ひらひらのあつまり

獅子倉 八鹿

文字の大きさ
上 下
17 / 17

初めて彼女の部屋に行ったんだ。

しおりを挟む
「汚いけど許して」
 語尾を伸ばし気味にしながら、彼女はそのドアを開けた。

 彼女が開けたのは何の変哲もない、そこら辺にあるアパートのドアなのだが、俺には天国への扉に見えるし、なんなら心のドアも開かれていて、『お誘い』してもいいよと歓迎されているように思う。

「お邪魔します」
 玄関に足を踏み入れると、香水のような香りが鼻をくすぐる。
 整理整頓された玄関を通り抜け、リビングに入った。

 白とピンクを基調とした部屋に、壁際に大きな机が置いてあり、その机の上にゲーミングPCとキーボード、モニターが2つ置いてある。

 全て白を基調にしたデザインで、この部屋の雰囲気を壊していない。
 ゲーミングヘッドホンが壁に掛けてあったり、机の上に小さな引き出しが置いてあったりと片付いており、散らかっている印象は全く受けない。

「そこのソファに座ってて」
 彼女は入ってすぐ右側にあるパステルピンクのソファを指さした。
 言われた通り合皮のソファに身体を沈ませると、そそくさと彼女は部屋を出ていった。

 改めて、部屋を見渡す。
 PCが置いてある机。机の近くにあるゲーミングチェアもピンク色だ。
 アクリルスタンドやフィギュアが置いてある本棚。

 仕切りの役目をしているのか、壁とは離れたところに本棚がもう1つ置いてある。
 仕切りになっている本棚と壁の間に突っ張り棒が付けてあり、白いカーテンがかけられていた。
 この部屋にないものを考えると、あそこにベッドがあるのだろうか。

「ルイボスティーでーす」
 仕切られた空間に何があるのか考えていると、両手にペットボトルを持って彼女が戻ってきた。

「ごめんね。ルイボスティー好きじゃないかもだけど」
「いや、大丈夫。ありがとう」
 正直、ルイボスティーなんて飲んだことはないが、拒否するのも良くないだろう。
 渡されたペットボトルを受け取り、赤みがかった液体を流し込む。
 意外と美味しい。

「で、お願いされたPCはあれでいいんだよね」
 俺は、机の上にあるPCを指さす。
 彼女は俺の横に座りながら頷いた。

「いきなり起動しなくなっちゃって。これじゃ課題もできないし。相澤君、パソコンのお店でバイトしてたって聞いたから、直して貰えないかなって」
 こうやって頼って貰えるなら、時給の安いあの店にいても良かったと思える。
「俺は販売だけで、修理できないけど。見るだけ見てみるね」

 俺は立ち上がり、PCに近づく。
 電源ボタンを押すと、正常にログイン画面がモニターに映り、起動する。

「普通に起動するね」
「えー? なんで?」
 照れ笑いしながら、彼女がソファから立ち上がり、近づいてきた。
「ありがとう」
 自然な動きで手を握られる。
 これ、絶対脈アリだ。

「お礼、させてくれないかな」
 おっと?
「いやお礼なんて。大丈夫だよ」
 もちろん口だけだ。
 お礼ください。あわよくば俺と継続的にそういう関係になりませんか。

「いいからいいから」
 手を引かれ、先程気になっていた布の向こうへと誘導される。

「え」
 布の向こうには、白とパステルピンクに塗られた椅子があった。

 両腕と両足を拘束できるデザイン以外は、とても可愛らしい椅子だ。

 更に言うと、何も身に纏わず四肢を拘束され、目隠しをされている女性がいなければより良いのではと思う。

「可愛いでしょ。好きにしていいよ」
 彼女はそれが普通のことのように提案してくる。
「いや、使うって、いやいやいや」
 混乱しそうになるが、これは異常だ。
 きょとんとしてこちらを見返しているが、おかしいことだ。

「そ、そんな、俺SM趣味ないし」
 後ずさりしながら、首を振る。
「あの子も喜ぶよ。経験ないし。相澤君のこと好きだって言ってたし」

 足が止まった。

 つまり、この拘束された女性は俺の周りにいる人物だということになる。
「誰だよ」
「分からない?」
「分かるわけないだろ」
「わあ、可哀想」
 頭のネジが外れた彼女はクスクスと笑う。
「それもそっか。相澤君をコソコソと追っかけてたストーカーさんだもんね」

 頭が真っ白になりそうだ。
 俺と、俺のストーカーらしき人物、そのストーカーを丸裸で拘束している人物。

 気を失えたら楽になれそうだが、悲しいことに気を失えそうにない。

 誰か、どう振る舞えば良いか正解を教えてくれないか。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

兄になった姉

廣瀬純一
大衆娯楽
催眠術で自分の事を男だと思っている姉の話

飛び込み営業の舎利弗さん

盤坂万
大衆娯楽
社会人の日常を淡々と描きたいと考えています。 オチなし、蘊蓄なし、ためになる話なし。 偏見に満ちた会社ってこんな感じ、を綴ります!

紺坂紫乃短編集-short storys-

紺坂紫乃
大衆娯楽
2014年から2018年のSS、短編作品を纏めました。 「東京狂乱JOKERS」や「BROTHERFOOD」など、完結済み長編の登場人物が初出した作品及び未公開作品も収録。

タイトルは面白そうな短編集

けろよん
大衆娯楽
作品タイトルに、番組内コーナー「タイトルは面白そう」で過去テーマとされたワードを挿入。文字数は1000文字以下の超短編。 第4回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞用に執筆した短編集。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

処理中です...