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洗浄ポッドがざあざあと稼働する音がする。
「………」
双子の戦闘員が昔とった杵柄の身のこなしでそっとランドリールームに侵入。洗浄前のファイバースーツをとり、別のファイバースーツと摩り替える。
「………」
顔を見合わせ、手に持ったスーツに鼻面を突っ込み、すぅーっと息を吸う。
「……イイ。なんでこんなイイ匂いするの」
「あんまぁーい」
「オメーラ何してんだぁ!?」
「げっ、ハマツ」
後ろめたい双子は同僚に「しーっ」と指を立てるが、相手が悪かった。
「あー? オスのスメルで悦とか気味わりぃんだけどぉ!?」
「しーっ、ハマツ、しー!」
「そういうことされた人の気持ちわかんないんですかあ。オスにもメスにもやっちゃいけないって分かんないんですかあ!」
「ハマツ、黙れって!」
「……なんかあったのか」
「!」
振り向くと、洗浄ポッドを止めて扉を開けたクロネが、まだ濡れた姿で立っていた。
「く……クロネちゃん、その体は?」
「ああ。舞台に立つとき、美容機器に放り込まれて。最初は違和感あったけど、これはこれでラク」
「バァアアッカか、この○○○! 頭沸いてんのか、こいつらに裸見せるとかサービスかよ! いいから蓋閉めろ、バカ○○○!」
「………?」
クロネはハマツに不思議そうな目を向けるが、すぐに視線を逸らす。
「もしかして、ランドリー使うのか?」
「あ、そう……ウン」
「ちげーよ、こいつらはオメーのスーツ盗んで嗅いでたんだよ!」
「備品のバスローブがあるなら、それ使うからランドリー先どうぞ」
「うん、ありがとう!」
「ああっ!?」
言うだけ言って、クロネはポッドの扉を閉めた。
「ははは。クロネちゃん、お前の声聞こえてねーみたいだな。機械感応持ちって音や視覚情報の一部を遮断できるらしい」
「……!」
「嫌われたなあ。まあ、初対面であれだけ飛ばしたら無理ないって。上品な菊蛍さんの側にいて、志摩王子のお友達だぜ? 下品と無縁なんだよ」
「あ!? 下品じゃねえやつがアナルファックすんのか!?」
「人間はセックスする生き物なの。まあ気を落とすなよ、ハマツ」
ぽんとメカニックの肩を叩き、双子は戦利品を持ってランドリールームを去った。
「……なんだよ、ちくしょう」
残されたハマツは、すり替えられたファイバースーツを睨んだ。
***
ツクモシップ搭乗中に初の海賊船情報。私掠船は宇宙政府から船体コードデータを受けていて、偽装してる船を洗い出す。時々奪った民間船に乗ってることもあるが、元の乗組員が行方不明者登録されると、意味を為さなくなる。海賊も生きづらいもんだな。
「敵は小規模。たぶん違法物品の輸送。ドラッグやレアメタルはいいほうで、場合によっては大量の反物質運んでたりする」
「危ないな……」
反物質は扱いが難しい。そんなもんを積んで航行とは。ちゃんとした設備で運んでるとは思えない。
「セキュリティ同化で内容物確認する。数分時間がかかるけど大丈夫か?」
「問題ない、こっちに興味を示す素振りもない」
船長に確認をとってから、仮想次元経由で敵船と同化を開始。少しでもネットワークから外れると気づかれる。機械感応はヘボだが、同化なら……
しかし、初の敵船ジャックで緊張してた。ヘマはしなかったが、想像以上に疲弊。
「物品は大量のマイクロチップ。付着物から……その」
「人から引っこ抜いたモンだろ。個人識別コードあるから、裏社会の人間にはああいうのが高額で売れるんだ。政府に渡すと報奨金を貰える。遺品にもなるしな」
「小艇だし、戦闘機で攻撃すると大破するよな? かといってドッキングできる隙間もない」
「大丈夫だよ」
とは、操舵手のイツモさん。
「しっかり捕まっててね!」
「へ?」
「*****!!」
船体が激しくうねった。タラーンか! ツクモシップに入ってた俺は、とにかくシートに捕まる。
船は敵船に体当たりし、無力化。俺はコクピットに頭ぶっつけて血が派手に……いかん汚れる! こういうごちゃごちゃしたとこのは掃除が大変なんだ。自浄システムもないし。
「****! ****!!!」
額を押さえて血が落ちないようにしてると、ハマツが透過装甲をガンガン叩いている。何か怒鳴ってるな。
「シートベルトをつけろと言ったろうが、カス! テメーが俺を嫌いなのは結構だ、俺もテメーが嫌いだからな! だが、クルーの忠告聞けねえなら今直ぐ船を降りろ!!」
これは完全に俺が悪い。
「すみませんでした」
「お前なんかなあ、サノさんに頼まれてなきゃ面倒見てねえんだよ。おまけに怪我させんなだの何だの言われて、このお荷物野郎が!!」
「ハマツ、ハマツ!」
飛んできた船長がハマツを羽交い締めにして止める。
「すまん、コイツこう見えて凄くクロネさんのこと心配してたんだ」
うーん。困ったな。鮫顔にまで心配されてたのか。これじゃ何処行ってもお客様だな。
「今のは俺が完全に悪い。和を乱して悪かった。出てくことにする」
「はあー!? この腐れ○○○の×××!! 宇宙ナメてんじゃねえー!」
「ちょっとハマツ黙れ」
「あぎ」
首をコキャっとされた。うお……いいのそれ?
