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第294章『承認欲求』
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第294章『承認欲求』
黒川の命令による転進が開始されてから数十分程の時間が過ぎ、演習場のあちこちから小銃や携行砲の発砲音が聞こえて来る中、少しずつ分隊が到着し始めた。負傷者はいるものの死者は今のところ無し、全分隊が到着する迄気は抜けないが、と、敦賀は負傷者が手当てを受ける様子を眺めつつ、小さく息を吐いた。
大和軍としては各分隊と無線連絡をこまめにとっているが、ワシントン勢はと言えば
「無線持つと重いから動きが鈍る」
というタカコの一言で無線は携行せず、連絡手段は信号弾のみ。演習場へと出て行く前に十分程の打ち合わせの時間を持つに止まり、たったそれだけで事が運ぶのかと思いはしたものの、今のところ滞りは一切無い様で、部下にこれだけの裁量を持たせるとは大した胆力だ、内心そう思いつつ、会議室から資機材を運び出す作業の指示を出している高根の横に立ち、様子を見守っているタカコの横顔を見詰める。
予定していたよりも分隊の戻りが早い、これならば上階には無線係だけを出しておいて他は最初から地下にいた方が良かったと思わないでもないが、発令から分隊への到達迄の時差を考えればそれも出来ず、高根や黒川、そしてタカコも、ぎりぎり迄自分の目と耳で状況を確認したいと思っているであろう事を考えれば、やはり当初の計画通り分隊の到着迄は指揮所は上階へと設置しておくのが最善なのだろうと思い至る。
「急げよ、残りが到着する迄そう時間は無い、分隊の人間も手の空いている者は資機材の運搬に回れ」
「了解です!」
全分隊が到着すればその後は、その後の事を考えつつ、敦賀は高根が出す指示を聞きながら、部屋の隅に積み上げられた弾薬の箱へと視線を遣った。全分隊が到着した後は、本隊は地下へと引っ込み守りを固め、今は演習場に出ているジュリアーニとキムが戻って来る。そしてその二人とタカコ、三人に夫々一人ずつ大和軍から腕の立つ者が付き、二人ずつの三組に分かれて指揮所の入るこの役場跡地と周辺の掃討を行う事になっている。ウォーレンとマクギャレットは、ここを砲撃する為に包囲する形で設置されるであろう迫撃砲とそれの取り扱い要員を無力化する為に動く手筈だ。
二人一組――、ワシントン語では『バディシステム』と言うのだとタカコから聞かされた。お互いの援護をしつつ任務の遂行を目指すそれ、タカコが自らの相手に指名したのは敦賀で、絶対にしくじる事が有ってはならない、敦賀はまた胸中でそれを呟き、人知れず静かに拳を握り締める。
本格的な、そして初めての『実戦』、そこでタカコの、この作戦の真の司令官の相棒に指名される事の意味、その重さが分からない様な世間知らずではない。彼女が身贔屓をする様な人間ではない事は理解している、そして、指名した以上は相手に対しそれなりの水準の働きを要求するのだろうという事も。実戦を知り尽くしているであろう司令官、そんな人間から必要とされているのだという事実に身体が震える。恐いのではない、これは、武者震いだ。
以前海兵隊基地が曝露に見舞われた時、倉庫の中で活骸を斬り伏せるタカコを見ながらはっきりと気付いた自分の気持ち、『欲しいものはタカコ、欲しい場所は彼女の隣』。その自分の望みの実現に一歩近づけるのかも知れないという喜びと、そして、軍人として兵士として、自分の力が評価されているのだという、承認欲求が満たされる純粋な満足感。仲間が死ぬかも知れない、作戦が失敗に終われば禍は演習場の外に溢れ出るかも知れない。そんな事を考えないわけではないのだが、それに勝る極個人的な感情に、つくづく自分は人の上に立ち率いる様な才覚は持ち合わせていないらしい、そう思い至り、自嘲じみた笑いを唇の端に小さく浮かべた。
