ロマの王

いみじき

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 引き続き軟禁状態の菊蛍だったが、お気楽な休暇ライフを堪能していた。

「今まで忙しく、クロネとのムービーの整理をしていなかった。出会いからそれまでの記録を眺めて余生を過ごすのが理想の老後である」

 菊蛍は気づいていないが、ムービー整理の時間がなかったおかげで、アエロ事件の時のようなフォト消去の憂き目に合わずに済んだ。彼は気づかずに、本来アエロとすり替わっていたはずの黒音との思い出を眺めて一日中過ごしている。

 黒音は本当に出会った時から可愛らしく、毛を逆立ててジャガイモに齧りついていたのへ声をかけるとふぅっと脱力して不安そうな顔をして菊蛍を見上げた。あの、訴えかけるかのような大きな猫目。

 凶暴なまでに暴れまわっていたくせに、菊蛍の腕の中では借りてきた猫のようにおとなしく、身を預けてくるのが可愛くて可愛くて。

 黒音は、いつか自分が老いて菊蛍が飽きるだろうと考えているようだが、あの子は60歳の年の差を考えていないのだろうか。あの子の老いが始まる頃には菊蛍は鬼籍に入っている可能性すらある。

 それに、壮年になる頃には更に精悍さを増し、良い男に育っているだろう。それが楽しみであることなど、言ってもなかなか伝わらない。

 そんな菊蛍の元へ、ブリンカーと一人の女が現れた。

「なんだ貴様。のこのこと俺の前に立つとは……殺されるとは思わなかったのか?」

「蛍さま。あの者は貴方には毒気が強すぎましょう」

「……?」

 あの者、との言い方に眉を顰める。まさか鷹鶴ではあるまいし、菊蛍が親しい者と言えば黒音しかいない。なにしろ、家族だ。

「玩具はあと三つあります。なんでしたら新しいものをお造りいたしますよ」

「玩具だと? クロネもあの子たちも物ではないぞ! 貴様どこまで落ちぶれたか、ブリンカー!!」

 かつて実父の玩具として生まれた菊蛍への最悪の侮辱。まして自身の命よりも大切な黒音を。

 おそらく、横の女はテレパスであろう。しかし、テレパスなどというものは万能ではない。よほど神経衰弱した時か、相手を信用していなければ精神操作など出来ないのだ。

 此処がどこか分からない以上、鷹鶴や黒音の助けを待つつもりだった。

 だが、こうなれば話は別だ。

 玩具。玩具だと。ふざけたことを。お前が俺のなんだというのだ。今まで何をしてくれたという? 黒音の受精卵の何を弄ったか知れないが、きっと菊蛍は彼に出逢えば惹かれていた。なにしろあのクラミツの兄なのだ。そして、あの気性の荒さは母ゆずり。性格はあのままに違いない。

 アエロもハルナもカナカも好みなどではない。あの子がいい。あの子だからいい。そして、あの三人の子供もそれぞれ個性を持った別の人間なのだ。それを……

(貴様は知らんだろう、貴様と別れた後、どれほどの修羅場を切り抜けてきたか……お前の中では俺はか弱い籠の鳥のままか?)

 どこででも生き抜いてやる。たとえ4G低酸素の世界であっても。



***



 ガリアの征服は簡単に終わった。

 ていうのも、志摩王がそうであるように王って国王って意味じゃないし、政治にあんまり関与しない。護ったりトラブル解決はするんだけども、介入は双方の合意によって行われる。そりゃ圧力かけたりかけられたりすることはあるだろうけど、昔の独裁者とは存在理由が違うんだ。

 だから諸国もとりたてて気にしなかった。移民の件もクリア。もっと抵抗されると思ったのに、呆気ないくらい。ま、問題は実際に共存し初めてから起こるのかもしれない。

 ガリア王軍はローマを取られて引き返していった。今のガリア政府はローマ。故郷を奪われて帰っていったというのも不思議だ。こっちの戦力がアレだからかもだけど。

 さて、移民の件は鷹鶴に任せるとして、次は蛍だ。

 もちろんガリアを奪る間も蛍を探してたんだが……

 だめ。全然みつかんない。

 若いブリンカーはスピーカーをアンカーにしてた。でも、あのサイコブリンカーが何をアンカーにしてるか判然としないんだよな。本当に神出鬼没に感じる。

 かくなる上は猫の狭間に行ってフッセに会うべきか? 蛍のとこ飛ばしてくれとは言わないまでも、ブリンカーについて何か分かるかもしれない。

「とりあえず宇宙政府に確認されてる惑星上には存在しない。衛生にも宇宙船にも。アンノウンの海賊船まで。但し地下組織の母艦は俺も確認できない」

「兄上にも、ですか」

「彼らは仮想次元を展開しない。ウィッカー能力は仮想次元を媒介に……待てよ」

 ブリンカーも理論上、仮想次元を渡り歩いてるはずだ。現実の機器ではなく、仮想次元の中の何かをアンカーにしているとしたら。

「クラミツ。仮想次元に必ずあるものってある?」

「ないと言えばないですし、全てが揃っていると言えば揃っている環境ですから……ですが、本人が残した印であれば別です。何かとても分かりにくい……俺は専門家でないので」

