ロマの王

いみじき

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「菊花というのはヤマトの古い隠喩で尻の穴のことだという。それで蛍は尻が光るだろ? となると、俺の名は光る肛門という意味か」

 というような説を過去、菊蛍が大真面目に語っていたことをクレオディスに教えてやったところ、頭を抱えていた。夜に酒を持って寝所に忍んで行ったら、ふわふわのネグリジェを着せた黒音人形を抱えて眠る菊蛍を目撃してしまったらしいので。

「だからさあ、あいつと本気で関係してくなら、夢見るのやめな? 少なくともクロートは蛍の駄目なトコも受け入れてるから」

「夢くらい見たっていいじゃない……!」

「今までは蛍がイイ夢見せてくれてたの。夢を見たら目を覚まさなきゃね」

 クレオディスがこれほど子供っぽい男だとは思わなかった。この男なら蛍を立てて黒音とも協力関係を結んでいけると信じたのに。ハイランダーである時のクレオディスは、それだけの度量があるように見えた。鷹鶴も夢を見ていたのかもしれない。

「大きな組織のトップにいるってのは向いてない。俺もフリーになりたいなー」

「よしてくれ。そんなことをあんたまで言い出したら、菊蛍も船を飛び出てあのガキ追いかけてっちまう」

 そう、それが問題なのだ。

 菊蛍はロマを救いたいと願ってはいても、指導者になりたいとは一欠片も思っていないのだから。



***



 ウィッカプールについてまず、レンタルランドリーに駆け込んだ。こういう星だから日雇い労働者も多くて、洗浄ポッドすぐに借りられるのが助かった。

 服装はスラックスにシャツ。でも、店先で見かけたロングコートを買って羽織る。童顔が目立つんでボルサリーノも追加。これで少しはこの街の住人っぽく見えるだろう。

「坊っちゃん、羽振りが良さそうね」

 店出て三歩で絡まれるとは思わなかった。そうか、ここの住人は観光客じゃなければ平気で襲うんだ。新顔だしな。

「痛い、いたたた! いやもう、お兄ちゃん勘弁して、うちの親分黙ってないよ!」

 二人のして、一人を関節キメてやったら弱音を吐き出した。駄目だなこりゃ。

「親分って誰」

「ハイドウィッカーだよ!」

 駄目だこりゃ……

 そいつらは放って、いつぞやのカジノに向かう。さすがに今日は身分証の提示は求められなかった。

『ハッシュベルさん、久しぶりー。カジノまで来ちゃったんだけど』

「おや、クロネ様。仰って頂けたらお迎えに上がりましたのに」

 通信で連絡入れたのに、生声が返ってきた。

「ボスのところへは?」

「まだ連絡もしてない、まずあんたの顔を見ようと思って」

「それは光栄です」

「忙しかった?」

「今は貴方のお相手をすることに忙しいです」

 ん、いい男。モテるんだろうな。

 応接室らしき部屋に通されてコーヒーリキュールを出された。

「ウィッカ・コーヒーと呼ばれています」

「焼けるように熱い」

「情熱的であると言われて好まれます。かつてこの星が貧しく気温が低かった頃の名残ですね。本日はどのようなご用件で?」

「実は、宿を貸してほしい。フリーになって社会勉強中。金は払うよ。本当は普通のホテルでもよかったんだけど、信用のないとこだと蛍が許さない。まさかハイドんちに泊まる訳にもいかんし」

「というより、よく手放してくださいましたね?」

「殆ど家出だ。連絡はとってるから心配すんな」

「承知しました。護衛はおつけしましょうか?」

「いらない、どっかで野垂れ死ぬなら、それも勉強」

「死ねば勉強も無駄になりますよ……困った方ですね」

「最近どう、ウィッカプール傘下にない海賊は」

「どうもこうも、一般船より同業を襲うもので参っています。ロマを恨む海賊も多いですが、そもそも海賊自体がロマであるということを忘れているのですよね」

 海賊の言う「ロマ」はまっとうに働いて略奪行為や詐欺をしないロマ。世間一般のイメージもそうだけど。これも菊蛍と鷹鶴の努力なんだろう。昔は海賊もロマもいっしょくただった。