「……クロネちゃん。出てくって、どうする気なの」
「サノには伝えておく。元々、自分でクルー集めて出る気だった。ベテランの人に指導してもらえるのは有り難いから乗ってしまったけど……」
「ハマツの言う通り、宇宙は甘くないよ。海賊も」
ん。それを言われると辛い。が。
「ハマツが気に入らないのは分かるけど」
「いや。嫌われるのは慣れてるので気にしては……ただ、ハマツさんの精神衛生上よくないんじゃないかと」
「うーん、伝わってないなー。ハマツはね、双子が君に悪戯しようとするのを、いつも止めてたんだ。ツクモシップを完璧に整備してたのもハマツ」
「それもこれも、俺が菊蛍のおまけだからでしょう。今はそんなんでもないんだ。サノが何を言ったか知らないが、そこまで迷惑になるなら……」
「あー、これ想像以上に困った子だ。あのね、菊蛍さんのことがなくても、君みたいなウィッカーに死なれちゃ困るの。ハマツはこんなんだけど、ハマツなりに船の治安を守ろうとしてたんだよ。そこは認めてあげて?」
「? はい。分かってます。ただ、俺の精神衛生上、ハマツさんの言葉を聞き続けるのはちょっときついものがあり……お互いのためにも」
「んん、それはこっちが悪いね! ごめん! 俺たちが慣れてるからって、みんな大丈夫なわけじゃない。ハマツの言葉はすごく悪い、人によっては鬱になってもおかしくない。
ハマツには言葉を改めさせる。君もハマツの指示を聞いてくれるよね」
「ハマツさんさえ良ければ、俺は特に何も」
「よし、よかった! 首の皮つながったあ!」
なんかすいません。本当に余計な気苦労を……それもあって出てこうと思ったんだけど。モンペが記憶なくてもそれなりにモンペだしな。
俺たちが揉めてる間に、双子戦闘員が物品押収してきたようだ。小艇は牽引して最寄りの皇宙軍に引き渡し。
ヨルムンガンドじゃないが、それなりの規模の母艦に受け入れられ、皇宙軍が並ぶ中で船と物品の確認。乗っていた海賊を拘束。これで今回は終わり。
「黒音さまですね」
引き上げ間際、上級将校さんらしき人が進み出てきた。いかにもな口髭と鋭い目つきで、勲章をいくつもつけてる。
「はい。えぇと……」
「デオルカン閣下より言い遣っております。何かお困りのことは」
「いえ、結構です、ありがとうございます」
デオルカン殿下の気配り怖い……ある意味でシヴァロマ殿下以上。人に興味ないというか、大雑把そうな人なのにな。
「クロネちゃん、デオルカン殿下とも縁あるの」
「いや、デオルカン殿下の奥方と友人で」
「へえー、あの皇子結婚してたんだ?」
「こういう……」
「かわいいー!」
ホロで葛王子のフォト見せたら、感激された。うん、かわいい。でも、
「体格差……」
うん……凄い体格差ですね。葛王子150センチ、デオルカン殿下220センチ前後。70センチ差及び、100キロ差。
「怪我は大丈夫?」
「ああ、平気。自業自得だし」
「頭だから、一応治療ポッド入って。ウィッカーは頭を大事にね」
脳の治療は時間がかかる。実際治す時間より、検査のほうに。
なのでポッドに入って、ついでに船のほうの様子見にいった。
アエロがいた時より、人形は整えられている。相変わらず部屋の隅だが。
「おお、クロネ。これから眠るところであったよ」
「じゃあ、俺はいいな」
「待て待て。一人寝が寂しい、添い寝しておくれ」
「鷹鶴に頼め」
「冗談でないわ。かわゆいのがよい」
「……だったら、アエロを手放さなければよかったろ」
「あれはもう終わったことである。それともやきもちか?」