 うん。ハイドのマイクロチップ検索しても、そんなもんないな。本人の残した目印か。

 俺はその場でアジャラ皇子に連絡をとった。

「アジャラ皇子、お久しぶりです」

『クロネ! どうした。嫁に来る気になったか?』

「お元気そうで何より」

 アジャラ皇子率いる皇宙軍は、引き続き地下組織を叩き、クラライア帝の行動に関与しないと宣言している。

 それこそがクラライア帝の思惑で、アジャラ皇子とクラライア帝が繋がっている可能性もなくはないが……

 そういう芸当が出来る人には思えない。

『食事! いいぞ、うまいヤマト料理をたらふく食わせてやる。松茸の天ぷらなんて食べたことないだろう』

 ま、松茸の天ぷらだと……松茸すら食ったことねえよ! じゅる。

 思わぬ飯テロに屈しそうになりながら「実は」と切り出した。

「ヤマト宮にブリンカーが出現したことがあったでしょう。老年のほうのブリンカーです」

『皇軍ではアインBと呼んでいるぞ!』

 アインってのは1。いわゆるフォネティックコード。アイン、ビリ、サン、フォス、イプシロン、シェスタ、ルセッテ、シエン、ノジー、ファイと続く。

 基本的には軍部しか使用しないけど。4まではとにかく、5以降になると「なんだっけ?」ってなる。

 アイン・B、つまりブリンカーその1。若いほうはビリ・Bってこと。把握。

「ヤマト宮で出現した位置に重なる仮想次元にアイン・Bがアンカーを残している可能性があります。撤去済みかもしれませんが」

『そうでもないぞ! 仮想次元にアンカーを残してるなんて発想は今までなかった。その手段は皇立ラボじゃ発見されてないしな。

 さすがだクロネ、ますます俺の嫁に、』

「殿下。殿下は志摩王子がお好きなんでしょう?」

『前はな! 今はお前のほうがいいぞ!』

 あれ。比重が俺のほうに傾いてんのか。

 この皇子、嫌いになれないのがな。困る。ハイドといい、全く善人とは言えない憎めない奴が周囲に……ハイド。

 思い出しちゃったな。もう「周囲」にあいついないんだ。

『とりあえず調べてみるぞ! 情報提供感謝する! 菊蛍が早く見つかるといいな!』

「そう思ってくれるんですか?」

『自慢じゃないが、俺は人のことを嫌うことはあんまりないぞ!!』

 妙に気持ちのいいクズ。というのが失礼ながらアジャラ皇子に対する印象。

「アジャラ皇子に捜査を依頼した。こっちはこっちで動きたい。狭間にダイブするから俺の肉体を守ってくれ、バカども」

「イエス・ハイネス!」

 俺ぁブリタニア貴族じゃねえよ。

 ん? ブリタニア……?

「なあお前ら。お前らブリタニアの出身?」

「どこからどう見てもニブル人であります!」

 いや見れば分かるけど。でも鷹鶴みたいな例もあるし。

「我々は生まれも育ちもニブルであります。末端王族であります」

 おん。王族だったんだ。たぶん葛王子と同じくらいの敬称順位で、しかも当主じゃないんだろう。そんな王族はたくさんいる。

 俺がブリタニアに拘ったのはそこじゃない。

 ブリタニア王、ブリタニア造船所、ブリタニアにあるワンダープラネットには敵の疑いがある。

 ブリタニア王の寄越した母艦はタイミングが良すぎた上に盗撮カメラがついてた。

 ブリタニア造船所はそれを造った。

 ワンダープラネットでゲーム制作しているロマ二名は俺に夢レターを見せた。

 ブリタニアには不安要素がいっぱいある。

 で、ブリタニア出身ロマは二名。クレオディスとクヴァドくん。そんなこと言ったらブリタニアスラムやハマツもいるけど。

 でも、クヴァドくんが敵方だったら厳しいものがある。彼は継承三位だ。加えてアイン・Bはクヴァドくんだけ残して俺たち兄弟を抹殺しようとした。彼が王を継いだ場合、完全にロマの国が乗っ取られる……鷹鶴の後継者次第かなあ。

