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第381章『命令書』

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第381章『命令書』

 麻酔でぼんやりとする意識の中、それでも何とか目を開けてみれば、横たわった身体の横に膝を突いているジュリアーニの横顔が視界へと入る。
『はいはい、喋らなくて良いから寝てな。もう直ぐ終わるからゆっくり休んで、本土に戻る迄はする事も無いんだし、しっかり休んで身体を回復させるのも仕事だよ』
 そう言いながら視線を手元から上げて微笑み頬を撫でるジュリアーニの指先、その感触にタカコは目を細め、少し休むかと思いながらまた目を閉じた。
 次に意識が戻った時には、身体は床には横たえられておらず何とも言えず心地良い温もりに包まれており、その人肌の感触に顔を上げればそこにはカタギリの顔が有った。
『ボス……良かった、心配しましたよ』
『……どの位寝てた?』
『二時間程です。出血量がそれなりに有ったみたいで体温を保ちたかったんですが、服は結局全員濡れてしまった上に毛布を積み込むのを忘れてました、暫くこれで辛抱して下さい』
 そう言われて見てみればお互いに身に着けているのは下着だけ、この状況では仕方無いなと溜息を吐きつつ、身体を起こそうとしたのをカタギリの腕に制され彼の胸へと身体を預ける。
『ボス、平気ですか?』
『リーサか……お前は?』
『アリサです。防弾衣を逸れた弾が腕を掠りましたが問題有りません』
『ヴィンスは?』
『自分は弾は防弾衣から逸れずに済みました、何も問題無しです。マリオとジェフもアリサと同じ様に被弾してますが、そちらも大きな怪我じゃありません、御安心を』
『そうか……良かった。ところでリーサ、服を着ろ服を。年頃の娘さんがなんて格好してるんだ、目の遣り場に困るだろうが』
『アリサです。服が無いんだからしょうがないじゃないですか、濡れた戦闘服のままだと風邪をひきます。年頃って、自分よりも二つ歳下なだけの人間にそれを言うとか、遠回しな自分は若いんだっていう主張ですか、それこそ御自分の歳を考えて下さい』
 半ば呆れた様子でそれでも淡々とそう話すマクギャレット、その彼女の腕には包帯が巻かれ、他に身に着けているのはタカコが見咎めた通りに下着のみ。身体に密着する形状の防水式の潜水服を着込んではいたものの頭部には何も付けていなかった所為で首周りから盛大に浸水した。被弾した人間と刺された自分は潜水服が損傷したから余計にだなと思いつつ、カタギリが言う様に休んでばかりもいられないとゆっくりと身体を起こした。
『……さて、本土に戻ったらクソ忙しくなる、今の内に状況を確認しておこうか。先ずは乗艦からの落水、これは予定通りだ』
『いつ鮫に食われるか生きた心地しなかったですけどね、俺等』
『寧ろ何故まだ我々が生きていられるのか不思議ですね私は』
 身体を起こし床に胡坐を掻いて座り直すタカコ、その彼女周囲にカタギリとキムとマクギャレットが座り、操舵していたウォーレンがその背後に、外にいたジュリアーニが操舵室へと入って来てウォーレンの横に腰を下ろす。タカコはそんな彼等が自分へと向ける視線を受け止めつつ、数時間前の出来事を思い出していた。
 乗艦する前に六人が三時間は潜水していられるだけの酸素ボンベに縄を付け、船体に繋いだ浮きに括り付けて海へと投下した。そうして上がった艦艇の甲板、そこにいた部下達の声を聞き顔を見た時には心底安堵した。彼等がここにいるという事は、間に合ったのだ、良かった、そう思った直後に放たれた銃弾、それを戦闘服の下に着込んだ防弾衣で受け止めて落水して行く部下達、ここ迄は計算通り、後は自分の横にいるドレイクの動き一つだ、そう考えつつ部下を追う素振りを見せて身体を捻れば、彼は腕を掴み腹部を刺して来た。
 腹部に走る痛みに顔を歪めれば、今し方発砲した部下が寄って来てドレイクへと話し掛けつつこちらへと一瞥をくれる。それを見返して口元を僅かに動かせば直ぐに視線は外されドレイクへと向けられ、その後
『そういう事ですので、ボス。自分達は鞍替えする事にしましたから……さようなら』
 と、そう吐き捨てられて身体を抱え上げられ、その数秒後に身体に感じたのは水の冷たさ。上官に対して遠慮の無い事だ、そう思いつつ
『封筒は?』
 そう口を開けば、
『ここに』
 という言葉と共に、ウォーレンから防水の為の油紙でガチガチに固められた封筒を手渡される。果たして中身は本当に自分が望み待っていたものか、タカコはそんな事を考えつつ、部下達が取り囲み見守る中、油紙を張り付けた接着剤を静かに、静かに剥がし始める。やがて中から現れたのは一枚の書類、四つに折り畳まれたそれを開き、そこに記された文字列へと視線を落とす。
『……どうです?』
『議長からの命令書ですよね、それ……何て書いてあるんです?』
 書類へと視線を落としたまま何も言わないタカコ、内容によっては自分達の今後が大きく変わるという事を知っている部下達がそれとなくタカコをせっつけば、彼女は暫くはまだ黙ったままで、たっぷりと沈黙をした後にゆっくりと口を開いた。

『……マクマーン副議長は解任と同時に拘束、これにより彼が指揮権を有していた侵攻艦隊の軍事行動の正当性は無くなった。とは言え侵攻艦隊にはこの事実は伝わっておらず、本国を出る前の命令に基づいた行動がとられ続けられるものと思われる。新しい現地指揮官を乗せた艦隊を編成して現地へと向けて出発させるが、それが到着する迄の間Providence司令に現地での全権を委任する。新指揮官と交代する迄の間、大和との関係を悪化させない様注力せよ……統合参謀本部議長、陸軍大将フランシス……ウォルコット』

 直後、上がったのは咆哮にも似た歓声だった。近くに居た者の肩を抱き拳や掌を打ち付け合い、喜びの声を上げ続ける。いつもは感情をあまり外に出す事の無いウォーレンやマクギャレットも今回ばかりは理性の箍が外れたのか、喜びと興奮を全開にしている。タカコはそんな部下達の様子を目を細めて笑いながら、侵攻艦隊へと残った部下達、そしてドレイクの事を考えていた。
 殆ど即興で決まった流れ、事情を話す余裕は無かったから、誤解は残ったままだろう。今頃物騒な事態になっていなければ良いのだが、と小さく溜息を吐き、ジュリアーニによる縫合処置が施された自分の腹部へと視線を落とし、一つ、そこをそっと撫でてみた。
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