「そうだって言ったら?」
自棄になって言ったら、蛍は言葉を呑んだ。やば……藪蛇。
拒まれたら。そう思ったらひゅっと胃の腑が冷えて、人形から意識を離した。
ポッドに戻ってそのまま眠ったけど、夢見は酷いものだった。
「お前とはそういう関係にはなれない」
「お前はそういう目で俺を見ないと思ったのに……」
蛍が言いそうな拒否台詞集がエンドレスメドレー。かなりきつい精神状態で起きた。
「おはよう、クロネちゃん。怪我は平気」
「元々大したもんじゃなかったんで。ご迷惑おかけしました」
「はは、敬語戻ってる」
んん……やっぱ俺が新しい集団の中に入るとぎこちなくなるな。電脳ワーカーでは関わり合いにならなくても仕事になったが。これも慣れだ。頑張れ俺。
「クロネちゃん、ハマツには言い聞かせておいたから」
「はい」
船長に言われてちょっと安堵した。流石にあの、局部のレパートリー豊富な名称連呼はきつ……
「ちっ」
ハマツが舌打ちをした。
「ちっ、ちっ、ちっ」
なんかずっと舌打ちしてる。ぞわっときた。
無理。俺、この人は生理的に無理。ごめん船長、戦闘時はミュート解くから、勘弁してくれ……! クチャラーとかも無理なんだ。無駄にシーシースースー言う人とかも。俺が神経質なのか?
それ以外は順調で、海賊討伐や操舵のイロハ、時間が余ればデータリンクやカサヌイの講義、誘われればゲームをした。
困ったのは、自己処理。みんなどうしてんだ? トイレか? カプセルの中なら音も遮断できるし、あれかもだが……狭いしな。
蛍に触れたい。
なんだこれ、ホームシックか。なんか体調もおかしい。栄養もとってるし、規則正しく生活して、運動して、ストレス解消もしてるのに、なんだ?
「*****!」
扉が叩かれてるが、どうにも身体が動かなかった。
気がつくとベッドの上にいた。それも、窓から青空が見える。腕に管ついてら。
「ストレス過多だって。ごめんね、クロネちゃん。気づかなかった。船員のバイタルチェックしてるハマツは本人に忠告したって言うんだけど」
う。戦闘時以外はミュートにしてた。もう遠慮なく舌打ちしまくってたんで。
「……プライベートと、別件の仕事のほうで疲れてたのかもしれません。規則正しく生活しててこんなになったことないんで、驚きました」
「うん」
「それに船長の言いつけも破りました。ハマツさんがずっと側で舌打ちするのが、耐えられなくて……」
「そりゃハマツが悪いね!?」
「こんなことで、情けない。これじゃ軍隊に入っても無理ですね。自分がこんなに軟弱だと思わなかった」
どんな状況だって耐えればいいと思ったが、耐えきれないと身体の方から駄目になってくんだ。
「いや、本当にハマツに関してはすまない……イツモが入ったときも、似たようなことやらかしたんだ。イイやつなんだ、イイヤツなんだけど、もう……あれは育ちなんだろうなあ」
「イツモさんは大丈夫だったんですか」
「いつの間にかね。君と違ってイツモはオタクライフ満喫するために入ってきて、ハマツとは趣味が合うんだ。だけど、君は他の案件も抱えてたろ? 俺たちは、自分の仕事だけだ。
それに、君はちゃんとしたサポートを受けるべきだと痛感した。ウィッカーは気力を消耗するから、定期診断できる船医も必要だって。
これで君には船を降りて貰うことになるけど、社会勉強の足しにはなったかな」
「最初から最後までご迷惑を……でも、貴重な体験が出来ました」
「うん、よかった。あー、それでねえ」
船長は背を向け、青い空を見上げた。