 だってそうだろう、奪うことでしか生きられなかった。社会がそういう存在を敢えて生んでいた。殺していい存在を作ってたんだ。そして無駄な需要を兵器と軍隊を使って潰す。酷いマッチポンプだ。

「クレオディス将軍との勝負、見事でした。ただ、クレオディスに賭けた者が多く、あの勝敗については揉めましてね」

「そりゃな。自分の金がかかった案件であの結末じゃ納得できないだろうよ」

「貴方は将軍を排除することが勝利条件だった。将軍は火の粉を払うことが勝利条件だった。貴方の勝利であることは明白ですし、あの戦いぶりを称賛する者は多いですが、大損をしたと貴方を恨む者も。お気をつけください」

「なんだ、それ。自分の賭けた競走馬が負けたからって、その馬を恨むってか」

「そういう愚か者の多い街です。彼らはまともな教育を受けていませんし、親の愛を知る者は少ない。自分で学ぼうともしない。日雇い労働や強盗で手に入れた金をカジノにつぎ込み、アルコールやドラッグの依存症で死んでいく。死ねば星の子の餌。ここはそういう星なんですよ」

 二杯目の飲み物は、ホットのレモンリキュール。少し甘くてほっとする味だ。

「ハイドウィッカーは、ああ見えて潔癖なんです」

「綺麗好き?」

「借金のかさんだ食い詰め者を闘技場に押し込んで殺し合いをさせるなんてのはよくやりますがね。

 幼児性愛の売春を筆頭として、人の尊厳を奪う特殊性癖の売春宿を嫌うんです。売る本人が好んでやるなら無関心ですが、誘拐してきた女の手足を落として……なんてのは発覚次第、処分。当然、それに類似するスナッフムービーも禁止。そんなのはグラフィックでやれと言っていますね。

 善悪の問題ではなく、単純に嫌うんです。なので秩序が保たれる。私が彼に従うのもそうした理由です」

 ハイドが本当にクズ野郎なら蛍が相手にしてない。

 親はいなくても、15の年から蛍に可愛がられてたのは本当なんだ。反吐の出る悪趣味は嫌って当然だ。出来れば誘拐と強姦も嫌ってくれればよかったんだが。

 と、部屋の外からドタドタ下品な足音が聞こえてくる。

「クロネェ! 着いたんなら何で連絡寄越さねえ! ご丁寧にセキュリティ誤魔化して痕跡消しながら来やがって」

「お前が来る前に滞在先決めたかったから。お前に盗撮されないとこ」

「ばっか、セキュリティの痕跡消したら、何かあった時どーすんだ。俺が菊蛍に責められるんだぞ」

「そうういの、いらねえんだ」

「あ?」

「みんな菊蛍が大事にしてるから俺に協力するし、過保護なんだろ。俺自身には何の価値もない。その無様な自分を体感するために出てきたんだ。蛍のおまけじゃない人間になりたいんだよ」

 日雇いで稼いだ金をカジノに突っ込んで、膨らんだ借金抱えてアルコールとドラッグに溺れ、死んでいく。蛍がいなければ、そんな人生もあったんだろう。それが俺の、本当の現在地。