「敦賀?どうかしたか?」
そんな彼に話し掛けて来たのはタカコ、未到着は残り一分隊のみ、そろそろジュリアーニとキムも戻って来る、そろそろ身支度を整えろと言いながら弾薬が詰まった箱を抱えそれに付いた紐を襷掛けにして肩に掛ける彼女に促され、敦賀もまた装備へと手を伸ばす。
「始まるな」
「ああ、しっかり付いて来いよ」
「……ああ」
タカコの言葉の端々に滲む高揚感、演習場に出て行かず大人しく指揮所に残っていたのはここが一番派手に暴れられると分かっていたからか、そう思い至り腕を伸ばし髪をくしゃりと一撫ですれば、何を考えているのかが伝わったのか、
「……大部隊みたいに頭数がいれば後方で退屈も出来るんだがな、生憎青息吐息の超零細部隊だ。実力至上主義を貫いて、司令官だろうが何だろうが使える人間は配置しないと遣り繰り出来ないんだよ」
と、そう言って強い笑みを向けられる。
「……抜かせ、この馬鹿女。自分が思い切り暴れたいのがそれよりも大きい理由だろうがよ」
「あれ?バレた?」
「当たり前だ、二年半の付き合いだぞ」
「はぁ……どうしてこう私の周囲は口煩い人間しかいないのかねぇ……」
「……前も言ったがな、複数に同じ事を言われるのは自分に非が有るからだってのを認めろ。司令官が先陣切ってカチ込み掛けるとか、下の心労考えた事有るのかお前」
「……うぜぇ……」
タカコにとっては聞き飽きた類の小言なのだろう、心底うんざりだと言った様子でぼそりと吐き捨てるのを見ながら、敦賀は彼女の後頭部に一つ、掌を軽く叩き込む。
「……とにかく、面倒は掛けねぇ様に気張るが……宜しく頼むぜ」
「……ああ、こちらこそ。宜しく、相棒」
その直後告げられた全分隊の到着、二人はそれを聞きながら互いの拳を軽く打ち付け合い、装備を整えて部屋を出て行った。
黒川の命令による転進が開始されてから数十分程の時間が過ぎ、演習場のあちこちから小銃や携行砲の発砲音が聞こえて来る中、少しずつ分隊が到着し始めた。負傷者はいるものの死者は今のところ無し、全分隊が到着する迄気は抜けないが、と、敦賀は負傷者が手当てを受ける様子を眺めつつ、小さく息を吐いた。
大和軍としては各分隊と無線連絡をこまめにとっているが、ワシントン勢はと言えば
「無線持つと重いから動きが鈍る」
というタカコの一言で無線は携行せず、連絡手段は信号弾のみ。演習場へと出て行く前に十分程の打ち合わせの時間を持つに止まり、たったそれだけで事が運ぶのかと思いはしたものの、今のところ滞りは一切無い様で、部下にこれだけの裁量を持たせるとは大した胆力だ、内心そう思いつつ、会議室から資機材を運び出す作業の指示を出している高根の横に立ち、様子を見守っているタカコの横顔を見詰める。
予定していたよりも分隊の戻りが早い、これならば上階には無線係だけを出しておいて他は最初から地下にいた方が良かったと思わないでもないが、発令から分隊への到達迄の時差を考えればそれも出来ず、高根や黒川、そしてタカコも、ぎりぎり迄自分の目と耳で状況を確認したいと思っているであろう事を考えれば、やはり当初の計画通り分隊の到着迄は指揮所は上階へと設置しておくのが最善なのだろうと思い至る。
「急げよ、残りが到着する迄そう時間は無い、分隊の人間も手の空いている者は資機材の運搬に回れ」
「了解です!」
