲のざわめきは今まで以上に大きなものとなっていた。
『王と王妃が、ディモル伯爵令嬢の魔力を盗んだだって?』
『しかも、ディモル伯爵夫人に呪いをかけて脅して奪ったの?何てこと…』
『今まで俺達は、王と王妃に騙されていたのか?!』
ざわざわと王と王妃への疑念が渦巻くなか、スターチスが叫んだ。
「っうるさい、うるさいぞ!我が父上と母上が、そのような姑息な真似をするはずがないだろう!!
フォセカ・ディモル!!王族を貶しめた罪は重いぞ!覚悟はできているんだろうな!!」
青い顔でフォセカを指差しわめくスターチスを見て、フォセカはまたも呆れ顔で呟く。
「ここまで言っても、信じようとしないのねえ……。というか、あなた、今の状況、分かってる?私に魔力が戻って、あなたには魔力がない。私の話の信憑性の方が、よっぽど高いのだけど?」
「それは、お前が俺の魔力を盗んだ言い訳だろう!!手の込んだ作り話を用意しやがって!」
「……あのねえ、今の私ならともかく、今までの私は殆ど魔力がないに等しい状態だったのよ?そんな状況で、『魔力を盗む』なんて高度な魔法、どうやって使うのよ?」
「ぐっ……そ、それは……。な、なら、もしその話が本当だとして、何故お前がその事を知っている?!国民は誤認の魔法をかけられ、ディモル伯爵は口止めの魔法をかけられていたんだろう?!お前がその話を知るきっかけなどないはずだ!!」
「それは、お父様が『魔法の抜け穴』を探して、私に伝えてくださったからよ。」
「『魔法の抜け穴』…?」
フォセカは、ふう、と一息つくと、再び語り出す。遠い遠い出来事を思い返すように。
「『口止めの魔法』は、あくまでも口止めしたい『内容』を話そうとすると、口に出せなくなるもの。なら、『内容』全てを一気に伝えなければ良い。
時には口頭で、時には筆記で。
お父様は、『口止めの魔法』にかからないギリギリのところを見極めて、時間をかけて、少しずつ私に真実を伝えてくださったの。
お父様が全てを語るまでに、2年ほど要したかしら。」
「なっ……。」
スターチスの顔が、更に青くなる。どんどん信じたくない内容に信憑性が増していく。それに怯えているのだ。
「……い、いや、まだだ!まだ、俺は信用しない!!この事が真実で、お前がそれを知っていたなら、何故今まで何もせずに従っていたのだ?!その事実が分かっていたなら、すぐにでも魔力を取り返そうとするだろう?!!」
事実を認めたくなくてあがくスターチスに、フォセカはいっそ哀れみを込めた目線を送る。だが、その口は容赦なく正論を叩き込んでいく。
「私だって、その事実を知った時は、すぐにでも魔力を取り返したかったわよ。でも、出来なかった。私の魔力はその時微量なものしかなかったし、『魔力交換の魔法』は婚約の『楔』になっていたのだから。」
「『楔』…。」
「そう、さっきの話にも出てたでしょ?魔法の縁を使って、更に繋がりを強固にする『楔』。私とあなたとの婚約がある限り、『魔力交換の魔法』は『楔』のまま存在し続ける。」
「!!ま、まさか、お前は最初から婚約破棄を狙っていたのか?!」
「ご名答!まさしくその通りよ。
婚約がなくなれば、『楔』の存在意義はなくなる。よって、『魔力交換の魔法』もなかったことになる。私は、魔力を取り返せる。
王と王妃は、好機だからと利を狙いすぎたわね。せめて、『魔力交換の魔法』を『楔』に使わずにいたら、こんな事態にはならなかったのに。
それに、少し考えれば、王子が婚約破棄をしてしまったら、『楔』となっている『魔力交換の魔法』も解けてしまうって、普通は気づくもんだと思うんだけどね。それほど自分達の策に自信があったのか、王子が婚約破棄などしないと信じていたのか……。まあ、今とはなっては、どっちでもいいけど。」
スターチスが、床にへたりこむ。遂に足に力が入らなくなったようだ。
「まああなたも、言うて被害者と言えば被害者かもね。王と王妃から何も聞かされずに育ってきたのだから。
でも、あなただって疑問に思っていたのでしょう?どうして魔力の少ない私を婚約者にされているのかって。
なら、王と王妃に尋ねてみればよかったのよ。そこであなたは自身の事実を知ることができたかもしれない。そして、その立場を失わないようにすべく、私に対しての扱いを少しでも変えられたかもしれない。
でも、あなたは何もしなかった。ただただ婚約者への不満ばかり漏らして、高い魔力を鼻にかけて、私をバカにして。仕舞いには、別の女性と恋愛関係になって、私に婚約破棄を訴えた。
言うならば、このような結末になったのは、あなたにも責任があるのよ。
