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第280章『思い遣り』
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第280章『思い遣り』
「……なぁ、先任よ」
「……何だよ」
「俺等……無茶苦茶格好悪くないか?」
「……同感だ」
事件から二日後、場所は陸軍病院の病棟談話室の喫煙区画。そこに置かれた長椅子に並んで腰掛けて煙草をふかしながら天井を見詰める男二人、敦賀と島津。二人共頭や腕や脚に包帯を巻き、あちこちに小さな切り傷を作った出で立ちで、何をするでもなく時間を過ごしている。周囲には第一分隊の面々が揃い、そちらもまた二人と同じ様な按配だった。
自分達が搬送された後の捜査で、使われたものは跳ね上がり式の対人地雷だったという事が判明した。大和国内には本来なら存在しないものであり、ワシントンに同型の物が存在する、そんな事をタカコは話していたらしい。手榴弾と同じ様に針金が抜ける事によって信管が叩かれ発動し、地雷は地面から人体の胸から頭辺りの高さ辺り迄跳ね上がりそこで爆発する。空中で爆発する分殺傷範囲は広がり、上半身が深刻な被害を受ける事も多く犠牲になる人数も増える、と、吐き捨てる様にそう言っていたと、昨日見舞いに来た高根がそう言っていた。
「……もう実戦だと思えって、そう言われてたのにな……」
「……先任もか」
「ああ」
既に戦いは始まっていると思え、自分と仲間以外は絶対に信用するな、繰り返し聞かされたタカコのその言葉を、自分達は結局のところ何一つ理解出来ていなかったのだと思い知る。どんな罠が仕掛けられているのか分からいなのだから、無力に見える子供が一人取り残されていたとは言え、近寄らずに指示を仰ぎ、周囲への警戒を怠るべきではなかったのだ。もっとそれに早く気が付けていたら、誰も死なずに済んだかも知れない、囮に使われたあの子供も、タカコが地雷を無力化し助ける事が出来たかも知れない。自分達の不明が、無能さが、陸軍の三人を殉職に追い遣った、あの少女を死なせてしまったのだ。
「……タカコ、自分責めたりとかしてないすかね?」
「それ心配だよなぁ……俺等が駄目だったのに、責任感じてそう」
敦賀と島津の会話に他の面々も加わって来る。一連の計画に関して文字通りの核であるタカコ、自分に任された事の重さは誰に言われずとも自覚しているだろう、そして、普段はいい加減に見える事も有る彼女が、実際はとても細やかな心遣いをする優しい気質である事は、この場にいる全員が二年半の付き合いで良く分かっていた。本来であれば無関係の筈のワシントン人、そのタカコに何から何迄頼りきりで、その上心痛を与えかねない様な大失態をしてしまうとは、と、誰からともなく大きな溜息が漏れる。
第一分隊は第六分隊に後続する形で進攻していた為、第六分隊に比べ重傷者はおらず、明日にでも退院して構わないという話は医師から聞いている。それならば早い方が良いと、明日の朝の回診を受けた後にさっさと出てしまおうという事で意見は纏まっているものの、戻ってから彼女にどんな顔をして会えば良いのか、それが気掛かりだった。
「見舞いに来ないかな、タカコ」
「来られても困るんですけど……どのツラ下げて会えば良いんですかそれ」
「どっちにしろそんな余裕は無いだろう、どれだけあいつに負担掛けてると思ってるんだ。今もあれやこれやに引っ張り出されて必死こいてるだろうよ」
「……ですね」
顔を合わせれば場を和ませようと色々な馬鹿をやってくれるタカコ、あれを見てほっとしたい反面その前に頭を下げるのが筋とも思え、どうもはっきりしない胸の内をグタグダと言い合いつつ面々は煙草をふかす。敦賀は積極的に会話に加わる事はせず、これからどうしたものか、と、そんな事を考えつつ短くなった煙草を灰皿で押し消し、もう一本吸うかと煙草の箱へと手を伸ばした。
「……タカコ」
その彼の動きを止めたのは、談話室の入り口に立ったタカコの姿。いつもの明るさも覇気も無く、所在無さ気に立ち尽くしこちらを見る様子に敦賀が口を開けば、周囲にいた全員が弾かれる様にしてそちらへと身体と視線を向け、タカコはそれを受けてゆっくりと喫煙区画へと入って来た。