 その前に移民船で性奴隷ルートがあったんだっけ? まあ、俺のことだから蛍が来なくても逃亡は図ったろうけど。

「そぉんなこと言って、それこそ何も出来ねえガキのくせに。何して稼ぐんだよ」

「路上ゲリラライブとか……?」

「ウィッカプールの交通が大混乱するからやめろ!! 興行費くらい出してやんよ」

「だーかーら、それが蛍のおまけ扱いだって言ってんだ!」

 も、蛍に遠慮してハッシュベルのところに来るのもやめればよかった。住居くらいはちゃんと信用できるところにしないと、蛍が了解しないだろうからさ。

 それはいいんだ。蛍が過保護なのはいい。愛されてるって分かってる。だから蛍のためにちゃんとした寝床は探す。

 でも、蛍のご機嫌とりのために何もかも用意されてちゃ堪んねえよ。

「クラウドファンディングという手段がありますよ」

 と、ハッシュベルが提案するので、早速募集かけてみた。えっと、クロネ、ウィッカプール、ゲリラライブ、資金募集っと。

 おおー、みるみる集まってくる。小銭を入れる人も、ちょっと奮発してくれる人も。うおっ、大金入った。

「誰、これ」

「ウィッカプールマフィアのドン・オクト。菊蛍の関係者じゃねーかな」

 どこまでもついて回るな。俺のライブなのに。

 ぐんぐん伸びていくグラフが、急にドンと埋まった。

「ほ、た、る……」

 半分出資しちゃった。ソファにぐったり倒れ伏す。これじゃ蛍にライブやらせて貰うのと同じじゃねーか! あいつほんと、何も分かってない。

「いや。菊蛍ならお前が大事な猫じゃなくても、このタイミングで出資するよ。たとえばおめーが見知らぬロマの人気芸人クロネちゃんだったとするだろ? それがウィッカプールでライブやるんで出資を募ったら、ここぞとばかりに接触図りにくる。菊蛍の常套手段だ。そんで見返りを求めない。

 そしたらお前、礼を言いたくなるだろ? 世話になったヤマトの伝統芸で有名な美人ロマ、ひとこと礼を言いたいだろ? そんで会えば絡め取られる。菊蛍はそういう奴」

 俺の人気は鷹鶴の手腕なんだけどな。けどまあ、食うに困ったら路上や仮想次元で三味線弾いてたかも。プロデュースしてくれる奴もいないのに人気になったかどうかは別として。

 そしたら、ハイドのやつが「へぁーあ」とわざとらしい溜め息ついた。なんだむかつく。

「お前さあ、この業界がプロデュースひとつでのし上がれるほど甘いと思ってんの? お前が路上で弾く、口コミで広まる、どっかの業者がスカウトする、結局は同じことだ。宴会で弾いたお前の腕に鷹鶴が目をつけた。同じだろ。結局はお前の才能なんだよ、自覚しろや」

 いやみったらしく額を指でつんつん突かれる。ハイドにされるとやたら癪に障るな……まともなこと言ってんのが余計にな。ハイドのくせに!

 ハイドは馴れ馴れしく俺の肩を抱いた。

「ま、よ。社会勉強に来たってんなら、呑みに行こうぜ。生の住人見たいだろ」

「ボス、ほどほどに……」

「あたりめぇだろ、こんなの連れてヤベェとこ行けるか。ダンスクラブだよぉ、お姉ちゃんひっかけに行こうぜ」

 俺にダンスクラブで踊ってお姉ちゃんひっかける社交性があるように見えんのか?