残念ね。魔力なしの癖にプライドだけは高い人間になってしまって。」
フォセカが皮肉を込めて言い放つと、スターチスの顔が今度は真っ赤になった。
「うるさいっ…うるさいうるさいうるさいっ!!お前こそこれでいいのか?!!お前の母親は、未だに呪いに蝕まれたままなのだろう?!!『天使の妙薬』は、王家にのみ製法が伝わる魔法薬!婚約を破棄したことで、お前の母親にはもう『天使の妙薬』は与えられないぞ!!残念だったな、お前の母親はお前のせいで死ぬんだ!!あははははっ!!」
信じがたい事実を目の前に壊れたのだろうか、スターチスが口汚くフォセカに叫ぶ。その笑い声は、もはや狂気的になっていた。今まで何も言えず隣に立っていたリリス伯爵令嬢も、スターチスの豹変ぶりに真っ青になっている。
「……あなたの本性も、どうしようもないわね。さすが、あの王と王妃の子だわ。
ご心配頂き有り難いけれど、その件に関しては、問題ないわ。
『天使の妙薬』以上の効力を持つ魔法薬を、私が開発したから。」
「……………は?」
スターチスは、またも間抜けにぽかんと口を開ける。
「あなたと婚約できて良かったと思える一番のメリットは、王宮の書庫に入れるようになったことね。
私はそこで『天使の妙薬』のレシピをこっそり見せてもらった。そして、それをベースに、さらに効力の高い魔法薬の開発にとりかかったのよ。いずれ婚約破棄した時に、『天使の妙薬』が無くてもお母様を助けられるようにね。
開発には時間がかかったけれど、お父様のコネで繋がったギルドの方々の助力もあって、少し前にようやく完成したわ。『天使の妙薬』を越える魔法薬……そうね、『神の妙薬』とでも名付けましょうか?お母様にも試して、癒しの効力が現れているのも確認済み。むしろ、『天使の妙薬』以上に効果が強くて、暫く投与を続ければ、完全な解呪も夢ではない、と言われたわ。
……というわけで、実は、あなたと婚約破棄しても、私には何の不利益もないのよね!御愁傷様!」
そこまでフォセカが言うと、スターチスは顔を青ざめさせながら呟く。
「そんな…………じゃあ、俺はこれから、どうすれば…………」
「知らないわ。どうしてもっていうなら、そこの……えーと……そこのご令嬢の魔力を貸していただいたら?また、お父上お母上に、魔力交換の魔法をかけてもらって。」
突然話を向けられたリリス伯爵令嬢は、びくりと肩を震わせる。スターチスは、目を輝かせて彼女に向き合う。
「……そうだ……俺には、ダリアンナがいる……!ダリアンナ、こんな俺でも、一緒に、側にいてくれるよな!?」
すがるようにリリス伯爵令嬢に抱きつくスターチス。だが、返ってきた反応は、彼の予想とは違った。
「嫌っっっ!!!」
リリス伯爵令嬢は、抱きつくスターチスを思い切り突き飛ばした。
「何で、何でよ!!何で、こんなことになるのよ?!私はただ、『聖賢王子』の妻に、この国一番の魔力を持つ男の妻になりたかっただけなのに!!まさか人から奪ったもので、元々はみそっかすな魔力しかないなんて!そんな男に興味なんかないわ!!
それに、あんたの妻になるってことは、私の魔力を奪われるってことなのよね?!そんなの嫌よ!私の魔力は私のもの!あんたなんかには奪わせない!!
あんたと一緒にいるなんて、死んでも嫌よ!!!」
リリス伯爵令嬢はそう一気に叫ぶと、すがりつくスターチスを足蹴にして、舞踏会場の外へ走り去っていってしまった。
愛する人が去っていく様を呆然と見つめているスターチスを、フォセカは憐憫の情を込めて暫し見つめていたが、
「……さて。もういいでしょう。婚約破棄も成ったし、私もこれで失礼させていただくわ。」
視線をそらすと、自分も舞踏会場の外へ出ようとする。
しかし。
ガシャン!と、十字にクロスした二本の槍がフォセカの行く手を阻む。
目の前には、二人の兵士。
「……一体、これはどういうこと?」
フォセカは、二人の兵士に問う。
「王と王妃の命令です。再び魔力交換を行うまで、あなたをここから出すな、とのことです。」
「王と王妃……すでに婚約破棄の事を知って、ここまで手を回してくるなんて。」
ギリッと歯を鳴らし、二人の兵士を睨み付けるフォセカ。
「あっはははは、そうだ!再びこいつと魔力を交換すれば、全て済む話じゃないか!!それなら、また俺と婚約させてやっても良いぞ!!おい、兵士ども、何をしている!早くその女を取り囲め!!そいつを逃がすな!!」
スターチスの命令に、兵士たちがフォセカのもとへ走り寄る。
無念、フォセカは大勢の兵士たちに取り囲まれるーー!!
