上 下
59 / 100

第259章『神出鬼没の悪魔』

しおりを挟む
第259章『神出鬼没の悪魔』

「あの人の、ボスの二つ名の内の一つだ。姿を捕捉するのも困難な上に何をやらかすのかも予測不能……覚悟しておけ、俺達が今から相手にするのは、ワシントン軍最高の非正規兵役だ」

 そのカタギリの言葉に、敦賀は直ぐには反応出来なかった。ワシントン軍最高の非正規兵役、ワシントンの軍事力が如何程のものなのか、詳細を聞いた事は無い。しかしタカコやその部下達の言動を見るに大和よりも高度なのであろう事は窺えて、そんな組織で最高のとはどういう事だとじっとカタギリを凝視する。
「……?何だ、急に止まったな」
 その沈黙を断ち切ったのは自分達の乗ったトラックの突然の停止、市街地の道路を低速で進行し中心部を目指していたのに何故こんなところでと運転席を見れば、運転席と助手席に座っていた兵士が慌てて外へと転がり出るのが見て取れた。
「早く!早く降りて離れろ!」
 一体どうしたんだと彼等が飛び出した方を見てみれば、車体本体の下部からじんわりと立ち上る白煙、それを見た瞬間、敦賀もカタギリもキムも、荷台に乗り込んでいた他の兵士達も反射的に荷台の床を蹴って外へと転がり出した。
「何なんだ!?」
「分かりません!とにかく離れて!」
 爆発の危険も有ると兵士達は蜘蛛の子を散らす様に一目散に走り出す。しかし、物陰に身を潜めて様子を窺うがトラックが爆発する様子も炎上する様子も無く、その内、カタギリが
「……まさか……」
 と、そう小さく呟いてトラックの方へと向かって歩き出した。
「おい片桐!何してる、戻れ!」
「多分大丈夫です!」
 敦賀の制止に言葉を返し歩き続けるカタギリ、彼が立ち止まったのはトラックの車体の前。そしてそこに膝を突いて車体の下を覗き込み、その後仰向けになってその下へと上半身を突っ込み何やらごそごそとやり始める。
「おい、どうした!?」
「先任、出て来ても大丈夫です!やられましたよ!」
やられたとは何を、誰に、そんな事を思いつつ周囲の兵士達と顔を見合わせ、どうやら爆発の危険性は無い様だと物陰から出てトラックの方へと歩き出す。
「おい、やられたってのは?」
「内燃機関の冷却水を綺麗さっぱり抜かれてます、ここからじゃ分かりませんけど、多分機関内に入れる鉱油もやられてますね……煙はその所為でしょう」
「……誰が、ってのは……愚問だな……」
「……そうですね……」
 まだ訓練の開始から五分も経っていない、内燃機関に火を入れてからは十分程だろう。何か行動を起こすのは当然だがこんな早くから仕掛けられるとは、敦賀がそうがっくりと肩を落としつつ周囲を見渡してみれば、遥か後方でも前方でも、車体に何等かの問題が起きたのか立ち往生するトラック、トラック、トラック。
「充電池液に何か混ざってます!これ、多分石灰水ですよ!」
「油槽の燃料が何か泡立ってます!」
「よく分かんないけど車体から煙が!油槽に普通車用の燃料入れられたみたいです!」
 訓練用に用意したトラックの全てに問題が発生し走行が困難になったらしい、それを把握した敦賀は
「整備担当は何やってやがんだ、クソが……!」
 と、苛立たしい事この上無いと忌々し気に舌を打つ。キムとカタギリは顔を見合わせて溜息を吐き、若干の同情を滲ませた声音でキムが小声で敦賀へと話し掛けた。
「恐らく、整備担当は一切の手抜きはしていない、彼等はいつも通りに完璧に仕事をこなした筈だ」
「……どういう事だ」
「言っただろう、ボスは神出鬼没の悪魔だと。出発前の最終配置にトラックをつけた後、ボスは我々の中に紛れてトラックへと細工をしたんだろう、そしてまた姿を消した……神出鬼没の悪魔っていうのは……そういう事だ」
 確かに自分達は何から何迄初めての経験、車体の監視が厳重だったかと言えばそれは否だろう。しかし、非正規兵役から見れば敵陣のど真ん中最深部、そこに軽々と潜入して誰にも気付かれる事無く車体に細工を施し、そして一切の痕跡を残す事無く立ち去るとは、その鮮やか過ぎる手腕と手際に思わず肌が粟立った。
「先任……どうしますか」
 声量を通常に戻したキムがこれからどうするのか判断しろと促して来る、この分隊の指揮は敦賀に任されている、他の分隊とは同調する必要は無く夫々が分隊長の判断で動いて目標を目指すべしという命令が高根と黒川の連名で発せられている事も考えれば、次にどう動くのかを今ここで自分が判断しなければならないのだ、それを思い出した敦賀は声量を落とし直ぐ近くにいるカタギリとキムに話し掛け、そこに分隊長の島津も何事かとやって来る。
「……おい、お前等の上官潰すぞ……手伝え」
「……本気か?」
「ああ……やられっ放しは性に合わねぇ……どうする?」
「分かった、手伝おう」
「俺もだ、何処迄出来るかやってみようじゃないか」
 顔を寄せ合って囁き合い頷き合う四人、タカコがどう出て来るかは自分達にも完全に予測は出来ないがと言うカタギリをキムを見ながら島津は顔を上げ、分隊の他の兵士へと向かって声を張り上げた。
「このまま作戦を続行する!荷台の装備を下ろして各自携行!行くぞ!」
 見事に出鼻を挫かれた状況ではあるが流石にこれで降参する分隊は無いらしく、あちこちで同じ様な命令が飛び兵士が夫々に動き出す。手強い事は確かだが相手は一人、技量で劣るのであれば数で圧倒すれば良い、敦賀はそんな事を考えながら自らの装備を肩に担ぎ、分隊の面々が整列したのを見届けゆっくりと歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

婚約をなかったことにしてみたら…

宵闇 月
恋愛
忘れ物を取りに音楽室に行くと婚約者とその義妹が睦み合ってました。 この婚約をなかったことにしてみましょう。 ※ 更新はかなりゆっくりです。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

処理中です...