「本船から強制帰還命令……だそうだよ」
あ。モンペの堪忍袋の緒が切れた。
『蛍?』
通信を入れると、
『帰って来い』
とだけ。
『あの、ちょっと体調崩しただけだ』
『帰って来い』
『俺は独立したんだから、』
『帰って来なさい』
これは取り付く島もない。
『……皇宙軍に入って士官の勉強をしたいんだ』
『お前はウィッカーである。それも前例のないタイプの。お前を失う訳にはいかん。何を焦っている? それほどクレオディスが嫌か』
『嫌だ。あの男の指揮下に入るくらいなら、本当にこのまま帰らない』
『ならばウィッカー部隊を作ればよい。ロマにはお前と同じように訓練を受けていないウィッカーが多くてな。力が強いのは稀だが。志摩より教官を招いて指導していただく予定だ。戦闘訓練は咲也をつける』
『俺もか』
『お前はカサヌイどのでなければ無理だ。暴走状態に陥った時のことを忘れたのか?』
それは俺のこととして覚えてるんだ……こっちが混乱してくるな。
『そろそろ開拓惑星入りする。以前も言ったが、お前に任せたい仕事もあるのだ。帰ってきておくれ。これ以上心配させないでくれ』
『わかった、帰る。ただ、葛王子に会いに行っていいか? 皇宙軍に入ると言ったら、喜んでた。がっかりさせたくない』
『それなら、よい。ただし送迎は皇宙軍にさせること。デオルカン殿下には話を通しておく。よいな』
『……はあい』
俺は蛍の何なんだよ。今現在。
ふーっと力を抜いてベッドに身を沈める。
「叱られました」
「だろうなあ」
「船長、ほんと、世話になりました」
「うん。俺たちもクロネちゃんと会えて嬉しかったよ。舞い上がっちゃってさあ。三味線聞けなかったのが心残りだな」
「そのうち、ロマの国のほうに来てください」
「そりゃ楽しみだなあ。ここだけの話、ハマツすごく聞きたがってたんだよ。でも君に拒否されて、拗ねたんだって」
鮫顔ん時と同じパターンか。俺も成長しねえな。けど、鮫顔はとにかく、ハマツさんは本当に無理。こればっかりは相性かと。
「………」
双子の戦闘員が昔とった杵柄の身のこなしでそっとランドリールームに侵入。洗浄前のファイバースーツをとり、別のファイバースーツと摩り替える。
「………」
顔を見合わせ、手に持ったスーツに鼻面を突っ込み、すぅーっと息を吸う。
「……イイ。なんでこんなイイ匂いするの」
「あんまぁーい」
「オメーラ何してんだぁ!?」
「げっ、ハマツ」
後ろめたい双子は同僚に「しーっ」と指を立てるが、相手が悪かった。
「あー? オスのスメルで悦とか気味わりぃんだけどぉ!?」
「しーっ、ハマツ、しー!」
「そういうことされた人の気持ちわかんないんですかあ。オスにもメスにもやっちゃいけないって分かんないんですかあ!」
「ハマツ、黙れって!」
「……なんかあったのか」
「!」
振り向くと、洗浄ポッドを止めて扉を開けたクロネが、まだ濡れた姿で立っていた。
「く……クロネちゃん、その体は?」
「ああ。舞台に立つとき、美容機器に放り込まれて。最初は違和感あったけど、これはこれでラク」
「バァアアッカか、この○○○! 頭沸いてんのか、こいつらに裸見せるとかサービスかよ! いいから蓋閉めろ、バカ○○○!」
「………?」
クロネはハマツに不思議そうな目を向けるが、すぐに視線を逸らす。
「もしかして、ランドリー使うのか?」
「あ、そう……ウン」
「ちげーよ、こいつらはオメーのスーツ盗んで嗅いでたんだよ!」
「備品のバスローブがあるなら、それ使うからランドリー先どうぞ」
