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第312章『暗中模索』

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第312章『暗中模索』

『火発襲撃、絶対に有るだろう、何も聞いてないのか』
『聞いてない、マジで。お前が大和に協力してる事が確定してからこっち、上も作戦の扱いには神経を尖らせてる、この間の鳥栖の襲撃も俺達実働部隊に詳細が知らされたのは前々日だ。露払いとその後の本格的な侵攻を考えれば間違い無く近い内に発電所は叩くだろうが、その時機もどう叩くのかも今の俺には何も知らされてねぇよ』
 場所は海兵隊基地内の営倉、その独房に入れられたドレイクと、彼と鉄格子を挟んで向かい合うタカコ。床に腰を下ろして向かい合う二人の話題は、近々実行されるであろう敵勢による軍用火発への襲撃について。
 軍事侵攻をする上で最優先目標となる事が多い発電所、夫々の駐屯地や基地も自前の発電設備と燃油の備蓄を持ってはいるものの、それはあくまでも非常用電源としての扱いで、稼働するのは発電所の発電機を点検等で複数機停機させる時のみ、それも数年に一度有るか無いか、ここ数年は点検以外で稼働させた事は無い。基本的に海兵隊基地に隣接する博多軍用火力発電所に電力のほぼ全てを依存している、それが九州地方と本州の一部、そして四国の軍事施設の電力事情だった。
『送電ケーブルは海岸線に沿って日本海の海中に沈められてるか、南部や四国へ向けての送電はこっちは地中だ。その場所については私も知らないしお前の上が掴んでるとも考え難い、だとしたら――』
『当然、叩くのは発電所そのものだな』
『それがいつか、それさえ分かればなぁ……』
『この件については俺も本当に知らないんだ、悪いな。上もおかしなもんでな、直属の部下は全て『奴』の配下で固めてる、俺達正規軍からの派遣はその下の扱いだ……直属なら当然知らされているんだろうがなぁ』
 ドレイクの口から出た『奴』という言葉、タカコはそれに肩をぴくりと揺らし、若干小馬鹿にした様子で吐き捨てる。
『直属から正規軍を排した理由、マクマーンは気付いてないんだろうな……『奴』にとってはJCSの副議長なんて肩書は何の意味も無い……目的を達する為の手駒の一つでしかないよ……時機が来れば……マクマーンも、お前も捨てられるぞ』
『……そこ迄の屑か』
『……ああ、私が保証するね』
 奴――、彼の名を口にしなくなり、そう呼ぶようになってから、それすら忌み嫌い余程の事が無ければ話題にも出さなくなってからどれ位になるのだろうか、後から全てを知らされ涙を流しつつも呆然とするしか無かった自分よりも激しく憤り、嘆き、そして数え切れない程に謝罪をしていたタカユキをふと思い出し、込み上げる何かを堪える様にして口元を引き結ぶ。今はそんな感傷に浸っている場合ではない、今日にでも起こるかも知れない火発への襲撃、海上も含めて周辺の警戒を厚くしてはいるものの、万全の備えで臨まなければ恐らくは突破されるだろう、大和の技量は未だに凌ぎ切れる水準には達していない。
『……何ともまぁ……面倒臭ぇ流れになったよなぁ……『奴』が関わってると勘付いた時点で、作戦の続行は不可能と判断して撤退すべきだったかもなぁ、私がいなけりゃ――』
『――それだけは絶対に言うな、タカユキだって同じ事を言ってただろうがよ』
 思わず吐き出した自棄気味の言葉、それに返されたのはドレイクの荒く強い口調。弾かれた様に顔を上げてみれば、向けられているのは言葉と同じ様に強く真っ直ぐな眼差しで、その直後にふわりと和らぐ表情と浮かぶ穏やかな笑み、そして、
『自分がいなけりゃ良いとか、そんな事は何が有っても絶対に言うな。悪いのは『奴』であって、お前じゃない、絶対にだ。タカユキだって、他の誰だって誰もそんな事は言わないし、思ってもいねぇよ……お前はお前らしく前向いて、馬鹿みてぇに大口開けて笑ってろ。お前にはそれが一番似合うから、ブラザー?』
 という言葉に、思わず涙腺が緩むのを感じたタカコは、それを気取られない様に下を向いた。
『……有り難う、ブラザー』
『ブラザーだからな、当然だ』
 タカコさえいなければ、そんな事を言っていた人間がいる事は知っている、きっと彼もそうだろう。それでも、付き纏って離れない汚泥の様な悍ましい呪縛をこうしてあっさりと否定してくれる事がどんなに嬉しいか、救いになるのか、彼も、そして同じ言葉を自分へと与えてくれていたタカユキも、きっと知らないだろう。

「おいタカコ!火発が占拠された!!連中、正面から銃撃食らわせて突っ込みやがった!!最悪な事に真吾も龍興も親父も他のお偉方も纏めて人質だ!!直ぐに来い!!」

 暖かな優しい時間を突然に断ち切ったのは、荒々しく営倉の扉を開けて駆け込んで来た敦賀の言葉、その内容に弾かれる様にして立ち上がり駆け出そうとすれば、格子の向こうから伸びて来た手が肩を掴む。
『ジャス!?今は――』
「お前になら協力するって言っただろうが、俺も連れて行け、ここから出せ!おい上級曹長!そういう事だ、鍵を開けろ!!」
 つい今し方迄の会話とは違い大和語を口にするドレイク、敦賀にもその内容は当然の事ながら理解出来、タカコに先んじて営倉を出ようとしていた足を止めて振り返り、確認をする様にタカコの方を見てドレイクを顎で指し示した。
「信用出来るのかそいつは」
「……ああ、私が保証する……もし反する様な事が有れば私が殺す、鍵を開けてくれ」
 事情に精通し熟練の技量を持った人間は一人でも多い方が良い状況、敦賀はタカコとドレイクを数度交互に見た後、大きく溜息を吐いて外にいた警衛へと声を放る。
「捕虜の独房の鍵を開けてくれ!!責任は俺が持つ!!」
「了解です!!」
「感謝するよ、上級曹長」
「これ以上無ぇくれぇにややこしくなってんだ、面倒掛けるんじゃねぇぞ……それと」
「それと?」
「……あまり俺を怒らせるな……分かったな」
 独房から出て来たドレイクに投げ付けられた敦賀の言葉、その意図するところを理解したドレイクはにやりと笑い、
「努力はするよ、兄弟」
 そう言って敦賀の肩をぽんと叩いて外に向かって歩き出し、敦賀もまた
「……それを止めろって言ってんだろうが……どうもてめぇとは上手くやれる気がしねぇ……」
 と、苛立ちと諦観が入り混じった様な声音でそう吐き捨てると、踵を返して歩き出した。
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