全分隊が到着すればその後は、その後の事を考えつつ、敦賀は高根が出す指示を聞きながら、部屋の隅に積み上げられた弾薬の箱へと視線を遣った。全分隊が到着した後は、本隊は地下へと引っ込み守りを固め、今は演習場に出ているジュリアーニとキムが戻って来る。そしてその二人とタカコ、三人に夫々一人ずつ大和軍から腕の立つ者が付き、二人ずつの三組に分かれて指揮所の入るこの役場跡地と周辺の掃討を行う事になっている。ウォーレンとマクギャレットは、ここを砲撃する為に包囲する形で設置されるであろう迫撃砲とそれの取り扱い要員を無力化する為に動く手筈だ。
二人一組――、ワシントン語では『バディシステム』と言うのだとタカコから聞かされた。お互いの援護をしつつ任務の遂行を目指すそれ、タカコが自らの相手に指名したのは敦賀で、絶対にしくじる事が有ってはならない、敦賀はまた胸中でそれを呟き、人知れず静かに拳を握り締める。
本格的な、そして初めての『実戦』、そこでタカコの、この作戦の真の司令官の相棒に指名される事の意味、その重さが分からない様な世間知らずではない。彼女が身贔屓をする様な人間ではない事は理解している、そして、指名した以上は相手に対しそれなりの水準の働きを要求するのだろうという事も。実戦を知り尽くしているであろう司令官、そんな人間から必要とされているのだという事実に身体が震える。恐いのではない、これは、武者震いだ。
以前海兵隊基地が曝露に見舞われた時、倉庫の中で活骸を斬り伏せるタカコを見ながらはっきりと気付いた自分の気持ち、『欲しいものはタカコ、欲しい場所は彼女の隣』。その自分の望みの実現に一歩近づけるのかも知れないという喜びと、そして、軍人として兵士として、自分の力が評価されているのだという、承認欲求が満たされる純粋な満足感。仲間が死ぬかも知れない、作戦が失敗に終われば禍は演習場の外に溢れ出るかも知れない。そんな事を考えないわけではないのだが、それに勝る極個人的な感情に、つくづく自分は人の上に立ち率いる様な才覚は持ち合わせていないらしい、そう思い至り、自嘲じみた笑いを唇の端に小さく浮かべた。
「敦賀?どうかしたか?」
そんな彼に話し掛けて来たのはタカコ、未到着は残り一分隊のみ、そろそろジュリアーニとキムも戻って来る、そろそろ身支度を整えろと言いながら弾薬が詰まった箱を抱えそれに付いた紐を襷掛けにして肩に掛ける彼女に促され、敦賀もまた装備へと手を伸ばす。
「始まるな」
「ああ、しっかり付いて来いよ」
「……ああ」
タカコの言葉の端々に滲む高揚感、演習場に出て行かず大人しく指揮所に残っていたのはここが一番派手に暴れられると分かっていたからか、そう思い至り腕を伸ばし髪をくしゃりと一撫ですれば、何を考えているのかが伝わったのか、
「……大部隊みたいに頭数がいれば後方で退屈も出来るんだがな、生憎青息吐息の超零細部隊だ。実力至上主義を貫いて、司令官だろうが何だろうが使える人間は配置しないと遣り繰り出来ないんだよ」
と、そう言って強い笑みを向けられる。
「……抜かせ、この馬鹿女。自分が思い切り暴れたいのがそれよりも大きい理由だろうがよ」
「あれ?バレた?」
「当たり前だ、二年半の付き合いだぞ」
「はぁ……どうしてこう私の周囲は口煩い人間しかいないのかねぇ……」
「……前も言ったがな、複数に同じ事を言われるのは自分に非が有るからだってのを認めろ。司令官が先陣切ってカチ込み掛けるとか、下の心労考えた事有るのかお前」
「……うぜぇ……」
タカコにとっては聞き飽きた類の小言なのだろう、心底うんざりだと言った様子でぼそりと吐き捨てるのを見ながら、敦賀は彼女の後頭部に一つ、掌を軽く叩き込む。
「……とにかく、面倒は掛けねぇ様に気張るが……宜しく頼むぜ」
「……ああ、こちらこそ。宜しく、相棒」
その直後告げられた全分隊の到着、二人はそれを聞きながら互いの拳を軽く打ち付け合い、装備を整えて部屋を出て行った。
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