「うん、ありがとう!」
「ああっ!?」
言うだけ言って、クロネはポッドの扉を閉めた。
「ははは。クロネちゃん、お前の声聞こえてねーみたいだな。機械感応持ちって音や視覚情報の一部を遮断できるらしい」
「……!」
「嫌われたなあ。まあ、初対面であれだけ飛ばしたら無理ないって。上品な菊蛍さんの側にいて、志摩王子のお友達だぜ? 下品と無縁なんだよ」
「あ!? 下品じゃねえやつがアナルファックすんのか!?」
「人間はセックスする生き物なの。まあ気を落とすなよ、ハマツ」
ぽんとメカニックの肩を叩き、双子は戦利品を持ってランドリールームを去った。
「……なんだよ、ちくしょう」
残されたハマツは、すり替えられたファイバースーツを睨んだ。
***
ツクモシップ搭乗中に初の海賊船情報。私掠船は宇宙政府から船体コードデータを受けていて、偽装してる船を洗い出す。時々奪った民間船に乗ってることもあるが、元の乗組員が行方不明者登録されると、意味を為さなくなる。海賊も生きづらいもんだな。
「敵は小規模。たぶん違法物品の輸送。ドラッグやレアメタルはいいほうで、場合によっては大量の反物質運んでたりする」
「危ないな……」
反物質は扱いが難しい。そんなもんを積んで航行とは。ちゃんとした設備で運んでるとは思えない。
「セキュリティ同化で内容物確認する。数分時間がかかるけど大丈夫か?」
「問題ない、こっちに興味を示す素振りもない」
船長に確認をとってから、仮想次元経由で敵船と同化を開始。少しでもネットワークから外れると気づかれる。機械感応はヘボだが、同化なら……
しかし、初の敵船ジャックで緊張してた。ヘマはしなかったが、想像以上に疲弊。
「物品は大量のマイクロチップ。付着物から……その」
「人から引っこ抜いたモンだろ。個人識別コードあるから、裏社会の人間にはああいうのが高額で売れるんだ。政府に渡すと報奨金を貰える。遺品にもなるしな」
「小艇だし、戦闘機で攻撃すると大破するよな? かといってドッキングできる隙間もない」
「大丈夫だよ」
とは、操舵手のイツモさん。
「しっかり捕まっててね!」
「へ?」
「*****!!」
船体が激しくうねった。タラーンか! ツクモシップに入ってた俺は、とにかくシートに捕まる。
船は敵船に体当たりし、無力化。俺はコクピットに頭ぶっつけて血が派手に……いかん汚れる! こういうごちゃごちゃしたとこのは掃除が大変なんだ。自浄システムもないし。
「****! ****!!!」
額を押さえて血が落ちないようにしてると、ハマツが透過装甲をガンガン叩いている。何か怒鳴ってるな。
「シートベルトをつけろと言ったろうが、カス! テメーが俺を嫌いなのは結構だ、俺もテメーが嫌いだからな! だが、クルーの忠告聞けねえなら今直ぐ船を降りろ!!」
これは完全に俺が悪い。
「すみませんでした」
「お前なんかなあ、サノさんに頼まれてなきゃ面倒見てねえんだよ。おまけに怪我させんなだの何だの言われて、このお荷物野郎が!!」
「ハマツ、ハマツ!」
飛んできた船長がハマツを羽交い締めにして止める。
「すまん、コイツこう見えて凄くクロネさんのこと心配してたんだ」
うーん。困ったな。鮫顔にまで心配されてたのか。これじゃ何処行ってもお客様だな。
「今のは俺が完全に悪い。和を乱して悪かった。出てくことにする」
「はあー!? この腐れ○○○の×××!! 宇宙ナメてんじゃねえー!」
「ちょっとハマツ黙れ」
「あぎ」
首をコキャっとされた。うお……いいのそれ?