「そういえば鷹鶴の後継者って誰?」

『へえ? 俺ぇー? 考えてなかったけど』

 駄目だこいつ早く何とかしないと。

「そもそも鷹鶴ってなんなの」

『社長さ!』

「じゃあもう社長でいいよ! 社長兼宰相みたいなもんだろあんた。社長の跡取りちゃんと決めて育ててくれないと困る」

『えー、誰がいいかなあクロート』

 こいつ…! 蛍がいないと俺のほうに来るのか。有能なんだけど蛍も困ったろうな! 言い出しっぺは鷹鶴なのに。

「俺は若い奴把握してないよ。ハルナとカナカくらい」

『クラミツ王子がいてくれたら安心なのになー。婿に行っちゃうんでしょ』

「クラミツは志摩王子の腹心だから引き離せないっての」

「いや。俺としてはタカラより家族といたいですが……タカラにはシヴァロマ皇子や葛王子がついてますから、正直あっちにはあまり身の置き場がありません」

「奥さんになるナナセハナ姫はどうする気だ!」

「姫は当主になる訳でなく、出来た子が跡継ぎになるので。いっそ姫とこちらで過ごすのはアリですよ。タカラは成人して即当主になりましたが、普通そんなことありえないので」

『それだー! やったぜ後継者ゲットだぜ!』

 喜んでいいのかなあ。俺は嬉しいけど……今までいられなかった分、一緒に過ごせたらいいよな。それに甥っ子ぜったい可愛い。蛍も喜ぶだろうな、孫って言って。

「で、俺に万が一のことがあったらクラミツが王位について、クヴァドくんが補佐?」

『繰り上がりで王と副王いいね!』

『そのクヴァドくんだけど、身元は確か?』

 トーキーに切り替えて尋ねる。

 こっちでも調べてるが、ロマの情報って不鮮明だ。出身はブリタニアのキングストン星、アフタヌーン病院。午後病院って不安になる名前だな。

 それ以外のことはよくわかってない。どうやって育ったのかも。いつの間にかロマのキャラバンに加わってスキーマになってる。見習い時代があったのか、どこかで習ったのかも分からない。

『どしたん。クヴァドが何か?』

 アイン・Bがクヴァドくんを残して俺たち抹殺しようとしたこととか、ブリタニアの不穏な動きについて話した。

 といっても、当然そんなことは鷹鶴も知っているし気づいてる。

『んー、確かに不穏なんだよねえ。

 でも、クヴァド自身はそれほど乗り気じゃないんだよ。他にいないなら仕方ないってスタンス。指名もクロートだったから晴天の霹靂だったろうし』

『継承権を得たのは偶然でも、敵側と通じてた可能性は排除できない』

『クヴァドと仲がよかったと思うけど……何かあったかい?』

 別に何も。疑心暗鬼になってるだけだ。

『俺だってクヴァドくんを疑いたくない。でも留意してくれ。クレオディスのこともだ、ブリタニア出身のロマは危険だ』

 今はその気がなくとも、田舎のおっかさんを質にとられたら俺だって身動きとれねーよ。でも、うちはヤマトだから志摩王が守ってくれる。ブリタニアの場合はブリタニア王自体が敵である可能性が高いわけで……

「さて、そろそろ俺は潜ろうと思うよ。二度と戻って来れない可能性だってあるから用があるなら今のうちに言ってくれ」

『何言ってんの! 君は蛍を何度泣かせれば気が済む?』

「その泣く蛍がいないんだから仕方ねえだろ」

 薬物で洗脳なんかされて帰ってきたら酷いことになる。一刻も早く救出しないと。

「兄上……」

 不安そうなクラミツが見つめてる。流石に良心が痛む。

『まあ待てよクロート。超AIなら狭間に行かなくても会える。コリドンだ。蛍がお前のために作っていたゲームのマスターがコリドンなんだぜ。

 コリドンはゲーム制作補助AIだったけど、超AI化したことが発覚して、ゲーム世界を作ってそちらに移ることになったのさ。つまり、ゲームをすればコリドンに会える!』

 なんだってぇ!

 あ、あの蛍が俺のために作ったとかいう、ワンダープラネットにあるゲーム……ソワァ。今それどこじゃないけどやりたいと言えばそりゃやりたい。

「ゲームクリエイターに言えば会えるんじゃないのか」

『コリドンはもう空間コンピュータ化しちゃったから無理だぜ。コリドンはもう人間の制約を受ける存在じゃなくなってる』

 皇室付き超AIエヴデルタと並んで人間が会える超AIだな。

「兄上……行きたいんですね」

 だって蛍が作ってくれたって!

 でも、その蛍がいない。蛍と一緒にやりたかった。ゲームなんてしたこともないであろう蛍とあれこれ言いながらさ……

 今ここにいない人のこと考えても仕方ねえ。誰を連れてくかな。

『行きたい!!』

 とは葛王子。そうだよね、行きたいよねワンダープラネット。星全体が遊園地やリゾートなんだ。今回みたいな大型ゲーム施設とかな。

「でもそっち戦争中だろ」

『敵影はないー。それに婿さまと婿どのとカサヌイと志摩王がいるし、シンセン(傭軍)も味方』

 それだけいればクラライア皇女も手を出せませんわな。

『此方はかまわん、オトツバメを連れ出してくれ。外にいたほうが何かと助かる』

 婿さまもこう仰るので、葛王子を連れてくことに……えっどうやって合流すんの。まさか戦闘機で来る気か葛王子。
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