「……昨日は丸一日鳥栖にいたんだけど、博多に戻るから、通り道だから見舞いに」
何とも歯切れの悪いタカコの口調、これはどうも相当気に病んでいる様だ、そう思った島津が立ち上がり、タカコの前へとゆっくりと立つ。
「……謝るなよ」
「……え?」
何故それを、そう言いた気なタカコの視線、島津はそれを見て目を細めて微笑み、彼女の頭をそっと撫でて言葉を続けた。
「俺達は大和正規軍、その精鋭だという誇りを持ってる。その精鋭部隊が女一人におんぶに抱っこで頼り切りなんて情け無いし、実際もそうじゃない。お前が謝るって事は、俺達はお前に面倒見てもらわなきゃ何も出来ないガキの集団だって事だ。実際は違う、まだまだ半人前だとしても俺達はお前に責任を持ってもらう程のガキじゃない、俺達の不始末の責任は俺たち自身に有る……お前は、それを否定するのか?」
「……あ……いや、そうじゃ……ごめん」
「だから、謝るな、お前は何も悪くない。お前はお前がすべき事をやった、俺達がそれを活かしきれなかっただけの話だ……俺達の大人として男として、そして軍人としての面子を……潰さないでくれ……な?」
低く響く優しい島津の声音、それに俯いてしまったタカコを見て敦賀は立ち上がり、島津の前へと割って入りタカコの肩を抱いて歩き出した。
「おいおい、先任、俺が折角良いところを……って、何処行くんだ」
「ちっとばかし早ぇが退院する。こいつも車で来てるんだろうから一緒に博多に戻る。先生にはそう言っておいてくれ」
「ちょ、おま、おい!」
島津の言葉を背に受けつつ談話室を出て向かうのは自らの病室、六人部屋の全員が今回負傷した第一分隊の面々で、自分以外は全員が談話室にいる為無人のそこへと入る。
「……心配させたな……悪かった」
扉の閉まる音を聞きながら、肩を抱いていたタカコをそのまま優しく抱き締め、ゆっくりと口を開いた。
「敦賀が謝る事じゃ――」
「無様晒したってのも有るが……それだけじゃねぇ、お前の目の前で……旦那の二の舞になるところだった」
「……なぁ、先任よ」
「……何だよ」
「俺等……無茶苦茶格好悪くないか?」
「……同感だ」
事件から二日後、場所は陸軍病院の病棟談話室の喫煙区画。そこに置かれた長椅子に並んで腰掛けて煙草をふかしながら天井を見詰める男二人、敦賀と島津。二人共頭や腕や脚に包帯を巻き、あちこちに小さな切り傷を作った出で立ちで、何をするでもなく時間を過ごしている。周囲には第一分隊の面々が揃い、そちらもまた二人と同じ様な按配だった。
自分達が搬送された後の捜査で、使われたものは跳ね上がり式の対人地雷だったという事が判明した。大和国内には本来なら存在しないものであり、ワシントンに同型の物が存在する、そんな事をタカコは話していたらしい。手榴弾と同じ様に針金が抜ける事によって信管が叩かれ発動し、地雷は地面から人体の胸から頭辺りの高さ辺り迄跳ね上がりそこで爆発する。空中で爆発する分殺傷範囲は広がり、上半身が深刻な被害を受ける事も多く犠牲になる人数も増える、と、吐き捨てる様にそう言っていたと、昨日見舞いに来た高根がそう言っていた。
「……もう実戦だと思えって、そう言われてたのにな……」
「……先任もか」
「ああ」
既に戦いは始まっていると思え、自分と仲間以外は絶対に信用するな、繰り返し聞かされたタカコのその言葉を、自分達は結局のところ何一つ理解出来ていなかったのだと思い知る。どんな罠が仕掛けられているのか分からいなのだから、無力に見える子供が一人取り残されていたとは言え、近寄らずに指示を仰ぎ、周囲への警戒を怠るべきではなかったのだ。もっとそれに早く気が付けていたら、誰も死なずに済んだかも知れない、囮に使われたあの子供も、タカコが地雷を無力化し助ける事が出来たかも知れない。自分達の不明が、無能さが、陸軍の三人を殉職に追い遣った、あの少女を死なせてしまったのだ。
「……タカコ、自分責めたりとかしてないすかね?」
「それ心配だよなぁ……俺等が駄目だったのに、責任感じてそう」