「……クロネちゃん。出てくって、どうする気なの」
「サノには伝えておく。元々、自分でクルー集めて出る気だった。ベテランの人に指導してもらえるのは有り難いから乗ってしまったけど……」
「ハマツの言う通り、宇宙は甘くないよ。海賊も」
ん。それを言われると辛い。が。
「ハマツが気に入らないのは分かるけど」
「いや。嫌われるのは慣れてるので気にしては……ただ、ハマツさんの精神衛生上よくないんじゃないかと」
「うーん、伝わってないなー。ハマツはね、双子が君に悪戯しようとするのを、いつも止めてたんだ。ツクモシップを完璧に整備してたのもハマツ」
「それもこれも、俺が菊蛍のおまけだからでしょう。今はそんなんでもないんだ。サノが何を言ったか知らないが、そこまで迷惑になるなら……」
「あー、これ想像以上に困った子だ。あのね、菊蛍さんのことがなくても、君みたいなウィッカーに死なれちゃ困るの。ハマツはこんなんだけど、ハマツなりに船の治安を守ろうとしてたんだよ。そこは認めてあげて?」
「? はい。分かってます。ただ、俺の精神衛生上、ハマツさんの言葉を聞き続けるのはちょっときついものがあり……お互いのためにも」
「んん、それはこっちが悪いね! ごめん! 俺たちが慣れてるからって、みんな大丈夫なわけじゃない。ハマツの言葉はすごく悪い、人によっては鬱になってもおかしくない。
ハマツには言葉を改めさせる。君もハマツの指示を聞いてくれるよね」
「ハマツさんさえ良ければ、俺は特に何も」
「よし、よかった! 首の皮つながったあ!」
なんかすいません。本当に余計な気苦労を……それもあって出てこうと思ったんだけど。モンペが記憶なくてもそれなりにモンペだしな。
俺たちが揉めてる間に、双子戦闘員が物品押収してきたようだ。小艇は牽引して最寄りの皇宙軍に引き渡し。
ヨルムンガンドじゃないが、それなりの規模の母艦に受け入れられ、皇宙軍が並ぶ中で船と物品の確認。乗っていた海賊を拘束。これで今回は終わり。
「黒音さまですね」
引き上げ間際、上級将校さんらしき人が進み出てきた。いかにもな口髭と鋭い目つきで、勲章をいくつもつけてる。
「はい。えぇと……」
「デオルカン閣下より言い遣っております。何かお困りのことは」
「いえ、結構です、ありがとうございます」
デオルカン殿下の気配り怖い……ある意味でシヴァロマ殿下以上。人に興味ないというか、大雑把そうな人なのにな。
「クロネちゃん、デオルカン殿下とも縁あるの」
「いや、デオルカン殿下の奥方と友人で」
「へえー、あの皇子結婚してたんだ?」
「こういう……」
「かわいいー!」
ホロで葛王子のフォト見せたら、感激された。うん、かわいい。でも、
「体格差……」
うん……凄い体格差ですね。葛王子150センチ、デオルカン殿下220センチ前後。70センチ差及び、100キロ差。
「怪我は大丈夫?」
「ああ、平気。自業自得だし」
「頭だから、一応治療ポッド入って。ウィッカーは頭を大事にね」
脳の治療は時間がかかる。実際治す時間より、検査のほうに。
なのでポッドに入って、ついでに船のほうの様子見にいった。
アエロがいた時より、人形は整えられている。相変わらず部屋の隅だが。
「おお、クロネ。これから眠るところであったよ」
「じゃあ、俺はいいな」
「待て待て。一人寝が寂しい、添い寝しておくれ」
「鷹鶴に頼め」
「冗談でないわ。かわゆいのがよい」
「……だったら、アエロを手放さなければよかったろ」
「あれはもう終わったことである。それともやきもちか?」
「そうだって言ったら?」
自棄になって言ったら、蛍は言葉を呑んだ。やば……藪蛇。
拒まれたら。そう思ったらひゅっと胃の腑が冷えて、人形から意識を離した。
ポッドに戻ってそのまま眠ったけど、夢見は酷いものだった。
「お前とはそういう関係にはなれない」
「お前はそういう目で俺を見ないと思ったのに……」
蛍が言いそうな拒否台詞集がエンドレスメドレー。かなりきつい精神状態で起きた。
「おはよう、クロネちゃん。怪我は平気」
「元々大したもんじゃなかったんで。ご迷惑おかけしました」
「はは、敬語戻ってる」
んん……やっぱ俺が新しい集団の中に入るとぎこちなくなるな。電脳ワーカーでは関わり合いにならなくても仕事になったが。これも慣れだ。頑張れ俺。
「クロネちゃん、ハマツには言い聞かせておいたから」
「はい」
船長に言われてちょっと安堵した。流石にあの、局部のレパートリー豊富な名称連呼はきつ……
「ちっ」
ハマツが舌打ちをした。
「ちっ、ちっ、ちっ」
なんかずっと舌打ちしてる。ぞわっときた。
無理。俺、この人は生理的に無理。ごめん船長、戦闘時はミュート解くから、勘弁してくれ……! クチャラーとかも無理なんだ。無駄にシーシースースー言う人とかも。俺が神経質なのか?