 で、単にハイドが行きたかっただけらしく、俺はボックス席で熱狂するフロアを眺めていた。ごっちゃごちゃした場所で踊り狂うアホの群れ。楽しいんか、これ。

「ほぉらぁ、クロネも来いって」

「いやだよ此処でいい」

「やぁん、ハイドこれクロネちゃん!?」

 ボックス席にお姉ちゃん連れて帰って来やがった。両脇を固められて酒と香水の匂いにげんなりする。

「クロネちゃん踊らないの?」

「踊れないし、踊らない。ハイドが勝手に連れてきたんだ。俺は呑んでるだけでいい」

「けどハイドと一緒ってことは、合意ってほんとだったの?」

「合意の訳ないだろ。拉致られて無理やりされた。あの時は治安のために取り下げるしかなかっただけ」

「ハイドウィッカー、ド下手くそ」

「あれいいわぁ、最高」

「今晩はあたしらとイイコトしちゃう?」

「しない―――ん?」

 なんか視界がグネる。何か盛られたか? ソフトドラッグだと思うが……

「帰る」

「えー、まだ夜は始まったばかりよ?」

「あはは、さっさと帰んなオカマ野郎。不能用無し」

 これだから女嫌い。自分が異性として相手にされないイコール異端扱いだ。単純にお前らが好みじゃないし魅力も感じないだけだ。

 たとえばこいつらが蛍の顔してたって興味ない。中身がツラに出るんだよ。

「おっまえ、世渡りベタやのー。女なんかおだてて気持ちよくさせときゃ何でも言うこと聞いてくれんのに」

「興味ない」

「それじゃいつまでも蛍に守られてんだな」

「そういうもんか?」

「敵か味方だけの世界じゃねーのよ。ただ生きてるだけでも敵は増えてくってのに、敵でもないどうでもいい奴まで敵にするなんて身がもたねーよ」

 ハイドがいいこと言うといちいち腹立つな。ハイドのくせに。

「なんか盛られたんだ。少なくとも一服盛る女と一緒にいられない。ヤルだけならまだしも、殺されるかもしれんだろ」

「んあ。なるほどな。そいつはいけねえや。けど、女に何か盛られるなんて隙が多いねえ」

 自分の飲み食いするもんから目を離すのはよくないな。勉強した。

「ハイド、ついてくんな。お前に寝床知られたくない」

「襲ったりしないよ?」

「単純にイヤ。また連絡する。用があればな」

「ったくツレねえなあ」

 なんで強姦した相手と仲良く出来ると思ってんだ、こいつ。ウィッカプールじゃ済んだことは水に流すもんなのか?

 そうでもないみたいだ。

「よお、兄ちゃん。昼間は世話になったな」

 ハイドと別れて暫く歩いてたら、店先で絡んできた輩が増えた仲間と立ち塞がった。周囲からもぞろぞろ増えてくる。

 よしてくれ。

 今、薬のせいで頭がぐらぐらするんだ。ここには診てくれるミチルさんもいないし、俺を止めてくれるツクモシップもない。武器はツクモビルから剥がしてきた小型ビットだけだ。

 ふらつく足取りで宿に入った。もう絡まれるのは面倒だから姿はテクスチャで消すようにしながら。ベッドに入って拡散型ナノマシンを放流する。これが俺のセキュリティ代わり。

 そんで人形に意識体を飛ばした。

「クロネか。すまないが、今すこし忙しい。邪魔をしないでくれ」

 人形はまたデータリンクルームに置かれていたらしい。肉体のほうが酒と薬でぐったりしてるんでそのまま人形を動かさずに待った。

「……クロネ? 本当に人形に入ってるのか」

「うん」

「嫌なことでもあったか」

「なんでも」

 だめだ。蛍は鋭い。こんな状態じゃ側にいられないな。

「酒呑んで、少し酔ったみたいだ。信頼できる筋に頼んだ宿で麻酔を仕込んだ拡散型ナノマシンを放ってあるから心配しなくていい。今日はそれを伝えにきただけ」

「そうか。それならブリンカーが突然現れても気づくな。お前は賢い」

 ブリンカー……そうか、ブリンカー殺しの作戦だな。今度、蛍の部屋にも放っておこう。

 目が覚めたらひどいグロッキー。そうだ、いつもはミチルさんに診てもらってたから……

『モーニングコールサービスです。本日はどのようにされますか』

 AIからの呼びかけに、重い瞼を開く。

「二日酔い。掃除はいらない」

『かしこまりました』

 体調が戻ったのは昼頃で、ぜんぜん食欲がわかない。

 今日は仕事を探す予定だった。いわゆる日雇いってやつを体験してみたい。ライブ以外に稼ぐ手段、特にないしな。ずっと三味線弾いてる訳にもいかないだろう。

「仕事の斡旋所って知ってる?」

 フロントに聞いてみたら、まじまじと顔を見られた。

「……失礼を承知で申し上げますが、ハッシュベル様のご紹介でいらしたお客様ですね」

「そうだけど」

「僭越ながら、お客様がウィッカプールで仕事をお探しになるのは、かなり危険かと……」

 ホテルマンが客の事情に踏み込んでくるってのは、おそらくはよっぽどのことだ。

「事情があるんだ。とにかく教えてほしい」

「護衛をおつけしましょうか?」

「いらない。これでもプロに訓練を受けてるウィッカーだ」

「数々の失礼をお許しください」

「いや、あんたが俺の為に言ってくれてるの、わかるから」

 むしろウィッカプールにこんなちゃんとしたホテルがあることのほうが驚き。さすがハッシュベルさんの関係企業。ホテルマンの性格までどこかハッシュベルさんっぽい。

 紹介された地図を辿ってくと、繁華街から離れ、どんどん交配した地区になってく。建材じゃないようなモンを繋ぎ合わせた家が並んでるよ。ガリガリの汚れた子供が遊んでたり、酔っぱらいかジャンキーがボトル握って壁で寝てたり。