敦賀と島津の会話に他の面々も加わって来る。一連の計画に関して文字通りの核であるタカコ、自分に任された事の重さは誰に言われずとも自覚しているだろう、そして、普段はいい加減に見える事も有る彼女が、実際はとても細やかな心遣いをする優しい気質である事は、この場にいる全員が二年半の付き合いで良く分かっていた。本来であれば無関係の筈のワシントン人、そのタカコに何から何迄頼りきりで、その上心痛を与えかねない様な大失態をしてしまうとは、と、誰からともなく大きな溜息が漏れる。
第一分隊は第六分隊に後続する形で進攻していた為、第六分隊に比べ重傷者はおらず、明日にでも退院して構わないという話は医師から聞いている。それならば早い方が良いと、明日の朝の回診を受けた後にさっさと出てしまおうという事で意見は纏まっているものの、戻ってから彼女にどんな顔をして会えば良いのか、それが気掛かりだった。
「見舞いに来ないかな、タカコ」
「来られても困るんですけど……どのツラ下げて会えば良いんですかそれ」
「どっちにしろそんな余裕は無いだろう、どれだけあいつに負担掛けてると思ってるんだ。今もあれやこれやに引っ張り出されて必死こいてるだろうよ」
「……ですね」
顔を合わせれば場を和ませようと色々な馬鹿をやってくれるタカコ、あれを見てほっとしたい反面その前に頭を下げるのが筋とも思え、どうもはっきりしない胸の内をグタグダと言い合いつつ面々は煙草をふかす。敦賀は積極的に会話に加わる事はせず、これからどうしたものか、と、そんな事を考えつつ短くなった煙草を灰皿で押し消し、もう一本吸うかと煙草の箱へと手を伸ばした。
「……タカコ」
その彼の動きを止めたのは、談話室の入り口に立ったタカコの姿。いつもの明るさも覇気も無く、所在無さ気に立ち尽くしこちらを見る様子に敦賀が口を開けば、周囲にいた全員が弾かれる様にしてそちらへと身体と視線を向け、タカコはそれを受けてゆっくりと喫煙区画へと入って来た。
「……昨日は丸一日鳥栖にいたんだけど、博多に戻るから、通り道だから見舞いに」
何とも歯切れの悪いタカコの口調、これはどうも相当気に病んでいる様だ、そう思った島津が立ち上がり、タカコの前へとゆっくりと立つ。
「……謝るなよ」
「……え?」
何故それを、そう言いた気なタカコの視線、島津はそれを見て目を細めて微笑み、彼女の頭をそっと撫でて言葉を続けた。
「俺達は大和正規軍、その精鋭だという誇りを持ってる。その精鋭部隊が女一人におんぶに抱っこで頼り切りなんて情け無いし、実際もそうじゃない。お前が謝るって事は、俺達はお前に面倒見てもらわなきゃ何も出来ないガキの集団だって事だ。実際は違う、まだまだ半人前だとしても俺達はお前に責任を持ってもらう程のガキじゃない、俺達の不始末の責任は俺たち自身に有る……お前は、それを否定するのか?」
「……あ……いや、そうじゃ……ごめん」
「だから、謝るな、お前は何も悪くない。お前はお前がすべき事をやった、俺達がそれを活かしきれなかっただけの話だ……俺達の大人として男として、そして軍人としての面子を……潰さないでくれ……な?」
低く響く優しい島津の声音、それに俯いてしまったタカコを見て敦賀は立ち上がり、島津の前へと割って入りタカコの肩を抱いて歩き出した。
「おいおい、先任、俺が折角良いところを……って、何処行くんだ」
「ちっとばかし早ぇが退院する。こいつも車で来てるんだろうから一緒に博多に戻る。先生にはそう言っておいてくれ」
「ちょ、おま、おい!」
島津の言葉を背に受けつつ談話室を出て向かうのは自らの病室、六人部屋の全員が今回負傷した第一分隊の面々で、自分以外は全員が談話室にいる為無人のそこへと入る。
「……心配させたな……悪かった」
扉の閉まる音を聞きながら、肩を抱いていたタカコをそのまま優しく抱き締め、ゆっくりと口を開いた。
「敦賀が謝る事じゃ――」
「無様晒したってのも有るが……それだけじゃねぇ、お前の目の前で……旦那の二の舞になるところだった」
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