それ以外は順調で、海賊討伐や操舵のイロハ、時間が余ればデータリンクやカサヌイの講義、誘われればゲームをした。
困ったのは、自己処理。みんなどうしてんだ? トイレか? カプセルの中なら音も遮断できるし、あれかもだが……狭いしな。
蛍に触れたい。
なんだこれ、ホームシックか。なんか体調もおかしい。栄養もとってるし、規則正しく生活して、運動して、ストレス解消もしてるのに、なんだ?
「*****!」
扉が叩かれてるが、どうにも身体が動かなかった。
気がつくとベッドの上にいた。それも、窓から青空が見える。腕に管ついてら。
「ストレス過多だって。ごめんね、クロネちゃん。気づかなかった。船員のバイタルチェックしてるハマツは本人に忠告したって言うんだけど」
う。戦闘時以外はミュートにしてた。もう遠慮なく舌打ちしまくってたんで。
「……プライベートと、別件の仕事のほうで疲れてたのかもしれません。規則正しく生活しててこんなになったことないんで、驚きました」
「うん」
「それに船長の言いつけも破りました。ハマツさんがずっと側で舌打ちするのが、耐えられなくて……」
「そりゃハマツが悪いね!?」
「こんなことで、情けない。これじゃ軍隊に入っても無理ですね。自分がこんなに軟弱だと思わなかった」
どんな状況だって耐えればいいと思ったが、耐えきれないと身体の方から駄目になってくんだ。
「いや、本当にハマツに関してはすまない……イツモが入ったときも、似たようなことやらかしたんだ。イイやつなんだ、イイヤツなんだけど、もう……あれは育ちなんだろうなあ」
「イツモさんは大丈夫だったんですか」
「いつの間にかね。君と違ってイツモはオタクライフ満喫するために入ってきて、ハマツとは趣味が合うんだ。だけど、君は他の案件も抱えてたろ? 俺たちは、自分の仕事だけだ。
それに、君はちゃんとしたサポートを受けるべきだと痛感した。ウィッカーは気力を消耗するから、定期診断できる船医も必要だって。
これで君には船を降りて貰うことになるけど、社会勉強の足しにはなったかな」
「最初から最後までご迷惑を……でも、貴重な体験が出来ました」
「うん、よかった。あー、それでねえ」
船長は背を向け、青い空を見上げた。
「本船から強制帰還命令……だそうだよ」
あ。モンペの堪忍袋の緒が切れた。
『蛍?』
通信を入れると、
『帰って来い』
とだけ。
『あの、ちょっと体調崩しただけだ』
『帰って来い』
『俺は独立したんだから、』
『帰って来なさい』
これは取り付く島もない。
『……皇宙軍に入って士官の勉強をしたいんだ』
『お前はウィッカーである。それも前例のないタイプの。お前を失う訳にはいかん。何を焦っている? それほどクレオディスが嫌か』
『嫌だ。あの男の指揮下に入るくらいなら、本当にこのまま帰らない』
『ならばウィッカー部隊を作ればよい。ロマにはお前と同じように訓練を受けていないウィッカーが多くてな。力が強いのは稀だが。志摩より教官を招いて指導していただく予定だ。戦闘訓練は咲也をつける』
『俺もか』
『お前はカサヌイどのでなければ無理だ。暴走状態に陥った時のことを忘れたのか?』
それは俺のこととして覚えてるんだ……こっちが混乱してくるな。
『そろそろ開拓惑星入りする。以前も言ったが、お前に任せたい仕事もあるのだ。帰ってきておくれ。これ以上心配させないでくれ』
『わかった、帰る。ただ、葛王子に会いに行っていいか? 皇宙軍に入ると言ったら、喜んでた。がっかりさせたくない』
『それなら、よい。ただし送迎は皇宙軍にさせること。デオルカン殿下には話を通しておく。よいな』
『……はあい』
俺は蛍の何なんだよ。今現在。
ふーっと力を抜いてベッドに身を沈める。
「叱られました」
「だろうなあ」
「船長、ほんと、世話になりました」
「うん。俺たちもクロネちゃんと会えて嬉しかったよ。舞い上がっちゃってさあ。三味線聞けなかったのが心残りだな」
「そのうち、ロマの国のほうに来てください」
「そりゃ楽しみだなあ。ここだけの話、ハマツすごく聞きたがってたんだよ。でも君に拒否されて、拗ねたんだって」
鮫顔ん時と同じパターンか。俺も成長しねえな。けど、鮫顔はとにかく、ハマツさんは本当に無理。こればっかりは相性かと。
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小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
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