青春活動

獅子倉 八鹿

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朱夏

しゅか 1

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 残暑が、俺の息の根を止めてきそうだ。

 時間表記だけは夕暮れどきだったが、外の熱気は日中とさほど変わらない。
 首から下げた携帯型の扇風機だけが死神に対抗できる唯一の武器だが、こんな武器では太刀打ちできない。

 空から。地面から。熱風から。エアコンの室外機から。
 死神はバイトから帰還しようとする身体に纏わりつき、熱による持続的ダメージを与えてくる。

 ただでさえバイト終わりで削られているHPが、ピンチだと警告をするのを無視しながら歩く。

 回復アイテムのスポーツドリンクはバイト先で全て飲み干した。
 所持金は明日、予約していたゲームと引き換えに減少してしまう。
 店に買いに行くという選択肢は選びたくなかった。
 こんな暑い中、金策という労働なんてしたくない。

 目的地は早歩きで3分程の距離にある。
 むやみやたらに所持金を減らすようなことはしたくない。

 なんとかHPを残したまま、エアコンの効いた安全エリアの前まで到着することができた。
 死ぬところだったじゃないか。
 猛暑という名の死神め。さっさと去ってしまうが良い。
 鍵を開き、中の冷気を浴びた俺は死神に悪態をついた。

 18度に設定したエアコンは、部屋の主人がいない間も懸命に働き、快適な空間を維持している。懸命な働きに労りの言葉をかけながら、風呂場に入った。

 不快な汗と疲れを排水溝に流した後は、エアコンに管理された世界のゲーミングチェアに座る。こんな快適な生活が出来る自分は、実は一国の王ではないかと錯覚してしまう。

 惰性でスマホのロック画面を解除すると、『WING』と書かれたアプリを立ち上げた。

 覗いた人間に、日常を吐き出させる場を提供する。
 覗き込んだ人間に自分にはない非日常を眺めさせ、暇を満足に昇華する。
 日常と非日常が繋がり、需要と供給を満たし合う。
 SNS社会の頂点に君臨するそのアプリは、俺の日常と非日常も満足に変えてくれている。

 俺の画面に数えきれない量の青い翼が降り注ぎ、真っ青に染め上げる。
 青い画面に空が映り、空がぼやけた後は他人の日常の群れが映った。

 願望を叶えた報告。運に見放された愚痴。
 政治家の傍若無人さへの苦言。
 ペット自慢。
 見えないものを邪推した結果報告。
 名前も知らない人物の個性が爆発した作品群。
 他人がアニメを見ながら脳内で呟いた言葉までも目の前に現れる。

 数え切れない言葉の群れが現れるが、目の前に現れた群れは、全ての投稿の一部だ。

 カテゴリ別に、ルールに従って抽出される投稿の中から、特に気に入ったものをピックアップし、星のボタンを押して評価する。
 顔を上げて壁に掛かった時計を見ると、長針が一周していた。
 今日も僕の暇は満足に昇華されたらしい。

 WINGを閉じようとした瞬間、手が滑り、暇を昇華するアプリはフローリングに叩きつけられる。
 持ち上げて画面を覗き込むと、フォローしているアカウントの名前が映っていた。

『こんな俺だけど、彼女できちまったわ』

 ネットスラングもネットの大海に漂うジョークも散りばめられていないその投稿は、俺に真実が映っていると伝えている。
 この投稿主は、冗談は冗談とわかるよう印を付ける。


「彼女できちまったわ」
 画面に表示された文字と同じ文章を伝えた男が、自分の隣に立つ女とはにかみながら見つめ合う。
 そんな映像が脳内で捏造され、勝手に再生される。
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