 絡まれたら困るんで多少の迷彩を施した。

 件の斡旋所は周囲の建物…とも呼べない巣より少しましな作りだった。そうは言っても廃墟のようだ。そこに外まで続く行列が出来てる。もう昼下がりなのに。

 大人の列と子供の列があった。子供は親についてきた風じゃない。この列に並んで仕事を貰うために来てるようだ。

「……すこし、いいか?」

 最後尾の子供の横で膝をつき、持ってた非常食の栄養チョコを手に握らせる。暗い顔をしていた子供の顔がぱっと輝き、慌てたようにチョコを口に含む。

「なんだ、兄ちゃん。観光客か? 新品のコート着て。いいにおいがする、いいホテルから来たんだな。おい、俺案内できるぞ。雇ってくれよ!」

 俺が質問する前に捲し立ててくる。その声に気付いて周囲が振り返った。

「なんだ、この兄ちゃん」

「迷子か?」

「おい、観光客に手ぇ出すなよ」

「構うもんか、殺してコートを剥いじまえよ」

「待て待て、ヤマト系の可愛い顔してる。今はクロネとかいうのが人気だろ。こういうのは高く売れる」

『……うるせぇ!』

 ぎゃん、と付近のスピーカー機器で怒鳴った。

『俺はウィッカーだ。お前らなんかどうにでも出来る。わかったら暴れるな』

 実際、この辺にはセキュリティのセの字もなく、俺の装備はナノマシンとツクモビットだけ。一気に襲って来られると分が悪いが、ウィッカーと聞いてひるんだのか、大人しくなった。

『質問だ。あんたら仕事は足りてんのか。メシは?』

「ねえよ! 足りてるように見えんのか、特に今は解放軍のせいで物資もねえ。お前らみたいにカジノで豪遊しにきた観光客様には分からねえだろうがなあ!」

『次の質問。この斡旋所のオーナーは何処だ』

 全員が建物の奥を指さした。

『どけ、オーナーに話がある』

 よっぽどウィッカーが怖いのか(たぶんハイドのせいだろう)、並んでた奴らがざっと身を引く。そうしなければ八つ裂きにされるとでも言わんばかりだ。なんか、傷つく。特に子供にまで歯ぁガチガチされたら。

