青春活動

獅子倉 八鹿

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青春

せいしゅん

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「今まで、ありがとうございました」

 テストの関係で講義が早く終わり、俺は余裕があり過ぎるくらい早くバイト先に到着していた。

 店長に許可を得て、バイトを早く入らせてもらうことにした俺は、早めにユニフォームに着替え、机の前に座ってスマホを触っていた。
 来月は出費を控えているためピンチになりそうだ。

「お疲れ様です」

 従業員入り口のドアが開き、三宅さんが、大きな紙袋と鞄を持ってバイト先にやってきた。
 懐かしさに、胸が暖かくなる。

「三宅さん」
「お久しぶりです、鈴名さん」

 あの後、共有チャットで仲直りの報告はしたが、三人で直接会うことはなかった。

 志望校の大学に学校推薦で受験し、合格したらしい。
 俺と蒼依が喧嘩した日が、会える最後の日だったそうだ。
 バイトも辞め、何度も大学のある県に通っていたと、後に共有チャットで教えてくれた。

『今日で最後だったのに』
 あの日、りょーちゃんそう言ってたよ。
 あの服は、りょーちゃんなりに頑張ったんじゃないかな。

 バドミントンをしながら蒼依は、三宅さんが呟いた一言を教えてくれた。

「店長は?」
「具材足りないからって、2丁目店に貰いに行ってる。まだしばらく帰って来ないと思う」
「そうですか」

 店内で流れている有名なバレンタインの曲が、休憩室にも流れる。
 昔のアイドルが歌い、大流行したその曲は今でも聴かれている。

「あ、これ。皆さんで食べてください」
 思い出したように、三宅さんが紙袋を渡す。
「大学の近くにある、洋菓子屋さんのチョコクッキーです」
 中を覗くと、箱が入っている。

「なるほど、このバレンタインソング聞いて思い出したわけか。バレンタインの時期で良かったね」
「わざわざ言わなくていいじゃないですか!」

 その怒り顔に、懐かしさを感じる。
 気持ちが込み上げる。
 もう、この気持ちは黒くない。

「好きでした」

「は?」
 猫のように見開く目。
 そんなところも好きでした。

「最初は論破したがりの空気読めない奴としか思ってなかったけど」
「うわ」
「公園で色々言われて、腹が立ったけど」
「あの時は、すみません」
「けど、それがきっかけで一緒に過ごすようになって、バイト中には知らない姿が見れるようになって」

 唾を飲み込む。

「好きで、だから、それを知らずに蒼依と仲良くするのが嫌で」
「え、それであの日喧嘩したんですか」
 目つきが鋭くなり、三宅さんの語気が若干強くなる。
「それもある。あるけど他にも理由がある」

 息を小さく、口から吸い込んだ。

「好きでした。とても好きになってました」
「過去形なんですね」
 あの日と同じように、三宅さんは下を向き小さく漏らす。

「現在形で聞きたかったよ」

「りょーちゃん」
 あえて、その呼び方をする。

「ちょっ!」

 勢いよく顔を上げる三宅さんを、撮影する。

 もう来ない今日を、ここに残しておきたかった。
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