「「「バリアーーー!!!」」」
その時、誰かの口から魔法が詠唱された!
フォセカの周囲には見えない壁が作られ、寄ってきた兵士たちは次々に激突して撃沈していく。
その隙をぬって、三人の人物がフォセカの周りを取り囲んだ。
「全く、こんなことになるんじゃないかと思ってたよ。」
剣を構えた青年が言い。
「ほーんと。まさか、王子がここまで馬鹿な男だと思わなかったわ。」
杖を振りながら少女が言い。
「フォセカさん、平気ですか?怪我はしていませんか?どこか痛かったら何時でも言って下さい、僕が治します!」
周りを警戒しながら、少年が言う。
「……アスター、バーベナ、ヘリオ。あなたたちが出てこなくても、私は大丈夫だったのに。」
フォセカは、自分を護るように立つ三人に、複雑そうに、でもどこか嬉しそうに、声をかける。
『あ、アスター?ギルドでトップの魔法剣士じゃないか!!』
『バーベナって、ギルド一番の魔導師と呼ばれているあの?!』
『ヘリオ……最年少でギルドの頂点に登りつめた回復魔法のエキスパートだ!』
ギルドトップ三人衆の登場に、周囲が色めきだつ。
そんな喧騒をよそに、四人は和やかに会話する。
「まあ、確かに魔力を取り戻したフォセカなら、こいつら相手に遅れなんてとらないでしょうけど……。念には念をってこともあるし、それに……あたし達も暴れさせてほしいのよね!!」
「そうですよ!今までフォセカさんを散々ひどい目に合わせておいて、今もまたあなたを拘束しようとしている!こんなやつらに慈悲など要りません!ぼこぼこにしてやりましょう!!」
「てか、フォセカ、お前、あーんなテイネーな態度とれたのな!俺、見ててめっちゃ面白くて、何度吹き出しそうになったか!」
「アスター、それ、私に対して失礼じゃない?今まで次期王太子妃やってたんだからね?あれが普通だったんだからね?というか、バーベナ、ヘリオ、あまりやりすぎないようにね!殺しちゃダメよ!」
「「はーーい!!」」
四人の会話は打ち解けた者同士の穏やかなものだが、その周囲では、バーベナが火の魔法を打ちまくって兵士を退け、ヘリオが風魔法で兵士を吹き飛ばし、アスターが剣をひらめかせながら兵士を追い払う。
いつの間にか、四人の周りには誰もいなくなっていた。
「うっし!これで邪魔者はいなくなった!さっさとずらかるぜ!」
「そうね、物足りないけど、ここらで我慢ね!」
「フォセカさん、行きましょう!」
こうして、フォセカはギルドトップの三人組と共に、王宮からの脱出に成功した。
半狂乱で喚き叫ぶスターチスを後に残して。
「ところでフォセカさん、あのように王宮から出てきてしまって大丈夫なのですか?ディモル家のこともあるでしょうし…。」
王宮から遠く離れた、魔物の出る不思議な森。
王宮を出た時点でここへワープの魔法を四人にかけたヘリオが問う。
「ああ、それなら大丈夫よ、ヘリオ。
私はもう婚約破棄の時点で、ディモル家から籍を抜いてもらってたから。 お父様は大分渋っていらっしゃったけど、これがディモル家に迷惑がかからない一番の方法だからね。結局は認めてくださったわ。
王宮がディモル家に責任を問おうとしたって、当の娘がいないんだもの、どうにもできないわよね!
お父様も爵位を親戚筋に譲って、お母様と一緒に田舎にひっこむって言ってたし、ディモル家に関しては平気だと思うわ。
あ、勿論、『神の妙薬』は定期的にお母様に送るけどね!」
「へえ!じゃあ、今のお前は貴族じゃない、ただのフォセカってことか。」
「ええ、そういうことになるわね。」
アスターの言葉にフォセカが頷くと、バーベナが尋ねる。
「じゃあ、フォセカはこれからどうするの?」
「そうね……せっかくだし、ギルドに所属してみようかしら。取り戻した魔力を、有効活用したいしね。」
「え!じゃあ、あたしたちと一緒にパーティー組もうよ!この四人なら、きっと最強だよ~!」
「おい、なに勝手に決めてんだよ、バーベナ!」
「とかいって、フォセカさんが加入して一番嬉しいのはアスターさんじゃないですか?いつも魔物討伐の時『フォセカがいればなあ~』って言ってたじゃないですか!」
「あっ、ヘリオ、てめっ!余計なこと言うなよ!」
「「「「あはははは!!!!」」」」
フォセカは、気心知れた仲間と笑いあいながら、新たな道へ歩き出す。
誰にも縛られる事のない、自由で明るい未来へ。
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