「ひっ、か、金なら出す! な、な、おっ」

「何言ってんだ、あんたは」

 職員に盾にされるように全面に押し出された禿の男が、カウンターの向こうでかわいそうなくらい青ざめてる。

「ビジネスの話だ。ここに十分な仕事が集まるようにしたい。そういうプログラムを作ってる……作りかけなんだが」

 電脳ワーカーにいた時、ソーシャルファンドワーキングシステムの改良型を制作してた。めどが立たなかったんで俺のデータにだけ残ってる。

「やってほしい仕事がある複数人が投資して、それを得意な奴が受注する形式だ。システムは作れるが運用する人員はいない。ここでやってくれ」

「いや、しかし、そんなシステムを導入する金は」

「いらない。俺一人で作ってたもんだ。マージンも必要ない」

「じゃあ、なんで……何が目的で」

「ロマだから」

 蛍がやってたようなことだ。こういう、細部には手が回らないんだろう。だから、蛍が救った世代である俺がやるのは当然のことだ。

「ここにいる奴らだって、ロマだろう。ロマがロマを助けるのはおかしいことか」

「……おかしいですよ」

 男は呆然と俺を見ている。

「マージンは取らないと言ったが、完成にかかるまでの経費なんかは暫くマージンで請求する。それが終わったら必要ない。

 あと、物資のことだがアテがあるんで手配してみる」

「なんで? なんで?」

 強盗に滅茶苦茶親切にされたような心境なんだろうな……おっさんの目の焦点合ってない。

 ハイドウィッカーのやつ、もうちょっと全体に目向けろよな。これじゃ海賊が増える訳だ。

「同じロマとして、今まで助けられなくてすまなかった」

 歯の根を鳴らす子供の小さすぎる頭を撫で、俺はその場を後にした。こんなんで自分の仕事探せるかっつーの。

 帰りがてら、とある場所に連絡を入れた。

『どちらで?』

『クロネという……おたくのボスに支援頂いた。礼を言いたい、会えるか』

『三日ほどお待ち頂きたい』

『わかった』

 こっちは緊急じゃない、アポとりだったから問題なし。次。

『葛王子、デオルカン殿下に繋げるか』

『婿さまとお風呂ちゅー。チャットーキーに参加してもらうね』

『なんだ小僧』

 なんかすみません。お楽しみ中のところを。

『殿下。チャットーキーで話していいか悩むんですが、解放軍の関連って皇宙軍の管轄ですよね』

『そうだが』

『私掠船の物資をウィッカプールのほうに回したいんです。ちょっと酷い有様なんで、放置すると解放軍が増えかねません』

『許可する。各私掠船及び哨戒船に通達しておこう』

『何から何までありがとうございます』

『先日の戦いぶり、よかったぞ。ヤマトの軍人はああでなければな。機会があれば皇宙軍へ来い、鍛えてやる』

『そのうち本当にお邪魔しちゃいますよ』

『来い来い。貴様がいるとオトツバメも機嫌がいい』

『クロネ、あそぼー』

 俺はベビーシッターか。

 さて、件のプロジェクトだが、俺一人じゃどうにもならん。制作中のセキュリティは、限定仮想次元にバックアップとるからいいとして……

『サガキさん。手ぇ空いてませんかね』

 電脳ワーカー時代の平社員仲間に声かけてみると「へっ!?」と頓狂な声が帰ってきた。

『クロネ……黒音さん! うわー、なんかお久しぶりです』

『……ごめん。同じ船に乗ってたのに』

『いやあ、黒音さん、人気者になっちゃって。俺なんか話しかけられなくなっちゃったから、嬉しいですよー』

『実は、やりたいプロジェクトがある。暇な時でいいんで誰かに声かけて手伝ってくれないか。ちなみに報酬は一切なし。俺も、あんたらも』

『何があったんです?』

『ウィッカプールの困窮したロマたちに仕事が行き渡るようにしたい。ソーシャルファンドワーキングシステム、途中だったろ』

『いいですね! やりましょう。実を言うと、開拓惑星に着くまではそれほど仕事を与えてられてないんです』

 向こうにも受け入れ準備があって、蛍たちも受け入れとか手配とかで忙しいようだから、直行はしてないんだ。まだ、ガリア星系の宙域でうろうろしてる感じ。

 ほんとは次に鮫顔に連絡する予定だったが、デオルカン殿下が手を回してくださるようだから後回し!

 あとはとにかくホテルに篭って作業を続けた。ルームサービスのみの生活だが、質がいいので電脳ワーカーにいた頃よりいい環境。

『クロネ、ライブの準備いいんか?』

 忘れてた。慌ててハッシュベルさんに連絡とる。

『ごめん、ほんとにごめん。忙しくなっちまって、手配できない。手数料は払う、頼めるか?』

『構いません。ただ、場所を押さえて警備や音響を整えることくらいしか出来ませんが……? プロを雇いましょうか』

『あ、いい。企画のほうは考えてる。こじんまりしたライブにしとくよ』

 前回が派手だったから、がっかりされないといいけどな。特に宣伝打つ気もないし、気がついた奴だけ来てくれれば。

 あっ、蛍のご機嫌……

 とにかく予定が押していて、蛍には暫く、連絡を入れるだけになってしまった。くそ、クレオディスに口説かれたりしてねーだろうな。
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